異世界でアイドル育てます
高樹ヒナコ
第1話
一人は辛くないと思っていた。周りに気を使って、嘘の自分を作り上げてまで「周りとなじむ」事にどれほどの意味と価値があるのかは理解出来ない。そんなに無理をするくらいなら、一人でいいと思っていた。
だって、そうしないと耐えられないから。だけど。
やっぱり――一人は辛い。
こうもはっきり言い切れるのは、今、私が恐ろしく一人だからだ。孤独って、怖い事なんだと嫌でも思い知らされる。
辺りは薄暗くて、何もない。ただただ広がる闇の空間の助けは空から明る月の光だけだ。
「なんなのよ」
もう何度目かになる独り言を何もない空間に漂わせながら、私はもう一度、叫んだ。
「なんなのよ! ここはどこなのよお!」
月の光を頼りに理解出来たのは、足の下には踏み慣れた道路じゃなくて、安定感全くない砂が広がっているという事。周りにはコンビニもないし、そもそも建物がない。建物どころか木もないし草もない。
そういう場所を、知識では知っている。テレビでは何度だって見た事がある。
いわゆる、砂漠。
いやいやいや、おかしいでしょう。日本に砂漠なんてある? 有名な砂丘だって鳥取なんだから、めちゃくちゃ遠いでしょう? 大学からの帰り道に砂漠なんてあったっけ?
「そんな訳ないし」
あ、圧倒的一人だと勝手に独り言が出て来るんだなあと変に冷静になった。
そうだ、冷静になればこんなおかしな状況になるなんて、これは夢に違いない。そう気付いて、楽になる。夢だと分かればじたばたしたって仕方がない。
そう、思ったときだった。
まるで映画のように、暗闇の向こうから何かが来る。砂を踏みしだく音が静寂の中にやけに響いて、心臓が高く鳴る。何が出てきても驚かないぞと自分に言い聞かせて、闇に慣れてきた目を見開く。
驚かないと決めたけれど、出来れば怖いものではありませんようにとぎゅうと手を握り締めた。
瞬間。
「なんだ、小娘だぞ?」
低くて張りのいい男の声が響く。声から少し遅れて、私の目の前に現れたのは怖い怪物なんかじゃなくて、綺麗な――それはもう綺麗な男の人だった。
おお、さすが夢!
月に照らされた髪は薄い金色で、その長い前髪がその人の右目を隠しているのが少しもったいないと思う。見えている左目も髪と同じ薄い金色で、それだけで見惚れてしまうのに、すらりと通った鼻筋も上品に薄目の唇も、まるでゲームにでも出て来る王子様みたい。
私の大好きなアイドル「ダブル」のヨージと少しだけ切れ長の目が似ているかなと思う。
「おい。お前」
……お前って、私の事か?
「なんだ、喋れないのか? あてが外れたな。ぽんこつか」
……ぽんこつ?
「あ、あの! 喋れます!」
「――何を言ってるか分からん」
「え、私は分かるのに」
まあ、確かにこの容貌で日本語を喋っているのもおかしい。都合良く事が運ぶのは夢のお約束として、せっかく綺麗な人なのに、なんとなく口が悪いのは補正してくれないんだろうか。
「お前、何が出来る?」
「あの、お前、じゃないです、メイ、結城メイです、メイ」
自分を指さして名前を連呼すると、金髪さんはめんどくさそうに頭をかいてから、メイ、と呟いてくれた。一応通じたらしい。
「あの、あなたの名前は? 名前、私はメイ、あなたは?」
「なんだ? ああ、名前か。サリュー」
「さりゅ」
「サリュー」
「さりゅー」
「サ、リュー」
「サリュ」
「――もうそれでいい」
なんか、発音が難しい。英語みたいに舌の使い方が大事なんだろうか。残念ながら英会話は苦手だ。
サリュはちらと私を横眼で見てから、大きなため息をつく。
「これは失敗という事か」
「しっぱい」
「失敗……何で俺はこんな事してるんだ。おい、お前」
「メイ」
「――メイ、ここにいたいか?」
ここ? この砂漠に、という事だろうか。いたい訳がない。せっかく夢なんだから、もっといい所に行きたい。サリュをしっかりと見つめて、音が出そうなくらいに首を横に振った。
「じゃあ、ついて来い」
サリュはまた大きな息をはいてから身をひるがえす。慌ててその後について歩きながら、お城にでも行くのかな、と私はまだ随分のんきな気分でいた。
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