第121話 兵器よりも兵隊の有用性

 2047年、二月九日――空を見上げればどんよりとした雲から、白い雪がちらちらと舞い落ちる。

「つまり農作業は暇だ。そうだな芽衣」

「そうだが、妙に嫌な予感がするので師匠、いいから面倒なのでとっとと言え」

「お前最近、どうも偉そうな態度になってやがるな?」

 戦闘訓練もそれなりにできるようになり、電子戦も現状維持が続いていたので、中学までの教材を適当に与えてやれば、ここ一年弱でほとんど終わらせているし、よほど暇らしいと笑ってやれば、それは貴様の方だと返す始末。

 なんだろう、これが反抗期かと腕を組んで考えてみるがしかし、このガキは最初からそうだった気がする。まだ六歳か七歳? もしかしてこいつ、馬鹿だろうか。こんなガキがそうそういてたまるか。

「畑の野菜は?」

「イモ類を中心に、白菜やカブがある」

「そうか。よし芽衣、誕生日プレゼントをやろう」

「いらん! そもそも私の誕生日は八月だ――と言いたいのだが、私の要求は届かんだろうな。で、何をくれる」

「ほれ」

 放り投げたそれを、庭に出た芽衣は受け取る。

「……なんだこれは」

「見たことがないなら教えてやる。それはのこぎりって文明の利器だ」

「貴様、わかっていて言っているな?」

「だったら、ここから続く言葉をわかっているってことか。よし言ってみろ」

「師匠、さては貴様、狩人ハンターではなく性格の悪さがランクSSだな?」

「はは、よく言われたよ。だが安心しろ、俺は弟子に優しいので、追加のプレゼントだ。これが設計図、そしてテントと寝袋が一つずつ。ハッピーだな?」

「もういいから、要求を言え」

B山ブラヴォの使用許可を与える。仮にナイフが使い物にならなくなったら、すぐ言え。基本的に家の中には入るなよ」

「嬉しいなあ! 念願の一人暮らしかクソッタレ!」

「順番を間違えるなよ芽衣、俺は部屋の中で暖かい珈琲を飲みながら、のんびりとしてるさ。ああそう、車は使ってもいいぜ、そのくらいの譲歩はする。あとで、庭の一部に範囲を区切っておく。何か必要なものがあれば言え」

「ではオイル、オイルライター、鉛筆」

「少し待ってろ」

 一度屋内に引き返してから、吐息が一つ。

「――可愛くなくなったなあ、あいつ」

 以前では、まず確認を取ることが多かったが、今ではまず自分でやることを優先している。といっても、手あたり次第にやるのではなく、最初にやるのは思考だ。どうすべきかを思考し、いくつかのパターンを想定した上で実行、その結果として失敗したのならば、どうして失敗したかを考察して、成功へのパターンを発見したのち、ジニーに一言かける、そのくらいなものだ。

 疑問の数が減り、質問も減り、逆にその精度が上がった。的確な質問、根底への疑問、ともすればジニーが返答を躊躇するくらいには、切りこんでくる。

 今回のことにしたってそうだ。

 オイルライターは火を熾すために必要であり、どうして要求したかといえば、今からテントの設営をして寝所を確保しつつ、暖を取るためにたき火を作って、設計図と睨めっこしながら、これからの行動を考えるのだろう。

 ――のこぎりを渡す皮肉だって効きやしない。

 仮に、普通の人がのこぎりを手渡された場合、やれやれと肩を落として山へ向かって伐採を始めるだろう。だが、それが失敗だと気付くのは、資材を山ほど集めてから、足りないものが山ほどある現実に直面してからだ。

 しかし、その選択をしなかった。

 本当に可愛くない。

 まあ倉庫に段ボール一つ、もう用意しているジニーの方が性格は悪いか。第三者がいたら、良い勝負だと呆れるところだ。

 外に持って行けば、既にテントの設営が完了していた。手早いものだ。

「おら、支給品だぞ、クソガキ」

「テントの設営位置に問題はあるか?」

「文句はねえよ」

「ならばいい。冬場の風を覚えておいて幸いしたなこれは」

「俺の手柄ってことか?」

「知識を吸収した私が優秀であると証明されただけだが?」

「そうかい。あ、ガレージ横の倉庫にドラム缶あったろ、あれも使っていいぞ」

「そちらも見ておこう。何かあれば確認を取る――が」

「小屋ができたら、電気配線くらいは俺がやってやるよ」

「うむ」

「――あ、待て芽衣。支給品だと手渡されたら、すぐにその場で中身を一つずつ確認しろ。時間があるなら必ずやれ」

「ほう、そんなものか?」

「確認作業は常時行うものだ。何よりも大事なものだと覚えておけ。特に軍では徹底されるもんだ」

「わかった」

 段ボールの中を覗き込み、ボルトやナットなどの材料を確認し、小さな鍋や調理器具、それからライターなどを一度外に出して並べれば、思考もはかどるというものだ。

「予定を聞いておこう。まず、何をする?」

「火を熾して暖を取りながら、まずは図面の理解だ。建築系の知識は薄い、時間がかかる。本を取り寄せる時間とどっちが早いか賭けをするか?」

「もう一人この場にいるのなら――ああ、そういえば、知り合いが顔を見せると言っていたな。ま、今日じゃないしその時は伝えるよ」

「誰だ?」

転寝うたたねじゅく

「ああ、エスパーでアキラと一緒に遊んでいた野郎だったな……」

「覚えてたか」

 言えば、芽衣は手元から顔を上げて、呆れたような表情を作って。

「――師匠の話は全部覚えてるし、覚えようとしてる」

「殊勝な心掛けで涙が出るね」

「ふん」

 どちらも照れ隠しみたいなものだが、たぶんお互いにそれはわかっているだろう。

「ともかく、まずは生活の基盤を作らなくてはな。急ぐか否かの指定はあるか?」

「お前が暮らせてるなら、とやかくは言わないよ」

「そうか」

 一度、芽衣は空を見上げる。警戒すべきは雨であり、その対処も考えなくてはならない。だがまずは目の前のこと――生活用品をテントの中に放り込み、そのほかの物は段ボールの中へ。

「暇潰しだ――」

 その様子を見て、煙草に火を点けたジニーは玄関に腰を下ろす。

「芽衣、そもそも兵隊が未だに必要なのは、どうしてだと思う?」

「……どういうことだ?」

「世の中には大量破壊兵器もあれば、無人攻撃機も存在する。それらの前では兵隊なんて、いるだけで邪魔な代物だ――が、古今東西、軍人の数が減ったという話は聞いたことがない。軍人だって自国民だ、減らすことを嫌う。狩人ハンターを雇って代理戦争でもさせた方が、よっぽど被害が減るのに、それをすることもないのが現実ってやつだ。そして、大小を含み、今のご時世だって戦争が発生する」

「……戦争そのものは、思想のぶつかり合いか、利権争奪だ。土地の確保、占有、そしてその行為の正当化」

「国際社会的には、大虐殺の果てに占領した、だなんて行為は避けるべきだな」

「最終的に鍵を握るのは人間になるからか?」

「それだって、指示を出す将校がいればそれで済む話だ。いいか芽衣、理想を言えば無傷で手に入れることが一番良い。日本だって戦後三十年、それでようやく安定を見せた。ま、あれは徹底抗戦した結果でもあるけどな」

「つまり――いかに被害規模を少なくするか?」

「その結果として、自国の兵隊が消費されなければ、余計に良い――もっとも、現場は命がけだ、殺し殺されの局面に立たされる」

「軍隊と呼ばれる最小単位が、無人兵器などより使い勝手が良く、最小単価で済むと?」

「その通り、戦争なんてのは経済そのものだ。敵国を殲滅して得られるものは自尊心が満たされることくらいなもんでな、本当に欲しいのは相手国の経済そのもの。戦争なんてのは金もうけの手段だよ」

「そして世の中、金があればどうとでもなる――か?」

「政治は金そのものだと言い換えれば、正解だ」

「示威行為が通用している現実は?」

「わかっていながらも、大量破壊兵器があるのとないのとでは、結果が違ってくるって話さ。敵国を全滅させりゃ、労働力そのものも消失する結果として、最悪ではあるが、それでも自国に被害が出るよりは、よっぽど良いってクソッタレな話だ」

「代理戦争は陣取り合戦――か」

「歩兵の侵入を嫌うって大前提を、今でも守ってる理由がわかったか?」

「よく理解できた。政治の駒が軍人か――金をかけて育てる価値は、確かにある」

「だからこそ、狩人は毛嫌いされるわけだ。金を投資して育てた兵士を現場に送って、成果を上げようとすれば、ふらりとやってきた狩人に戦果を奪われる。なんのために兵へ金をかけたと思っている――ってな」

「何事にもジレンマはつきものか。兵が死なずに結果を得られても、金の心配をする……そこらを勘違いしている国も多そうだな」

「弾丸を一つでも多く作るよりも、一人でも多くの負傷兵を作った方が効果的って話だからなあ、これ」

「負傷すれば補給が必要になる。病院が一杯になればじり貧か」

「そこで講和を持ち掛ける。どうだ貴様ら、この条件を飲むか?」

「……師匠も私に似たようなことをするよな?」

「おいおい、人聞きが悪いな。俺は最初に条件を提示して、飲ませるんだよ」

「似たようなものだ――さて、枯れ木を集めるが?」

「どうぞ」

「ところで、竹林はA山アルファにしかなかったはずだ」

「竹に限り許可」

「それはありがたい」

「怪我をするなよ芽衣、なたも入っているが、ナイフとは使い方が違う」

「気を付けよう。私の部屋にある、山菜図鑑と薬品資料を出しておいてくれ」

 そうして、芽衣は山へと向かった。

 何度も立ち入ったことのある山だ、それなりに地形は把握している。しかし、木の伐採を前提にして行動していたわけではなし、いろいろと考えなくてはならないが、一足飛びに何もかもを同時にやることは、できない。

 つまり最初にやるべきこととは、腰をかがめて落ちた小枝を集めることだ。

 注意すべきことは、何度かやっているバーベキューパーティで教わっている。燃えやすい小枝、炭にできそうなサイズの枝。あくまでも落ちている枯れ木を使い、伐採をした生木を使うことはない。

 だとして――今後、小屋を作るならば、同時作業で焚き火用の枝を作っておく必要もある。もちろん、そのための場所も確保しなくては。

 両手一杯を二度ほど往復してから、腕時計を一瞥すれば〇九〇〇マルキュウマルマル近く。まだ余裕はある――が、ジニーの姿はもうなかった。隠れて見ているか、家の中に引っこんだのか、その思考を捨てる。どっちにしたって、芽衣はまだ掴めない。

 竹はすぐ裏の山で三本ほどと、細いものも何本か。それを取って戻れば、支給品のシートを使って、山側からの吹きおろしを軽減するために設置。この時、風の正面に受け止めるよう設置してはいけない――あくまでも、風をよそへ誘導するように。竹の先端を尖らせて地面に刺し、木槌でそれを叩いて支柱とする。

 それを終えたら、一度ガレージに顔を出してドラム缶を確認。その中にある一斗缶いっとかんを片手に、庭へと戻った。

 テントの位置、風よけ、小屋の予定地に加えて、火の位置。最初からそれら全てを決定できるほどの知識を、芽衣は持っていない。であるのならば、移動することを前提として考えておくべきだ。

 しかし、考え過ぎても面倒になる――。

「ふむ」

 いつものように腕を組んで二十秒、まずは火を熾す。そして暖を取りながら、竹を薄く切ったものを集めて、編み込みをすることで籠を作るのだ。

 現実として、薪を集めるのにだって、両手で抱えるには限界がある。この場所からは水場も遠い、竹を使ってボトルにする? いやいや、その前に、水をどうやって運ぶかも考えなくてはならない。そのためにはまず、薪拾いのための籠だ。

 どれほど先まで考えようとも、手元の作業をしなくては、先に進むことはできない。

 編み込みを行いながら、石を置いて固定した設計図に目を通す。

 長方形で、太い支柱は六ケ所。更にはりとして使う部分もあるため、最低でも中心核として必要な太い木は、十本ほど必要になる。可能ならば大きさを揃えた方が良い。なかなか困難な作業になるが、丁寧に作らないと後になって手間が増える。しかも生活のベースになる、慎重にやった方がいい。

「水、食料、および料理、寝所……キャンプのセオリーか」

 実は、野菜の収穫用の籠は既にある。しかし、それを山との兼用にはしたくなかった。入れるものが違えば、別のものを使うのもまた、セオリーである。

 考えることも、やることも山積み。芽衣はこういう状況を、楽しいと思う。口元に笑みが浮かぶくらいには、だ。

 しかし――。

「……」

 編み物の手を止め、枝木を放り入れながらも、思うのは。

 どうして、今になってこんなことを?

 ジニーに拾われて、もうそろそろ二年になるが、あの男は決して、無駄なことはしない。といっても、その無駄でさえ、有用にしてしまうだけの舌が回るんじゃないかと、そんな疑問を抱くこともあるにせよ、何かしらの意図はある。

 たぶん、それは今の芽衣にとって、考えも及ばないことだろうけれど、それが考えなくていい理由にはならない。

「しかし寒いなクソッタレ!」

 風よけをして、火を熾したって、二月の冬場なのだから当然で、ああまったく、防寒対策もしなくてはならないとは。

 これなら動いていた方がよっぽどマシだとは思いつつも、物事には順序があって、こればかりはどうしようもなく。

 感情的には面倒だなとため息を落とし、冷たい手をどうにか動かして、籠造りを進めた。


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