第153話 前崎あけびの来訪

 その来訪があったのは、2047年だったように思う。

 屋敷にきて二年、そろそろジュニアハイの学業に終わりが見えた頃で、どうせあのクソ師匠は、ハイスクールの教材を手に持って、いつ出そうかと楽しみにしている頃合いだろうと予想がつくくらいには、鷺花も生活に馴染んでいた。

 朝早くとは言わずとも、昼には遠い時間に、庭から声があったのだ。

音頤おとがい機関所属、前崎あけびです! ご教授願えないでしょうか!」

 それなりに大きな声だったので、ひょいと部屋から庭を見れば、男性がいた。外側から内部が見れないような術式を展開しているので、たぶん見えていないが、すぐに鷺花は部屋を出た。

 玄関口エントランスに向かえば、ちょうど反対側からエルムが来るところだったので、嫌そうな顔をしておく。

「なに師匠」

「朝から良い顔をしているね鷺花。その顔を見ると僕はとても嬉しくなるから、次も頼むよ」

「うっさい」

 階下まで降りてから、一息。

「まだ若い人ね? オトガイってなに?」

「父さんが作った武器の流通機関だよ。どの国にも専門店があって、どこも繋がっている。誰もが魔術師で、武器を作るわけだ。前崎は刃物を専門にしていたはずだよ。今じゃ武術家の、刀はともかくとして、糸や針なんかは音頤からの仕入れをしている」

「へえー、どのくらいの精度で作ってるの?」

「じゃあそれを確かめさせてあげよう。ああ来たねガーネ」

「はい若様、なんでしょう?」

「鷺花が対応するから、一緒に行って」

「わかりました」

「面倒じゃん……で、どうすりゃいいの?」

「好きにしていいよ。確かめたいことを確かめて、軽く追い払うだけでいい」

「……本当に好きにするからね?」

「構わないよ」

 その責任は多少負ってもらうけれど、なんて付け加えないのがエルムの手法である。

「ん、じゃあ行こうガーネ、よろしく!」

「わかりました。しかし、どうなさるつもりですか?」

「とりあえず作品見ないとねー」

 ガーネが玄関を開き、鷺花が歩いて近づく。前崎は若い風貌であり、まだ十代くらいだろうが、比較対象が傍にいないこともあって、鷺花には詳しくわからない。

「お待たせ。私は鷺城鷺花ね。前崎だっけ?」

「え、あ、はい、そうです」

「作品見せて? なんでもいいけど、できれば一番いいやつ」

「はあ……ええと、これですが」

「ん」

 受け取ったのは、剣だった。それなりに重さもあったが、まずは掲げるようにして持ち、首を傾げて、横にして、逆側に首を傾げて。

「んんー……とりゃー」

 ぺちんと、手刀てがたなを刀身に当てた。叩きつけたと表現するような音ではなかったし、威力ではない。

「――は?」

「おーれーたー」

 ぽっきり折れた。

「ノォォォォ――!」

 折れた二つを返せば、それぞれの手に乗せて叫びだした。右を見て、左を見て、右を見て――そうやって現実を認識する。

「な、な、なんで!? え? 嘘でしょ!? どうしてこうなった!?」

「それはね? この剣の強度とか完成度とかいろいろと駄目だから」

辛辣しんらつ過ぎる……!」

「あ、駄目なのは前崎か」

「……!」

「勉強不足」

「それはよくわかりましたけどね!?」

「あーもうしょうがないなあ。んっと、あー、じゃあこれ」

 影の中に手を突っ込めば、手首の先が沈む。先月くらいに作成が完了した、鷺花の格納倉庫ガレージだ。

「はいこれ」

「……え? あ、はい?」

「私が作った金属。これ壊してきて。あーでも、あれだ、研究中だから結果報告は早い方がいいかも。すぐ改良するし」

「……壊せばいいんですか?」

「うんそう。えっと、ガーネ?」

「では、一週間。七日後に、どうであれ顔を見せてください」

「わかりました」

「素直だねー。まあ壊せないけどね、たぶんね。じゃあがんばれ!」

「諒解です……ああー、これ作るのに半年かけたのに」

「素材の使い方が下手だからじゃない?」

「んがっ」

 ここにいたら、もっと精神的ダメージを食らうと思った前崎は、撤退を決めた。

「……ねえガーネ、あの人、けっこうやるよね」

「そう思われますか?」

「うん、ポイントはちゃんと押さえてた。完成度そのものは低かったけど、ええと、見込みがある? そういうの」

「ええ、私もそう感じました」

「だよねー」

 そう、問題なのは、あっさり折った鷺花の方なのだ。それだけ研究に余念がない証左ではあるのだが。


 ――さて、一週間後である。


 間違いなく一週間前よりも肩を落として、前崎あけびはやってきた。相変わらず門の中に一歩踏み込み、そこで止まる。

 そもそも、入り口は開いているものの、この屋敷は普通に見つかる場所ではない。つまり前崎はその点において、最初の段階はクリアしていることになる。

「壊せませんでした……」

「あららー。はい見せて」

「どうぞ。いろいろ試したんですけど、まったく歯が立たなくて」

「んー、あー、ぜんぜん駄目」

「ぬあっ」

「一週間もこっちの作業止めてたのに、これじゃあなあ。壊してくれないと次ができないし。いろいろアプローチはしてたみたいだけど、んー、よしわかった! ガーネ壊して!」

「はい」

 ひょいと上空に放り投げれば、黒色の金属は回転しており、その落下途中で銀閃が走った。鷺花は頭上で行われたそれに警戒すらせず、落ちて来た二つの金属を両手に持った。

「ありがと」

「はい」

「……え? え?」

「前崎も見る?」

「是非!」

「じゃこっちね。んー」

 断面に手を触れれば、滑らかだ。しかも熱を感じない。

「摩擦が発生してなかったってことは、切断スライスの術式系を使ってるのかな。でも外側の術式はよう指定しといたはずだし、内部からのあれかなー」

「え、いや、鷺城さんが何言ってんのかわからない……」

「そんなだから前崎は駄目なんだよ?」

「ああうん、それはこの一週間でだいぶ慣れました」

「慣れてどーすんの。んー、前崎さ、今何本くらい刃物ある?」

「今ですか? 作れる範囲だと、最低二十ですけど」

「じゃあガーネと戦闘ね」

「……え?」

「全部壊れるけどね」

「はい!?」

「壊した数だけ成長できるらしいから。前崎に先攻を渡してねー」

「はい」

 斬られた欠片も回収して、鷺花は少し離れておく。

「え、どうすりゃいいんですか?」

「どうぞ、打ち込みを。最初の一手はこちらで対応させていただきます。次からはきちんと防ぐようにしてください」

「あ、はい、わかりました」

 ガーネの右手に剣、それを見て前崎も剣を作り、両手で構えた。

「打ち込みをすれば良いんですね?」

「ええどうぞ。こちらはいつもやっている試験ですので」

「諒解です」

 正眼から大きく振りかぶり、深呼吸を一つ。

 その振り下ろしに対し、ガーネは身動きせずに、

 イメージとして、たとえば鍔迫り合いなんて言葉があるように、刃物と刃物をぶつけ合って戦闘をする印象は誰しもが持っているだろうけれど、現実においてそれは、厳禁とされ、未熟の証明と言われている。

 何故か?

 そもそも、打ち合えば刃は消耗するし、剣にせよ刀にせよ斬るものであるのならば、斬れないものにぶつけるなんて真似、本来の用途とは外れているわけだ。

 熟練者ならば。

 あっさり、一撃で終わるのが戦闘である。

 もっとも例外はつきものだ、実際にこうして刃物同士をぶつけ合う戦闘も存在する。今回は刃物同士の強度試験みたいなものであるし――ならば、その理論からは外れる。

「――へ?」

「はい、ぼーっとしない」

 折ってすぐ、一歩を踏み込む。

「避けるか対応を」

「う、おっ、とっ、このっ」

 本来、剣同士を打ち合わせる場合、振り下ろしよりも合わせる方が、壊しやすい。だが、合わせた前崎の剣が折れるようでは、まだまだ。

 十五本目でようやく、ガーネの剣が折れた。慌てた様子もなく、違う剣を作って対応して、前崎が両手を上げるまで、十五分くらいだったろうか。

「お疲れ様です」

「あ、はい、どうも……」

「ぜんぜん駄目。あはははは!」

「鷺城さんキツイですってそれ」

「もうちょい頭使おうよ。まずね? そもそも壊れない剣っていうのは珍しいんだから。硬ければ衝撃、柔らかければ切断。まずガーネの剣の分析をしなきゃ。十五本目で壊せたなら、なんでそれを一本目に持ってこないの? ばーかばーか。二十本くらいで三本くらい壊せたのに」

「マジですか……」

「戦闘にも応用できるし、そもそも壊すだけって馬鹿じゃん。壊されるがままって、あはははは」

「酷い! 最初にそれ言ってくださいよ!」

「え? すぐわかるかと思って。だからガーネに初手をやってもらったんだし」

 開いた口が塞がらなかった。

「ガーネも気遣って壊れやすい剣にしたのにねー。それいつの作品?」

「はあ、初期に近いものです」

「だよね、私でも壊せるやつだし。前崎はさー、とりあえず剣の分析力と、それに対応できる刃物を作れるようになろうね?」

「はい」

「じゃあ次は一ヶ月後くらい?」

「そのくらいが良いかと」

「がんばれ前崎」

「はい……わかりました、なんとかします」

「うん」

 ずこずこと引きさがる前崎は、一週間前よりも背中が丸かった。


 一ヶ月後である。


 明確な日付があったわけではないにせよ、前崎の来訪はタイミングが良かった。何故ならば庭で、鷺花が槍の最終調整をしていたからだ。

 ――ガーネを相手に。

 槍と聞いて、間合いの長さを真っ先に思い浮かべるだろうが、現実には有効範囲が非常に狭い。

 振り回せば範囲攻撃ができる?

 ――だったらそれは、槍である必要はない。もちろん、棒のような扱い方もできるが、そもそも棒や杖などを扱うのならば、長さも重さも違うので、変えた方が良い。

 何故、狭いのか?

 槍とは突くものであるが、その突きは実際に、両手で持つ場合は、両腕の可動範囲しか動かない。

 引いて、突く。

 この長さが一メートルと考えれば、その長さの割に狭いことがわかるだろう。

 だが、これもまた現実として――剣を持ったガーネのよう、槍を持った相手の正面に立った時、間合いの内側に踏み込むことの難しさも、理解できる。

 突く範囲が狭いだけ、速度は速くなる。迂回しようにも、こちらの動きに合わせるよう、槍の切っ先は常に躰の中央に突き付けられたまま。

 一瞬の油断。

 ただそれだけで、僅かに槍の切っ先が近づいていることを忘れ、意識から外れれば、それがもう致命傷になりうる。

 硬直を打ち破るのは、ガーネが思い切り後退して距離を空けた動きだ。しかし、鷺花はそれに追いつくための踏み込みを行う。

 その時間差、二秒にも満たない間に剣を槍の切っ先に向けて合わせるが、タイミングがずれる。いや、ズラされて剣が芯に当たって折れる。

 合わせたのは鷺花だ。やや斜めにした槍を、今度は踏み込みによって直線で突く――が、それをガーネは躰を捻るよう回避して横へ。

 ――厄介なのは。

 その動きが、間合いが長いが故に、悟られやすく、引いて戻す時間も短いのならば、ガーネは続く攻撃を止められて、また膠着になる。

 そう。

 、こうなるのだ。

「いきます鷺花様」

「ん――」

 予備動作なく、スカートのよう剣が展開した瞬間、雰囲気が変化する。

 これが、ガーネの本領だ。こうなると鷺花は対応が本当に難しくなる。まず第一に、剣をいつ抜いたのかわからない。しかも合わせが早すぎて反応が間に合わず、受け流す方向へ。

 受けて、流す。

 つまり喰らうのと同じだ。

 結局、そうやって受ける回数が二十五回を越えた瞬間、槍の切っ先が落ちた。厳密には切っ先を含めた先端部分が、斬られた。

「――っと」

「はい」

 一歩引きながら、槍――だったものを真横に向ければ、ガーネも追撃はしなかった。

「うん、ありがとガーネ。……あー折れたかー。まだ駄目かなこれ」

「いえ、術式を組み込んでいない得物としては、充分かと思われますが」

「そっかな? じゃあとりあえずシンに見せよう。はいお待たせ前崎」

「……質問があります!」

「なに?」

「この前とは比べるのも馬鹿らしいほどレベルの高い攻防を見た気がするんだけど、これ、俺が今からやるんですか?」

「そうだけど?」

 心底から、おそらく人生で初めて、切実に思った。

 ――断れない緊急案件の電話来い!

「じゃあガーネ、相手よろしく」

「わかりました。鷺花様、汗を拭いておくのですよ」

「はあい。お風呂入ってくるー」

「そうしてください」

 電話はこなかったが、怖い侍女がやってきた。そしてけしかけた少女がいなくなった。

 地獄の始まりである。


 更に、およそ三ヶ月後ほどだろうか。


 いつものよう剣を壊され、未だにガーネの剣は二本しか壊せていない前崎は、まったく自分の成長を実感できず、鷺花に至ってはほとんど見向きもしないくらいに情けなかったのだが、しかし。

 ――その日。

 訓練が終わった時に、その男が、エミリオンがふらりと顔を見せた。

「旦那様」

「ん。――前崎」

「はい」

「作り手は、担い手にはなれない」

 どう足掻いても。

「作ったものを使うのは、ほかの誰かだ。担い手を知り、そのために作るのが、作り手の役目だ」

「はい」

「だが、お前は自分のために剣を作り続けろ」

「――え?」

「俺にはできなかったことだが、誰か一人くらいやってみても良い。他人のものに作っても構わないが、自分が扱える最高峰を目指せ。それは作り手と担い手の同化でもある」

「――はい、目指してみます」

「そうしている限り、お前は音頤おとがいのまとめ役だ。任せる」

「……え?」

 そのままふらりと、背中を向けて屋敷に戻った。

「え? ガーネさん、え? 今なんて?」

「あなたが音頤のまとめ役だと。昇給おめでとうございます、前崎」

「……面倒な仕事も増えたってこと?」

「さて、元気が出たようなら続きをやりますか」

「いやもう手持ちないから……」

 入れ替わるように鷺花が顔を見せたら、前崎は再び勢いよく背筋を伸ばした。

「んー?」

「嘘ですまだ手持ちありました! やりますガーネさん!」

「何故、そんな嘘を吐いたのですか。そして鷺花様がいらっしゃると、どうして背筋を伸ばすのです?」

 怖いからに決まっているが、鷺花本人は首を傾げる。自覚がないらしい。


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