第124話 これで本当にやっていけるか?

 ガレージの扉を開けば、車が三台置いてある。大扉一つ、という仕組みになっているため、以前は一人で開けることも難しかったが、今では簡単なものだ。

「なにこれ」

「ん? それはカートだ。聞いているのかどうか知らないが、ここから見える範囲の山も含めて全て師匠の私有地だからな、随分と私が転がしていた。初めて乗ったのも、そいつだ。そっちのセダンは、私がここへ来た時に乗っていたもので、それ以降は使われていない。今日もまた、荷物を受け取りにジープだ。乗れ鷺城、運転は?」

「やったことない」

「望むのならば暇な時に教えてやろう。楽しいぞ、車は」

 といっても、二人して乗り込むが、ようやく足が届くようになったくらいの芽衣だ、やや視界は低くなってしまう。しかし動き出した車にぎこちなさはなかった。

「あんた、武術を使えるわけ?」

「む? いや、私は使えないし、武術家と一緒にされても困る。だいたい、私の持っている技術なんぞ、師匠から教わったものばかりだ」

「でも、だからこそでしょうね」

「術式に秀でた貴様と、疎い私ならばちょうど良いと?」

「体術に秀でたあんたと比較してくれれば、正解でしょう。術式の扱い方も含め、ちょっと問題も見えてきてるけれど、それは本格的な戦闘をしてからの方が良いかしら」

「ふむ」

 頷きを一つ。ちらりと助手席に座った鷺花に視線を投げた。

「貴様、そうやって戦闘のことばかり考えているから、毛根にダメージを受けるのだ」

「受けてないわよ」

「いいや受けている。シャワーを浴びるたびに、足元に落ちた毛の本数を数えながら、めそめそと泣く未来が見えるようだ。あれこれ考えるのは悪くないが、今日の夕食でも考えた方がよっぽど発想の飛躍がある」

「飛躍ばっかで足元が疎かになってるって言い訳?」

「頭がはげるのと、どっちがマシだ?」

「だから私ははげてないわよ!」

「だったら切り替えくらいしろ。どうせ、これから嫌というほど戦闘をするんだ、最初からと面倒だ。……どうした、返事がないな」

「なんの返事よ?」

「貴様の毛根と根を詰めるとを繋げた私の話術に対する評価だ」

「知ったことじゃない!」

「きゃんきゃんとやかましい女だ……」

「呆れたいのは私の方よ……」

 そうかいと、返事をするように芽衣は欠伸を一つした。

「なに、寝てないの? 自己走査バイタルチェックでもしたら?」

「いや、昨夜は三時間は横になれた。ここ一年ほど、あまり寝る時間を取れなくてなあ」

「なに、研究?」

「師匠の襲撃防御と、夜間の方が肉の手配が容易いから、気を張っているだけだ。なかなか上手く馴染まなくてな……」

「……は? 肉の手配ってなに」

「猪や鹿は夜間に動くからな、狩るなら夜だろう? まさかそんな常識も知らないのか?」

「自給自足って、まさかそこまで?」

「そうでもない。――さすがに珈琲の木は自生していないのでな」

「そういうことじゃないわよ……?」

「なんだ貴様、サバイバル経験もなしか? ――ふむ、それを学ぶために来たとするのならば頷ける話だ」

「私は戦闘訓練をしに来たのよ?」

「世の中にそんな美味い話が転がっていると、その年齢になってもまだ信じているのか? 私としては、戦闘をしながら、そのくらいはやれと、夜に叩き起こされたものだがな。つまりは、そういうことなんだろう。ハッピーだな?」

「……ま、不要な訓練なんて存在しないでしょうしね」

「なんだ、思いのほか素直だな」

「経験を積むことに悪いことなんてない」

「殊勝な心掛けだな。鷺城は今まで、あまり戦闘はしていなかったようだが?」

「戦闘というより、躰を動かすのも基本をちょっとやってただけ。術式それ自体もまあ、研究とかの基礎をやってた」

「私は逆だから、まあ丁度良いのかもしれんな……。師匠から聞いたが、年齢は同じだったか?」

「たぶん、拾われた時期も同じ」

「奇遇だな? ――嬉しくもないが。どうせこれからはテント暮らしだ、せいぜい楽しめ」

「楽しむことを忘れたら、人は成長しないって教わってるけどね。……あ、そういえば、ジニーは答えなかったけど、なんで共通言語イングリッシュを使ってないの?」

「ん? 話せるのならば、使わない方が良いからだと、私は勝手に思っている。どうせ私は日本に戻る――ことはないと、否定はせんが、こっちでの生活が長くなるだろう? そうなれば、否応なく共通言語を使っての生活になる」

「ああ、そういう意図もあったのね……」

「なんなら、ここから共通言語にしてやろうか? なあクソ女、運転中の私に飲み物の差し入れもできないなら、せいぜい私を楽しませるために、その馬鹿ヅラを少しでも――」

「待ってわかった、もういいから共通言語はやめて」

 スラングのオンパレードだ、ジニーが妙な顔をしていたのがよくわかった。十日後とは言わずとも、たぶんこれから、どうして使わないんだ、なんて質問を投げかけることはない。

 一度山をのぼり、それから下れば公道に出る。そこから先は早く、すぐに目的地はあった。

「車の販売屋?」

「似たようなものだ」

 作業場の前に車を停めて降りれば、相変わらず作業着スタイルでおっさんが顔を見せる。

「よう芽衣、あとおっさんは余計だこの野郎」

「どう見てもおっさんだがな。荷物は届いているか?」

「ああ、いつものように――って、なんか増えてんじゃねえか。隠し子でも見つかったか?」

「そうならば笑って終わる。しばらく私の対戦相手として生活するらしい。店は開けてるか?」

「おう、かーちゃんが店番してるよ」

「ならばいい、少し待っていろ鷺城。ここへ来た祝いに何か買ってやろう、要求を言え」

「はいはい、じゃあ銃器でもちょうだいな」

「ふん、詰まらん返答だ」

 芽衣が行く先を見れば、小さな店舗が見えた。同じ敷地で商売でもしているのか。

「鷺城鷺花よ」

「キリタニだ」

 お互いに軽く握手。もちろん鷺花はいつものよう探りを入れるが、相手は一切の反応を見せなかった。一般人である。

「配送業をしてるって感じでもないわね?」

「集荷場でもねえよ、ジニーは勘違いしてるみたいだけどな。こっちのガレージは俺の趣味、あっちの店はかーちゃんの趣味」

「仕事じゃないのね?」

「赤字前提の経営が仕事になるなら、あるいはな」

「ふうん?」

「ジニーのクソッタレが、ぽんぽんと金を落としやがる。野郎が芽衣を拾う前は、俺が管理人で番人だ。こっちに仕事の一つでも放り投げりゃ、馬鹿みたいな金額を提示しやがる。そして俺は使い切れねえ金が入ったカードを前に、クソッタレと毒づくわけだ」

「苦労してるわねえ」

「お前さん、車は?」

「乗ったことないから、朝霧に教えてもらおうかって話よ」

「ああ、あのカートがあるからな。乗れるようになって損はねえ。しかし――いや、まあなにをするか知らんが、芽衣とは上手くやってくれ」

「一応、そのつもりだけど、あの口の悪さはどうにかなんないわけ?」

「ありゃ拾われてから変わっちゃいねえ、可愛いもんだぞあんなの。まあ意図してやってんだよ……以前、うちにきた来客がクソッタレだった時、丁寧に相手を説得して脅すこともなくお帰り願ったこともあるしな」

「つまり私には遠慮する必要がないってことかしら? 喜べばいいのこれ」

「人付き合いをいまいち知らないのさ。たまにここへ顔は出すが、ずっとジニーと二人っきりだ。会話は尽きないらしいが、反抗期でも入りゃとっとと逃げ出すところだぜ」

「そう」

 言われてみれば、鷺花の生活には必ず複数人の誰かが傍にいた。年齢は確かに上ばかりだったけれど、環境が違えば人の育ち方も違う。だからといってあの口の悪さと皮肉を許容できるかと言われれば、別問題だ。

 世間話をしていれば、やがて芽衣がごろごろとカートに荷物を載せて戻ってきた。

「どうした、話が盛り上がっているようだが私の悪口か? だったら話題を提供した私に一言あっても良さそうなものだが」

「荷物多いわねえ」

「このケース二つが鷺城、貴様の注文品だ」

「……え?」

「銃器が欲しいと言っただろう? P320とDSR-88だ。うちの在庫に45ACPと7.62ミリが積んである」

「ちょっと待って。……え? ねえキリタニ、これあれなの、どこのデトロイト?」

「お前、芽衣と似たような反応してんなあ……」

「こいつと一緒にしないで!」

「金切り声を上げるな、みっともない……それともヒス持ちのクソ女か貴様」

「ははは、実際にはもうジニーが頼んであったんだよ。芽衣、荷物はそっちだ」

「おい鷺城、ぼうっとしていないでリフトを使って持ってこい」

「やったことないわよ……」

「クソ役に立たん女だな! 化粧が役立つのは年老いてからだ、鏡の前でいくら練習したって四十代はまだまだ先だぞ」

「こいつ、本当に口が減らないんだけど」

「いやまったく期待はしていないので、そこでぼうっとしていろ。間抜け顔はみっともないがな」

「くっ……! いいわよやってやるわよ!」

「エンジンをかけるのにひもを引くような間抜けには、動かすことすらままならんから止めておけ」

「こいつ! キリタニこいつ!!」

「俺に言うなよ……」

 フォークリフトで山積みの荷物を車に寄せ、ふむと頷いてから載せ始めた。

「っと、おい芽衣、新しいカタログいるか?」

「どこのだ?」

「兵器系と日本車」

「くれ。といっても、日本車は今、ほぼ芹沢せりざわの自動運転システム搭載型、電気自動車だろう? また価格が低くなったのか?」

「横這いで性能が上がったんだよ。ただ故障も少ないから、電気エンジンがなかなか手に入らない。仕組みが違うから分解したことはあるが、搭載するとなるとな」

「だが、細かい設定は電子プログラム操作で比較的簡単なんだろう? 手作業でエンジンをいじるのが悪いとは言わないが、技術屋としては油の匂いがしないと気に食わんか?」

「そんな拘りは二十代で捨てたよ。そういや鷺城は東洋人だろう? 芹沢の車はどうなんだ?」

「乗ったことはあるけれど、詳しくは知らないわよ……目的地を設定するだけだし」

「知ってるか? 人はそれをタクシーと呼ぶんだ馬鹿者め」

狩人ハンターでもあるまいし、自動運転で充分なの」

「貴様はもう少し、多くのものに手を広げるべきではないか? 一つのものに傾倒した先にあるものが何なのか、知っているか?」

「行き詰まりのどん詰まり」

「続けろ」

「……は?」

「韻を踏んだなら、そのままラップにしろ」

「無茶振りしないで……まったく、本当にこいつとやっていけるのかしら」

「ふむ」

「――荷物が多いこと?」

「貴様の頭の回転が早いことは知っているが、気付いていたのならば先に言え」

「あんたと違って比較するものがないから、確証を得てたわけじゃないのよ」

 そう、あまりにもここにある荷物は多すぎる。補足するのならば、鷺花の荷物など、ほとんどないはずだ。

「検品はできるか、鷺城」

「テント、天幕、テーブル、椅子、それからたくさんの医療品と薬品。珈琲豆に、白米……」

「日本米か!? 産地はどこだ!」

「知らないわよそんなの、わかるわけないでしょ!?」

「わかれ!」

解散わかれならここでしてやるわよ!?」

「ははは、お前ら仲良い――うおっ!」

 素直な感想を言ったら、同時に睨まれた。

「……ふむ、だがそうすると医師が一人、追加されそうだな」

「その方が良いけれどね。あんたも、片足が千切れそうで死にそうになったら困るでしょ?」

「お前はそこで死にそうになるのか……これは私も加減が必要になるな」

「これは本当にあれね、徹底して潰さないと駄目ね」

「口で勝てんやつの常套句だな。それが聞き飽きないように、言葉には気を付けろ。おっと、おいキリタニ、ガソリンをタンク二つだ。あと、カート用のスペアタイヤを用意しておいてくれ。だいぶ減ってきた」

「おう、少し待ってろ。スペアはどうする? 八本くらい用意しとくか?」

「さて、そこで問題だキリタニ。このクソ女の鷺城を見ろ。――八本使うと思うか?」

 問われたキリタニは、腕を組んで鷺花を見た後、ため息を足元に落とした。

「十二本にしとくよ……」

「ほう! 高評価だな?」

「お前に煽られて走りまくる未来が見えたんだよ」

「ちょっと待って。……私、そこまで単純じゃないわよ?」

「いや芽衣が複雑なんだ。お前は耐性がまだない、残念なことにな」

 鷺花は空を仰いだ。

 なんだろう、初日にしてもう前途多難というか、頭を抱えてうずくまりたい気分である。

 とっとと戦闘訓練が始まらないかなと、現実逃避ぎみなのを理解しながらも、本気でそう思うあたり――いや待てと。

「朝霧が原因よねこれ!?」

「……? 今更何を言っている鷺城。よくわからんが慣れれば楽になるぞ、――大事なものを失うかもしれんが」

「誰かこいつどうにかして!」

 人気のない場所にその声が響き、てめえができないことを言うなと、そんな現実を突きつけたキリタニは、煙草に火を点けた。


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