第160話 幽霊の弾丸と東京事変の考察

 掘った穴の底に砂利を敷き詰め、砂を撒いて水平にしてから、その上に横に重ねて大きくした板を乗せる。その前提として、穴の底を叩いて固めているので、底が抜けることはないだろう。板が割れないよう補強もしたかったが、防腐剤を塗るだけで済ませてある。

 今日はあいにくの雨なので、車の運転もできなければ、板が水を吸う様子も見たいので、手を止めており、医療用のテントの傍にもう一つ天幕を小さく作り、そこで鷺花はノート型端末を開いていた。

 芽衣は雨を嫌わない。

 雨の中で細かい作業をしていたが、近くまで来て、ふむと腕を組んだ。

「休憩?」

「ん、ああ、まあな。何をしている?」

「簡単な情報収集」

「ほう」

「朝霧の方が詳しいかもしれないけど、幽霊の弾丸ゴーストバレットが引退したって話は?」

「ああ、知っている。貴様がこっちに来るのと同じくらいの時期だったはずだ。あれは東洋人だろう」

「だから気になって調べたの。発端からどこまで知ってる?」

「師匠から聞いた話も含まれるが、出荷の前後からだな。そもそも子供兵器の生産施設なんてのは、孤児を買うかさらうかだ」

 少しだけ、

 非合法に限りなく近いが、現実にそういう仕組みは存在している――つまり、子供を集めて、即戦力を育てて送り出す、そういう商売の話だ。

 昔から聞く、奴隷商人と似たようなものか。

 悪く言えば、人身売買であるし、人さらいだ。特に日本人の子はでもあるのが、クソッタレな現実である。

 施設によって、育て方はそれぞれだ。顧客によって変わる。

 たとえば――傭兵の下請け施設ならば、軍人に限りなく近く、それでいてフレキシブルに対応可能な子を作る。即戦力を前提として、成長可能な空白を残す。

 その中でも、殺しを前提とする施設に、ゴーストバレットはいた。

「使い捨てを前提とした施設の中では、それなりに有名だったらしいな」

「彼女、売り込みよ」

「ほう――にわたずみはそういう魔術の家系か?」

「そう、完成したから施設に売った。親側はもう潰してあるみたい」

 迅速に、小夜さよが潰したと本人から鷺花は聞いていた。

「流れとしては、こうだ。施設から販売された時点で、通称はただの弾丸バレットだった。いざという時だけ、敵対する誰かを殺害する場合に投入され、放たれた弾丸は標的を殺し、それで終わり」

「残念ながらな」

「けれど、その弾丸は戻ってきた」

 だから幽霊の弾丸になった。

G・Bガーヴとも言われているな」

「俗称ね」

「丁度良い。引退したのはともかく、生き残れた理由についての考察をくれ」

「それは、術式に関連していると思ってるのね?」

「当然だ。確かに隠密性は高く、子供の方が紛れやすいが、仕事の後は話が別だ。そもそも退路の確保すらままならないから、使い捨てなのだ。それでも生きて帰ったのならば――」

「――そうね。いくつかの考察はしたけれど、まず、潦の魔術師の探求していたものが肉体改造に傾倒した術式であることからして、たぶん負傷の棄却ききゃく

「治癒か?」

「そうね」

 近いけれど、少し違う。原理としては、初めて鷺花が目にした、エルムがテーブルを元に戻すのと同じだ。

「形状記憶と同じよ。壊れた自分と普段の自分の差異を規定して、と上書きして、元に戻す」

「たとえば」

「壊れたテーブルは、テーブルじゃない。それを改めてテーブルだと定義すれば、程度の低い破壊ならば元に戻る」

「その原理を利用して負傷を? ――対価は何だ。無機物と有機物を同一視はできん」

「痕跡を拾えれば良いんだけど、たぶん潦の過去を洗った限り、

「どこだ?」

「肉体の成長」

「――なるほどな。そもそも、たとえば今の私たちをベースに施術したとしたのならば、それ以上の成長は度外視しても構わな……む?」

「なに?」

「いや悦はどうした――なんだ、机に突っ伏して。自分の馬鹿さ加減にようやく気付いたのか?」

「寝てるのよ」

 背中にかけた毛布が鷺花の優しさだ。

「睡眠時間が短くなったって、嘆いてたけど」

「医者の不養生か。それを経験するにはまだ若いだろう」

「原因がそれを言う?」

「それは貴様も同じだろう。つまり責任は二分割だ――ところで、ゴーストバレットの情報を探していたわけではないんだろう?」

「ああうん。以前に頼んでおいた、日本の事情をちょっとね」

 ちなみに今、鷺花が使っている回線は、特例中の特例でこっそりと作ったジニーの衛星へダイレクトラインで結ばれ、そこからセキュリティを何枚も通してグローバルネットにアクセスしており、比較にならない回線速度なのだが、鷺花は実感していなかった。

「事情?」

「過去――特に、東京事変。それと鷺ノ宮事件も」

「ああ……そこらの話か。2011年だから概算で四十年も前か?」

「まあね」

 日本、東京。

 その日に都市機能を失い、住民の生き残りはなく、妖魔――あるいは、魔物と呼ばれるものが発生し、彼らの棲家となった。

 あまりにも突発的でありながら、的確な対策を取ったため、被害が東京のみで済んだとも言われている。今では東京とは、立ち入り禁止区域であり、そもそも人が立ち入れる場所ではない。

「疑問の発生源はなんだ鷺城」

「まず二点。発生の原因そのものと――どうして、東京だけで済んだのか。これはのちの話だけれど、鷺ノ宮事件を前後して、小規模だけど同じ現象が起きてる」

「三重県射手いて市がそうだな」

「普通に考えれば、東京に閉じ込めたと考えるべきよね。発生が内部からなら、方向を持たせたことも考えられる。結界があるとは思うんだけど」

「そこは断定しろよ」

 横から急に男性の声が割り込んだので、二人はぎくりと躰を震わせるが、そこには。

 玄関に、いつものよう、ジニーが顔を見せていた。

「びっくりした……いつから?」

「幽霊の話から。なんだ今日は雨か……」

「朝霧は気付いてた?」

「いや、気付いてはいない。そもそも師匠がまともに隠れようとしたら、今の私では見つけられん」

 忌忌いまいましい話だと芽衣が顔を歪めれば、ジニーは小さく笑ってから煙草に火を点けた。

「東京事変か」

「貴様は当時、何をしていた?」

「まだランクSだったか。同族狩りミラーハントのレッドハートと話をしてた時に、あの騒ぎだ。おそらく狩人ハンターの中じゃ、一番早かっただろうな。もっとも、異変を察知して足を向けたのに、到着した時にはもう封鎖が済んでた」

「早すぎない?」

「だとして?」

「……予期してたか、あるいは東京を犠牲にした?」

「まあ、俺もどっちかって言えばアメリカ寄りだ。国内の対応に追われてる間に、介入しようとする中ロ連合や半島の連中を睨みつけておく仕事の方が多かったぞ」

「面倒な政治の話か」

「芽衣はそっち得意だろ」

「貴様からよく聞いているからな。それと、私の所感をいいか?」

「言ってみろ」

?」

 その言葉に、ジニーは声を立てて笑った。

「芽衣、上から三番目、東側にある湧き水は避けとけ。量はそれなりにあるが、あそこは斜面が崩れやすい。補強を入れる時間があるなら考慮してもいいけどな」

 そうして、煙草を一本、吸い終えて。

「鷺城」

「なに?」

「東京の中心に、刻印が入ったナイフが打ち込まれてる。それは最初、おそらく刻まれてはいないが、一番目の文字が入っていたはずのものだ」

「――っ」

 だったら、それは。

 当事者どころか、核心にいた――と、口を開く前に、ぱたんと玄関が閉じてしまった。

「ほら見ろ、あれが性格の悪いやり方だ。貴様はいつも、私の口や性格が悪いときゃんきゃん言うが、師匠の方が酷いだろう?」

「いやあんたも充分に酷いわよ。でも、自然現象ってなに」

「感覚の話だ――とてもじゃないが上達を感じない車の運転からもよくわかる通り、貴様が苦手なものだな?」

「うっさいわ」

「そこの水場と同じだな。囲いを作って水を入れる――ただ、私が知る限り、東京事変の場合は、言い方はおかしいかもしれないが、アメリカ南部に発生するハリケーンを、その囲いの中だけに作ったようなものだ」

「……誰かが、そのハリケーンの発生を予想した」

「ならば逆だ。予想したから、囲いを作った。何を作るにしても、中心は必要になる。それは基点と呼ばれるものだ」

「なるほどね。でも、結界を張る手段が思い当たらない。相当な広範囲だし、破綻が起きる」

 そう、やはり、鷺花はそうやって現実をよく見て、理屈を考える。発想の飛躍は訪れるが、それも理屈の延長線上。

「もう少し、貴様はずる賢くなった方が良い」

「なんでよ」

「どのようなものでも、小さく見れば全てだが、大きく見れば一部だ。手段は一つではない――つまり、この庭の周囲に杭を打ち込むのならば私だとて気付くが、この山というか、師匠が持っている私有地の外周に杭を打ち込まれれば、気付くのは遅れるし、ともすれば術式が発動した瞬間になる。だが、師匠の住んでいる家は封殺できるわけだ」

「――相似図形」

「続けろ、どういうことだ?」

「箱庭と同じ。ミニチュアで作った模型であっても、繋がりさえ作ってしまえば、それは現実にも影響を及ぼす。もちろん条件はあるけど」

「なるほど? 逆に言えば、条件さえあれば、どのような手法でも可能であると証明はできるわけだ。となれば、一連の流れとして?」

「魔物の発生を予期できたから、東京を犠牲にして閉じ込めた」

「ふむ。癪な話だがな、鷺城」

「うん?」

「貴様は百人と一人、どちらを助ける?」

「――」

、そういうことだ」

 爆弾を冷蔵庫の中に閉じ込めるのと同じだ。

 被害を最小限にしたいのならば――囲いを作って閉じ込める方法が、一番だろう。もちろん避けられない前提での物言いなので、爆弾が爆発してしまう状況での話だけれど。

「なんでそんな発想ができるの?」

「私はただ現実を見ているだけだ、それ以外はまだよくわからん。ただ、鷺ノ宮事件で発生したものも、東京事変ほどではないにせよ、同一のものだったはずだろう?」

「そうね。変異化なんて呼んでたから、何かしらの因子によって人間が魔物に成った――と、考えるべきなんだろうけど」

「ありうるのか?」

「可能性は二つ。元から魔物だったのか、魔物の栄養になったのか」

「元は妖魔なのだろう? こちらでは幽霊ゴースト屍喰鬼グールが有名だが、妖魔の場合はその在りようが曖昧だと聞く」

「らしいけど、私もまだそれほど詳しくはない。ただ、八百万やおよろずの神の国だから」

「認識によって、何でもありか。幽霊のように人に取りつく場合もあれば、屍喰鬼のように人を喰うこともある。ならば、人になることもある?」

「現実に、人型の妖魔は存在するのよ。ただそれは人間じゃあない」

「暗示や印象操作はどうだ?」

「どうって……魔術的なこと?」

「それはどうか知らんが、目隠しをして鉄棒を押し当てると、やけどをする話があるだろう? 同様にだ、人型を用意してと認識させれば――ふむ? そういえば術式に強制認識言語アクティブスペルというのもあったが、まあともかく、人形にだとて魂が宿るのならば、可能性はあるかもしれん」

「可能性は、あるでしょうね。でも

「過程において不可能なのか?」

「そうじゃなく、可能である前提にしても、それを

「そうか?」

 そうだろうかと、芽衣は腕を組み、相変わらず降っている雨を感じるよう空を見上げる。

「戦い続けて消耗するよりも、良好な手段だとは思うがなあ……」

「ううん……そうかな。――あ、ごめん、起こした?」

「いや、いいけど」

 まだ眠そうな顔のまま、テーブルに頭をつけて横を向いた悦は。

「真面目な話は、ちゃんとできるのに……」

「何を言う、私は常に真面目だ。鷺城が不真面目な時にからかうだけだぞ?」

「私はいつも真面目だけど……?」

「そうやって不真面目なことを言い出すから、馬鹿だの間抜けだの言われるのだと、そろそろ学習したらどうだ?」

「なんでそうなるの!?」

 ああまた始まったと、悦は再びテーブルに突っ伏した。

 こうなるとまた長いのだ。結果は鷺花の負けだろうけれど。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る