第149話 手にした槍は重くて
長女、アクア。次女、ガーネ。三女、シディ。
宝石はそれぞれ、アクアマリン、ガーネット、オブシディアン。
ほぼ同時期に作成された
性格も違う。
アクアは屋敷全体の管理を任されており、鷺花に対しては非常に甘い。世話を焼いてくれるし、甘やかしてもくれる。シディは背丈が低く、鷺花にとっては面倒を見てくれるけれど、どちらかといえば友達のような感覚で、よく魔術のことを話せる相手だ。
そしてガーネは、少し固いような印象があったものの、見守ってくれている感じが強い。
「んふふー」
サイフォンの中身をじっくりと眺めながら、踏み台から落ちないよう珈琲を落としている鷺花に対し、アクアとそう変わらない、けれど少し低い背丈のガーネは、侍女らしく傍に控えるようにして様子を見ていた。
ガーネは相手を見た目で侮らない。知らないことは聞くし、手を出そうともしない。もちろん、手伝ってくれと言われれば、その限りではないのだが。
「よし!」
思ったよりも手早く洗い物も済ませた鷺花は、カップに黒色の液体を注ぎ、頷きを一つ。それから一口飲んで。
「うん苦い!」
すごく嬉しそうな笑顔でそう断言した。
「あの、鷺花様。苦いのに嬉しそうなのは何故ですか」
「うーん、これがおいしいんじゃないの? わたしは苦いしかよくわかんない。飲むけど、苦いのがいいんだよね?」
「はあ、まあ、おそらくは」
「はい飲んでー」
「いただきます」
ガーネたちは、そもそも自分たちが食べたいものを作らない――いや、訂正しておこう。アクアはこっそり作って楽しんでいるし、シディは要求を平然と口にする侍女なので除外すべきだ。つまりガーネは、そうしている。
だから、珈琲のオーダーはほぼないため、あまり詳しい味は知らない。
「――美味しいです」
「そう?」
「ええ。あまり苦みが残りませんね。口当たりが軽いのに、飲むのと一緒に苦みが浮かんで、消えました。オリジナルのブレンドですか?」
「ううん、知り合いの、きっさてんの店長に、これならまちがいないって、教えてもらったの。……うん苦いね!」
説明は聞いたが、やっぱり笑顔なのがよくわからなかった。
「なにかお茶請けを出しましょうか?」
「今はいらないけど、甘いものも合うよね」
「屋敷の方はほとんど紅茶か日本茶ですので、新鮮です」
「――あら、楽しそうですね」
「アクア? どしたの?」
「ふふ、楽しそうな雰囲気があったので。良いですかガーネ、こういう時はきちんと私を呼びなさい」
「姉さんは気付くから良いかと……」
横暴な姉である。
「はいどーぞ」
「ありがとうございます鷺花様。あら美味しい、さすがの腕ですね」
「きかいと、豆が良いんだよ」
「これ、旦那様に届けてもよろしいですか?」
「いいよー、わたしは一杯でいいから。苦いし! あははは!」
やっぱり、どうして笑えるのかよくわからないが、ガーネが運ぼうとするのを制して、アクアがお盆を手にして出て行った。
「まだ一週間くらいですが鷺花様、屋敷での生活はいかがですか?」
「本読んでばっかだけど、楽しいよ」
「何か改善したいことがあったら、気軽にお申しつけ下さい」
「……」
「どうかしましたか?」
「ガーネ、たよられてなくて、ちょっとさびしい?」
「――ええ、はい、まあ、ちょっとだけ」
「んふふ、わかった。たよる」
「ありがとうございます」
そもそも、次女というのは立場が複雑だ。長女共に、三女の方が危なっかしくて目が行くし、長女がいるお陰で、それを越えることが難しい。
ゆえに、難しい問題ならば頼るのは長女になるし、遊ぼうともなれば三女になる。次女とは不遇なのだ――とは、思わないが、ガーネとしても頼られないのは寂しいのである。
ただし。
「おーう」
「シン様」
違う頼られ方は、よくされるのである。
禿頭で大柄な男が顔を見せ、空になったカップをひょいと持ち上げるよう示したので、ガーネはそれを受け取り、すぐに洗ってしまう。
シン・チェン。
ここの住人であり、大のお風呂好きで、一日に五回くらい入るのだから、バスローブでうろついていても、問題ないと言いながら、風呂場はエントランスの正面にあるので、来客が来たらどうするのですだらしない――そう、いつもアクアに怒られている男だ。
「美味かったぞ鷺花」
「あんがとー」
「ん? おう、ガーネもそうだが鷺花もどうだ? たまにゃ外に出て運動しないか? 昼食のあとだし、時間はあるだろう?」
「私は構いませんが、鷺花様、いかがなさいますか?」
「いいよー、運動する。動くのも好き!」
じゃあ行くかと、揃って外へ。ガーネは片づけと夕食の仕込みを終わらせてから、とのこと。先ほど昼食を終えたばかりなのに、さすがとしか言いようがない。
庭に出れば、鷺花は陽光に対して僅かに目を細めた。
「んー、そういえば庭でやるとシディ、おこらない?」
「派手にやらなきゃ大丈夫だ、ちゃんと許可は取ってある。それで鷺花、どうする?」
「まずはからだを温めたい」
「じゃ、準備運動だな」
「おー」
鷺花の背丈は、シンの腰より少し高いかどうか、といったところ。ならばどう訓練しようかと考えた直後、視界に捉えていた鷺花が消えた。
「お――っと」
死角に滑り込んで、飛び上がっての蹴りを、ゆっくり上半身を倒すようにして避けるが、的確に顎を狙っているところに錬度を感じる。しかも、躰を捻るようにして続けられた蹴りは、直線の動きを見せたので左手で軽く掴むようにして止めた。
避けられた距離を埋めようとしての行為、しかも勢いがそれなりに乗っていて。
すぐ、シンは手を離し、一歩だけ下がる。掴んだ場所を支点にして、避けた最初の蹴りが真下から振り上げられたからだ。
そして、後方に一回転するようにして着地をしてから、踏み込み。自重を乗せた一撃を膝を上げることで受け止めつつ、外側へと力を受け流した。
「――ほれ」
姿勢が崩れたところに、軽く蹴りを入れてやると、鷺花は両手を地面に当てるように伏せて、飛び上がる動きで頭上を抜けようとする足を両手で掴んだ。
ふわりと、体重の軽い鷺花が浮き上がった時点で、シンは膝を曲げるようにして拘束を切る。更に一歩距離を空けたのは、僅かに感じる足の痺れがあったからだ。
準備運動と言われて、組手を考えるのは、やり慣れている証拠。
「鷺花、お前は雨天じゃないんだろ?」
「うんー」
身軽な動き、打撃が中心。その中に紛れる本手が、躰にある
「その割に、動けるじゃねえか」
「んー、っとね」
二度ほどバックステップを踏んで距離を空け、吐息。準備運動なので、それほど熱心なわけではないが、鷺花にとって会話をしながらの運動は、まだ難しい。
「きそね?」
「おう」
「雨天にひつようなのが十のきそだとすると、私はねー、だいたい五くらい教わってるの。あと好きにしろって、あそんでた」
「半分でこれか?」
「たぶんね」
年齢を考えれば、相当なものだ。さすがは雨天と唸りたくもなるが、実際に過去、雨天を名乗る老人と逢ったことのあるシンとしては、納得が落ちた。
「槍を持ったことはあるか?」
「ない! 小太刀だけかなあ」
「ほれ」
どこからともなく、引き抜くような動きを見せれば、既に黒塗りの槍がシンの手に持たれている。空間の揺らぎにも似た気配に首を傾げながら受け取る――が。
「おもたい!」
自分の背丈より大きいとも思える槍は、両手でも支え切れず、切っ先ではなく柄尻を地面に落とした。
「ぬあー、なんだこれー」
「お待たせしました――おや、鷺花様。槍をお使いになられるのですか?」
「ううん、はじめて」
両手で支えながら、右へ左へと躰を動かしつつ、どうしたもんかと試行錯誤。得物、そして武器に、子供用なんてものはない――そんなことは鷺花もよく知っている。
「さすがにまだ難しいか」
「とにかくおもい! こんにゃろ!」
足を大きく伸ばし、切っ先が地面に触れないよう差し込みながらも倒し、蹴り上げることで今度は柄を地面にぶつけるよう勢いをつけつつ、鷺花はそのまま思い切り上空へと槍を放り投げた。
「受け取ってやろうか?」
「いらない! あ、ごめん、いざって時はおねがい!」
「ははは、おう」
回転しながら落ちてくる槍に対し、両手両足、つまりは全身を使うようにしてお手玉を始めた。時折、シンの首くらいの位置を銀光が走るので、そういう想定をしているのも理解できる。
何より。
「終わり!」
「はいはい……っと」
空中に浮いた槍を軽く掴めば、ガーネから差し出されたタオルを受け取り、鷺花は顔の汗をぬぐった。
「ふいー。ごめんねシン、手合わせはまた今度!」
「期待してたよりは、よくやったぞ。切っ先を一度も地面に落とさなかった配慮は、褒めてやる」
「ありがと。んふー、見てていい?」
「おう。さてガーネ、今回はどうする?」
「以前と同じように。耐久度試験にシン様はあまり向かないかと」
「そりゃそうか」
鷺花は玄関の傍にまで移動して腰を下ろす。ちょうど日陰になっているからだ。
シンが槍を両手で構えると、切っ先から三歩ほどの位置にガーネがいて、その周囲にスカートのごとく、いくつもの形状が違う剣が展開した。
首を傾げる。
「鷺花様」
「ん? アクアだ」
「どうぞ、お飲み物です。レモンを絞ったので少し酸味もありますが」
「ありがとー。見てた?」
「ええ、少しだけ。旦那様も上から見ておられましたよ」
「そっか。――ん、おいしい!」
突く攻撃に対して、ガーネは剣を引き抜くように持ち、反らし、踏み込み、両手で一本ずつ扱って戦闘状況を作り上げる。シンは基本的に回避と突きだ。
「ねえアクア、あれってガーネさ、作ってるよね?」
「はい、そうです」
「んー、私も作れるようにならないとなあ。でも多くない?」
「数ですか?」
「うん。だって手は二つしかないのに。あ、でも全部なんかちがう。すげー、ガーネすげー」
そうすればいいのか、視線だけで戦闘を追いながら、思考だけは別方向へ繋げる鷺花の姿を見て、アクアは小さく微笑んだ。
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