第109話 繁華街の仕組み

 繁華街の経営に関しては、基本的に経済部門への打診を前提とすること――それが、当面の条件である。

「つっても、その社長がクソ間抜けならどうするよ」

 七十も近い老婆は、煙草に火を点けてから、ぎろりとファーボットを睨んだ。

「あんたが政治もできない間抜けなら、言い訳を書き留めたノートを貸してやろう」

「若造が、偉そうなことを言うじゃないか」

「できないと思ったら言わない」

「ふん……」

 繁華街の重鎮、斉藤は詰まらなそうに鼻を鳴らした。

 世の中に狩人ハンターが排出され初めてから、斉藤のような職種が誕生した。それは、狩人が懇意にする商人であり、窓口だ。

 そして彼らは、同業者のネットワークを形成し、情報を流す。態度が悪い狩人を出禁にしたり、酷ければ依頼を出して同業者殺しを依頼することもある。その中でも、弟子に稼業を引き継いだ者を中心に、引き抜いた――といっても、それはエイジェイの仕事だが、ファーボットの知り合いもそれなりにいる。

 いや。

 ファーボットが知らなくても、彼らはこっちを知っている。

「一応、各自が望む店舗を用意したつもりだが、不満は出てるか?」

「出るなら、もっと先だ。そもそも稼働しちゃいないだろうが」

 遊園街を除き、ほぼ建築を終えた四国ギガフロートこと、海上都市ヨルノクニは、実稼働の準備段階として、ある程度の住人を呼び、活動を開始していた。

 税金の納付義務なし。商売に必要なもの、また、生活に必要なものの手配。特に食料は大目の配布となっている。金も渡してはいるが、まだ使うようなことはない。

「流通に関してはよくやってる。極力、手間を減らしてこっちに荷物が届くからな。運搬関係に感謝状を贈っておいてくれ」

「物流部門は体力勝負だが、逆を言えばそれ以外のスキルを必要としない。稼ぐには良い職場だろうな」

「学生にとっちゃ良いだろうね。ところで、裏ルートの開通はどうしてる」

「できそうか?」

「それが難しいから聞いてるんだろうが。わかってて言うな、嫌味だね若造が」

「あんたらが、難しいと言うのなら、仕組みとしちゃ間違ってねえってことだ。それに、無理だとは言わないだろう」

「配慮してんのさ」

「わかっている。装備品に関してのルートは、できるだけ個人に持たせないようにしているからな。一応、俺は持ってるが、ヨルノクニじゃなく狩人としての手配だ。それに、あんたたちに戦闘をさせるわけにはいかない」

「トラブル前に片付けるって?」

「そこまでのトラブルを発生させないのが、警備部の役目だ。玄関口でそんなことが起きるなら、将来性がない。ただ」

「なんだい」

「こちら側にも、肉屋は用意しておく」

「なるほどねえ……」

「もっとも、装備品なんてのは、刃物やら銃器だけじゃない。そこらは曖昧グレーだが、ここには看板もねえだろ」

「ふん……」

 竜の顎を模した看板は、音頤おとがい機関と呼ばれる組織の証明であり、ランクB以上の狩人ならば、誰でも知っている。だから、ランクCのファーボットだとて、実力的にはやはり、Cに該当するくらいには動けるわけだ。

 武器の流通機関。

 世界に数本しか存在しない、エグゼエミリオンの刻印がある刃物の作り手がシステムを考案し、世界中に点在する音頤機関は、ある種の情報ネットワークであり、武器の製造を担い、それを組織内部で流通させている。

 ただし、武器にも種類が多くあり、店舗によって専門は違う。

 たとえば、あんこ屋と呼ばれる店舗は銃器を専門にしているし、マエザキという屋号は刃物全般。針を専門にしているところもあれば、戦闘装束など服を作っているところもある。

 彼らは基本的に、作る、調整することが主軸であり、販売に関しては専門ではない。ないが、それをやってこその音頤だ。

 繁華街に呼び込んだ全員ではないにせよ、少なくともこの斉藤は、武術家が扱う糸、武装としての剛糸を専門としていた、元音頤機関の人間である。

「必要なら俺を通せ」

「対処できそうなら、そうしてやるよ」

「偉そうに言いやがる。……呉服屋か」

「ああ、生活のメインはそっちだね。若いのが見つかれば、すぐにでも仕込んで店頭に立たせるさ」

「商業ビルとの差別化は?」

「あんまり考えてはないねえ。自然分別されるのを待つくらいの余裕はあるだろう」

「一応、繁華街としての体面を考えてくれ」

「ないがしろにするつもりはないよ、安心しな。そっちは訓練中じゃないのか?」

「メニューを渡してやらしてある」

「帰って怒鳴るまでが流れかい」

「よくわかってるじゃないか」

 現場監督がいなければ、手を抜くし、無茶をしない。これはどういうことだと、尻を蹴り飛ばすまでが一連のセットになっており、彼らは今日の睡眠時間を削ることになるだろうけれど、そこはそれだ。

 とはいえ。

 まだ六名の見込み入隊のようなもので、部隊長になれるかどうかは、考えていない。

「で、本題はなんだい」

「情報の通達に関しての相談だ。――既に、入場者の情報を拾ってるだろう」

「……で?」

「情報の選別、通達の判断だ。俺としては任せるって方針もある。事実、お前らは他人の介入を嫌うだろう」

 何しろそれは、彼らの領分だ。

「だがそうなると、さっきの話にも繋がるが、武装所持やトラブルの解決まで任せることになりかねない」

「なるほどねえ。あんたなりに考えてるってことかい」

「ということで、こっちに人員を回してくれ」

「窓口で受付か……」

「楽な仕事だ」

「ふん」

 見た目では、楽だろうが、実際には繁華街から送られる情報の重要度選別など、負担の大きい役目となる。何しろ、そこに間違いがあってはならない。

 軽い情報も含めて伝達するなら、そもそも椅子に座っている意味がない。かといって、重要な情報を見落としていたら、話にもならないだろう。

 結構な重責である。それをできる人間であり、潰れない人間が必要だ。

 ――そして。

 警備部と繁華街のパイプになってもらう。

「まあ、今のところ俺との繋ぎだな。ほかの連中に話す必要はないだろう」

「どのレベルなら開示する?」

「部隊長よりも一つ上だな。個人で動ける範囲、あるいは部隊を動かせるだけの実力者も兼ねている人間」

「部隊長に指示を出す人間か」

「お互い、大っぴらにする必要はねえだろ。ほかの社長連中だって、お前らを誘ったのがエイジェイだと知ってはいるが、その理由までは気付いてねえし、それでいい。お前らのシステムも、いずれ気付くが、それは先の話だ」

「地盤ができちまえば、そう真似できるもんでもないし、好きにさせるさ」

「なら、情報部の把握もそっち任せで大丈夫そうだ」

「……」

「やってるだろ。だいたい、俺が言いに来る前に、警備部の人員に混ぜていやがる。まあ、俺も立場としては一員であって、社長じゃねえから、それはそれでいいんだが」

「目ざとい子だね」

「俺なら間違いなくやるからな」

 カウンターに背を預け、ファーボットも煙草に火を点けた。

 倉庫つきの店舗だ、否応なく表の部屋は狭くなる。それでも敷き詰めれば、それなりの衣服が置けるだろう。

「だが、面倒を引き受けようって言うのなら、対処が必要だと釘を刺しにきたわけだ」

 たとえば。

 各部署に息のかかった個人を送り込み、裏から牛耳ったり、制御下に置こうとするのなら。

「こっちは引退した年寄りばかりだ、面倒はしないさ」

「そうしてくれると助かるね。まあ、気付いてる連中もいるが」

「どこだい」

「学園部の砂野は間違いなく。あとはそうだな、行政部の櫻木と……司法部。どいつも違う意味合いで見逃してはいる」

「それと、あんたか」

「警備部の社長は気付いてねえよ」

 そもそも、ファーボットが気づけたのだとて、先ほど言ったよう自分ならばやる、という予想をもとにした思考でしかない。おそらくこいつだろう、と当たりはつけたものの、それが正解かどうかまで確かめてはいなかった。

 必要がない。

 どうせここで釘を刺すし、実害が出てから対処すればいい。

「ま、面倒な話はここまでだ。それで? 上手く回りそうなのか、ここは」

「総評かい」

「そうだ。繁華街は問題ねえと、こっちは肩の力を抜いてるところだ」

「何事も完璧に動くものはない。欠陥がなけりゃ回らない歯車もある――なんてことは、今更だね」

「まあな。だから情報部の間抜けなんかを混ぜてる」

「大半の人間は、目の前の仕事で背一杯だ」

「司法部の社長なんかは、目の前の仕事だけでほかは嫌だと言うけどな」

「ありゃ間抜けじゃなく、信念を持った馬鹿だから仕方ない。面倒嫌いも、あそこまで突き詰めれば可愛く見えるさ。加えて、最初は仕事なんかないだろう」

「今のところは、な」

 どうせその対処は、ファーボットがすることになる。

「客入りは遊園街に任せるとしても、生活していくぶんには困らないだろうね」

「生活費がこっち負担になってる現状はな。もっとも、既に幾人か、身分を偽ってるのも含めて、鼻の利いた商売人やらなにやらと、ぞろぞろ来てるじゃねえか」

「ああいうわかりやすいのは、お手の物だろう?」

「俺も、――あんたも、な」

「あんたたちの構想段階で、シマを広げて足場を作って、儲けを出そうなんてことは、ここじゃできないようになってる。正規ルートを通じて交渉したところで、上納がかさむだけだ」

「そうでもないだろう。弁えれば、それなりのアガリは出る」

「想定していた儲けほどじゃないさ。あとは、主軸となる学生たちがどの程度集まるのか――今のところは、あまりにも異種族が多い」

 足場がない人間というのは、どこへ行くにしても動きが早い。それは当たり前だが、逆に、今の生活がある人間は、動きにくいものだ。

 つまり、迫害されていても、いなくても、人に隠れて生活していた異種族は、人間種として紛れて生活しても良い、という場を作ってしまえば、裏取りはするものの、行ってやろうと思うものだ。

「家族揃っての移住となると、どうしたって元軍人やらが関わるんだよ、俺の場合。一般人を拾うとなると――そう、大規模にできるもんじゃねえ。ただ」

「ただ?」

「野雨にあるVV-iP学園から、進学希望で大学生になる連中の希望者を集めている」

「ツテかい」

「まあな」

 そのあたりは、ファーボットではなく、学園部門の砂野が持っていたツテだ。

「家族の受け入れ体制は整えておくが、大学生なら単身で来るだろ。口座の紐づけとか、一応こっちは独立国家だから細かい面倒もあるが、本人への負担がないように手を尽くしてる。――行政部が、だけどな」

「不満は?」

「今から始めようって言うんだ、楽しくて仕方がないだろう」

「なるほどねえ」

 楽しめるうちに、どこまで進められるかが鍵だ。

「ところで、移動に関してはどうだ?」

「……老人の意見かい」

「毎日、鏡を見てりゃわかるだろう」

「もともと、大きな移動はしないからね。フライングボードも試しちゃみたが、こっちに言わせれば足腰への負担が大きい。歩いた方がマシさ」

「だろうとは思っちゃいたが――不便さは感じるか」

「それは、あまりないね。今が静かだからって可能性もあるけどね。仕事関係は、ちょっと面倒だけれどね」

「大き目のカートを使わせているが、邪魔か?」

「多少はね。特に裏通りを中心に使うから、道が狭いぶん、効率は落ちる」

 さすがに繁華街の正面入り口を、堂堂どうどうと歩かせるのは難しい――が。

「朝と夕刻、どっちがいい」

「両方って言いたいところだが、打診しとくよ。予想じゃ夕刻だね、夜に近い時間帯だ。宿泊施設が遊園街近くにあることも加味して、帰宅時間は考えなくていいから、明日の仕込みをする時間にしておいてくれ」

「配送状況にもよりけりだな。荷物をため込んでも、物流部門が困る。仮始動段階の今、問題が発生するようなら、荷物が置けるスペースの構築も考えておこう」

「荷物置き場も地下だからねえ……」

「日本との行き来も、まだ貨物と同じだからな」

「人員輸送ラインの完成予定は?」

「ざっと一年。遊園街の完成と同時に、本格始動だ。問題が発生するのはそこからだろうな」

「それを織り込み済みで動いているんだろう?」

「間抜けが混ざってると、楽観視できねえよ」

「そういや、そうだったねえ……」

「逆に言えば、お前らみたいな賢いのは、現場対応できるから、楽観できる」

「そうかい。……ところで、一つ訊きたいことがある」

「あ?」

「あんたの立場は、どこなんだい?」

「エイジェイの下請けをしてるつもりはねえよ。実働の一人みたいなもんだが、俺が仕切ってるわけでもなし。将来的には、たいして発言権のない、暇を金で買う間抜けに落ち着きたいもんだ」

「ふうん……」

「納得しろよ」

「理想は結構なことだが、現実ってのは面倒だねえ」

「わかってんじゃねえか、まったく頭が痛い。異種族連中には、群れになるなと徹底させなきゃいけないし、遊園街での見せしめがそろそろ必要になる」

「ああ、まだ工事中だが、シマの奪い合いが始まってるからね」

「それ自体はいいんだが、ルールを守って水面下でやれ――ってな。録画データは必要か?」

「こっちに回さなくてもいいさ、見ても面白くない」

「じゃ、連絡先だ。お前以外には使わせるなよ」

「律儀だね、貰っておくよ」

「表で顔を合わせたい時の繋ぎも、やってやるよ」

「その時は違う顔を表に立てるさ」

 どうやらこの老人も、黒幕に徹するらしい。その方が動きやすいし、将来性もある。何より、あれこれ雑事をやる体力もなさそうだ。


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