第190話 同じ手管なのに何故気付かん……?
そもそも、
無人のガソリンスタンドは、米国でも珍しい。そもそも日本にはガソリンをスタンドで給油する、なんてことが必要ない状態なので、スタンドに行っても電気を買えるだけだし、それだとて緊急の時のみ。自宅の電源でも充電は可能であるし、駐車スペースを確保できたのならば、停車している状態で自動充電することができる。もっとも、セルフスタンドは米国でも一般的であるし、その場合は傍に商店でも構えるので、実はスタンド自体に人がいないことは多い。
煙草が吸えない場所であることを自覚しているから、給油所からはだいぶ離れた位置で吸っていたらようやく、母親と〝荷物〟が乗った単車がやってきた。ようと声をかけるよりも前に降りた二人は、顔を見合わせて。
「なんだ貴様、こんなところで給油か! よくもまあ見つけていたものだな!」
「緊急用の避難や休憩所は必須なの! ルートには必ず入れるの!」
「ほう! ではそこから足がついて行く手を阻まれるわけだな! おいクソ間抜け、長距離狙撃への対策は万全なのだろうな?」
「エスパーなめんな! そんくらい防げる!」
「
「命令すんなばーか! こっちは軍人じゃないっての!」
「私だとて軍人ではないとも! 誰がどう見ても貴様の荷物だ馬鹿者め!」
「なにおう!?」
――挨拶の間もなく、大声で言い争いをしていた。
「つーか、なんで声を張り上げてるんだ……?」
「なんか言った!?」
「ははは! 50マイルも出しながら移動していたのだ、その名残だとも! ――ふむ、ところでこのガキはなんだ」
「ガキ……!?」
「なんだ反抗期か貴様。反論したいならば理由を添えろ。おいライザー、説明はどうした」
「代打」
「む?」
「ってことでサトリ、目的地までこっから運んでおいて……私は疲れた、寝る、もう駄目。一日遅れで追いつくから……」
「ちょっと待てお袋」
「ほう! なんだ貴様の息子かライザー。貴様だとてまだ若いのにご苦労なことだ」
「いや俺、養子だから」
「血の繋がりなんぞ関係ない。いいかサットリィ、子供を持つなんてのは何がどうであれ、苦労することなのだ」
「……そうか。だったら感謝すべきだな、忘れたことはねえけど」
「それでいい」
「――ん? いやそうじゃなく、つーかお袋の単車ぼろぼろじゃねえか! カウルも割れてるし、うっわタイヤの減りがすげー偏ってる!」
「そういう貴様は車か……ごついアメ車が好みか?」
「え? いや、こっちで使う車だから、外観よりも仕事用。速度は出るし、これでそれなりに小回りも利く。日本車ほど快適じゃあないけどな」
「そんなことは見ればわかる。防弾仕様、足回りも特注で組んであるが、装甲車には至らんな。しかしそう考えればライザー!」
「なによう……」
「貴様は何故、単車なんだ?」
「エスパーだから」
「つまり貴様は製品がどうのよりも、自分に合っているからと、クソどうでもいい乗り物を仕方なしに乗っていると? なるほどそうか、では少し待て、もうちょっと壊してやろう。なあに修繕費くらいは
「うそごめんうそ単車大好き!」
「まったく、この女は素直に言わんからこうなる……息子としてどうだ、サットリィ」
「いやサトリだしちゃんと呼んでくれ。あとこんな参ってるお袋を見るのは初めてでどうしたもんかと思ってる」
「どうしたもこうしたもない。こういう女は殴れば――どうしたライザー、何故逃げようとしている」
「殴ろうとしてるのそっちだよ!?」
「仕方のない女だ……。ところでライザー、ああいやサットリィでもいい」
「だから呼び方……」
「ケイオス・フラックリンはどうした。私に対して挨拶もせんとは気に食わん」
「親父を知ってんのか?」
「むしろ、どうして知らないと思ったのだ……?」
本気で疑問符を浮かべた芽衣を前に、サトリは喉を詰まらせるよう続く言葉を失った。
「運び屋が想定を甘くしてどうする。口外厳禁、詮索不要――であればこそ、荷物の内容に関しては神経を尖らせと、そう教えていないのかライザー!」
「矛先こっちきた!?」
「だいたい貴様も貴様だ、荷物の名札が朝霧であるのに、なんという無様! 私は貴様の経歴からサットリィのことまで調べておいた慎重さがあったというのに、まったく、教えを受けているサットリィに同情したくなるくらいだ……」
「……え? え、なにお袋、この人なんなの。荷物じゃないのか?」
「荷物で間違っていないぞサットリィ、その通りだとも。だから極力、私は手を出さずに運ばれるがままだ」
「嘘つきがいるぞ――!!」
道路側、遠方に向けて彼女は叫んだ。そうせずにはいられなかったのである。
「む? 何を言う、あれこれと口を出して運搬方法を変えることもしなければ、もっと待遇を良くしろと要求した覚えもない。貴様の技量が今のザマだ、反省しろ」
「う、ぐ……!」
「えーお袋、俺この仕事引き継ぐのやめたい……なんかすげー嫌な予感する」
「エスパーの予感とは、これまた当たるのだろうな?」
「いやあんた当事者だからな!?」
「しかし――もう面倒なので
「おい!?」
「率直すぎる感想どーも! あんたと比べられたくない!」
「いや特にライザー、貴様だ。こうするのは二度目だろう?」
「え……二度目?」
「まったく」
どうしようもないなと、腕を組んだ芽衣は吐息を落とし、ボンネットに軽く尻を乗せた。
「何故こうして、私がわざわざ時間稼ぎの会話をしていると思っている。そしてライザー、その結果、貴様はどうなったのか経験したばかりではないか――ほら来たぞ、今回はセダン四台だ」
「うげっ!?」
「ちょっ、なにあれ、マジやばそうなんだけど!」
「さて、このまま移動すると連中も一緒についてくるが、ここで潰しておけば多少は楽になる。そしてこの私はというと? 貴様らの荷物で? 極力手を出さずに運ばれるがままで良いと、先ほどライザーが言っていたのだが」
「サトリ! ――最初から全力! 車載用の機関銃とか装備してる馬鹿な傭兵だかんね!」
「諒解! ってかそんな錬度高いのかよ!?」
「む? いや錬度は低いぞ、この程度なら五分とかからず殲滅できる。ただまあ、錬度を武装で補っている一般的な傭兵で、それでいてしつこ――おお!」
五百の距離を取って狙撃、後方支援を挟んで前衛と、配置に滞りはなく、しかも車を壁にする徹底したやり方。
それに加えて。
「
「冗談だろ!? 接敵できねえよあんなんじゃ! お袋!」
「いいからもうやっちゃいな! もう面倒! ほんと面倒! どーでもよくなった!」
「しょうがねえ――」
ほうと、一歩を踏み出して最前線に立ったサトリの周囲に、ちらちらと雪のようなものが舞う。それは頭上から足元に落ちる、まさに雪のようで。
「む……?」
ひょいひょいと芽衣はそこに近づき、顔を寄せる。
「ん? え? ちょっ、朝霧さんなにしてんの! ここ前線なんだけど⁉」
「なんだ雪かと思えば花型か。ということはやはり〝雪月花〟は貴様の通称だったのだな。ふうむ、なかなか――月夜には映えそうだ。今はまだ昼だが」
放たれたパンツァーファウストはしかし、発射直後に傍にある車ごと大爆発した。もちろん芽衣の仕業だが、いちいち詮索する者はいない。戦闘――いや、銃撃が続行である。
「ESPの弱点は距離――ふむ、厳密には範囲か。たかが百メートル、こうして手が届かないと言い出す」
「言ってねえし……」
だがESPとはそもそも、人間の感覚の延長だ。文字通り、手が届かない場所までは範囲にならない。逆に届くのならば、どこでも範囲の内側だ。
銃弾をバリアで防ぎながら、隙間を縫うようにして
残った一台の部隊を潰し、車の空気を全部抜いて――パンクさせてから、サトリもこちらに合流した。
「悪い、一台逃がしちまった」
「いやあれは……」
「構わんとも、謝罪の必要はない。何しろこれからの運搬も貴様の仕事だからだ。失態だと思っているのならば、これから先で返せばいい」
「ごもっともデス」
「そうじゃなく! 芽衣がこっちに圧力かけなければ私が片づけたのに!」
「なにを言っているのかさっぱりわからんが貴様、荷物が〝邪魔〟なのは当然だろう? それをどうにかして運ぶのか、貴様のような運び屋だろうが。違うかライザー」
「ぬうー! ぬうー!!」
「いや、まあともかく、なにあの連中。ざっと見たけど、装備にかなり金かけてるぜ、あれ。FNとか専用弾、相当貫通力あるだろ。俺の車も貫かれるなあれ。……どう考えても合法じゃない。傭兵だからって、そこまでいくか?」
「なんだ、あの傭兵の情報が知りたいのか? 規模はそれなりに大きく、いくつかの組織と繋がりを持っているスプリングロールという傭兵団、その一部だな。壊滅させることは仕事ではないが、まあ多少は数を減らしておいて、危機感を与えてやろう――その程度か。もっとも、それは私の仕事ではない」
やっているのはグレッグ・エレガットで、それもそろそろ終わる頃合いだろう。対局を見れば小さな嫌がらせであり、棺桶屋を潰そうという行為自体は止まらない。
「一台逃したってことは、また増援が来るって計算か?」
「そうだとして、お前はこうして私と
「冗談。お袋! 引き継ぎ完了、合流は後で。そっちも顔が割れてんだから、気を付けろよ。メット、壊れてないよな?」
「心配はいらない。そっちこそ気を付けて――朝霧に」
「ああうん……」
「どうしてそこで私の名が出る? それほど危険な荷物だとは思っていないが?」
「それはそれですげーよ……」
芽衣が助手席、サトリが運転席に乗り込めば、一足早く単車のエンジン音が遠ざかって行く。
「ふん、なんだかんだ言って撃退用の準備と情報収集を優先したか。ライザーもあれで、局面が良く見えている。装備を整える時間を計ってやろう」
「――あれ、褒め言葉?」
「単純な分析だ。まあ一兵卒は目の前しか見えないから、お前には要求せんとも。だがここ以上を望むのならば覚えておけ」
「はいよ。……ん? 俺、訓練校出たとか言ってなかったよな?」
「そんなものは事前情報として知っている。コロンビア革命軍に手助けをしていたこともな」
「あんた何者だよホント……」
もっとも、グレッグや北上たちからは、半期遅れての入校となっていたため、それほどの面識はないだろう。そのあたりの繋がりは重視しなくても構わない。
スムーズなシフトチェンジを入れ、思いのほか静かに車が動き出す。思いのほか、というのはつまり、速度に対する快適性のことだ。
「目的地まで送って終わりか?」
「いや、ライザーが今頃悲鳴を上げているだろうが、貴様らの仕事は対象――つまり私を安全な場所へ護送することだ。故に、目的地に到着しても追撃があるようでは話にならん。まあなんだ、言ってしまえば狩人認定試験の三日間は、連中に追われながらの仕事になるだろう」
「……え、ちょい待った。なに、え?」
「ライザーの物言いをそのまま伝えればつまり、試験を受けるための隠れ蓑として、貴様らのタクシー代わりに手配したと、そういうことだ」
「ジーザス……!」
「きちんと黙っておけよ、サットリィ。仕事内容の漏洩は万死に値する」
「わかってるよ!? わかってるけど、あんた無茶苦茶だよ!」
「そうか? むしろ素直な一手だと思うが……まあ、試験を受けるという私の目的そのものまで掴む者は少ないはずだな。そもそも、狩人認定試験の周囲は
「あー、俺ら運び屋がそいつを利用したって映るわけか……ん? え? もしかしてさっき一台逃したの」
「うむ、そのためだ」
「あんたのせいじゃねえかよ!」
「貴様らの錬度不足だ。私が重要情報を握っているのは確かなので、連中の追撃はなかなか終わらんだろう。なあに安心しろ、落としどころは私がきちんと用意してある」
「頭痛くなってきた……んなことできるのかよ」
「ふむ」
短く頷き、腕を組んだ芽衣はバックミラーを一瞥。さすがに追撃はまだない。
「
「――え?」
「知っているか?」
「あ、ああ、そりゃ知ってるよ。軍部に間借りしてる組織の、六番目。基本的に単独行動、仕事の内容はともかくすべてに結果を出す、特殊部隊。どこまでが事実かは知らねえけど、米軍にとっては仕事を奪われる厄介者って話を聞いてる」
「厄介者か」
「何しろ、連中は結果を出すが過程は不問だ。つまり、命令の目的が、必ずしも達成されるわけじゃない。持て余してるから、仕事量も減らして、いっそ米軍に引き込もうと動いてる節もあるな。――って、これは俺の感想だけど」
「いやよく捉えている、それは事実だ。そして、――どこまでも事実だ。仕事の経歴を改竄させた覚えも、した覚えもない」
「…………、えっと、朝霧サン? まさかって、やつデスか?」
「そうとも――」
だいたい、芽衣は隠していない。
「――私が
「所属してる人なのは予想ついたけどまさかのトップかよ!?」
「ん? いや、だからといって特別なことはないとも。部下が仕事を私から奪うもので、晴れて私は、こうして暇潰しに試験なんぞを受けに行っていると、そういうことだ。まったく困ったものだ」
「いや困るのか……?」
「暇の浪費というのは、なかなか――左だ」
「うおっ」
「ほう、私の言葉に即応するとは貴様、なかなかやるな。この速度、正面からの対物狙撃では強化ガラスも充分とは言えん。安心しろ、あと二発くらいが限度だろう。次は言わんから自分で避け――」
「ぬあ!」
「――る、暇もなかったか間抜け」
だが良かったと言うべきか、放射線状にひび割れたのは芽衣の側、つまり助手席側のフロントガラスだ。正面が多少見にくくなったとはいえ、運転席のサトリの視界が塞がれたわけではない。
「つーかどうして狙撃なんかわかるんだ!?」
「む? なんだ貴様、狙撃なんてのは一発で命を落とす、危険度の高い攻撃だぞ。対処なんぞ最初に覚えておくのが常道だ」
「いや待って、待ってくれ、むしろ待って下さい。俺だって戦場に出てれば回避手段くらい身に着けてますよ? でも車で移動中で視界も限られる上に、ここら射線なんてどこにでもありますよね?」
「危険に対しては予測が基本だ。大局をもっと読めサットリィ、この程度は簡単だ」
「簡単……か?」
「あれだけの武装を確認しておいて、貴様は何を言っている。その上でこの車を停止させる手段を考えれば、ざっと百通りくらいは思いつかねばな。そして狙撃の中には、見通しの良い場所でかつ、正面からのものが含まれている。その可能性がある以上、車の外側に警戒を伸ばすのは必然だ。そんなことはありえないと思うこと自体が罠だと、貴様は学んでいなかったか?」
「そりゃ…………そうだけど」
戦場ではよくあることだ。しかも慣れが染みついてきた頃に来るのだから、相当な痛手として感じ入ることになる。
ありえない、そう思うこと自体が間違いなのだ。最初から徹底して、その、ありえない状況を潰さなければ、いつか命を失うことになる。
「――さて、ではがんばれ運び屋。この仕事が終わったら、酒でも奢ってやろう」
「後ろから増援きたタイミングでそれ言うんですかね⁉」
「私の仕事ではないぞ」
「そうだけど!」
物凄い理不尽を感じながらも、一気にアクセルを踏んだ。
ちなみに。
芽衣は当然のよう、三日間の試験を終えて合格する。試験官だった狩人からは、認定証を渡される時に。
「スプリングロールとの交渉はきっちりやってくれ」
なんてことを言われた。現役の試験官なのだ、周辺情報など当然のように仕入れている。ついでとばかりに芽衣はその男を誘い、交渉によって状況を収束させた。
ただ、個人的に芽衣は思う。
おそらく、次に事を構えた時は、長く続いていたこの傭兵団を潰すことになるだろう、と。面倒なので部下に投げようとも決意した。
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