第4話

『詰めが甘い』それはよくよく私を表す言葉だと思う。運動会のリレーではバトンを落とした。初めての彼氏は幼馴染にとられた。大学の入試でも、風邪で寝込んで第一志望落ちた。


「何も、こんな所まで!」


 私の夢でくらい、めちゃくちゃカッコいい私でいさせてくれたらいいのに! 神様って意地悪だ!

 しかも私の詰めの甘さは転んだ後にも表れる。感情をむき出しに出来ないから、まるでなんでもない事のように取り繕ってしまうのだ。バトンを落としても「追いついたからいいでしょ」彼氏をとられても「もう好きじゃなかった」大学落ちても「生まれ育った場所とは全然違う所にいきたかったし」ああ、本当私は小さいし、プライドだけ高くて本当嫌なやつ! 


 鳥が体ごと、こっちを向く。


「いやいやいや、来ないで来ないで」

「何をやっている、メイ! 早くテントに入れ!」


 分かっているんだけど、なんか、体が動かないんです。足がめちゃ痛いんです。もしや、骨折? そんな馬鹿な、夢なのに、こんなに痛い訳ない。でも痛い。


「メイ!」


 サリュの声がひときわ大きく聞こえたかと思うと、その身は私の側にまで駆け寄ってきていた。


「サリュ、足いたい」


「このポンコツが! 這ってでもテントに入れ!」


 ああそしてこの夢の王子様は少しも優しくない。ポンコツって昨日から二回も言われた。


「怪鳥よ、貴様も腹がすいているのだろうが、ここにその食事はない。さっさと去れ」


 サリュは剣を突き付けて、鳥に向かって睨みを利かせている。何このひと鳥とも話せるのかと思ったけれど、鳥の方はまるで無視だった。だってずっと、私を見ている。

 確かにここは這ってでも隠れないと。


「こいつは女と子供を狙うんだ。お前が消えればそのうち去る。早く隠れろ!」


 そういう事はもっと早く知りたかった。ずりずりと匍匐前進をしながら、私はようやくテントにたどりついた。中にいた女の子が待ちわびたように私に飛びついてきて、泣きじゃくりながら私の足を撫でてくれる。何を言ってるのかは分からないけど、きっとこれは心配してくれたのだろう。

 女の子の頭を撫でながら、外の様子を伺うと、鳥は苛立ったように両の羽を乱暴に振りまわしていた。風に煽られたサリュと体育の先生が顔の前で腕をかざしてその圧に耐えている。このままでは飛ばされてしまうのではないかと怖くなったとき、だった。

 泣いていた女の子がぱあっと顔を明るくして、叫んだ。


「ダジマ!」


 その瞬間、どこから来たのか、勢いよく駆けてきた白い馬からひらりと黒いマント姿が舞い降りた。全身黒装束で、顔も目以外は覆っているからまるで忍者みたいだった。女の子が何度も「ダジマ」と叫んでいるからきっと「ダジマさん」なんだろう。そして、サリュと体育の先生も、あきらかにほっとした顔をしている。きっと、この人は強いのだ。

 ダジマさんは鳥の前に立つと、おもむろにその懐に飛び込み、嘴の先を掴んだ。大きな鳥の嘴の先を掴んで何になるのか。でも、鳥は暴れさせていた羽をゆっくりと畳み始める。そして、まるで何もなかったかのように静かになった。

 そしてそれを待っていたかのように、もう一人、馬から駆け下りて来る。誰よりも早く、サリュが叫んだ。


「団長!」


 団長と呼ばれた人は、ダジマさんよりも背が高くて、体育の先生よりも細いのにもっと大きく見えた。褐色の肌に金色の長い髪がなびいて、ライオンみたいで外国の俳優さんみたいで、カッコいい。思わず、ため息が漏れる。

 団長はすっかりおとなしくなった鳥の頭を撫でて、ひょいとその背中に飛び乗る。


「え」

 というまに空へと鳥ともども舞い上がってしまったその後を馬に乗ったダジマさんが追いかけていった。

 そして残る、嘘のような静寂と、私の足の痛み。


「いい痛い」

「メイ」


 女の子がいつの間に私の名を知ったのか、心配そうに覗き込んでくる。でも、とにかく足が痛い。

 なんでよ、なんで夢なのに足がいたいの。なんでこんなに足が痛いし、なんでこんなに全ての感触がリアルなの。


 怖い。これから私はとてつもなく怖い事と向き合わねばならない予感がする。


「サリュ」


 思わず口にした名前を聞いて、女の子が飛んでいった。すぐにサリュを連れて戻ってくる。綺麗な顔。口は悪いけど、やっぱり目元がヨージに似てる。


「サリュ」

「……痛いのか? すぐにイーサを呼ぶ。寝てろ」


 怖いから、側にいて欲しい。この人だけ、言葉が分かるのはきっと何か意味があるんだ。どこかへ行こうとするサリュの腕を掴んで、必死に抱き寄せる。


「おい、メイ、離せ」

「サリュ、これは、夢じゃないの?」


 こんなに痛みが続くリアルな夢なんて、あるのだろうか。痛いのか怖いのか、よく分からなくて涙がこぼれた。だって、夢じゃなければなんなのか。もう、何も分からなくて、私はぎゅうと目を閉じた。

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