第173話 カードの扱い、極度な臆病

 忠犬部隊は大きく、三つに分けられることとなった。これは朝霧芽衣の、ひいては組織そのものの長であるアキラの指示するところではない。だが、この流れが必然である以上、知らなかったなどと二人は口にしないだろう。

 そう、必然であった。

 まず大きく二つにわけられる――ロウ・ハークネスがアキラの元に呼び出されたのは、それが原因だ。

「ハークネス」

「は、アキラ大佐殿」

「あー……ま、いいか。堅苦しいのは必要ないが、いちいち諫めるのも面倒だ。バルディとホウは仕事中だが、戻ったら同じことを伝えてくれ。最初にも伝えたが――お前ら、犬を名乗るの、やめとけ」

「……――は?」

「お前らを除隊するわけじゃない。ただ面倒が起きる。何故か? 忠犬が発足されて一週間、朝霧芽衣直下、当人を含めて七名が遂行した仕事が二十六を越えた。そのほとんどが、朝霧とにわたずみの両名で行われている。いわゆる研修期間だな……仕事の詳細を見るか? こいつが報告書だ」

 書類の束をひょいと差し出されたので、否応なくロウ・ハークネスは受け取るしかなく。

「読めばわかるが、――やり方はお前らとは違う。だが結果は出している。この一週間で既に犬は嫌われ者、介入と聞けばすぐ嫌そうな顔をして、撤収と残飯処理の用意を始めるようになっちまった」

 一枚目の書類に目を通せばわかる。たった一枚で理解する、――軍人のやり方じゃない。

「そして、お前らがのこのこと顔を出して、忠犬だと一言放てば、連中は同じ態度で準備を始める――で? お前らは朝霧と同じ結果が出せるか? 強要は一切しない、自分たちで考えて決めろ」

「諒解であります」

「予想してたってツラだな」

「自分たちは朝霧を見てきました。初対面の頃からずっと、彼女の深淵に触れたと思えたことはありません」

「……俺とジニーは、知り合いでな。お前たちが来る前に、朝霧とは逢っている。その時点で既に、ジニーはこの状況を見越していた。相談しているのかどうかは知らないが、バルディからは引退の打診が来てる」

「聞いています」

「俺は基本的に、日本にある支部がメインなんだが……バルディに関しては、日本にある田舎に、適応できそうな場所があるから、そっちに送るつもりだ。まだちょっと先にはなるけどな。ただ、それは住居の案内であって仕事の斡旋とは違う」

「自分もホウも、叶うのならば別の仕事を望みます。ただ、それがどのようなものなのか、考えて決められるほどの経験がありません」

「ああ、――そうだったな。わかった、これも今すぐではないが、配慮しよう」

「お手数をおかけします、大佐殿」

 少なくとも現状では、朝霧芽衣を探るための鍵として、彼らは存在している。ただ、扉を開けようとしても、その先に芽衣はいない。


 大きく二つ、朝霧芽衣の部下と、そうでない者。


 そして更に、研修期間と題してやり方を見せた結果、潦兎仔とこが担当した安藤暮葉くれは、シシリッテ・ニィレの二名が、兎仔の部下としての立ち位置になる。これは芽衣が判断を下した結果だ。

 こうして、犬は三つにわけられ――仕事をするようになる。とはいえ、まだ一個人としては仕事の幅が狭く、任せられる仕事はあまりにも少ない。

 だが、その少ない仕事を任せられたからこそ、グレッグ・エレガットはこんな複雑な心中のまま、芽衣の居室に呼び出されることになる。

「――どうした、浮かない顔だな」

 居室とはいえ、部屋には何もない。初期のままであり、グレッグが使う部屋と何も変わらない――が、それでも、私物がある。寝泊まり以外に必要なものは、こんな宿舎に置いておくような真似はしない、と言外に伝えられている気分だった。

「なにかあったのか?」

「……今回の仕事、僕は失敗したのであります、中尉殿」

「ふむ、どこがだ?」

「は、味方に損害が十三名」

「何故、損害が出た?」

「僕が迷ったからであります。最善の手を打てませんでした」

「なるほどな」

 キャスターつきの椅子に座った芽衣は、テーブルにある書類に目を落とし、腕を組む。

「まず第一に、――思い上がるな。この私だとて最善の手など打てはせん。否、誰にも打てない。だが結果として、その過去を振り返ってから現在を鑑みたとして、その一手が最善であったのだと、認める。これが自然な流れだ、取り違えるな」

「……はい」

「そして二つ目、迷ったのは貴様の錬度不足だ。今更言うまでもないが、戦場で迷うな」

「猛省しております」

「――では、迷わないためにはどうすれば良い?」

「それは……経験でしょうか」

「うむ、それも間違いではない。だが八割、ないし九割は準備だ」

「……準備、でありますか?」

「そうだ。私に言わせれば、想定不足の一言で済ます。そもそも――平時の状況で死ぬほど迷って悩んで、あらゆる可能性を考察し、己の錬度と比較して、それをどうにかするために訓練を行えばいい。グレッグ、この流れに不審な部分は?」

「――ありません、中尉殿。当たり前のことです」

「うむ、当たり前のことだとも。そして、そのためには仲間を巻き込め。私闘は許可せんが、訓練という言い訳なら構わん。医師の手配もしておいた私を褒める時が、いずれ来る」

 その時はたぶん、死にそうになっているはずだが。

「さて、本題だ」

「――は? お叱りでは?」

「む? いや、私は叱って伸ばすタイプではないぞ。だが言うことは言う。グレッグ、いいかよく聞け、貴様の報告書は再提出だ馬鹿者」

「は……不備がありましたか」

「不備はない」

「はあ」

「だが貴様の字は汚いな! 解読はできたが、私の忍耐力があとちょっとでも少なかったら解読班を呼んでいたところだ! ゆえに再提出だ。ほれ」

「……駄目ですか」

「駄目だ。こればかりはいかんぞ、何しろ私の目が疲れる。更に言えば、目を通すのが面倒でそのままアキラ大佐に書類を通すことができん。ここが一番の問題だ」

「あー……いや、諒解しました、中尉殿。書き直して提出します」

「できれば今日中に、大佐殿の部屋に放り込んでおけ。ポストに投函では駄目だ、来客用テーブルに置け。いいな?」

「諒解であります。では失礼」

「うむ」

 そうして部屋を出てから、気付いた。

 朝霧芽衣は一度も、出した結果に対して文句もなく、失敗とも言わなかった。味方に損害を出してしまっても、仕事を果たしたからこそだろう。

 再提出かと、書類に目を落とせば、まあ仕方ない。そもそも、まともな教養を受けた人間が訓練校なんぞに放り込まれることなど、ありはしないのだから。

 吐息が一つ。

 まったく、やることが多すぎて参る。何から手をつけたものかと、一階にある自分の部屋の扉を開けば。


「――……あ?」


 スタイルの良いねーちゃんが、上着を脱いで下着姿になるところだった。

 ぱたんと、扉をそのまま閉じた。

 回れ右、反対側にある扉を叩く。


「ケイミィ! おいケイミィ! ちょっとあれだマジで助けてくれよ! 僕はなんだかわけがわからんですことよ!?」

「……うっせえなあ、おいグレッグ。俺は北上だ、ケイミィじゃねえって、何度言えばいいんだクソ野郎」

「おいケイミィ、ちょっと僕の部屋を見てくれ。頼む、頭がどうにかしているんだ僕は」

「あー?」

 北上きたかみ響生ひびきはトランクスに白色のシャツを着た姿のまま、何言ってんだこいつ、何かキメてんのかと思いながら扉を開き。

 今度はタイトスカートを脱ぐところだった女性を発見し、はてと首を傾げてから扉を閉め、更には部屋の番号を確認する。

「……おいグレッグ、こりゃなんの遊びだ」

「待て僕が原因のように言うな。僕はさっぱりわか――中尉殿!」

「騒がしいな貴様ら。どうかしたのか」

「は、グレッグの野郎の部屋に」

「ふむ」

 頷き、朝霧芽衣は扉を開いた。完全に下着姿のねーちゃんが、にっこり笑顔。芽衣はすぐにポケットに手を入れ、ドル札を数枚、谷間に挟み込んだ。

「すまんな。どうやらこのグレッグは、発育が良い女性はタイプではないらしい。つまり幼女趣味だな」

「おいおいちょっと待って、いろいろとわけわからんけど! 僕はそんな幼女趣味アリスとかそういう括りでの性癖はないけど!?」

「だがヘタレだ、なあ?」

 脱ぐのは遅く、そして彼女たちの着替えは早い。

「メイの予想通りだったね。んー、でも私の好みはそっちの子かも」

 するりと長い手が伸びたかと思えば、北上を抱き寄せて頬にキスが一つ。

「……ありがとさん。だけど俺は、化粧の匂いってのが嫌いでね」

「あら釣れない。んふふ……じゃあねメイ」

「うむ」

 バッグを小脇に抱え、にっこり笑顔で手を振って去る女を見送り――。

「そうそう、言い忘れていたことがあってな。食堂に安堂がいる、迷いを失敗だと捉えているのならば話を聞いておけ」

「はあ……いやそれはいいんですが、なんですかこれ」

「む? わからんか?」

「まったくわかりません。中尉殿のお知り合いですか、あの女性は」

「何を言っているのかさっぱりわからんのは私の方だが――グレッグ、今日は貴様の誕生日だろう。だから私がストリッパーを呼んでおいたのに、まだ感謝の言葉がないな?」

「あんたが呼んだのかよ! ありがとうございます余計なお世話だ!」

「ははは、ではな」

 まったくと、芽衣の姿を見送ってから、盛大にため息。

「……なあケイミィ」

「俺に聞くな、知らん。とりあえず食堂か?」

「ああ、そうするよ」

「俺も行くか……何があったのかは、その時でいい。こっちは電子戦関係で頭が痛くなってたところだ」

「もうちょい、俺らは仲間同士で話し合えってさ」

「協力しろって?」

「似たような感じだ。たぶん、戦場で一人になるんだから、わざわざ平時に個人行動しなくてもいい――ってことじゃないか? 戦闘訓練もお互いにやっていいって」

「たとえば、俺とお前が?」

「医師の手配もしたんだと。死ななけりゃ良いんじゃね?」

「手回しのいいことで……」

 あの朝霧芽衣だからなとグレッグが言えば、それ以上の文句はない。というか、言いようがないのだ。

 そう言われてしまえば、そうだなと、納得する以外に選択肢がないのである。

 食堂は閑散としていた。この兵舎はそもそも、五十人ほどが過ごせるだけのキャパシティを持っているのに、滞在しているのが忠犬、しかも芽衣の部下しかいないのだから当然だ。そして時間も決められておらず、出ている者も多ければ、当たり前の光景になる。

 食後の珈琲を飲んでいた東洋人、安堂あんどう暮葉くれはに声をかければ、いつものように表情をあまり変えない、詰まらなそうな顔で、おうと返事を寄越した。

「騒がしくしてたな」

「聞こえてたんなら来いよ、トゥエルブ。僕は何がなんだか、さっぱりわからなかった」

「トラブルに足を向けるのは馬鹿のすることだって、中尉殿からは言われてる。続く言葉はこうだ――しかし、私も貴様らも馬鹿だろう? さて、どう返事をすべきか、わかったら教えてくれ。あとグレッグ、俺は安堂だ」

「聞いてくれよトゥエルブ」

「お前がまず人の話を聞け……」

 聞いているし、わかってはいるが、呼び方を変えるつもりはない。ちなみに、最初はアンドゥと呼んでいたのだが、それなら英語でトゥエルブじゃないかと、そんな話が起きてからはずっとそう呼んでいる。訓練校時代からの付き合いだ。

「まあ失敗談、戦場で迷って味方の損害を増やしちまったって話。トゥエルブはどうだ?」

「……悪いが、俺は戦場で迷ったことがない」

「へえ、言うじゃねえか、12番――睨むなよ。それは迷いを封じてんのか? 俺だって、迷う時は迷うぜ」

「そもそも、迷う時はどんな状況だ? 大抵は二者択一だ。これを防ぐためには、いくつかの方法がある」

「中尉殿からは、平時にさんざん迷って悩めと言われたよ」

「そう、つまりは状況を想定して、更には想定に想定を重ね、それに対応できるよう平時に備えておき、戦場に出ることだ。、平時だろうが戦場だろうが、あまり変わらない人間ができあがる。叫ぶこともなければ、落ち込むこともない――さすがに、中尉殿は行き過ぎだと思うけどな」

「へえ……だからお前は、落ち着いてるんだな?」

「面倒なだけだ」

「けど、いくら想定を重ねて準備をしたって、想定外って最悪はいつだって起こりうるもんじゃないのか?」

「もちろんだ。人間の想定には限界があるし、俺の想定の全てをお前が想定しているとも限らない。逆も然りだな。だが、迷う時の二者択一があったとする」

「つーか、僕はあったんだよ」

「俺に言わせれば、二者択一がもう、最悪だろう……」

 ――考えてみれば。

 迷うこと自体が悪いのではなく、迷った状況そのものが既に悪かったことに気付いた。

「究極を言えばなグレッグ、迷う前に片づけろだ。つまり、仕事状況そのものの進行速度を上げること。迷わず、一点だけを狙って事を済ます。軍曹殿は、歩いて進むよりも走って接敵した方が、時間短縮になるって一言で済ましてたな」

「マジかよ……」

「なるほどね、それも一つの答えか」

 ひらひらと報告書をもてあそんでいたら、それを北上が奪った。

「……グレーッグ、読めねえよクソ汚い字だなお前」

「お陰でさっき、中尉殿から再提出を喰らった。これから書き直しだよ」

「何やってんだか……ちなみにトゥエルブ、お前、状況入りするまでに、だいたい何通りくらいは想定してるんだ?」

「俺はお前らと違って、軍籍はあと一年と決めているし、そういう契約になってる。つまり経験で劣る上に、技量それ自体も低いことを認めている。だからこそ、考えることを放棄したことはねえよ。状況入りするまで? ――それじゃ遅い。俺に対してどういう仕事が振られるか、まずはそこの想定から入れ。で、想定をする俺から助言があるとすりゃ、それに溺れるなってことだ。何をしたって想定外は必ずある」

「んじゃどーしろってんだ、あ?」

「どうする? あのな北上、そもそも想定外があると認めているヤツと、知らないヤツ、どっちが迷うと思ってんだ?」

「そりゃそうだが……」

「つーかお前ら、、ちゃんと考えてるか?」

 何気ない一言で、緊張が走った。ともすればそれは、殺意混じりの気配である。

「おい、トゥエルブ、そいつはなんの冗談だ?」

 裏切る予定でもあるのかと、そんな言葉にならない気配があって、ため息を一つ。

「ん――軍曹殿!」

「座ってろ安堂、つーか何やってんだ野郎三人で」

 まだこの頃は、仕事を多く抱えているわけでもなく、むしろ片付け過ぎて暇になりつつある頃合いであったため、兎仔とこもこうして宿舎に顔を出す時間が長かった。

「軍曹殿は、中尉殿が敵に回った際の対処を、お考えでありますか?」

「あ? んなもん当然だろ。……ん、なんだそういう話か」

「そうです」

「それにしたって、安堂は過ぎてるだろ。まあこいつらみてーに、素直な馬鹿も嫌いじゃねーけどな」

「素直ですか、僕ら」

「安堂は、過ぎてるけどなー。そもそも、敵に回ることを想定するのだって、保身の一種だぞ。何しろ、それを考えなくちゃあ――だってわかんねーままだろうが。思考としちゃ初歩だ。一人で仕事をするってのは、それ以外は全部敵って考えは間違いじゃねーよ」

 そこで一度、兎仔はカウンターまで行って、珈琲を受け取った。

「あたしから見た、お前ら三人の話な。戦闘技能に関してはグレッグ、お前がトップだ。術式含みだけどな。だから今回みてーに、一人で仕事が回された。けど、戦闘力って点を考えた時、北上が抜けてる。何故か? まあ軍歴の長さと、経験量に直結する問題だな。で、勝つのは誰かと考えれば、十戦中十回とも、安堂が勝つ。それが百回になった時にどうかは、まあ、ここではよしとくか……」

「十回ならば全勝でありますか?」

「おうよグレッグ、そいつは間違いがねーよ。そこが想定の差だ。言い方は悪いが、敵に回ったことを考えるってのはな、つまり隣にいる馬鹿はどの程度の力量かと探りを入れるのと同じなんだよ。あたしが以前、中尉殿に手合わせをするかと問われた時、半歩踏み込もうとしてやめたみてーにな。どのくらい相手を信用できる? どういう状況ならこいつが選ばれる? 言うなれば指揮官に必要な素養だな。あるいは教育者か。だが、それが自分の持っていないものだったとしたのなら、間違いなく成長の糧になるし――対策も立てやすい。まだ受注もしてない仕事の想定よりも、よっぽど身近で現実味がある」

「……それもまた、当たり前のことですか」

「北上、あたしは難しいことは嫌いだ。泣きたくなる」

 本気にはしなかったが、半泣きで服を脱ぎだす兎仔を知らないからこその対応だろう。

「たとえば、ポーカーをやったとする。袖口に二枚仕込んだお前ら二人は、これで勝てると内心思うわけだ。あたしの場合は、さて、使わずに勝つにはどうするかを考えるし――安堂に至っては、こいつ馬鹿だから、相手も違うイカサマを仕込んでいて当然だって前提で、思考を開始する」

「馬鹿は言い過ぎです、軍曹殿」

「でも馬鹿だろお前」

「はあ、まあそうですが」

「知ってるか? こいつ、軍役を決めた理由が、親が同い年くれえの養子を引き取ることにしたって、それだけだぜ? 賛成してて、ただ同世代の自分に面倒が振られるってだけを予想して、そいつを嫌がって軍に来たんだぞ。――馬鹿だろ」

「馬鹿ですねそれは」

「本当に馬鹿丸出しだな……」

「うるせえよお前ら。面倒だったんだよ、そういうのが」

「ん? 日本の軍――自衛隊だっけ? そっちに入れば良かったじゃないか。どうしてこっちに来たんだよ?」

「ツテがなかったから、学園で教員をしてた、〝炎神レッドファイア〟エイジェイに逢って、駄目元で頼んだら、どういうわけかこっちになってたんだよ……」

 ランクA狩人ハンターとして、実に有名な人物だ。一般人だとて、知らない者の方が少ないくらいの手合いである。頼った安堂も馬鹿だったが、やはり文句は言いたい気分だ。

「わけわかんねえ」

「あ? お前、日本のどこよトゥエルブ」

野雨のざめだ」

「うっわ、あれだろ、戦場よりよっぽど怖いって有名な、野雨の夜。あそこかあ……」

「――話を戻すぞ」

 苦笑しながら兎仔が言えば、また彼らは改めて座りなおす。

「あたしに任されたシシリッテもそうだし、こいつもそうだが、基本的に伏せたカードが多い。逆にお前らは、全札オープンだ、隠すことをしねーし、そもそも隠すものがない。問題となるのは、さっきの話と同じで、自分が隠してないから、相手の隠しているものを見抜けない――気付けないって部分だ」

「そう言われると、有利のように聞こえますが、トゥエルブみたいに保身になるんですか?」

「手札の内容と使い方次第ってところだな。いいか、裏側になってるカードの枚数、種類、そういったものは。そのためには――そうだな、五回くらい戦えばお前らでもわかってくるだろ。で、たぶんお前らはそこで安心するわけだ。なあ安堂」

「まあ……現状、俺はそう予想していましたが」

「そこから更に五回、お前らが勝てない理由がそこだ。何故なら最初の五回で、安堂も同じだからな。カードが見えたと思っても、既に裏になったカードは増えているわけだ。さっき言った、使い方もここで関わってくる」

 いつの間にか、北上とグレッグは耳を傾けながらも、非常に渋い顔をしていた。それもそうだろう、今のままでは安堂に勝てないと、そういう説明が続いているのと同じだ。

 だが、それでも聞き続けようとしたのは、悔しさよりも今は、聞いて己の身にすることを優先したから。

「手札を見せながらも、必ず伏せたカードは残す戦闘をするのは、まあ当然だ。奥の手を残す――と、そう相手ににな。で、次の戦闘ではあっさりと、その奥の手として残したカードをオープンにするわけだ。だが、最初の戦闘の印象が強くて、まだ奥の手がと錯覚する。そういった心理戦を含めて戦闘をしながらも、相手を追い詰めていくのが安堂のスタイルだな。難しいことをなしにして、簡単に言えば――相手に二者択一を突き付ける戦闘を構築する」

「――」

 二者択一。

 それは、会話の始まり。

 グレッグ自身が迷いを抱いたからこその、この流れだったはずで。

「どうしてそれが必要か――」

「――迷いを、生むからですか、軍曹殿」

「おー、その通りだ。いわゆる視野狭窄きょうさくの状態に陥るから、余計に第三、第四の選択肢が見えなくなっちまう。あるんだぞ、ちゃんと。そして、あったんだよ――そこに至るよりも前には、必ずな。じゃあ、そうならないためにはどうすりゃいい? 読み合いで相手より勝ることだろ。――おいわかってんのかグレッグ、北上。お前らまだ、その土俵にすら上がってねーんだぞ。そろそろ、戦闘訓練も仲間同士やっていいって許可が出るはずだ」

「あ、さっき中尉殿から出ました。医師の手配もしたそうです」

「だよなー……。医師の腕を確認してからの方がいいかもしんねーけど、とりあえず安堂、相手してやれよ」

「またそんな面倒を……」

「あー?」

「いえ、なんでも。望まれれば殺されない程度に」

「おう、そこんとこ気を付けろ。いいかグレッグ、それと北上。たぶん十回やるとしたら、三回目くらいから、マジで安堂のこと殺したくなるくれーに、厭らしいクソ野郎だから、殺すなよ?」

「覚えておきます軍曹殿。しかし――」

「なんだグレッグ」

「違いはわかりました。しかし、どうしてここまで違うのですか?」

「性格、あとは環境の話だ。事情は省くが、こいつには必要だったんだよ。自分の身を守るための手札、それを攻撃に使うための思考。弱味を握って強請ゆするのとは、わけが違う。勘違いを誘発させて、相手の思考能力を奪い、間違った判断をさせる――どうして? それは、あたしがさっき言った」

 つまり。

「戦闘力も、戦闘技能も、お前らには敵わないんだからな」

 弱さを自覚したが故に、違う武器を得たのである。


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