第171話 不明も多く、風情なく始まり
ぞろぞろと宿舎に帰還した彼らは、ロビーに腰を下ろした。お互いに顔見知りもいたし、待機時間に会話はしていたので、それほど遠慮もなく口を開く。
「……なんで作戦の立案なんかさせたんだろ」
「グレッグ、間抜けは顔だけにしとけ。この仕事でどうすべきかを想定させたんだろ。んで、全員が動く前提で作戦を考察した間抜けが俺らってわけだ。なあ?」
「まあ、そういうことね」
「クソッタレだな。あたしの見込みが甘かったっつー証拠なんだろうけど……軍曹殿?」
「あ? あー、次の行動をどうすりゃいいかもわからん、クソ間抜けが馬鹿ヅラを下げてあたしの前に五人もいやがる。おい姉ちゃん、端末の手配できるか? ノート型でいい――なんだあるのかよ。一台くれ、前のは処分しちまってる」
奥の倉庫に行った受付の女性を見送り、
「ぜんぜん、まったく、話にならねーよ。あの人は〝
「それは、自分たちに情報を得る手段がないからであります」
「安堂、それがわかっていて、なんでその手段を作らず、そこに座ってのんびり会話なんかしてんだ? てめーら、あたしらが一単位であることを明言されたのに、どうして中尉殿の動きを調査して、現場の状況を知り、どうやりゃてめーが作戦を完遂できるのか、考えてねーんだ? できねーことを知ったら、それができるよう努力しろよ馬鹿」
「はいお待たせ」
「さんきゅ。なんだ、むき出しか? 気が利くな、姉ちゃん。今夜あたしのベッド、使ってもいいぜ」
「あらそう?」
「あたしが使わねーんだよ」
受け取ったノート型端末に、小型の記録メディアを差し込むと、そのまま起動させた。いくつかの文章が表示されてすぐ、記録メディアから読み取ったプログラムが走り出す。OSの書き換えを含み、十五分程度で終わるだろう。
「軍曹殿、今作戦の詳細など、どうすれば?」
「グレッグ、あたしがなんでもかんでも答えると思うなよ? いいか、頼ることを恥じだと思うな。特に戦場、仕事以外では、手段だと思え。作戦の詳細が欲しいなら、大佐殿に打診すりゃいい。情報を集めたい? なら、やり方を〝百足〟にでも打診しろよ。中尉殿は、仕事以外は休息日と同じだと言っていた。つまりはそういうことなんだよばーか」
「失礼、軍曹殿はこれから?」
「あ?
そこまで言えば、すぐに彼らは立ち上がって動き出す。最初は手探りでいい、がむしゃらでも構わない。必ず、そこから先があるはずだから。
「……つーか、なあ姉ちゃん、なんであたしがこんなことしてんだよ。新兵が相手ならともかくも」
「さあ」
原因は、芽衣の一言だろう。ヘリの中、あえて、兎仔のことを軍曹と階級で呼んだ。彼らの中で一番高いことを前提として、更には実力まで見透かされたような感じもある。
「で、姉ちゃんは魔術師協会からの出向か? あんたのラックエットって、そっち系の名だろ」
「あら、知ってたの」
「調べたんだよ、いろいろと。あたしは軍の中にいたって、保身はてめーでやると決めてる。慎重さは失くしたくないもんだ」
「有名なのは父であって、娘の私はそれほどでもないんだけどねえ」
「謙遜どーも……っと、終わったか」
記録メディアを引き抜き、改めて起動。それからすぐに、自分のサーバへと四ヶ所の中継点を使ってアクセスする。
「部屋でやらないの?」
「邪魔か? 一応、中尉殿の出迎え含めでな。二時間以内に戻らないようなら、あたしも次の動きに移るさ」
「いいけど、私も見てるからね?」
「気にしねーよ」
衛星情報の入手はそう難しくはない。定期的にアクセスコードを変えながらも、気象衛星へのアクセス権を持った情報屋が、常時アップデートしている二十四時間映像に、兎仔がアクセスすればいいだけのことだ。もちろん、ここらのリスク管理もきちんとしている。
――が。
映像がなかった。
いや、ファイルそのものが消失しているわけではない。時間を三度確認し、位置を二度確認しても、自分たちが今しがた降りてきたヘリが、飛んでいる映像が存在しなかったのだ。
「……」
この情報屋が意図して消した? いや、ありえない。アクセス権は持っているものの、情報屋からすれば、ほぼ自動的に映像をアップロードしているだけだ。いちいち映像に手を加えているようならば、もっと高額を要求されるだろうし、兎仔側からの要求も通るようになるはず。
だが現実として、映像がないのだ。日付を確認しても、やはり間違いはなく――。
「
「あ?」
「もしかして〝
「――いや、聞いたこともねーぞ。なんだそれ」
「あーうん、いいのかな私が説明して……まあいっか。簡単に言うとウイルスプログラム。常識だから覚えておいた方がいいよ?」
「どういうウイルスだ?」
「今見てるじゃないの。衛星が取得した情報の中で、都合が悪い一部分を円柱形に削るから、そう呼ばれてる。あれ結構、対策が面倒なんだけどね」
「ぱっと浮かばないな、どういう仕組みになってんだ? だいたい、衛星なんて死ぬほど飛んでる、その全部に感染させるなんて難しいだろ。けど、常識と言った以上、それなりに使われてんだな?」
「衛星に仕込む必要はないのよ。だって、衛星に直接コードを繋いで映像を引っ張るわけじゃなく、基本的にはダウンロードしか方法はないもの。いわゆる衛星から直通で繋がってるサーバーね。そのサーバーから、基本的にはすべての衛星情報が流れてくる。そのラインに干渉して、特定の映像に手を入れるわけ。これ、発見が難しいのわかる?」
「……ああ、さすがにわかるぞ。あたしみたいに当事者なら、それを知ることはできるが、ダウンロードされた映像を見て理解しても、既に遅い。電子戦を専門にしてる連中は、そのプログラムへの対抗策を持っているが、実際に使われているかどうかは、当事者がいないとわからない――だろ?」
「その通り。常識だって言ったのは、常に、黒い円柱が使われていることを前提にして、映像を入手するって行為が、当たり前になってるからね。私に言わせれば、衛星映像なんて信用するなってとこ」
なるほどなと、兎仔は頷いてノート型端末を閉じた。
「読まれてたね、兎仔」
「ん、ああ……」
そう、兎仔ではなくとも、誰かが衛星映像を確認することを前提として、対処していた。やや読み負けのような気もするが、この程度ではまだまだと、状況を覆す気持ちもわいてくる。
だが。
どう見抜かれた?
兎仔は今までの生活上、隠す技術はかなり身に着けていたし、その評価も受けていた。あの鷺城鷺花の訓練を、ヒトマルでずっと受けていて、成長を自覚しているのに。
それ以上の〝
「ところでネッタ、お前なんでそんな詳しいんだ?」
「へ? なあに、私の経歴まだ調べてないの?」
「言い訳だってわかってるが、んな時間がなかったんだ。部隊の連中を調べるのに精一杯」
辞令をぎりぎりまで隠していたのはたぶん、あの鷺城鷺花だけれど、当の本人は〝槍〟の訓練教官を終えて、今頃は母国に戻って生活を始めている頃合いだろう。クソッタレだ。
兎仔は知らないだろうが。
同じ組織に、一緒にいるなんてことを、鷺花が好まなかったからだろう。
「この仕事の前は、電子戦公式爵位の受付窓口をやってたにょっ!? ちょっ、背後から飛び乗らないで!」
「なんだこの黒猫は……」
背後から背中に掴みかかり、そこから頭上にまで移動した黒猫は、緑がかった瞳を兎仔へと向け、器用に毛づくろいを始めた。
「ん――なんだこの感じ」
「芽衣の荷物よ、今のところね。好き勝手移動してるから、一応部隊に伝えておいて」
「ああ……」
「名前はスズだって。ちょっと生意気だけど……ああうん、芽衣よりマシかもね」
「……、サンディエゴの訓練校から、噂話くらいは耳にしてたけどなあ」
「あらそ? ま、本人がいるんだから、目の前で見て、感じてみればわかるんじゃない? ――魔術師としては、未熟だけどね」
「へえ、言うじゃねーか」
「そりゃ言うよ、私、魔術師だもの……あ、帰ってきた。早いね」
咳ばらいを一つして、カウンターから離れた兎仔は、玄関から顔を見せた芽衣を出迎えた。
「お疲れ様であります、中尉殿」
「なんだ、出迎えか兎仔。というか貴様ら、もう軍人ではないのだから、適当にして構わんぞ。私はこれから報告書の提出だが、何か質問が?」
「ええ、いくつか。そもそも、可能だとお考えなのでしょうか」
「ふむ、それは勘違いだ兎仔。いいか、私は連中を切り捨てるつもりは毛頭ない。連中ならきっとやるだろうし、やらないなどと思いもせん。忠犬とは私のことではない、お前たちのことだ。出した結果も、私ではなく、お前たちのものになる。そして、死なせんし、できませんと諦めることを、させるつもりもない」
「……」
「不服か?」
「いいえ。しかしじぶ……あたしには、それが可能だと思えません」
「なにも、私の手足になれと言っているわけではない。人として、個人として、私は単にできることをやれと言っているだけだ。そんなことは、生まれた時から貴様らがずっとやってきたことと、同じだろう? 無理を通すつもりも、無茶を言っているつもりもないが」
「それは――……そうかも、しれませんが」
「しばらくは一人ずつ仕事に同行させて、やり方を教えればいい。兎仔、貴様も手伝え。簡単なことだろう? それとも、一度私と手合わせをしてみるか? 遠慮はいらん、構わんぞ。訓練で死ぬのも、実戦で死ぬのも同じことだと、お前には言うまでもないだろうがな」
「――いえ、そこまでの要求はしません」
「ふむ」
ふいに、芽衣は腕を組むようにして間を置いた。それが二十秒であることを、兎仔はまだ、わからない。
「
「……今まさに、そう思っていたところです」
だろうなと言って、カウンターに置かれたノート型端末と、猫を頭に乗せたネッタを見て頷きが一つ。
「これは相談なのだが――かつて、スプリングロールを抜けた情報屋が、サンディエゴの訓練校の傍にいてな? 私の情報をそれなりに持っている。そこで、私が連中を狙っているという誤情報を流せばどうだ?」
「なるほど……上手くやれば、組織はその情報屋を確保に走りますね」
「まだ私もそちらは経験不足だが、上手くやってみせよう。そこでだ、お前は――そうだな、シシリッテを連れて、連中の襲撃から情報屋を守り、確保しろ」
「まるで恩を売るように?」
「――そうだ」
「わかりました。状況が整い次第、連絡を」
「うむ。では私は、報告書の提出に向かおう」
「一つだけ。どうしてシシリッテを?」
「本人は勘違いしているだろうが、あれの術式は護衛向きだ。隣を歩いているだけで、脅威を見えないところで排除できる。ではな」
足音が遠ざかり、しばらくして、兎仔は吐息を落とした。
「期待されてるねえ、ちっちゃいのに」
「背丈が低いのは昔からだ、うるせーよ」
ノート型端末を手に持ち、与えられた部屋に向かいながら考える。
ゴーストバレット。
兎仔には、そう呼ばれていた時代がある。戦場の中の暗殺者として、相当に怖がられていたのも後になって知ったし、自分はそういう名で通っていた――が、それを知る者が、軍内部にいるとは、そもそも考えたこともなかった。
いや、知っている人はもちろんいる。たとえばアキラがそうだ。兎仔が暗殺者から、ヒトマルの槍に引き取られて訓練を受け、軍人もどきとして働けているのは、アキラに拾われたからだ。そして、今の兎仔からその過去にまでさかのぼった者は――。
いなかった?
――いや、いる。
鷺城鷺花だ。
「……」
通路を振り返り、誰もいないことを確認してから、宛がわれた自室へ。後ろ手に扉を閉め、八畳間を見渡す。といっても、ベッドとテーブルで床面積は狭くなっている――が、充分な広さだ。
ノート型端末をテーブルに置き、カーテンを開ければ中庭が見える。どうやら北上と七草が既に走っているようだった。
訓練校を出た軍人にとって、走ることは当たり前だ。そのため、何をするのでもなく走ることがある。考えをまとめたかったり、逆に頭を空にしたい時など、用途はさまざまだが、いずれにせよ走るのだ。
「あたしも走れりゃいいが――」
そういうわけにもいかない。加えて、ここからの行動がどうも先読みされている気がするけれど、それでも、動かなくては。
出動前に受け取っていた荷物の中から、私用の携帯端末を取り出し、ついでに腰裏の拳銃をホルスターごと抜いてベッドの上へ。椅子に座ってテーブルの端末を開いて起動してから、流れる動作で携帯端末に付属しているインカムを耳にかけた。
コール時間は長く取る。相手がすぐに出るとは思っていなかったし、出ないならばそれで構わないとも思っていたが――しかし、相手は。
『おう』
兎仔の同僚である、ケイオス・フラックリン大佐は出た。
「時間あるか」
『じゃなきゃ出ねえよ』
鷺城鷺花に訓練を見て貰った際に、彼とは一緒だったため、繋がりがある。階級も年齢も上だが、戦闘ではあくまでも対等だったように思う。そして、ケイオスは同じ組織の
それに。
階級が上であるのは、軍部に長い証明でもある。
『で?』
「――朝霧芽衣についての情報をくれ」
『あの女か……一通りか?』
「あたしが知ってる情報も、含みで頼む」
『正直、俺は名前を聞きたくなかったんだけどな……推薦状なし、外注でサンディエゴだ。ここらはうちの組織特有のやり方だな。考課表は見る必要がない、全項目が最高評価。経歴は――ありゃ改竄じゃねえ』
「じゃあなんだよ」
『新しく作りました、だ。それでいて、新規登録じゃねえ、わけがわからん。犯罪歴なし、親もなし。日本人だろうが、存在した痕跡がそもそもない。訓練校まではいないも同然ってな……』
「トラブルが多かったって話は聞いてるが?」
『内部登録をいじって、裏口から
「……宇宙人じゃね?」
『ロスが決戦場になったら、敵に回ってるかもな。んで、お前んとこの上官になったんだろ?
「良い上官だよ、共感もできる。お前さ、なあケイオス、あたしとやり合うかって問われたら、どうする?」
『全部じゃねえにせよ、お魔の手の内は知ってるから、可能な限りノーだ』
「冗談じゃなく、手の内を知らない中尉殿は、あたしに向かって手合わせをするかと聞いたぜ?」
『それが、本当に知らないんなら、ただの間抜けなんだが……承諾したのか』
「半歩踏み込んで、遠慮した。気付かれたかどうかは、わからねーけど」
知っているからこそ、手出しをしたくない相手はいる。だが逆に、知らなければ、どう手出しをしていいのかもわからなくなるのが、戦場の常だ。
それでも、芽衣は、やっても良いと言ったのだ。その言葉が証明するのは、単なる蛮勇ではなく、知らなくても構わない実力を有しているか――たったあれだけの対峙で、見抜かれたかの、どちらかだ。
そして、兎仔にはそれが、どちらかわからなかった。
「あたしからは、中尉殿がわからねーんだよ。できるかクソッタレ」
『錬度不足――と、笑えりゃいいんだけどな』
「しかも、あたしが
『そりゃ、お前…………』
「ここで朗報だ、聞けよケイオス。あたしはこう思ったわけだ――相手が、鷺城鷺花なら?」
『――』
「疑問を抱くだけ馬鹿馬鹿しいし、頭を抱えるなんてのは日常だ。けど、相手は朝霧芽衣中尉殿なんだよ」
『……じゃあ、俺からも朗報を返してやるよ』
「お?」
『以前、俺は疑問に思って、サギシロ先生にこう聞いたことがある。朝霧芽衣ってやつがいる、知っているか?』
「
『返答はこうだ。――自分で調べる前に、答えを知りたいのか?』
ああ、想像できる。
「本当に、鷺城は性格が悪いな……!」
『俺がそう言ったら、すげー変な顔してたけどなあ』
たぶんきっと、その時の鷺城鷺花はこう思っていただろう。
『ん? 今掴んだ情報だと、そっちの三桁は全員、同僚みたいだぜ』
「へえ?」
『ただ、朝霧を除いた三名に関して、過去の経歴に不明な点なし。違和もない……が、訓練校に入る前の一年くらいは、行方不明になってるな。朝霧以外の印象は薄いんだ、実力そのものも同様にな』
「とっかかりにはなるな。探りやすくしてるわけだ。オーケイ、ケイオス。手間をかけさせた。あとはこっちでやるが、事後報告は?」
『いらね。多少調べてはおくが、関わりたくねえ』
そうかと、小さく笑って通信を切った。
――いずれにしても。
朝霧芽衣という人物が傍にいるのだ。その情報の塊から得るのが一番信憑性も高い……の、だろうけれど。
それが難しいからこそ、迂遠な手を打たざるを得ないのだ。
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