第123話 解決方法ではなく延命措置

 2048年、三月十一日――。

 去年のことを振り返れば、何がどうと訓練内容を明確に言えるほど、しっかりとやってはいないが、主にやり方を教えた。たとえば情報屋の使い方、傭兵の動かし方など、実際にジニーが便利だと思ってやったこと、その方法なのだが、しかし、毎回どういうわけか昔話を懐かしむような流れで落ち着いてしまうのは、果たして何故だろうか。

 芽衣はあれで、人の話を聞くのが好きだ。嫌味など口を挟むこともあるけれど、きちんと話を聞く姿勢ができている。故に、なかなか鋭い質問なども飛ぶわけだが。

 確かもうすぐ七歳になる頃、この日、ジニーは拳銃を持たせることを決めた。

「P239、九ミリの拳銃だ。小さめだからお前にも使いやすい――が、まあそんなのは最初だけだ、よく使われる229あたりをそのうちに仕入れておく」

 そして、そのまま。


 ――芽衣の太ももを撃ち抜いた。


「それが九ミリの威力だ、覚えておけ」

 といっても、もう聞こえていないだろう。何が起きたのかわからず、ただ痛みに全身を貫かれたような感覚に、右肩から地面に倒れた芽衣は、しばらく動かなかった。

 煙草に火を点けたジニーは、まだ寒さの残る三月ではあるものの、大して気にした様子もなく、いつものよう玄関に腰を下ろして、じっと、その様子を見守る。

 痛い? 当たり前だ、九ミリだって当たり所が悪ければ致命傷になる。だが、痛みを知らなくては銃口を他人に向ける資格はないというのが、ジニーの考えだ。そして、その上でなお、敵に向かって引き金トリガーを絞らなくてはならない現実を、教えたい。

 しばらく動かなかった芽衣だが、やがて這うようにして小屋へ移動し、教えた通り、布を絞るようにして太ももの付け根付近を強く縛る。そこで、大きく一息が落ちた。

「抜いたか……」

「弾丸が残ったら、抉ってでも取り出せ」

 手をどうにか伸ばして取った薬壺から、山で採取した薬草の軟膏を塗りつけ、その痛みに顔を引きつらせる。

「痛みに慣れるな、痛みを捨てるな――だが、痛みに足を引っ張られるな」

「感覚そのものを受け入れろ?」

「似たようなものだ」

「クソッタレだ」

 仰向けに倒れた芽衣の呼吸は、やや早い。おそらく視界も揺れていることだろうが、それもまた経験だ。しかし、このまま放置すれば、傷跡が残る。

 ジニーが得意とする〝憑依ドレスコート〟の術式は、何かに同化することを基本にしている。故に夜間、特に芽衣の意識が遠のいている時には、ジニーの足と芽衣の足を同化させ、正常の機能がどういったものを躰に覚えさせるよう、正常化への道へと誘導は欠かさなかった。

 二日目には起き上がった芽衣だが、足を引きずるように山に入り、薬草集めをしていた。ほぼ完治までに五日――かなり早いのも、芽衣の若さと、撃ち抜いた箇所を選択したジニーの技量、そして術式があってこそだ。本人には、あまり気付かせたくはないが。

 C山チャーリーを射撃場に使うことにした。今までも、トラップの作り方や山での戦闘など、訓練で使用していたので、その流れである。

「今から面倒なことを言う」

「それは今まで、貴様は面倒なことを言っている自覚がなかったと?」

「左手は直線、銃口の先に標的だ」

「うむ」

 最近はこういうスルーも増えた。芽衣も気にしていない。

「右手を添えて、とりあえず指は引き金の横。左は押す、右は引く、力の中心はグリップ、照準をつけて、だが、力むな」

「注意点は?」

「反動制御、リズム、何よりも感覚だが、左腕を落とすな。そこが直線じゃなけりゃ意味がない」

 なるほどと、手元のテーブルに一度拳銃を置いてから、改めて構える。予備弾装は四つ、用意してあった。標的はブルズアイも描かれていない、ただの自生した大木だ。

「撃つぞ」

「ん」

 一発、銃声が木霊のように山の中に響くのを聞き届け、しばし時間を置いた。

「追加弾丸を持ってきてやる、やってろ」

「頼んだぞ」

 そこから連続する銃声を背にして、道路に出たジニーはガレージへ行き、既に弾丸が積まれたジープのエンジンに火を入れる。

 ――今まで、格闘訓練などで徹底したのは、自分の感覚を掴むことだ。それが今回の訓練にも良い影響を与えている。

 つまり芽衣は、たった一発で反動がどのように伝わり、どう受け流すのかを感覚として把握しつつ、今度はへと手を伸ばし始めた。基礎が重要という言葉は、こういう部分にあるのだろう。

 育て方が間違っていなかった? いや、そうは思わない。ただ結果として、芽衣が上手くやっているだけだ。


 故に、ここからは本当に早かった。


 一ヶ月後には狙撃銃を使わせ、二ヶ月後には飛んでいる鳥を落とすのに失敗がほぼなくなるほど上達する。野山を駆け回りながらの銃撃戦、そこに加えて格闘戦――つまり、立派な戦闘ができるようになってきた。

 だからここから、戦術についてジニーはあらゆることを教えた。自分がやってきた、状況を作る方法、場面に合わせた動き、相手の足をすくう技術――吸収できるかどうか、そんなものはどうだっていい、今はただ、それを見て覚えておけば、いつかできると、そんな確信を抱きながら。

 そして、だからこそ、ここで二つの問題に直面する。

 まずは。

「遅くなっちまったが、魔術のことを教える」

「ほう、ようやくか」

「といっても、悪いが俺は、魔術師だって大声で言えるほど、研究をしちゃいないし、お前に教えられることは少ない。つーか、魔術なんてものは、一生をかけてどうにか半分ってのが、実情だしな……」

「それは、技術としての話か?」

「いや、使えるかどうかじゃなく、学問だけでの話。理論構成だって相当なもんだからな。とりあえず――おい芽衣、あのナイフを組み立てられるか?」

「貴様との戦闘訓練でも、何度か無意識にやっていたから、作るぶんには可能だろう」

「作るんじゃない、組み立てろ」

「――ふむ。その差異こそが、魔術の基点だとでも?」

「まさにその通りだよ」

 軽く、右手を握るように動かせば、そこには以前見た通り、ククリに似たナイフが持たれていた。

「そのナイフについて、説明しておく」

「術式と区別するのにも理由が?」

「まったく聡明で何よりだ。表面に刻印があるだろう、気付いたか?」

「ああ……ExeEmillionとある」

「製作者の名前だ。武器として成り立つのが魔術武装、それ以外は魔術品。そのナイフは前者であり、あの野郎は一対のナイフとして、三番目に完成させた」

「……知り合いか」

「付き合い自体は、それほどなかったけどな。もう一本作れるはずだ、感覚を意識してやってみろ」

 それ自体は、今やったことを繰り返すだけで、そう難しいものではない――が。

「……なるほど、確かに私は、これを組み立てている」

「何故そう思う?」

「読み取ることは難しいが、かつて小屋を作ったのと同様に、何かしらの設計図がある。私はそれを引っ張り出し、手の上に乗せて――私の中にある何かを、引き抜くようにして使い、ナイフを組み立てていた」

「お前にとって、その設計図が魔術構成、使った何かが材料、そして引き抜いたのが魔力ってところだろう。普通、術式ってのは魔力を使って構成を具現するものだ。手順そのものが変わってることはねえ」

「ない――か?」

「魔術ってのは、法則の下位構造だ。法則を変えることはできない。自然現象で考えてみろ」

「水を作ろうとしても、それはただ、水という要素を集めているに過ぎない」

「ゆえに、水を創ることはできない――だ。そしておそらく、お前の場合、設計図と材料さえあれば、それなりに組み立てることができるんだろう」

「おそらく、か」

「俺はそんな魔術特性センスを持ってねえからな。そのうち、俺の術式も見せてやるが……あくまでも、得意なものであって、ほかのことができないってわけじゃねえ。本当に魔術は奥が深い、目の前のものに囚われすぎるなよ」

「仮にそうなった時には、初心にでも帰ろう」

「ただ、俺の見解を言えば、組み立てアセンブリの術式は、解体を本質としていると考えている」

「――つまり、内部構造がわからないなら、壊して覚えろ?」

「その通り。だが、壊したものはどこへ行く?」

 問えば、芽衣は手元のナイフ、その両方に視線を落とし。

「……私の中、か?」

「その可能性が高い。毒物に対して、どのくらいの許容量があるのかだなんて、それこそ飲んでみなくちゃわからない。手元に解毒薬がありゃいいが、服毒しなくちゃ症状もわからねえときた。最初こそ慎重になれ芽衣、そして慎重を忘れるな。こと魔術において、失敗は即死に繋がる」

「道理で、私にはなかなか教えなかったわけだ……」

「だからといって、使うなと言えば、それは自己否定にも繋がりかねない。そうだな……これも、危険性がおそらく低いと、そんな俺の考えでしかないが、まずはあるものを分解してから、組み立てろ」

「それはつまり、腰にある拳銃を右手に組み立てると、そんな工程か?」

「ああ、最初はそれでいい。何度かやってみて、仮に、拳銃そのものの〝材料〟を己の中に溜め込むことが可能なら、腰にぶら下げなくても良くなるだろう」

「では、そういう訓練を日課に組み込もう」

「魔術なんてのは、まず自分の中を見つめる作業だ、じっくりやれ。自己境界線の把握も必要だぞ、怠るなよ。つっても、俺は独学だったからなあ……」

「つまり役に立たないと?」

「そんな俺より役に立たない生意気なガキは、誕生日に鏡をプレゼントしてやるから、毎日その間抜けな顔を見てろ」

「気が利くじゃないか、珍しい」

「……そうかい」


 ――ああ、そして。

 二つ目の問題に直面したジニーは、家の中のソファに座って、どうしたもんかと煙草の煙を視線で追っていた。

 ついに躰が追いつかなくなってきたのだ。

 芽衣の技量が上がった? それも確かにあるが、まだまだ、ジニーに言わせれば戦場に出すのでさえ心配したくなる程度の腕前でしかない。それ以上に、今までしてきた無茶のツケが出てきてしまった。

 だましだまし使っていたのに、たまに停止と再生を繰り返すディスクプレイヤーのよう、急に関節が外れた感覚と共に、躰の一部が動かなくなるのだ。まだ二秒ほどの時間だが、これが訓練ではなかったら致命傷になりうる隙。芽衣には誤魔化せているが、これ以上本格的な戦闘となると、死期を早める結果になる。

 まだ、駄目だ。

 まだ死ぬのは早い。

 戦闘訓練をしたって、それがいくら本格的でも、仕上げにならないのならば、芽衣が中途半端になってしまう。

 教えることはもうない、なんて現実はこないだろうし、満足を得ることもないのが事実だろうけれど、それでも、芽衣のことを想えば、死期を早めるわけにはいかないのだ。

 壊れ始めれば後は早い、そんな現実は嫌というほど見てきた。自分だけが特別だ、それは嫌だなんてわがままを言うわけにはいかないが――。

 煙草を消し、一つの覚悟を抱いて、ジニーは携帯端末を操作し、一本の連絡を入れた。

 自分の知り合いの中で、最も、わからない相手へ。

 電話が通じて応答したのは侍女だったので、本人へと繋げて貰うよう頼む。そして、しばらくの時間が過ぎた頃、彼は電話に出た。

『――やあ』

「よう」

 エルムレス・エリュシオン――年齢としては下だが、エミリオンという刃物を創ることを好んだ魔術師の息子にして、おそらく世界最高峰の魔術師。嫌いでも、苦手でもなく、その思考や行動が、よくわからない相手であった。

『インクルードナインは、やっぱり隠れ蓑としては難しいね。今は名称を変えて新生したけど、さて、いつまで持つかは疑問だ』

「そういう話じゃねえよ……」

『じゃ、どういう話なんだろう』

 ああ、本当にこいつは、白白しらじらしい。普段から白色で染め上げたような服装をしていることもさることながら、状況をかなりの精度で推測しているのにも関わらず、平然とそんな言葉を口にする。

 ――ああ、そうか。

 わからないというより、頭が上がらないのか。それが劣等感、ないし、勝てないと思わせられる要因になっている。

「俺が朝霧芽衣を育ててんのは、知ってんだろ」

『それはもちろん、そうだ。何しろ情報封鎖に噛んだのはアキラであり、そして僕だからね。どんな様子かと、ジニーに子育てなんてできるのかと、はらはらしてたよ』

「言ってろ。エルム、すまないが頼みたいことがある」

『引き受けよう。で、内容は?』

 これだ。

 内容がわかっていて引き受けると即決する癖に、さてどうなんだと問いかけを投げる。こいつも変な方向で性格が悪い。

「本格的な戦闘訓練をする相手が欲しい」

『――、聞きたくはなかった言葉だよ』

 一つを言えば、三つを理解する、なんて人間は現実に存在していても、それを隠す傾向が強い。だってそうだろう? 理解した三つを得てしまえば、そもそも、会話が端的になり過ぎて、相手を困惑させるだけだ。

 けれどこの白色は、それが通常なのである。

 どうしてそれが必要になるのか、ジニーの事情を、その頼み一つで、納得という言葉をすとんと腹の奥に落とした。だからこそ、死期を目の前にしたジニーの立場に対して、聞きたくはなかったと、そんな落胆を見せる。

『仕上がりはどのくらい?』

「そうだな……本人には伝えちゃいねえが、現状じゃランクD。教えたことを実際に経験して積めば、ランクBまで見える」

『さすが、と言えば、褒め言葉になるかな』

「ただ、術式に関しては自分で掴むしかないし、教材なんかありゃしねえ。三番目の保持者ってことは、そっちも当たりをつけてただろ?」

『父さんが気にしそうな話題だね。――僕の弟子はどうだろう?』

「……は?」

『僕の弟子さ』

「なにお前、弟子作ったのかよ……」

『たぶん年齢は同じくらいじゃないかな? しかしこっちは、魔術メインで体術はそこそこ』

「こっちとは逆ってか」

『とはいえ、うちの弟子は術式の行使自体を、あまりしていなくてね。僕が相手をするわけにもいかない』

「ふうん? お前の事情はともかく、もう戦闘メインで実践って段階か?」

『そう捉えて貰っても構わないよ。体術ではそちら、魔術ではこちら、その差が次第に埋まってくれれば、何よりだ。そうだね、僕の方は一年ほど余裕もある』

「一年、か」

 ――どうだろう。

 いや、そのくらいはこの躰も、どうにか動いてくれないと困る。そこから先の予定もまだあるのだから。

「わかった、そうしよう。注文はあるか?」

『殺さないでくれればどうとでも。一応、今回みたいにラインは開けておくから、気軽に連絡してきてくれていいよ。進捗状況も聞きたいからね』

「俺の闘病状況もついでにか?」

『はは、同情もできないなら、それを聞いてどうしろって?』

「まったくだ」

『とはいえすまない、まだちょっと時間がかかるんだ。そうだね……来年の、十一月頃になるかな。決まり次第、連絡を入れるよ。経由するルートもね。そう簡単にくたばるなよ、ジニー。君はまだ、米国の英雄なんだから』

「そんなことは、知ったことじゃないさ。ま、よろしく頼む」

『諒解だ。そっちも、少しは肩の荷を下ろした方がいい』

「そうできりゃ、理想なんだけどなあ……」

 通話を切って、吐息が一つ。

 これでひとまずの問題は解決した? ――否、どうであれこんなものは延命措置でしかない。

 けれど、残った人生は朝霧芽衣に使うと、拾った時に決めたのだ。どうであれ、できる限りをするしかない――が、やっぱりそれを、本人には気付かせないことが重要で。

 外に小屋を作らせて生活させているのも、その一つでもあるけれど、まあ。

 とりあえず、安心しておこう。


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