第191話 現地入りして仕事なしが現実

 そういえば同期の話をグレッグとしたなと、その仕事を受けた時、朝霧芽衣は思った。

 そもそも忠犬リッターハウンドにおいて、仕事の形態がどうなっているのかと問われれば、その実を説明することが難しいくらいには、曖昧になっている。基本的には見えざる干渉インヴィジブルハンドのトップである、アキラ大佐から仕事を回されるのだが、それだけではないのだ。

 二つ目が、他部署から回される仕事である。一〇ヒトマルの〝ランス〟はともかくも、ほかの部署は恥ずかし気もなく「専門じゃないんで」などと言い放ち、仕事を放棄するわけで、それを受け取るのが、部隊長である芽衣だ。

 そして三つ目となるのが、芽衣が見つけた仕事となる。

 どれにも通じて、アキラに打診することに変わりはなく、独断は極力控えて――いるつもりだけれど、それぞれ特色も違ってくる。今回の仕事は、最近では珍しい、アキラからのものであった。

 ――曰く。

「ちょっと面倒な書類データを取り戻す仕事を、のんびり観戦でもしてろ」

 ということだ。

 ……どういうことだ? なんて疑問を持ちそうなものだが、暇だ暇だと定期的に連絡を入れていたのが原因らしい。いや、言うほど暇ではないのだが、部隊発足当初と比較すれば雲泥の差だ。

 ただ。

 芽衣が望んでいた〝経験〟という意味合いでは、随分と重ねたように思う。苦労した様子など、悟られないよう隠し続けてきたが、なんとかなってきた。


 ああいや、それはおかしな話か。

 ――あの日、既に芽衣は一人前だと、もう認められているのだから。


 街中にある喫茶店にて、珈琲を傾けながら思うのは、しかしそれにしたって暇だろうと。最近の仕事を思い出そうとしても、いやこれは仕事じゃないだろう、なんて思うくらいには難易度が低いものばかりだったし、どちらかと言えば大学のクソ猫教授の性格がどんどん悪くっている気がする方が、よくよく思い出せる。あの女覚えてろよ。

 腕時計に目を走らせ、待ち合わせ時間にはまだ十五分くらいはあるなと思えば、二杯目の珈琲を頼む。店内は明るく、道路側はガラス張りでよく見えるし、席もそれなりに多い。飲み物と軽食がメインであり、昼食や夕食向きの店ではなく、であればこそ、年齢層もばらばらになるが、子連れは極端に少なかった。

 新しい珈琲を受け取って外の通りを見れば、企業街ということもあって、きっちりした服装の者が多く、また、電話をしている者もよく見受けられた。そう考えて店内をさりげなく見渡しても、ノート型端末を開いている者もいれば、芽衣の後ろの席のよう、打ち合わせをしている風景もあった。

 スーツを着たのは正解だったなと、芽衣は手元のノート型端末に目を落とし、どうでもいい文章の作成を思い出したように続けようとするが、ため息を落とすようにして閉じた。

 それほど真面目に、演じているわけではない。

 そこでようやく、対面に女性が腰を下ろした。それなりに着飾った成人女性――ライザーとは比べ物にならんほど女らしいなと思えてしまうのだが、そもそも着飾った女に興味はない。

「ごめんお待たせ」

「下手な演技をするのなら、ここの料金は貴様の支払いでいいんだろうな、ラル」

 言えば、ランクC狩人ハンター大輪の白花パストラルイノセンス〉は嫌そうな顔をしたあと、思い出したように珈琲を受け取る際に、小さな笑顔を作った。

「あんたね――」

「朝霧、で構わん。貴様も日本人だろう。どうせ時間はまだあるし、こっちはメインじゃない」

「……それが〝犬〟のやり方?」

「いや、私のやり方だが」

「同じことでしょ。そっちの〝結果〟だけは追ってるけどね」

「どう見た」

「呆れた。いや本当、全部がそこに尽きる感じ」

「ところで貴様、会話の内容と外面がちぐはぐなのは職業病か?」

「周囲に気を遣ってんのよ……?」

「だから皺が増える。化粧も濃い。今度良い白髪染めをプレゼントしてやろう」

「誰のせいだと……!」

「お、皺がまた増えたな」

「何がしたいわけ?」

「もっと気を楽にしろと言っている。いやなに、実は少し緊張していてな――なにしろ、現役の狩人に逢うのは初めてだ」

「あらそうなの?」

「うむ。思っていたよりヘタレだな貴様」

「出逢って早早そうそう……⁉」

「こんな軽口をいちいち真に受けるな、面倒な女だな。まあ世間話といこう――貴様、日本のどこだ?」

「ん、ああ、私は野雨のざめよ」

「そこでもお前は〝仕事〟か?」

 よほど的確な問いだったのだろう、ラルは小さく肩を竦めてナッツを抓んで口に放り込む。

「多少の〝事後処理〟はあっても、あそこでの仕事なんて、ほとんどないよ。そもそも野雨市の〝構造〟がそうなってる」

「ほかの街の間抜けは?」

「ああ、そっちは結構あるわよ。流儀も知らないクソ間抜けが、犠牲者にでもなれば笑える話だけれどじゃ退屈な話。こっちは当然だもの」

「ルールさえ守れば治安は保証します――か。だとしたら、発足当時からあまり変わらんらしい」

 二十三時から翌日四時までの外出禁止令。その間に歩くのは〝自己責任〟だ。ルールを知らない間抜けが下手を打てば、殺されても文句は言えない。実際に発足当初は、かなりの屍体が上がった。

 人権保護に触れると大反対の世論もあったが、――なぜ?

 ルールを守らなかったのは、どちらだ?

 結果として犯罪率は極端に低下。日本一、安全な街として野雨市が指定されたのだから、笑い話だ。けれど逆に、夜は日本一恐ろしい場所とも言われている。

「というかこの程度、すぐ調査できるでしょ?」

「ふむ? それはつまり、私が現地入りした際には手助けをしてくれると? ありがたい話だ、是非とも頼ろう」

「え、ちょっとやめてよ。ここんとこ娘と楽しくやってんだから」

「道理で皺が増えるわけだ」

「なにあんた、皺になんか恨みでもあんの……?」

「悪いが私はそんなに年齢を重ねていない。女同士、こんなところでお互いの実年齢を暴露するか? はは、大した記事にもなりはしない」

「若いわねえ。いつか私と同じ年齢になった時、後悔しないようにね」

「その時は更に貴様が年齢を重ねているな?」

「うるさい」

「しかし――」

 両手を上へ、大きく伸びをすれば、指先が後ろの男性に当たってしまった。振り向けば会議でも終わったのか、立ち去るところで。

「失礼、制服野郎フォーマル

「いえ……」

 小さく肩を竦めるようにして去る男になど目もくれず、ふむと芽衣は腕を組む。

「そもそも、だったらなんでこんな場所にまで、貴様は足を運んだんだ?」

「仕事だもの」

「クソ詰まらん返答だな」

 ふんと、閉じていたノート型端末を開いた芽衣は、取り出した小型記録媒体を差し込む。

「こちらの仕事も命令系統は曖昧だがな。ところで、犬を二匹、そちらに送る。貴様の名前は覚えたので教えておいてやろう」

「ちょっと、待って……なんで私に」

「面倒見が良さそうだからな」

「冗談はよして。というか、もう一人はまだ? 早く仕事に取り掛かりたいんだけど」

「なんだ貴様、潜入調査はお手の物か?」

「私は警察の真似事と同じ。事件後の調査を専門にしてるわけ。特定情報を盗むなんて、そう難しくはないだろうけれど、夜まで待たないと面倒ね」

「セキュリティを突破して、対人センサーを誤魔化して、特定情報を盗む?」

「だいたいその手順」

「端末が独立スタンドアロンしていても構わないわけか」

「さすがに事前調査は必要だけどね。どっちかっていうと、それだけ重要な情報が漏洩したって方を疑問視したくなる」

「……? なにを言っている?」

 左手でキーをいくつか叩いた芽衣はラルを見て、軽く目を細めた。

「重要なデータを盗ませ、それを取り返すことで報復のをしておかなくては――そういう仕事だと私は認識しているが?」

「え、なにそれ面倒」

「世の中に面倒ではない仕事があったら私に教えてくれ。その時は喜んで、貴様が面倒で嫌だと思えるくらいの悪戯をして大笑いしてやる」

「あんた性格悪い!」

「私よりも性格が悪いヤツがよく言う台詞だ。ところでラル、盗まれた情報に関しては?」

「一通りは聞いてるわよ。ただ現物もなし、コピー不可のデータだから、口頭説明だけ。そもそもあのデータ、開くだけで足がつくようなセキュリティ組んであるでしょ」

「電子戦公式爵位、最低でもA級ライセンス取得者ならば、そう難しいこともない。解除に時間はかかるがな」

「ああうん、セキュリティの断片は見た。これは感覚的なものだけど、ゼロから解除ツールでも組み立てた方が早そう」

「だが情報の運搬にはセキュリティごとで済む。今のご時世、サーバごと全部複製して情報を盗むのも常套手段だ」

「……よく知ってるわね。犬ってそんな仕事もするの? 電子戦は確か、専門の部署があったはずだけど」

「私の部下ならば全員そのくらい知っている。たしなみだぞラル、知らなければこんな仕事を振られて、と首を横に振る間抜けになってしまう」

「あんたがスパルタってことはわかった。よくあんたに部下がついて来るわね……?」

「お前のような間抜けはいないのでな」

「いや、朝霧、もしかしてなんか私に恨みでもあんの?」

「事実をそのまま伝えているだけだ――ほれ、これを見ろ」

「ん?」

 開いたままのノート型端末を向けて、芽衣は珈琲とお代わりをサンドイッチを頼んだ。

「ちょっと、待って……」

「ああすまない、珈琲はもう一つ追加だ。彼女のぶんを」

「はあい」

「…………ふむ、良い尻の女だ。見たかラル、あれが営業用の笑顔だぞ。貴様のとはわけが違う」

「え、なんで盗まれたデータがここに? そもそもセキュリティは? え、え、仕事――え、なにこれ⁉」

「混乱すると何気に可愛いなこの女は」

 だが兎仔とこの方が良い。涙目になって服を脱ぎだすから見ていて楽しいのだ。もっとも、服を脱いでしまうと、混乱が落ち着くのだから残念である。

 新しい珈琲に芽衣は小さく笑顔を見せて受け取り、サンドイッチに手を伸ばす。そこに、ズボンにジャケットなんて恰好の、柄の悪そうな少年が遠慮なく、芽衣の隣に腰を落とした。そのまま流れる動作で、ラルの珈琲を奪うようにして手元に寄せる。

「あ、――ようやく三人目?」

「馬鹿かクソ女、偽るのは年齢だけにしとけよ。三人目は朝霧だ、俺じゃねえよボケ」

「こいつは口が汚いタイプね……」

 芽衣が改めて端末を引き寄せれば、少年は小型の記録媒体メディアを、さも当然のように手渡した。

「ええと、それで? どうなってんの?」

「こうして呑気に珈琲を飲みながら、つまみのよう食事に手を伸ばして思うのは、今日の腹の調子と便所への経路、そして風呂上りに乗る体重計の数値だ。鏡の前で皺と格闘してた方がよっぽど有意義な時間の使い方じゃね?」

「そう言ってやるな。このクソ女は、こうして狩人ハンターが三人も集まっているのに、その事実も知らず、まだ仕事は始まらんのかと、マニキュアの具合を確かめだすんだ。合同の仕事だなんて名目に囚われすぎだと思わんか?」

「専門じゃありません、自分の仕事じゃない、できません――最悪の三拍子ができあがりだ。俺に言わせりゃ、同じ時間を過ごしたくはない手合いだな、とっとと帰って酒でも飲みたい気分だ」

「隣に女を置いてか? よせよせ、影踏みでもして遊んだ方が有意義だ。大切な女なら、尚更だぞ」

「冗談だろ、そんな女を誘うほど馬鹿じゃねえよ」

「それもそうか。――ほれ」

 データをコピーした記録媒体を渡せば、すぐに東洋風の少年は立ち上がった。

「じゃ、クソ女への説明はそっちでのんびりやってくれ。残りは八分、まあお好きに」

「面倒な仕事を私に押し付けるのか?」

「観客への説明は、当事者じゃなくて実況解説の仕事だろ? 知ったこっちゃねえよ。――じゃあな、朝霧。久しぶりに顔を合わせたが、やっぱり俺としては以前と同様に、二度と御免だと伝えておくよ」

「さあて、それはどうだろうな?」

「言ってろ」

「あ、ちょ――……ええ? 私のことは無視?」

 二つ目、そして三つ目のコピーに入る。

「なんなのよ……?」

「私が来る前から、後ろの席で会議が行われていただろう? 私が手をぶつけたのが、今しがた来ていた男だ」

「――え?」

「察しの悪い女だな……潜入調査は〝かっこう〟の専門だぞ。アレらは調査員が一ヶ月かけてやる仕事を三日で終わらせる。どうせ野郎のことだ、昨日の今日で本命は終わらせ、先ほどのは事後処理といったところだろう。事実、私にこのデータを寄越したからな」

「うそぉ……あの時の動き見てたけど、気付かなかった」

「気付かれるような間抜けではない。そして私の仕事と言えば? 受け取ったデータのセキュリティを解除して複製し、セキュリティを元に戻す。ほれ、貴様の〝報酬〟だ」

「複製データ……」

「なあに、実際にこれを使ってどうの、というのは現実的ではない。あくまでも〝保険〟の意味合いが強いだろう。そして貴様の仕事は、このオリジナルデータを依頼主クライアントに届けることだ。理解できたか?」

「え、なに、……あれえ? これ本気で私、ただの間抜けじゃない……?」

「だから最初からそう言っている」

「なんでそんな阿吽の呼吸なの?」

「いや、阿吽というほどではないだろう。貴様と違うのは、訓練校時代に野郎とは言葉を交わしたことがあるくらいなもので、あとは調べればわかる。私は〝かっこう〟ならばこの程度、鼻歌交じりで終わらせると信じて疑わないし、野郎は私がこの程度のセキュリティを解除できないとは、考えてもいない。あとは保険としてデータの複製、これは狩人ハンターにとって基本の思考だろう」

「そうだけど……」

「なんだその不満そうな顔は」

「私は、仕事終了のお知らせだけやるってこと……?」

「そうだが」

「ランクC狩人が?」

「うむ、まるっきり役立たずのクソ狩人だな? ちなみに私も野郎も、ランクEだ。こんなのは暇潰しで取得しただけで、これ以上の仕事はせんだろうが」

 ぱたりとノート型端末を閉じ、オリジナルデータを渡す。

「そしてここの料金を私が支払えば、完全なるゴミクソの出来上がりだ。終了の挨拶などガキでもできる」

「払うわよ……」

「なに? 聞こえんぞ?」

「私が払うわよ!」

「そうかい、ちょっとマシなゴミクソにはお似合いだな。――さて、私は先に逃げたあの野郎の襟首を捕まえて、同期としてちょっとした昔話だ。どうする、付き合うか?」

「やめとく……」

「ふむ、まあいいか。ではな、ゴミクソな上に臆病な間抜け女。また逢おう」

「また……⁉ もう嫌よ!」

「いや、貴様はまず、ゴミクソに反論をしたらどうなんだ……?」

 上手く反論できないようにしていはいるが、それにしたって受け入れ過ぎだ。

 しかし――まあ。

 退屈なりに、この程度の仕事ならば、気分転換には丁度良いかもしれない。

 芽衣が席を立った頃、遠くで大きな爆発音と共に、街が一気に騒がしくなるが、それは予定通り――情報を盗んだ間抜けな企業が、大損害を受けただけだ。


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