第189話 巻き込まれ被害者、泣き崩れリタイアしたい

 2055年、九月十二日――。

 忠犬リッターハウンドが発足されて一年以上が経過したが、ようやく部隊の動きが自然になってきたと、上官である朝霧芽衣の口から洩れたのを、グレッグは聞いたことがある。それは、これ以上は傍で見守ることをせずとも、各自が成長しつつ生きられるだろうと、そんな太鼓判を押されたようなものだ。

 安堂あんどう暮葉くれはと時期を同じくして、シシリッテ・ニィレも日本に配属された。どちらも予備役よびえきとして、たまの仕事に呼び出されることはあるにせよ、基本的には目の前の日常を生きることを中心にして、戦場から離れることになる。

 だったらグレッグ・エレガットはどうだ?

 そう問われた時、ううんと首を傾げてしまう。一ヶ所に留まることを嫌うわけではないにせよ、まだほかにやりたいこともあるし、組織の解体まではこっちで見ておきたい気持ちもあった。

 しかし――いずれにせよ、この頃の犬の動きを見れば、予備役とどう違うんだと、疑問に思う者も少なくなかっただろう。グレッグにしたって、仕事の連絡を受ければこうして現場に駆り出され、高台の傍で小さな村を見下ろしているわけだが、ここ二ヶ月ほどは宿舎にすら戻っていない。

 どうして? いや、簡単な話で、やるべきことが山積しているのだ。仕事を片付ければ、さてと調べ事を始め、不穏な動きがあれば現場に行って情報を得て、それらに基づいて次の行動を決めた頃、仕事だと連絡がきてそちらを片付ければ、ついでとばかりにその近辺の調査に入り――と。

 まあ、そんな生活をしている。

 それがという標準のものであるし、かつて自分たちが未熟だった頃の朝霧芽衣やにわたずみ兎仔とこはそういう生活をしていたのだ。であるのならば、そうなれたことを誇るべきだろう。

 ともあれ。

 今回の仕事は、この村にいる対象を救助し、運び屋に任せ、それから救助者を追っている傭兵の相手だ。相手がもだいたい掴んでいるし、せいぜい三十時間ほどの戦闘で済むだろうと、グレッグは半ば楽観視していた。

 ――楽観、である。

 三十時間の仕事なんてものにも、随分と慣れてしまった。難易度そのものは、さほど高くないなんて思えば、煙草に火を点けて一服を始める。

 油断ではない。そういうものを排除した先にある余裕だ。

「――」

 であればこそ、第三者の来訪に対してグレッグは動きを見せる。

 煙草を口にしたまま右手でナイフを引き抜き、周囲にごく弱い圧を展開して探りを入れていたが、その反応を感じた瞬間には自分の周囲に強めの威圧を作り出し、腰を下ろす。

 目玉だけが左右を確認した。

 ――この感覚を知っている。

 戦場において、過去の経験にならうことをグレッグは避ける。そもそも、これは以前経験したことがあるぞと、思い出す行為が時間の無駄だし、そもそも類似していたところで現実に同じことは二度起きないと、知っているからだ。

 けれどこれは。

「私だ」

「…………」

 なるほど。

 相手が朝霧芽衣であるのならばもちろん、グレッグにだけの配慮はありがたいとも思う。今日の芽衣は軍服ではなく、ワンピース型の落ち着いた服装であり、そして。

「どうしたグレッグ、いいかグレッグ、まだ仕事中だぞ」

 警戒を解き、煙草を一息だけ吸って圧縮することで潰したグレッグは、とても嫌そうな顔をしていた。

「とりあえず、一ヶ月ぶりくらいですか、中尉殿。お久しぶりであります」

「うむ、そうだな……だからどうした、その顔は。仕事に不満でも?」

「むしろ不備でもあった方が良かったというか」

「はっきりせん男だな貴様は。よし、怒らんから言ってみろ!」

「今度はなんの悪だくみだ……!?」

 このパターンは以前にも経験しているので、すぐに逃げられるよう、無駄な抵抗とわかっていても、腰を落として左右を見るが、とりあえずほかの存在はなさそうだ。

 再確認、とても良い言葉だ。――やっても何も変わらなかったが。

「貴様、妙に鼻が利くようになったな……?」

「誰のせいだと思っているんですか、アリガトウゴザイマス!」

「まあ落ち着け、貴様を巻き込みはせん――む? いやもう巻き込んでいる……? だが実害はない、そうとも、問題はないぞグレッグ」

「信じらんねえ……!」

「もう面倒なので率直に言うが、つまり要救助対象が私だとも」

「はあ、やっぱりか」

「内緒だぞ?」

「わかってますって。大学に続き、今度は何です」

「私はこれから秘密裏に、狩人認定試験会場まで行かねばならん」

「今度は狩人ハンターですか……こっそりやるのが得意なのはわかってますが、そりゃまた一体どうして? ついにこっちの仕事が嫌になりましたか?」

「おいグレッグ、――とは何だ、ついにとは。仕事に好き嫌いはないとも。……面倒だが」

「まあ、面倒だから仕事なんだろうとは思いますが」

「うむ。いやなに、二人ばかり他所へ回したが、どうも最近は貴様らが上手く仕事をやるもので、私は非常に暇でな。将来の選択の幅を広げるために、ちょっと狩人になってやろうと――だから何だ、その顔は」

「いや、将来の選択なんて、ジュニアみたいなことを言いだしたので、この人大丈夫なのかなと」

「グレッグ、私は常に大丈夫だ。そして実年齢ではジュニアのようなものだが?」

「そうだった……!」

「理解できたようで何よりだ。運び屋の手配は?」

「そっちは滞りなく、僕ら犬が手配したとは気付かないよう、手順を踏みました。よっぽどの間抜けか、凄腕じゃない限りは見抜かれないでしょう」

「結構だ」

「あの運び屋の女には同情しておきます」

「貴様も言うようになったな?」

「僕の成長を喜ばしく思いません?」

「そうやって追加情報を寄越せと? 仕方のないやつだな……ここらの目を私に向けてやろうと思っていたが、それだけでは足らんというのか」

「そこそこ、しつこいでしょ、傭兵連中は」

 つまり、それなりに

「ふむ? なにを言っているのかさっぱりわからんが、私は運び屋の荷物だぞ?」

 ご愁傷様と、グレッグは運び屋に対して思った。

「ところで、赤い竜はどうした」

「ああ、ギョクなら今は、ケイミィが持ってますよ。そろそろ落ち着けそうですか?」

「うむ。引き取り手は楠木くすのき、向かう先は日本の四国海上にあるヨルノクニだ」

「楠木――ケイジェリィですか?」

「同期だったな」

「ええ、訓練校時代に。トゥエルブといい、ケイミィといい、東洋人が多かったイメージがあります。僕もそうですが、年齢制限が緩和されましたからね」

「うむ、それは私がいたからだろう」

「――やっぱり中尉殿が原因ですか」

「原因とはなんだ、原因とは」

「経歴隠しの一貫というか、出所を隠す手段としての一手で、たぶんアキラ大佐殿あたりも噛んでるんでしょう? 犬って、中尉殿のための部隊ですから」

「いつ気付いた」

「最近であります」

「そうか、遅かったな」

 頷きを一つ作られれば、グレッグもそれ以上は突っ込めない。

「それで、えっちゃんも同じタイミングで戻るって話に繋がるんですか」

「聞いているようだな」

「こっちに出向する前は、ヨルノクニにいたって話も聞きましたからね」

「貴様はどうする」

「まだ考え中ってところですが、どのみち、こっちに一人くらい居た方が、なにかと楽に動けそうな感じもしてますし、最近はちょっとゴーストバレットの痕跡を拾ってるんです」

「ほう、戦場に出る幽霊か」

「実際にいるとは思ってましたが、追跡してるとなかなか面白いんですよ、あれ。子供兵器でありながら、使い捨てに――ってところが」

「なるほどな」

 もちろん、芽衣はここで、同じ部隊にいる兎仔とこがそうだ、なんて事実を提示しない。教えるならもっと状況を整えてからにするし、答えを他人に教えられた謎解きほど、つまらないものはないからだ。

「悦はいいのか」

「まだ、べったり一緒にいる感じじゃないですよ」

「そうだが、あの女は面倒だぞ? いつも一緒にいると、うっとうしいと嫌がるくせに、逢わないなら逢わないで寂しがる」

「わかってます。こっちの仕事がどうであれ、顔は見せるし連絡は入れます」

「上手くやっているようで何よりだ。――さて、私はそろそろ救助されるが、同期と逢う気はあるのか?」

「いや、そっちはケイミィに任せます。僕はどのみち、えっちゃんに逢う時に顔合わせするんで」

「ふむ、確かにそうだな」

「それと中尉殿、そちらも掴んでいるとは思いますが、棺桶屋の周辺で妙な匂いがします」

 それなりに有名な、古い傭兵団の名前だ。一言で表すのならば、堅実な傭兵である。古臭いが、それだけ王道だとも言える。

 ――逆を捉えれば。

 ほかの傭兵団にとって、これほど厄介で邪魔なものはない。

「今回、中尉殿が引きつけた春巻き野郎スプリングロールも、遠回しな手助けですか」

「そこまでわかっているなら、私が言うことは一つだ。いいかグレッグ、お前は犬だ」

「ええ、傭兵じゃない。領分は弁えてます。手助けできないことを、もどかしいとは思いますが」

「ならばいい。春巻きはこちらに任せろ、今からデートだ」

「ご武運を。――それと、次にこっそり何かをする時は、僕以外の人選をお願いします」

「何故だ?」

「この嫌そうな顔から察してくれませんかね!?」

 芽衣は、笑って背中を見せ、足を進めた。

 そんなことは知らん。

 さて。

 携帯端末からいくつかの情報を流しつつ、救助ポイントに向かって歩けば、妙な感覚に囚われ、芽衣は思わず振り払った。

「――ん?」

 術式ではないようだが、その何かは簡単に反れてから消えた。

「……ああ、なんだ、ESPか。悪いことをしたな」

 しかし、芽衣の対応を理解しなかったのか、もう一度同じ感覚がきたので抵抗せずにいれば、引っ張られるようなイメージで場所が移動した。

「――ふむ。テレポートというよりも、アポーツか」

「あんたが救助対象?」

「ああそうだ、私が朝霧だ。目的地はわかっているな?」

「してるけどぉ……え、なに、この偉そうなの……」

「貴様の方こそ、なんだこの偉そうな単車は!」

「うっさいなぁ……」

「あとその眠たそうな顔がいかん。なんだ貴様、眠り姫か? よしいいだろう、これから貴様のことは寝坊助ライザーと呼ぶ。まったく、けったいな単車だなこれは。これだけの排気量だと、貴様の躰では扱い切れないだろう?」

 いわゆるリッターバイクと呼ばれる代物で、しかも速度重視。芽衣よりも小柄な彼女では、乗り回すのにも苦労するはずだ。

「ああ、エスパーならば多少の無茶も利くか」

「――」

 言えば、鋭い視線を向けられる。のんびりとした話し方、眠たそうな顔、けれどその瞳の奥は鋭く――否、鋭さよりも、冷ややかだ。冷徹、けれどそれを一振りの刃物と表現するには至らない。

「なんでそんなことわかるのよぅ」

「わざわざ肯定してくれるあたりが優しさだな。しかしどういうわけか、私の周囲にはそれなりに東洋人が多いのだが、貴様は全国区で動いているのか?」

「うんそう。実家は野雨のざめのあたり……で、通じる?」

「もちろんだとも。残念ながら私は行ったこともないが――いや、そう考えてみれば、日本に滞在した時期すら、ほぼなかったのようなものだからな。そう、東洋人なのは見かけだけと言われても否定する言葉を持たんぞ」

「へえ――んぅ? あれ、救助……」

「はははは、私はシートの後ろに乗ればいいのか? なんなら運転しても構わんぞ?」

「私の特注だからだめ」

「なんだ詰まらん――よし! 時間稼ぎは充分だな!」

「……え?」

「ほれ、とっとと火を入れんか貴様。武装集団がやってきたぞう」

「んげっ」

 二人は単車に飛び乗り、すぐにエンジンに火が入って盛大な音を立てる――が、それよりも早く、連続した発砲音が周囲に響いた。

Moveはやくしろ! |Goほら f**k’inさっさと chaseはしり goだせ!」

sonどう ofなっ a bitchんのよ!」

 タイヤがアスファルトを削るようにした急発進。低姿勢のまま振り返れば、背後には三台の車が追ってきていた。二台はセダンタイプ、もう一台はキャンピングカーのような大型車――。

「ちょっ、なっ、――公道で銃撃戦とか!?」

「とっととフリーウェイに入らなければな! あはははは、この単車では馬力負けだ、追いつかれるぞ!」

「なんでもうあれ、どうしてこうなってんの!?」

「仕事をしろ運び屋! 私を無事に目的地へ届けるのが貴様の仕事だろう!?」

「わかってるわよう!」

 単発的な銃撃は、左右に揺らすことで回避できる。

「フリーウェイとか広い道に入ったらアウトじゃないのこれ!」

「それは貴様の問題だろうが!」

「どう考えてもあんたがこの状況を作るために誘い込んだんでしょ!?」

「なんだ貴様、さては賢いな? いかんぞ、それはいかん。つまり私に責任を転嫁するな。――っと、おい狙撃されているぞ!」

「避けてる! バリアも張った!」

「これでバリアのつもりか? 尻を拭く紙のほうがよっぽどマシだぞライザー!」

「うっさい! うっさいし、はしゃぐな馬鹿! ばーか!」

「楽しまんでどうする!? こんなチェイスなど映画の中だけだ!」

「広い道に出る! ――二車線だけど!」

 山道から通りに出ても、銃声は止む気配がない。芽衣が背後を振り返れば、追い越し車線に大型車が移動して、次第に近づいてくる。だが銃声は背後のセダンから――。

「おい並ばれるぞ!」

「こっち50マイル出してんだけど⁉」

「ははは、――あっちがそれ以上出してるだけだ!」

 真横、まるで洞窟の入り口のよう開いた車内からは。

「277機関銃だ!」

 7.62ミリを毎分五百発くらいは楽に吐き出す車載機関銃を、装甲車ではなくキャンピングカーを改造して強引に載せている! よほど資金が潤沢な傭兵なのだろう、芽衣は詳細も知っているが、あくどいことをして得た金だ。

「く――ッソッタレめ!」

 シフトチェンジを強引に入れつつ、後輪を大きく持ち上げて一気に減速、そのぶんの重圧を受けながら、芽衣は彼女に抱き着くよう姿勢制御。周囲の光景が移り行く速度と同じだけの加圧だ――その中、腰から引き抜いて拳銃を三発、キャンピングカーのタイヤを一つ、根本から外してやった。

 道を反れて転がって行く巨体を見送りながら、後輪が再びアスファルトを噛み、再加速――もたもたしていれば、後ろの車に追いつかれる。

「これで貸し一つだぞライザー!」

「え、なんで!?」

「要救助対象に仕事をさせてどうする! この間抜けめ!」

「上乗せ! 必要経費に上乗せ!」

「私ではなく依頼人に直接言え! だが仕事内容に関しては部外秘とする契約だろう? きちんと覚えているんだろうな!」

「そんくらいわかってる! 専門でやって長いんだから!」

「だったらこのくらいの窮地はどうにかせんか馬鹿者!」

「あんたが言うな――!」

 どう考えても、朝霧芽衣が元凶である。

「む……引いて行くな」

「人目につくから撤退?」

「いやまさか、増援を呼びに行ったのだ。こちらの動きを読んで先回りする気だろう、ルート選択をミスるなよライザー」

「あんたはもう、あんたは……ああもうっ、ああもう!」

「なんだ、この私が専門外だというのに、こうして助言をやっているのにも関わらず、随分と冷たい反応だな……?」

「あんた何者!?」

「運び屋が荷物の事情を、いちいち聞くのは違反だと思うが?」

「ぐっ、く、こ、このう……!」

「まっすぐ前を見て運転しろ馬鹿者。私はスカートじゃないから、覗いても見えないぞ」

「うっさいわ。一応聞いておくけど、目的地はそれほど安全じゃなさそうだけど、なにかあるの? ――あ、途中で休憩入れるからね」

「それは構わんが貴様、現地情報もあまり深くまで仕入れていないのだな。まあ、運び屋ならば荷物を置いて終わりか……ふむ。いやなに、あそこは安全だとも。むしろ危険なのはデトロイトを抜ける時だ」

「……襲撃あるしもういっそ、迂回せず突っ切ろうかなあ」

「ちなみに目的地では狩人認定試験が行われる」

「――は?」

「三日間なので、まあ運び屋には付き合ってもらわねばな。そこからは別依頼だ、料金は支払おう。そのために、殲滅は避けて追尾させているのだ――いわば、隠れ蓑に使ってやってるわけだ。仕事の内容なのでほかに漏らすなよ、ライザー」

「ちょっと待って」

「単車を転がしているのは貴様だ、待つもなにも動いているだろう」

「あんた試験受けるためのタクシー代わりに私使ってんの!?」

「そうだが」

f**k’inなんなの suckerこいつ! Assクソッ holeタレ!」

「なに? すまんが移動速度が速すぎて聞こえんぞ!」

「良い耳をお持ちですねこんにゃろう!」

「はははそう褒めるな。――おっと、横道から来るぞ! 先回りだ!」

「あーくそ、くそ、あークソッタレ! 来いよ傭兵ども、もう手加減なんかしてやるもんか!」

「その調子だライザー、もっと楽しめ!」

「楽しめるか――!!」

 運がなかった、のちに彼女はそう語る。

 運び屋としての彼女が唯一、二度とこんな仕事はしないと誓ったのは、まさにこの瞬間であった。


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