第174話 自作自演の一言で悟れ情報屋

 時間は少しだけ遡る。

 のちにストリッパー事件と呼ばれる女性を送ってから、宿舎を出た芽衣は自然とアイウェアをかけ、隣の宿舎へと足を向けた。まだ肌寒くも感じる季節ではあるが、日差しの強さもあるし、そもそも、外気温の上下を気にすることもなくなってしまった。

 明らかに軍属時代よりも忙しいのに、あまりそれを感じていない。むしろ、束縛から放たれたような気軽さもある。部下を育てることで頭を悩ませる毎日も、そう悪くはない。

「中尉殿」

「首尾はどうだ、兎仔とこ――……ふむ」

「どうしました?」

 向かう先の宿舎から歩いてきた兎仔軍曹と顔を合わせ、ぴたりと足を止めた芽衣は顎に手を当てて、小さく首を傾げた。

「いや、貴様は成長を対価として支払ったのか?」

「――、……わかりますか」

「まるで小学生のような見た目なのはさすがに珍しいが、私の知り合いにもちっこいのは、そこそこいたような、いないような――しかし、よくもまあ、そんな支払いをするものだ。いや、やっていた頃は無自覚か」

「参りました、その通りです」

「ふむ。ここのところ、仕事を中心にしていて、お前のことは最初に顔を合わせた時に探っただけ、だったからなあ……」

「は……え? 連中と一緒に控室にいた時でありますか?」

「そうだが」

「……、まだまだですね、あたしも」

「私だとて、気付かれるようにはやらんとも。さて次の仕事なんだが」

「今回は大して労力を要しませんでしたから、構いませんよ。シナリオ通りでした。報告書はデジタルでもう提出済みです」

「グレッグが出した報告書が暗号でな……先ほどまで解読していた」

「お疲れ様であります」

「まあ貴様への信頼度は高いので、そのまま上へ転送しておくがな、ははは。――さて、おまえは〝掃除〟の仕方は知っているか?」

を支払えってやり方なら」

「うむ、それでいい。そうだな……よし、七草ななくさを連れて、周辺の掃除を頼む。適当でいいがな」

「捕まえてきたあの情報屋を、安全にする意味合いも?」

「その通りだ。おっと、野郎三人が食堂にいるから、休むついでに話でも聞いてやれ」

諒解ですイエスマァム

 さてと、そのまま分かれて隣の宿舎に入れば、ロビーに一週間前に見た顔があった。

「――朝霧」

「久しぶり、と言うには近すぎるな、マージ・ティオ・オウルダー。まあ座っていろ――で、どうしたシシリッテ」

「あー中尉殿、マジで、ちょっとしんどいです」

「なんだ、お前の生理は重いのか?」

「どっちかっていうと重いんで、軽いヤツとか殴りたくなるんですが、そうじゃなく、なんなんですか、あの軍曹殿は……」

「うん? それほど難易度の高いことをやらせた覚えはないが、なんだ。兎仔はそんなに厳しい指導でもしたのか?」

「八人からを相手に、単独で立ち回りとか……」

「つまり、少なすぎると文句を言いたいのか?」

「多すぎるんですって!」

「情けないことを言うな。貴様は一人で数人分の働きができるだろうが。どちらかといえば、貴様は裏を搔いたり、暗殺主体よりもむしろ、護衛向きだと思うがな」

「今回のように?」

「そうだ。護衛対象には何も悟られず、全てにカタをつけられる」

「はあ……ま、そうなれるよう、あたしも努力します」

「うむ。では、今回の作戦についての詳細を話してやろう。ところでティオ、情報屋ティオ」

「なんだ? 感謝をしろって話か?」

「いや、そうではない。きっと私たちよりも年齢を重ねた貴様は知っていると思うが、そう、念のため聞いておく。――自作自演マッチポンプって言葉を知っているか?」

「……!」

 おそらく、既にその可能性の考慮はしていたのだろう。すぐにティオは頭を抱えると、ごつんと額を自分の膝に当てた。

「どういうことです、中尉殿」

「こいつが元所属していた組織に、私が何かしらのアクションを起こすぞと、警戒を煽ったのはほかでもない、この私が情報を流したからだ。そして? 私の情報を多少なりとも掴んでいるコイツは、抜けた組織から再び接触を受けて逃走を図るが、それを止めたのも、救助したのも、この私の判断となる」

「てめえ朝霧……!」

「なんだティオ、何を怒っている。結果的に、これで本当の意味で組織と縁が切れたんだ、もう少し喜んだらどうなんだ」

「綱渡りでも上手い具合に生活できたんだよ!」

「まあそう言うな、きちんと仕事は用意してある。安全な仕事だ」

「……、で、なんだ」

「うむ、さすがは大人なだけあって、飲み込むのが上手いな。ところでシシリッテ、情報の有用性については、どう考えている?」

「どうって……情報そのものが戦局を左右しかねないし、そもそも、自分の行動を決めるのにだって、情報が必要だってのを、今回のことでも痛感しましたよ。あたしらも、電子戦なんかに手を伸ばそうとしてますが、まあ、手探りってのが実情ですね」

「そして兎仔でさえ、私の情報を掴んでいない」

「そうなんですか?」

「うむ。シシリッテは、アレを知っているか? そう、ランクSS狩人ハンターの〈守護神ジーニアス〉なんてヤツが、かつていたんだが」

「そりゃ知ってますよ。アメリカにいて、知らないヤツなんていないくらい、それこそ最高峰じゃないですか。米軍そのものより、彼一人の方が重要だって大統領が演説した話なんて、随分と有名ですし」

「だろうな。私の師匠だが、内緒だぞ?」

「……――? えっと……、――はあ!?」

「情報とは、こうして本人があっさり明かす場合もある。しかしどうだ、それを知ったお前は、気軽に同僚の世間話に、ひょいと言えるか?」

「い、言えるわけないでしょう!」

「言ったら大問題だからな……私はもう気にしていないので、構わないのだが、ともすれば重圧や束縛になる可能性もある。要は使い方次第だろう。そこでこの、情報屋として古株であり、酸いも甘いも知っているティオが、貴様らにその技術を教えてくれるぞ」

「俺の意志はどこだ……」

「私をのが運の尽きだな。そういう人間は傍に置いておくに限る。――ちなみにこれは冗談だ、真に受けるな」

 はははと笑う芽衣を前に、盛大な吐息を落としたティオは顔を上げた。

「答えろ朝霧。――俺を助けたつもりか?」

「結果的には、そうかもしれん。足を抜けられん情報屋稼業を続けて、いつか死ぬまでと惰性で続けるくらいならば、私の部隊にそのノウハウを教えていた方が、よっぽどマシな人生だろうと、私は思っているが」

「……アキラは」

「ほう、知り合いか? 打診したら構わないと言っていた、あとで直通連絡先を教えよう。一般回線だとそもそも繋がらないが、まあ貴様なら問題あるまい。待遇自体を悪くするつもりもない、きちんと給料も払う。そうだな……まずは一年契約だ。その間に、貴様の存在そのものも、きっちり整えてやろう。これは私が好きでやることだがな」

 どうすると問われ、ティオは。

「……俺は、俺のやり方しか知らんぞ」

「だから貴様を選んだ」

「いいだろう、契約をしてやる。……ったく、やり口がジニーそっくりだ、クソッタレ」

「よし。まずシシリッテ、貴様は報告書の作成だ。兎仔の報告は別のものとして受け取るので、書類を作れ。グレッグのように字が汚いようなら、再提出だ覚えておけ。デジタル式はまだ、許可せんぞ」

「イエス、マァム」

「では宿舎に案内するから、ついて来いティオ」

「ここじゃないのか」

「〝忠犬リッターハウンド〟は、隣だ。内部事情などすぐわかる」

 外に出れば、シシリは一足先に、走って宿舎へと戻った。

「私の行動は耳に届いているんだろうな?」

「戦場を荒らす犬に関しては、どこも耳にしてるだろうよ……軍部の連中なんか、お前の評価を更に上乗せしたって話だ。遅すぎると笑ってやったが」

「〝見えざる干渉インヴィジブルハンド〟に関しての情報は?」

「ある程度はな。お前が言っただろう、内部情報なんぞすぐ集まる。それを使うことはないだろうが――しかし、ほかの連中はどうなんだ?」

「サーバを構築したり、電子戦の基本を覚えようとしている最中、といったところだ。先ほどのシシリッテも含め、あと四名いる。全部とは言わんが、教えてやってくれ。私くらいには情報を使えるようにならねば困る」

「いやお前、かなり情報得るの早いだろ……?」

「今はまだ、電子上のデータでしか早くはないが」

「ああ、そっちがメインか」

「うむ」

 宿舎に戻って、まずは。

「あのクソ女が受付だ」

「ちょっと芽衣、言い方、言い方」

「ふむ? よし、あの尻ばかりデカイ勘違い女が受付だ。とりあえずの手続きはそこでやれ。物品の要求も可能だ」

「面倒だな……ティオだ。マージ・ティオ・オウルダー」

「ネッタ・ラックエットよ。上から書類もきてるし、数枚のサインを求めたいんだけど、どうする? あとにする?」

「挨拶が終わり次第、顔を見せる」

「――ふむ、その必要はあるまい。ティオ、貴様の部屋は右側の一番奥、左手側だ。中身はベッドとテーブルくらいしかない」

「そりゃどうも。で、必要がないってのはどういうことだ」

「こういうことだ」

 咳払い一つなく、芽衣はすぐに声を上げた。

「グレッグ、北上、七草、安堂! 部屋から出て顔を見せろ!」

 宿舎の扉が開くのに、四人とも十秒とかからなかった。

「いいか、貴様らがぐだぐだと、手探りでやっていることに関して、優しい私は教材を用意してやったぞ! 古株の情報屋として五十年も生活してきたティオだ! 貴様らはまず、こいつが知りうることを全て吸収しろ! 電子戦でもこの私よりもちょっと下だが、なかなかやるぞ」

「あー、やっぱ中尉殿、あれですか、電子戦は相当やるんですか」

「相当とは何だ、相当とは。私なんてだぞ、北上」

「あははは、A級ライセンス保持者が馬鹿言ってるー。真に受けない方がいいわよー」

「デカ尻は黙っていろ。ちなみにティオの部屋は、逆側の一番奥だ。いいか貴様ら、椅子に座って教壇に立つのを待つのを、間抜けと呼ぶ。自ら足を運び、考えを話し、教えを請うのがちょっと賢い間抜けだ。挨拶は以上、解散わかれ!」

 ばらばらと、また部屋に戻って行くのを見送り、芽衣は腕を組んだ。

「どうだティオ、物分かりの良いガキどもだろう?」

「お前とは違ってな……?」

「ははは、そもそも立場が違うから当然だ。さて、私は次の仕事に取り掛からねばならん。とりあえず書類は書き終えておけよ」

 そう言って芽衣は、二階の自室へと戻っていった。

「――ふふ、大変ね、ティオ」

「まったくだ。あんた、一時期は電子戦公式爵位の受付に座ってたことあるだろ。どうしてここに?」

「仕事だから。はいこれ書類ね、目を通して。そっち、芽衣のことはどこまで?」

「誰かさんの弟子ってところまで」

「ああ、なる。実はその頃にライセンス取得してて、一度返納手続きにきたのよ。本人が顔を見せないといけないから、外見だけはちっちゃくて可愛いの頃、顔を見てるの。そういう繋がりもあって、この仕事を紹介されてさ」

「外見だけ、ねえ」

「うん今は外見も可愛くない」

「実年齢を忘れるなよ、ネッタ」

「女にそれは禁句――っていうか、そりゃまあ十歳と少し、違うんだけどさ」

「まだ二十代なら、充分お前だって若いだろ……。ここのところ、年齢なんぞ当てにはならんと、ずっと言われ続けてる気分だ。おいネッタ、この書類に二ヶ所訂正を入れたいんだが?」

「え? 訂正?」

 どこがと、そんな対応を見せたので、ため息と共に胸のポケットからペンを取り出して、いくつかの単語とその前後に訂正を入れていく。

「書類契約は三度読め。内容が理解できたら二度読め。サインができると確信を得てからもう一度読め――鉄則だぞ」

「いや私、ただの受付なんだけど……まあ、大佐に連絡しておくよ。あ、これ、直通連絡。手順はわかるよね?」

「ああ、俺から連絡も入れておく。しかし、電子戦技術じゃ朝霧の方が上なんだがこれ、どう思う」

「指導してる時間はないし、そういうのは趣味じゃないって感じ。ていうか、あの子まだ、衛星内部に秘匿したサーバを二つくらい持ってんじゃないの?」

「ああ、個人所有の? あるって噂くらいは聞いているが、あいつの師匠の、形見か」

「手入れが面倒だってぼやいてたよ、この前」

 衛星というのは、用途がどうであれ、個人的なものの介在の余地はない――そういう前提だが、まあ、ランクSSともなれば、こっそりやることも可能なわけで。

「ティオはどう?」

「非公式だが、まあ、B級ライセンスくらいの仕事はできる。情報屋だからな……」

「危ない橋を渡ってるね」

「仕方がないんだよ。どうしたって必要だ」

 そう――今までは、必要だった。

「ん? おい、おっさん! まだ部屋に戻ってなかったんなら丁度いい、サーバの構築ってのを手配したんだけど、そもそも情報集めってこっからどうすりゃいいんだ? 中尉殿から、老舗が相手だから内部の監視プログラム排除しろって言われたから、そっちはなんとかできたけど」

「あー北上だっけか? お前そんな基礎も知らんのか?」

「知らねえんだよ、残念なことに。っていうか、中尉殿や軍曹殿は、なんで知ってて当然って顔してんだよ、わけがわかんねえ。そりゃ知ってた方が有利だろうけど、んなピンポイントに情報って得られるものなのか?」

「あのな――集めることと、得ることを一緒に考えるなよ、基本だぞ。集めるのは適当に、そこからの選別で厳選しろって……なんだその顔は」

「あんたの言ってることがわかんねえ」

「どうしようもねえな! 暇な連中をまず集めろ、基本から教えてやる! サーバがどうの、電子戦がどうのって以前のレベルだクソッタレ!」

「へーい。なんだおっさん、乗り気じゃねえか。こりゃ遠慮はいらねえなあ」

 まったくと、吐息を落として。

「書類は二、三日中に揃えておく。それまでは仮扱いにしといてくれ」

「ん、諒解。あとで行動可能範囲と、自由になるお金。ノート型端末くらいは先に支給手続きをしとくからね?」

「そうしてくれ……ったく、朝霧め、クソ面倒な仕事をやらせやがって」

「楽しいよ?」

「ふん、物覚えが悪い方が可愛げがあって、いいんだがな」

 だが、それでも。

 やはり自分の技術を、自分のもののままで廃れさせるよりも、一部でもいい――誰かにそれを使って貰った方が、嬉しい気持ちはある。だからこそ、ティオは芽衣の言葉に、頷きを返したのだ。

 いいように使われているが、それも含み、とりあえずガキどもに、基本から教えてやろうじゃないか。

 ――おっさん、なんて呼ばれることすら心地よい。

 そうなってくれれば良いと、心底から思った。


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