第201話 荷ほどきはもう少しあとで
玄関から入っても、出迎えはなかった。
こちらには気付いているはずなので、そのまま二階の自室へ。ベッドに置いたままの荷物は、長めのケースが銃器であり、リュックの中身は衣類が多い。
暗証番号と指紋認証でケースを開き、蓋側に固定してあったノート型端末を取り出し、閉じておく。中にある狙撃銃と拳銃の整備は、後回しだ。
同僚である
ただし、防音、冷暖房完備、常時稼働の電気代を支払う必要はあるが。
こちらに来る前に走らせておいたプログラムは、独自のフォーマットをするもので、そちらは完了していた。まずはそのデータログをチェック。妙な反応がないことに、ため息が一つ。老舗に頼むと、平均して十個くらいは怪しいプログラムが入っていて、フォーマット時にそれがわかるのだが、何もなしとは。
とりあえず掃除は終わったので、別のサーバから引っ張り出したプログラムを転送し、OSの構築を指示しておく。一般のOSを改良したものなので、それほど独自性はない。いくらルイだとて専門家に勝とうとは思えなかった。
さて。
開いたノート型端末をテーブルに置き、椅子に座る。
一応、あれでも情報部の出身であるため、さすがにフリーのまま電波を垂れ流しにはしていないようだ。なんとなくで、いくつかあるプログラムのうちの三番目を起動すると、すぐ電波はキャッチできた。
手持ちのツールでどうにかなるだろうか。
拾える電波からの逆侵入は、よくある手口なので対策されていそうなものだが、とりあえず試してやろうと思う。
天来は
そう思っていたら、あっさり逆侵できた。とりあえず管理者権限を乗っ取って、無線アクセスできるようにしておく。
サーバの進捗状況の報せた入った。オペレーティングシステムが完了したようなので、市販のAIをインストールしておく。その作業をほかのAIに管理させる指示も出した。おかしな話かもしれないが、そういう手順で新規AIを学習する方法があって、特に時間効率が良い。もちろん、悪い部分もあるが。
そちらは放置しておいて、ノート型端末から海外の使い捨てサーバにアクセスして、そこから戻ってくる経路を確保。改めて内部回線から、動いているパケットを見つければ、それが
履歴、というものは端末に表示されるものだけでなく、ネット上にもそれは表れる。何故なら、通信をしているからだ。検索するにしたって、そこには送受信が行われていて、その
わかっているから、そこを暗号化させつつ、適時履歴を消すプログラムを使うわけだが、さすがに一人の人間を探ろうとしているのだから、天来も使っていた。なんとなくの感覚で暗号の復元プログラムを走らせれば、多少の文字化けは残ったものの、読める程度には復元できた。
あまり、上手い検索はしていなさそうだ。軍情報部へのアクセスもしてない。
ため息を一つ落とし、立ち上がって部屋を出た。
天来はあくまでも、仕事で情報部にいただけだ。これが元情報屋ならば、これほどまでに面倒なことはしないだろう。
違いは、たった一つだけ。
それが生活になっているか、否かだ。
逆侵の備えも、暗号化も、情報集めも、元情報屋なら常に警戒して準備をする。だってそれが、毎日の食事を作ることと同じくらいに、日常的になっているからだ。面倒だと思うことすらなく、食べ物を口にするくらい自然なことでしかない。
一階に降りて、人の気配がある天来の部屋をノックする。
「はあい」
「聞くのを忘れていた」
「はいルイ君、なんでしょう」
「喫煙所はどこだ?」
「ああ、忘れてましたね。灰皿があるところなら特に禁じていませんが、人がいる時は配慮をお願いします」
天来が部屋から出てきたので、そのままリビングへ。食器棚の下からガラス製の灰皿を出してくれたので、それを受け取り、視線で換気扇を探して台所にあったので、そこに置いた。
「室内AIの自動検知か?」
「はい、そのあたりは設定されてますよー」
ならいいと、煙草に火を点けた。
「ほかに人がいる所じゃ控えるつもりだが、お前なら慣れてるだろ」
「これでも軍の訓練校を出てますから。軍部には喫煙者が多いですからね」
上官に付き添いなどあれば、煙草の煙がある会議室なんてのは、よくあるものだ。
「挨拶は無事に済ませられたんですか?」
「フライングボードの購入は先送りだ。芹沢に直接打診して、開発時間を取らせた」
「手元にないって理由を正式に作ったわけですか。それなりに距離がありますから、あると便利なんですけどね」
「大した距離じゃない。それと、夜にやってる酒場はあるのか?」
「はい、町に一つだけありますよ。案内しましょうか?」
「じゃあ、飯が終わったくらいに頼む。それと」
「……? なんですか?」
やや見下ろすような角度だが、その視線に天来は首を傾げた。彼女自身、ルイが軍人らしくないことはわかっているだろうから、いろいろなアプローチで探りを入れているけれど。
「そろそろ腹をくくって、お前の先生でもあるマージ・ティオ・オウルダーか、かつての教官でもあるケイオス・フラックリンに連絡を入れろ」
「――、どう反応すべきか迷いましたが嫌です」
「ガキみてえなことを言いやがって……」
「二人には逢ってないですし、連絡も取ってませんから、頼りたくないって気持ちもありますが、それ以上に面倒なので嫌です感情的に嫌です」
「そうかそうか」
携帯端末を取り出して操作しつつ、逃げようとする天来の襟首を掴んだ。
「ちょっと放してください嫌な予感がします!」
言っている間に通話は繋がった。
『逃げないように捕まえてんのか?』
「なんだ、やっぱり連絡を待ってたんじゃねえか、ティオ」
『そりゃお前、だいたいそうするだろ。お前らの動きは追ってるし、情報制限をかけてんのも俺だ。――逃げるな、テンライ。挨拶はどうした』
「うぐっ……は、はあい、天来です、先生、お久しぶりですー……」
『おう、楽しそうな返事だな。で? 俺に聞きたいことがあるんじゃないのか、未熟者』
「は、はい、それはそうなんですが」
とりあえず襟首から手を離し、煙草に持ち替えた。
『ったく、しょうがねえ。ルイ、がっかりしたか?』
「いやべつに」
『だろうよ。情報部なんてのはクソだの何だの、偉そうに言ってやがったからなあ、お前ら。テンライはそれでもB級ライセンスを持ってるんだが』
「使い方を知らなきゃ、ガキが手にした紙切れと同じだ。あんたと違って、仕事をしているようじゃどうしようもない。軍部のデータベースにもアクセスしていなかったし」
『おい』
「あのう、一応二年前の人物リストは洗いましたけど……」
「仕事のログを洗えよ」
『ルイ、忘れたのか? お前らの仕事の報告書は全部、兵籍番号に置き換えられてる」
「そうだったか?」
煙草を消し、首を傾げる。そんな説明をされたような気もするし、覚えがない気もする。
「けど、隠しちゃいないだろ」
『そりゃな。さあて、直接教えると情報料が発生しちまうなあ……』
「うぐっ」
「というか、そもそも天来の経歴を知っている時点で、だいぶ絞られると思うんだが、そいつは俺の気のせいか?」
『そうだな、ある程度は。だから連絡を入れる先は俺か、せいぜいフラックリンぐらいなもんだろう。それに、事前調査で知られる程度の情報封鎖しかやってないやつが悪い』
「ぬ、ぬう……」
「確認しておくが、訓練校を出てからか?」
『いや、途中からだな。情報部配属が目的だったからって理由で、俺が教えたのも大したことじゃない』
「だろうな」
『納得すんな。お前らにも似たようなことしか教えてねえよ』
「じゃあ差ができたのは、使い方が違うからか。まあ、そうだな、それなりに比重を置いてやってきたが、中尉殿には負けるよ」
『あいつと一緒にしちゃ駄目だろう……』
「まだそっちにいるんだろ?」
『まあな。あいつは一人の方が動きやすいだろう』
「ずっとそうだ。お前はどうなんだ? 新しい就職先でも見つけるのか」
『――どうかな。隠れて生きるのは合わないが、あまり派手な動きもできんし、以前の仕事に戻るつもりもない』
「訓練校近くの情報屋か……」
『おう、なんとなくテンライも察してきただろ』
「顔色は悪くなってきてる」
『でだ、ルイ。お前、キリタニって野郎を知ってるか?』
「どのキリタニかは知らないが、まあ、所在を掴んでるのは一人いるな」
『俺の昔の知り合いでな。こっちは落ち着いたから、ちょっと昔話も交えて酒でも飲もうと思ったんだが――』
「中尉殿に聞け」
『あ?』
「俺じゃないし、俺らじゃない。あれは、あいつは中尉殿の知り合いだ」
『……やっぱり、そうか』
「お前も過去を知ってるんだな」
『それとなく、な。あいつの師匠には、まあ、俺も世話になったし、先代とは友達だった』
「それも中尉殿から聞いてるよ。いいじゃないか、楽しんでこい。どうせこっちは――俺はともかく、
『言われるまでもねえよ。じゃ、そっちはそっちで、せいぜい楽しめ。何かあったら連絡をくれ』
「それも、俺じゃなくほかの連中に頼め」
『徹底してんなあ、お前は。テンライも、真面目に話したかったら直接連絡を入れろよ。じゃあな』
通話が切れたので、携帯端末はそのままに、二本目の煙草に火を点けた。
「自室で吸うかどうかは、あとで考えておくとして、わかったか天来」
「――忠犬ですか?」
「何故、そう思う」
「先ほどから強調されていた中尉というのは、役職はもちろんのこと、上官ですよね? 身内はともかく、特に傭兵は、その役職を口にすることを毛嫌いしています。軍人らしくないのも、納得が落ちますね。犬はどちらかというと、
「中尉殿からの伝言だ。――間抜けにしては、足抜けが早くて良い判断だった」
「んぐ……」
加えて。
間抜けだが、それなりに可愛らしいなどと言っていた。
「訓練校にいた頃、顔を合わせたそうだな」
「朝霧さんですね……ええまあ、そうです。内側から侵入して改ざんして、出入りゲートからフリーパスで出られるようにしてましたね。夜にティオ先生のところで飲んでたそうで」
「なるほどね」
「ルイくんは、忠犬なんですね?」
「ここまで情報が揃ったんだ、あとは自分で調べろ。詳しくは酒を飲みながらでも話してやるよ。俺も早めに連絡先くらいは作っておかないと、あとが面倒だ」
「――え? サーバを新設してるんですか?」
「初歩だろ、何言ってんだ。夕方までには終わらせるが、ここの室内AIシステムも掌握するから、文句は言うな。下手なことはしねえよ」
「あーはい、なんというか、できるのなら、どうぞ。私がやるより良い気がします」
「どうだかな。状況が悪い時に利用するための布石でしかない。灰皿の片づけは?」
「やっておきますよ」
「じゃあ頼んだ。ああそれと」
「はい」
「しばらく運送業者がうるさいが、ほとんど俺の荷物だ。口出しは――」
「しませんよ。深入りしたくありません……」
「賢明だな」
荷ほどきをするような荷物はない。ないが、揃える必要はある。今晩までにある程度は終わらせよう、と思ったが。
その前に。
寮の住人との顔合わせが待っている。
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