第155話 よく見る二人の来訪者

 屋敷への来訪者は、前崎あけびを除けば、だいたい二人。

 そのうちの一人が、刹那せつな小夜さよだ。

「よーう」

 いつも、ふらりと姿を見せる。

 それどころか、常に空間転移を使って敷地内に入るので、鷺花が外にいるとそれなりに驚くが、いつものかと、納得もあった。

「あれ小夜、いらっしゃい――あ、ちょっ、余所見よそみ!」

「戦闘中に余所見すんな。あと文句言うな」

「あーもうシンはさ、そういうとこね」

 槍を使っての鍛錬中だったので、文句を言う鷺花の方が悪いし、きちんと対応してから間合いを外した。そのあたりはもう慣れだ。

「槍かよ、鷺花――あ、てめっ、背が伸びやがったな!?」

「そりゃ伸びるよ、成長期だし当然」

「お前嫌い」

「小夜って、なんでそこまで背丈にこだわるの……?」

「うっせーよ、背が高いやつらは全員敵だ」

「そうやって敵を増やす……味方いないじゃん」

「シディがいるだろ」

 そういう問題ではない。

「あ、そうだ小夜」

「ん?」

 煙草に火を点け、顔を上げた瞬間を狙って鷺花は姿を消した。一秒、その空白をあえて作った小夜は左に一歩、脇を通り抜ける槍の切っ先を目で追うようにして後ろへ一歩。

「うっわ」

 既に槍の間合いの中、槍を引いても小夜は効果範囲にいない。それどころか、軽く右手を槍の上に置いただけで、びくりとも動かなくなる――。

「えー? わかりやすかった? 一応私の領域だったはずなんだけど」

「下手なんだよ」

 手を離し、振り向いた小夜が紫煙を吐きだす。

「領域を展開するのも初歩だが、そいつは結局のところ誤魔化しだ。本を隠したいから、図書館を作るみたいな真似をしなくても、隠したいならタオルでもかければいい」

「――うわ」

 その言葉は小さく、鷺花の口から洩れた。

 だって今、小夜の左の肘から先が消えている。探りの手を伸ばそうとした瞬間、背後から首の後ろを掴まれた。

「ええー……?」

 全身が移動しない空間転移ステップは、一度使って終わりではない。転移そのものを継続しなくてはならず、いわば空間を繋ぎ続けなくてはならない。それは魔力波動シグナルが発生し続けている――はずなのに。

 気配を感じない。

 つまり、この時点で鷺花は小夜に殺されている。

「え? 隠してるのこれ」

「当然だろーが」

 振り向いて確認したら、腕がきちんと消える。術式を解除したのだが、目で見ていてもまったく魔力波動を感じない。

「気付かれれば対策されるし、お前だって術式の初動を感じたら分析して消すだろ? そりゃオレだって同じだが、だったらまず隠すのが一般的だ」

「……、それさあ」

 槍をくるりと回して、切っ先を上空へ向ける。シンはとっくに槍をしまっており、お茶を持ってきたアクアと話していた。

「言うほど簡単じゃないよね?」

「何故だ?」

「隠すために術式使ったら、その術式の魔力波動があるわけで、いわゆる隠蔽術式を察知しろって話でしょ? じゃあ、隠蔽術式を更に隠すための術式が必要になる」

「まあ、当然の思考だなー」

「……」

「なんだ?」

「けど現実にやってんだろって、言われるかと思って待ってる」

「わかってんなら待つな」

「ぬう……」

「だいたいオレで試そうってのがおかしいんだよ。こっちはランクDとはいえ、あのベルの子狩人チャイルドとして同じ仕事してんだからな?」

「あー」

 依頼の代行者、狩人ハンター

 世界最高峰のランクSSは現行で三名とされているが、小夜の親狩人グラン、つまり師のような存在である狩人はランクSであり、国から直接仕事を任せられるほどの実力者。

 その子狩人として、小夜は。

「まあ育てられたっつーか、やれって言われたことをやるだけ。今じゃ野郎の仕事を九割、オレが片づけてる。クソッタレな話だ」

「そりゃ大変だね」

 これから、鷺花がそうなることを小夜は予想していたが、本人は知るよしもない。

「え? じゃあこっち来るのも仕事?」

「半分はお前の様子見だ。翔花しょうかがうるせーんだよあいつ」

「ああ、母さんはね、もうね、いつものこと。たまに電話で顔見ながら話とかするのに?」

「お前の弟が文句は言ってたぜ」

「そうなの?」

「お前がいねーから、翔花の愛情が弟に向けられるってな」

「……実家に帰るのがちょっと嫌になってきた」

「ガキが何を言ってやがる。オレからの助言は、酒を買ってけ。二本くらいでいい」

「――あ、もしかしてうちにいた姉ちゃんかな?」

「なんだそれは」

「昔ね、よく話し相手になってもらった姉ちゃんがいるの、でっかい姉ちゃん。今思えばあの人、人間じゃなくて妖魔……いや、天魔てんまか。やたら酒を飲んでる記憶があって」

「正解だ。雨の御大が契約して一緒にいる天魔だな」

「そっかそっか、覚えておく」

「さてと、エルムはいるんだろ?」

「いない時はないよ?」

「馬鹿、だからいねえ時が危ういんだろうが」

「あら小夜様、ご案内いたしましょうか?」

「うるせー近づくな、てめーはでけーんだよ」

「あらあら。けれど駄目ですよ小夜様、術式を使っては」

「わかってる。てめーの嫌がらせは陰湿だから、ちゃんと足で向かう」

「陰湿じゃない嫌がらせなんてありませんよ」

 それはどうだろうかと思ったが、鷺花は口を挟まない。それが利口なやり方であると知っているからだ。


 レイン・B・アンブレラはどうかと言えば、実は小夜とも繋がりがある。何しろ彼女は、ベルの――ランクS狩人〈鈴丘の花ベルフィールド〉の所有物なのだ。

 電子の海で生まれた生命体であり、今は機械の躰を持つ少女である。ちなみに背丈は小夜よりも少し大きいくらいで、145センチと少しくらい――だったはず。

 そして。

 エミリオンが最後に作った、五番目の大剣を扱う人物でもある。

 180センチはある大剣を背負うこともあり、その場合は常に前傾姿勢。さすがに戦闘以外では持ち歩かないようではあるが、大剣を背負った姿は――やや、怖い。

「しかし、調整を重ねてはいますが、これ以上の必要性があるのかどうか、そのあたりに関して鷺花の見解はどうです?」

「不具合があってからじゃ遅いって認識はある」

 自室で鷺花の淹れた珈琲を飲みながらの雑談に、鷺花はベッドの上からそう答えた。

「じーちゃんの場合、耐用年数って言葉が嫌いだから、たぶんレインも含めて完成品だと思ってるんじゃない?」

「私の躰はネイキーディランの作品なのですが……」

「へえ、そうなんだ。アクアたちと一緒じゃない」

「ええまあ」

 ――ただし、大きな違いがあったとするのならば。

 図面を描いたのはネイキーディランであっても、実際に作った人物は違う。ただし、お墨付きをもらっているのが、レインだ。

「そもそも私は彼女たちと違い、最初から戦闘用として作られましたから」

 ボディの話だ。

 今も意識や実体と呼ばれるものは、電子の海に存在している。

「もっとも、彼女たちも戦闘ができますが」

「――え? ガーネも?」

「ええ、ガーネも戦闘をしますよ。作る方を専門にしてはいますが、。最初の方は魔術師協会や教皇庁の戦闘専門が、屋敷をよく訪れたそうですから」

「へえ」

「どういう戦闘を想像しますか?」

「んー」

 首を傾げ、腕を組み、ベッドから降りてゆっくり歩く。

「アクアがまず場を支配しておいて、その前提での戦闘になる。シディは汎用性の高い偽装具現フェイクだし、ガーネは剣を作る。殺すのは簡単そうだけど、追い返すのはちょっと難しそうかな」

「でしょうね。だとして、対策は?」

「対策というか、順序ね。まず場の支配を解除することが最初で、次はある意味で何でもやるシディかな。直接戦闘になりやすいガーネは一番後回しだけど、一番危険。そう考えるとバランスが良いね」

「現実にできますか」

「あー……支配を奪うのが一番難しいってのが、本当に厄介なのよね、これ。んー、んー、今の私じゃかなり現実的に不可能かなあ」

「そうでしょうね。かつて教皇庁から派遣された男は、敷地に立ち入った時点でそれを察知し、三人の侍女を前にして両手を上げたそうですよ。――仕事はしない。だが、殺しはなしで試したい。どうです、このプライドを守りつつも負けを認める姿は」

「いいんじゃない?」

「だ、そうですよ、ジェイ・アーク・キースレイ」

 ため息と共に、部屋の扉が開かれて、お盆を片手にジェイが顔を見せた。

「これ、ガーネから。つーか、昔のことだろうが」

「昔のことでも事実でしょう?」

「へえ。でもさすがおじさん、すぐわかったんだ」

「そりゃな」

「とはいえ、アクアたちに言わせれば、次はもうしたくない、だそうですよ。喜んだらいかがですか、教皇庁が抱えた切り札エース静謐なる不純物セントオンリーダスト、ジェイ・アーク・キースレイ」

「なにそれ。そんなこと言われてたの、おじさん」

「……まあな。教皇庁が考えた最大級の皮肉だよ。汚れているはずの不純物を、最上の静謐せいひつであると言ったんだ。それこそ、聖遺物せいいぶつを引き合いに出すみたいにな。信仰心の欠片もない俺には丁度良かったわけだが」

「へー、よくわからんけど、馬鹿じゃない教皇庁」

「そう言ってやるなって。レイン、ほどほどにな」

「ありがとね」

 小さめのシュークリームを一つ口の中に入れ、鷺花も椅子に腰を下ろした。

「レインって、可愛い服よね、いつも」

「主人様ではなく、これはネイキーディランの趣味です。多少の調整をしてもらっているのですが、こう、ヒラヒラした服が好みだそうで」

 いわゆるゴシックロリータと呼ばれるものの中でも、ほとんど白黒で派手さを抑えつつも、派手さを残したような、まあレインとしてもよくわからない趣向だが、拒絶できない立場でもあった。

「おじさんの知識量には助けられてるけど、そんなにやるの? 私は影複具現魔術トリニティマーブルくらいしか知らない」

「なるほど、それは見せたんですね」

「見せたというか、私もできるけど?」

「……」

 高度な術式を、さも当然のように言われれば、なるほど、ジェイが今まで話さなかった理由もわかる。

 手の内のすべてを学習されるような予感を、楽しみだと思えるのは、エルムのような飛び抜けた人物だけだ。大抵の人間は、多少の楽しみと、多大な恐怖を抱くものである。

「魔術書にもなっていますが、キースレイには五つの魔術があります。魂魄こんぱくの複写を行う影複具現、指向性ベクトルの操作を行う伸縮指向フォーシス、現実の限定的な改変を行う実換記術サイクロメディア、それらのベースになっている全ての情報を0と1で把握する式情饗次オペレイションゼロワン、そして対術式を消すことができる等価消華ヴァイニシングレイド

「おじさんには魔術書を請求しておこう……」

 それはともかくと、鷺花は術陣を周囲に展開した。

「鷺花?」

「あー気にしないで。ちょっと術式消去の構成組みをしてみるだけ。レインはおじさんとやったことあるの?」

「ええ、何度か調整のために。善戦しましたよ、お互いに」

「――ん? いやそもそも、なんでレインは戦闘特化型になってんの?」

「いくつかの戦闘考察をした時に、ある特定のラインが存在することに気付いたんですよ。きっかけは、ただそれだけです」

「ある種の境界線?」

「はい。だから、私はボーダーラインになってみようと思ったのです。その領域を越えたか、否か」

 それを体現するからこそ、彼女は。

 レイン・B・アンブレラ。

 レインが彼女の名であり、ボーダーラインを体現し、大剣の自立思考体がアンブレラ。

「ちなみにおじさんは?」

「越えていません」

「そっか。良いのか悪いのかはわからないけど、いつか私も試してみようかな」

「ええ、その時になれば」

 是非に、とは付け加えない。何故ならその戦闘は常に、レインが壊される可能性を孕むことになる。

 そして――おそらく。

 鷺城鷺花とやり合う時は、無事か全損か、どちらかだろう。

 超え過ぎていて話にならない場合は、無事。そして、仮にその時にラインを越えようとしたのならば、全損だ。

 そんな予感を抱きながら、珈琲を飲む。

 当たるかどうかは、まだ、先のことだ。


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