第2話


 夢って、一晩で覚めるものだと思っていた。


 砂漠で綺麗な金髪に出会って、お城にでも連れていってくれるのかと思えば、連れてこられたのは野原の隅っこに立てられていたテント。なんかいっぱい人がいたけど、ろくに話もせずにテントの中に放り投げられそのまま眠ったらしい。気付けば朝だった。

 で、目を覚ましたのに、私はまだテントの中にいる。テントと言っても、キャンプで使う三角のとはちょっと違うみたいだった。前にテレビで見た遊牧民が使ってるみたいな、丸形のしっかりした住居っぽいテントで、物が置けるように柱に棚っぽいものを付けていたり、床は絨毯だったりと随分立派。誰かが掛けてくれたのか、毛足の長い毛布は肌触りがよくて、寝心地も悪くなかった。


 テントの入り口からそっと外を覗くと、ぽつりぽつりと草が生えた広大な大地が見えた。この先に砂漠があるのかと思うと、不思議な気分だ。

 どうやら夢はまだ続いているらしい。


 目が覚めたものの、何をしていいかも分からずテントを出ると、焚き火をしている男の人と目があった。高校時代の体育の先生みたいに体格がよくて、多分歳もそれくらいだろうか。スポーツ刈りみたいに短い髪型で日焼けしているから若く見えるのかもしれないけど、三十代後半くらいだろうか。

 男の人は私に向かって笑いかけると、何か話してきたけど、何を言ってるか全然分からない。


「何でよ、サリュの言葉は分かるのに」

「サリュ? サリュー」


 男の人は緑色のテントを指さすと、サリュの名前を繰り返した。


「サリュがあそこにいるって?」


 よく分からないけど、サリュがいないと私は言葉が通じないのかもしれない。なんて不便なんだと憤慨しながら、遠慮なく緑のテントの入り口を開けた。


「サリュ」


 中にはサリュと、白髪の老人がいて、私を驚いたように見上げてきていた。


「お前、勝手に入るな!」

「ご、ごめんなさい、あの、でも、私言葉が分からなくて」

「出て行け!」


 怖い顔をして立ち上がったサリュに肩を押されてテントから追い出されると、目の前で入口の幕を下ろされた。

 な、なんてヤツだ! 

 ヨージに似てるかもとか思った私が間違えていた。

 怒りに震えていると、次々にテントから出てきた人たちに声をかけられる。

    

 若い女の人や小さな子供もいたし、元気そうな高校生くらいの男の子もいて、ちょっと嬉しかったけれど、やっぱり私には誰の言葉も分からない。次々に色々と声をかけられても、私にはどうする事も出来ず、そのうち怖くなって私は元いたテントに飛び込んだ。


 心臓の音が耳のすぐ側にでもあるみたいに強く聞こえる。背中には汗が流れているのも分かる。まるで、大学に入ったばかりの頃、周りの人たちが話しかけてきたときに似ている――。あのときも私は何も上手い言葉を返せず、こんな風にその場所から逃げて結果的に、一人になった。別に無視されている訳でもないし、会話をする事くらいはある。仲良くつれだって行動する事がないだけで。それは別に問題ないと思ってるし、遊びたいときは高校の友達に声をかけたらいいんだし……。


 ぎゅうと拳を握って、動悸が収まるのを待った。


 

 テントの中までは誰もこなかった。


 なんか、嫌だな、この夢。

 早く目覚めたらいいのにと思いつつ、毛足の長い毛布にくるまって横になると少し落ち着いた。こういうときはどうでもいい事を考えるに限る。ああ、そういえば週末には髪を切りに行く予定だった。ベストは耳の下位までのボブなんだけど、今は肩につきそうなくらいまで伸びてる。髪質が固くて真っ黒だから、染めてみようかとも思ってた。ファンデーションとチークくらいしか普段化粧しないけど、アイメイクもした方がいいかなあと挑戦する気にもなっている。


 それもこれも、来月は大好きなアイドル「ダブル」のコンサートあるからだ。高校のときに一度だけ行った事があるけど、すごく楽しくてすごく元気になって、もっとダブルを大好きになった。やっと二回目のコンサートに行けるのだから、せっかくだし可愛くして行きたい。十九にしては幼く見えるとよく言われる童顔を少しでも大人っぽくするには顔やせしなきゃいけないのかな、難しい。だいたい、目が丸くて大きめなのが童顔の原因に違いない。ヨージみたいに切れ長の目だったらクールでかっこいい女の人になれるのに。

    


 そんな事を思いながら、ふとサリュの顔が頭に浮かんだ。あ、思いだしたらムカっとする。


「あー、ダブル聞きたいな」


 気分が落ちたときにはいつもダブルを聞いて元気を出している。そういえば、私は昨日トートバッグを持っていた気がしたけれど、その中にはミュージックプレイヤーが入っているはずだ。

 急いでテントの中を探すと、それはちゃんとテントの隅に立てかけられていた。見慣れない風景の中に、唯一見慣れたものを見つけて、こういうのをほっとする、というのかもしれない。

 中にはちゃんとミュージックプレイヤーが入っていた。なんと忠実な夢。

 イヤホンを耳にさすと、すぐに聞きなれたダブルの歌声が響いた。


 「ダブル」はヨージとコージの二人組アイドルで、歌も上手いし、ダンスもすごい。映画での主演も二人で何本もこなす、人気のアイドルだった。いまどきのアイドルは歌って踊れて芝居して喋れて笑いも取れないといけない、厳しい世界だ。でもダブルは「クール」を売りにしているせいか、バライティーには一切出ないし、歌番組でもなかなか笑顔も見せない。でも、歌は熱くて優しい。それが最高にカッコよくて大好きだった。


「あー、癒される」


 ダブルがいなければ、私はとうの昔にへたれている。誰に何を言われようが、私にとってダブルは癒しで元気の素で、支えなのだ。

 それにしても、夢でまで支えられるとは。せっかくなら、ダブルが夢に出てきてくれればいいのに。いやでもきっと私夢でも面と向かって喋れないかも、好きすぎて。


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