第108話 状況の進捗

 今日は晴れている。

 空を見上げれば、自然と耳を澄ましてヘリの音を探してしまうのは、ファーボットが戦場にも足を踏み入れるからだ。それがどんな場所であれ、癖のよう探すのならば、それはもう習慣だろう。

 まだ昼食にするほどではないが、気になったら休ませてくれと技術屋の二人には伝え、ファーボットは外周道路から内部へ入っていく。

 そもそも、四国のギガフロートは完成形として存在し、いわゆる金属合板の足場がむき出しになっているため、改めて基礎工事をしようとなれば、それなりの手段が必要になる。

 簡単に言えば、板を引っぺがして、基礎を作りつつも、道路などは別途作り直さなくてはならない。何しろこの場所には、土というものがないわけだ。

 ベルは、入ってすぐのところにいた。そこから奥へと歩いていく。

「空母の上に新しく家を建てようってんだ、クソ面倒にもなるだろ」

「俺はタッチしてないんだが、総合設計はほかに頼んだのか?」

「設計師は既に亡くなってたからな、知り合いの造船師に頼んだ。現場で動くほど若くはねえが、図面を引くくらいはな」

 あちこちで床板がはがされ、プラモデルを組み立てるよう複数のパーツを組み合わせながら、基礎を作っている。セメントを流し込むとか、そういう作業はない。

 何しろこのギガフロートそれ自体が、そういう無数のパーツの組み合わせだけで成立しているからだ。錆びる部分も多少なりともあるが、極論を言えば、ボルトとナットを外していけば、すべて解体できるようになっている。

 工事の音に紛れて、その言葉は発せられた。

「地下の空洞にいるのは、吸血種だ」

「――何色だ」

 大きく分類したのならば、それは幻想種ファンタズマの部類になる。

 吸血種の発祥は、ただ一人、夜の王と呼ばれた金色の吸血鬼。ただしそれは、人を喰い散らかすような化け物ではない――いや、むしろ、であればこそ、本物の化け物なのだろう。

 彼が戯れに、指を五本切り落とし、生命を持ったのが三人。

 金色が二人。

 黒色が一人。

 金色は生命力に満ち溢れ、黒色は身体能力が高かった。

 王に仕えたからこそ、金色の従属と呼ばれ。

 一人、夜の闇に消えたから、夜の眷属と呼ばれる――まあ、神話のようなものだ。

「金色だ。人間が嫌いで引きこもってる」

「……哀れだな」

 人間が嫌いなら、どうして隠れる必要がある。

 嫌悪をばらまく理由がないのなら、どうして作ろうとしない。

「金色の従属って単語を目にした時、俺はきっと夜の王が怖かったからこそ従属したんだろうと思ったものだが」

「正解だ」

「正解? こんなところに引きこもるようなやつは、恐怖じゃなく忠誠心だと誤魔化しそうなものだろう」

「人間だからそれがわかる。だからビショップが仕えてたんだよ。あいつが最期にどうしたかは知らねえが、直接教えることはなかっただろうな」

「甘やかしてどうする……」

「そりゃあいつの選択だ」

「しかし、本人がどうであれ、この威圧感だ。気付かないものか?」

「ああ、気付かねえよ。――ほれ」

 僅かに、躰が跳ねるような感覚。肌の表面を撫でるような静電気に近いものが発生したかと思えば、一切の威圧が消えた。

「あ?」

「お前には気付かせようと思って、俺が波長を合わせてやったんだよ。気付かないのは無理もない。脳内の電気信号を一つズラすようなもんだ」

「お前のせいか。……なるほどな、確かに気づかない」

「よほど奥まで潜り込まない限り、遭遇することもねえよ。何しろ、死なないことに関しては定評がある。いずれ、あーこれから産まれる子供の世代くらいで、討伐する案件が出てくるかもしれないから、覚えておけ」

「予想か?」

「まあな」

「念のため聞いておくが、お前なら殺し切れるか?」

「いや無理だな。不可能じゃないにせよ、戦う気にさせないのがせいぜいだ。お前だって、自分ができるかどうかは棚上げしたら、方法なんていくらでも浮かぶだろ」

「いくらでもは、言い過ぎだが、いくつかはな。本格的に五年くらい、特化して準備したら、それなりにできるだろう。まあ、やり合うことはないといいな」

「願望が入ってるじゃねえか」

「お前の言う、次の世代が二十歳くらいになる頃にゃ、俺もここで過ごしてるだろうが」

「せいぜい、分体を相手にするくらいだろ」

「指を切り落としての複製か……なるほどね。引退してる俺に役目が回ってこないよう、後進の育成に力を入れろってか」

「警備部門の担当だろ? 丁度いいじゃねえか。もっともお前のことだ、システムだけ構築して社長をほかに任せるんだろうが」

「お前でもそうするか」

「将来的なことがどうであれ、俺ら狩人なんて職業に就いてる連中は、遊撃がお似合いだ。立場に縛られた途端、クソみてえな失敗をする」

「道理だな。気を付けろベル、野雨の管理狩人を狙ってんだろ」

「何かをやろうってわけじゃない、面倒は子狩人チャイルドに任せるさ」

「関わりたくはないもんだ」

「それで? どう構想してる?」

「一部を育ててリーダーにして、そこに部下をつける。部隊構想を上げたのは砂野だが、それに倣えばいい。残りは、有事の際に報告するだけの人員がいればいい」

「となると、若い連中が必要だな。どっちがいい?」

「それだな」

 たとえば、即戦力を期待するなら現役を引っ張ってきた方が良い。ただし、その場合は馴染むのに時間がかかるし、離反の可能性は高い。それらは悪いことではないにせよ、ドンパチのない生活を退屈だと感じ始めたら、間違いなく問題になる。

 では新規で育てるとなると、どうだろうか。

 何も知らない手合いならば、こちらの色に染めることは容易いが、どう転ぶかわからない。中には向かない人間もいて、事務に回すことだってあるだろう。いわゆる選別が必要だ。

 方向性がある程度決まっている――たとえば、武道をかじっている人間などは、その点の心配はないのだが、逆に今度はそれが足枷になる。いわゆる基礎それ自体が、教えと反してしまうことがあるわけだ。

 そして、すべてに通じる問題として、どの人員が集めやすいのか。

「部隊長にするのなら、訓練校卒業くらいが目安だが、その部下なら戦闘に適正アリくらいで問題ない。あとは、警察の真似事ができるかどうかだ。最初の方はトラブルもあるだろうが、そのうち退屈を感じ始める」

「永住希望か」

「まだ作り始めの場所に、だ。まあその条件は軽く見てはいるが、視野から外すわけにはいかん」

「とりあえずやってみろって言葉も世の中にはあるぜ?」

「どうだかな」

 それがリカバリーできる失敗の範囲内なら、構わないが。

「身辺整理はそれなりに上手くいってる。本腰を入れるには、そう時間はかからないだろう」

「人材探しってのは、時間がかかるからな。さすがに俺が拾ったガキを紹介するわけにはいかねえ」

「――ああ、鈴花の子か。話題になってるぞ、どうであれ手は出すなってな」

「俺がやったのは拾って、場所を与えただけだ。特に選別したわけでもねえし、戦力としちゃ話にならん」

「お前の不興を買う方が間抜けだってことだ。俺はそうならんよう動かなきゃならねえな」

「声は通るようにしとけよ」

「だからって、俺に怯えて顔を窺うようじゃ駄目だろう」

「それならそれで、やりようもある――なんてことは、お前だってよくわかってんだろ。とりあえずやれとは言ったが、そりゃどんな状況でも、なんとかするって意味だ。違うか?」

「それでも、将来的なトラブル回避や、俺がゆっくり老後を過ごせるよう考えるのは、無駄にならん」

「老後、老後ねえ」

「おい、孫と楽しく遊ぶくらいには好きにするつもりだぞ」

「なんだかんだ、お前は面倒見が良いからな。後継者でも作って仕事を任せた方が楽になる」

「そりゃまた、気の長い話だろう……」

「すぐ見つかるようなら、俺らは苦労しねえよなあ」

 笑いごとではなく、ファーボットにとっては現実で、切実ではないが、問題になりうる事情である。

「まあ、のんびり探すしかねえか」

「ランクBが目安だな。このあたりにいる狩人は、染みついてる生き方を変えるのに時間がかかる。仕事で馴染むことは苦労しないし、家庭に持ち込むわけでもねえのにな」

「笑ってんじゃねえよ……」

「俺にはわからないって話だ。いや違うか、わかってるから笑い話に聞こえる」

「エイジェイとは持ち回りにしてるのか?」

「いや、基本的には放り投げて、気が付いた時だけ手を出してる。わかってるとは思うが、問題になる人材の提供だけどな。司法に関してもそうだ」

「ああ、あの男か」

「そっちじゃない。作る側と、実働は別だ。お前と同じだよネガティ、作ったやつにやらせると問題が起きる」

「確かに司法なんてもんは、客観的視点も必要だが、言うなれば裁判官の役割を持ったやつが、法を作るだなんて、どうかしてるな」

「狼族だけどな、奥地でちょっと拾ったんだ。賢いのに、それを楽することに特化させてやがった。仕事の楽しさを教えてやらねえとな」

「いろいろと、揃って来たか。工事の完成まで、一年か?」

「あるいは、二年。その間に住民の手配もしないといけないが、そっちは誰がやってんだ」

「誰も。あるいは、全員だ。流通の確保ライフラインに関しては日本を頼ることにはなるが、政治を絡めて、いくつかの店舗が名乗りを上げてる。あとは」

「入り口――繁華街の人選か」

「こればっかりは、誰でもいいってわけにはいかん」

 事実上の玄関口だ。入ってきて、飲食やお土産が買える繁華街エリアはどこにでもあるものだが、遊園地の出入り口と同じく、誰が入って来たのかという情報は、ここが一番新鮮である。

 何をするのか、それは問題にならない。いや、可能ならばそこまで情報が拾えるのが理想的だが――特に、誰がやってきたのか、その情報を掴めるかどうかは、警備の質に直結する。

 それは、彼らが今やってきた出入口となる屋内とは、役目が大きく違う。

「身分を隠してやってきた連中に対して、どういう情報なら渡せて、仕草や会話からどれだけ情報を盗めるか――そことの連携は必須だろう」

「孤島だと考えれば、当然だな。昔から、出入りする港が見える位置に見張り塔を建てるのは、セオリーだ。入管からの情報なんて当てにはならねえ」

「そもそも入管は情報部門の管轄だ。どこでも同じだが、情報部を通すと綺麗な情報が遅くやってくる。俺らに必要な雑味ってやつを丁寧に取り除くからな、連中は」

 そして、一つの部署を通すのだから、当然のように遅くなるわけだ。

「かといって、情報を流す前に対処されちまうんじゃ、警備部門のやることがなくなっちまう。笑いながら見守れるくらいの落ち着きがあった方が良い」

「となると必然的に、若い連中を多く警備に回すのか。学業と並行するのは無理だろ」

「学生部隊の運用は考えてねえが、引き抜きは考えてる。どちらにせよ、違反者は基本的に警備部での更生だ。それなりに厳しくて、二度と受けるのは嫌だが、かといって絶対に嫌だと思わないくらいにな」

「そりゃまた絶妙なバランスだな。道から外れるやつを拾うには丁度良いだろうが……部隊同士のしのぎ合いが始まりだすと、そうも言ってられなくなる」

「その頃までには、整うだろう。学生を使わないとは言ったが、訓練を歓迎しないとも言わん。このあたりは基本的に軍式だが」

「大勢を見るなら、軍式が一番楽だ」

「そこでだ、ベル」

「ん?」

「医療機関を探してる」

「……最新報告はまだ読んでないが、当たりをつけてないのか?」

「重要な部分だろう? 誰かがやっていると考えても不思議じゃあない」

 けれど、全員がそう思っていたのならば、空白が生まれてしまう。

「エイジェイも忘れてたって言うんだから、笑える話だ」

「どのくらいを考えてる?」

「規模は大きい方が良い。学校の医務室や、警備部門、それから分室みたいなかたちで遊園街――いずれにしても人手が必要で、それをひとまとめにする社長が必要だ。現実には事務をしなくてもいい、医者の腕が良ければな」

「だいたい市の病院規模か。ん……ああ、条件次第で引き受けそうなやつがいるな。お前も知ってるだろうが、インクルードナインって組織」

「それは知っている。軍部の下請け会社で、それなりの規模、それなりの実力。バッティングした時はよく仕事を渡してる」

 やっておいてくれと、任せるくらいには実力者が揃っている組織だ。ただし現状、軍部の意向がそれなりに強く反映されているため、相手を選ぶ必要もあるが。

「フラックリンもその一人だろう」

「そうだ。で、専属で病院やってる人物がいてな、美耳みみみって名前なんだが――腕はある。そこらの総合病院のトップになるくらいの腕だ」

 そうでなくては、組織専属の病院を任せられないだろう。

「性格に難がある」

「医者の性格なんて、だいたいそんなものだろうが……なんだ?」

「とにかく面倒が嫌いなんだ、そいつ。だから手術スピードが速い。もちろん正確に。口癖は、面倒だから医者なんてやめてやる――そう言ってもう十数年だ」

「なるほどと頷いていいのかどうか、悩むところではあるな」

「専属病院だから、それごと引っこ抜けばいい。研修医には別の仕事を紹介するし、まあ、嫌だというやつにも斡旋は必要だが、俺の見立てだと八割は構わないと言いそうだ」

「交渉は任せていいか?」

「おう、誰かに投げておく。ただ」

「なんだ」

「完成まで二年として、その間にもう辞めると本気で身を引く可能性だけは考えないとな」

「そこまでか……」

 繁華街予定地を抜ければ、住宅街と、左側に大きなドームのようなものが作りかけで置いてある。

「あっちがお前の詰め所か?」

「俺にするかどうかはわからんが、警備部門の詰め所だ。屋内訓練場が二つと、宿舎。それと射撃場に加えて、屋外訓練施設――いや、施設というより広場か」

「本格的だな。狩人でも育ててみるか?」

「資格を取らせない前提なら、面白いかもな。そういうやつがいれば、俺も楽ができる」

「遊園街の警備は含まれないのか?」

「表向きはな。だが、出向する可能性はあるし、遊園街で動く部隊には、最低限の錬度が必要だろう。そういう場合は、警備部門で引き受ける流れだ」

「表の警備に加えて、訓練校の役目まで――しかも、違反者を捕まえて独房に入れるまであるんだろ」

「その通り、手が足りなさそうでシステムの構築だけじゃ、ゆっくり休めそうにねえ」

「お前の場合、そこが一番苦手だろ」

「一番ってことはないが、まあ、現実が見える方が楽だ」

 苦手だからやらない――と、そういうわけにはいかないのが、狩人だ。

 現実なんて、いちいち見なくても目に飛び込んでくるから、未来を見てやろう、というのがファーボットのスタンスだ。しかし、いつだって誰かが現実を作ってくれるわけではない。

 今回のよう。

 未来を、将来を見据えて、今を作ることも必要だ。あとは、前例を見ながら、現実に即しているかどうかを考え、できるだけ両手から零れ落ちないよう未来を描く。

「住宅区は、考えているのか?」

「繁華街は条件付きで、店舗そのものに住めるようにはしている」

「条件は」

「狭くても我慢しろ」

「――なるほどね。ただでさえ土地は限られてるんだ、マンションでも作った方が楽なんだけどな。学校の寮は?」

「作るが、規模は小さいな。親子揃っての移住を前提にしてる。マンションもあるが、景観の話もあって、日本側――四国に近い方面に並べる予定だ」

「海からの侵略も想定済みか」

「こっちから船を出すことはないが、ヘリくらいは飛ばせるよう、政治で交渉させる」

「常備戦力との兼ね合いだな」

 そのあたりは、おそらくかなり神経を使うことになる。ただ、どちらかといえば、未だに軍隊を持たないと誤魔化しを続けている、日本に対しての交渉だろう。

 ヨーロッパ連合、アメリカなどは、多少なりとも賛同するはずだ。

「逆側が学校か」

「そうだ。まだあっちは手つかずだが、俯瞰すれば中央やや海よりだな。同じ敷地内に、統括室の建物を作る。接待室を含めた、目立つよう背の高い建造物だ」

「ミサイルの標的だぜ?」

「そこまで考えるやつが入れば、こっちとしては喜ばしいな。学園周辺は、少し迷っているが、おそらく企業街になるだろう」

「住宅街じゃうるさいか」

「まあ、それこそ企業宿舎があっても良いんだろうが、大きく分類させてるだけで、実際には空き家をどう埋めるかまでのプランは、それなりに自由だ」

「持ち家は?」

「作ってはいる。いるが……」

 先ほどからずっと言っているが、限られた土地なのだ。それは贅沢だろう。

「お前みたいな特殊人物か」

「望むのなら、な。少なくとも俺はいらん――と、思う」

 そこは妻に相談だが、おそらく否定はしない。維持が面倒だと言いそうだ。


 そうして。

 二人が足を止めたのは、中央よりやや奥の部分だ。


「こっから先が遊園街だな」

「おう」

 ファーボットが煙草を口にくわえると、紫電が走って先端に火を点けた。ベルの術式だ。

「便利なもんだな」

「お前だって、このくらいできるだろ?」

「オイルが切れてるならな」

 携帯用灰皿はないが、ゴミが出ないようにする方法はある。もちろん術式を使って、だが。

「イグリナはどうだ?」

「若造なりに、もがいてるところだ。若いやつの意見が欲しいところで、あいつはよくやってる。特にARシステムの導入は、早い段階での提案で助かってる」

「へえ……VR技術に関してはそれなりに発展もしてるが、ARは落ち目というか、あまり目立ってない技術だな。電子戦を外でやる時に使うくらいしかない」

「だが、最初から組み込むなら遊びになる。眼鏡一つが付属デバイスだ、晴天時ならアイウェアにしちまえば、普段から眼鏡をつけていても良い」

「映像の中にしかない近未来的な都市が実現するわけか」

「電子掲示板が乱立してるような? 最初は案内板くらいなものだ、それだけで景観がかなり改善する」

 デバイスがなくても、それなりに楽しめるよう配慮はするが、余計な装飾を減らせるのは生活する者にとって好都合だ。

「一番敷地を取ってるのが、ここだろうが、ほかは?」

「学園だな。大学部まで設立させるとなると、敷地は必須だ」

「そう簡単に拡大できないのが難点だな」

「いや、むしろ制限があった方がやりやすい。……ただ、遊園街としては、狭いだろうな」

「遊園道具に加えて、ギャンブルか。主軸はどっちだ?」

「ギャンブル。治安はこっちよりも良くすることは大前提で、金の流れを作るよう指示はしてある。ただし、制限はある」

「なんだ?」

「外客――つまり、ここの住人は基本的にギャンブル禁止」

「接待以外は、か?」

「多少のパーティくらいは大目に見るけどな」

「ギャンブル狂に住民権は与えねえか……最大滞在日数も五日だったか」

「イグリナには、遊園街を独立自治にする代わりに、肉屋の使用権も与えている」

「おいおい、あいつにその決断ができるのか?」

「できないなら、それまでだ」

 たぶん、やるだろうと思っている。そのきっかけは必要かもしれないが。

「――そうだ、忘れてた」

「なんだベル、便所か?」

「でけえのは出してきた。忘れてたのは雨漏りの方だ」

「ああ」

 それかと、一度ファーボットは空を見上げた。

 今日は良い天気だ。そういう日を選んだから当然だろう。

「学生の割合がどのくらいになるのか、まだ正確な数字は出ていないが、少なくとも学園はすべて休校にするつもりだ。その代わり、長期休暇はなくなる」

「ほかの部門は?」

「そのあたりは、フレキシブルな対応をしてもらうしかねえな」

 車での移動がない以上、自転車とフライングボードがメインになる。おそらく、ボードの方が利用者は多いはずだ。

 そうなると、雨天の時に問題が発生する。

 雨。

 水は、そもそも、ボードにとって障害物だ。安全性の面からも、雨と水滴を区別するような仕組みは入れにくい――まあ、だから、使えないわけだ。

 徒歩か、あるいは自転車にレインコートを着て乗るとなると、いささか面倒だ。しかも渋滞を誘発させやすい。

 だからいっそ、全面で休校にしてしまえば、少なくとも学生の出入りは減る。繁華街あたりは増えるかもしれないが、それはそれだ。

「全体像が見えてきたか」

「そうだな。細かい部分の調整っていう、一番面倒で一番重要な仕事があるけどな」

「イヅナから名前を聞いて、任せた俺が言うのも何だが――」

「おい、それだけか」

「あいつの目は信用してる。詳細はアブに投げたし、どうやって巻き込んだのかまで聞いちゃいないが、お前はよくやってる」

「馬鹿を言うな、――お前らほどじゃない」

 同業者だからこそ、わかる。

 一年に二回ある昇級をパスし続けているベルとエイジェイは、尋常ではない仕事量を抱えているはずだ。今こうして暢気に話しているのだとて、たまたま休みを作ったわけではない――ただ、現場に行かずとも、現在進行形で可能な仕事をしているだけだ。

 いや、仕事をしている感覚はもう薄い。

 依頼を受けて達成することを、生活にしている。

 そして、無理をしなくては、こんな急ぎ足は不可能だ。もちろんそれを表に出さないようにしているけれど。

「ま、完成を楽しみにしてるのは俺も同じだ。干渉はしねえけどな」

「そうか?」

「将来的に重要なポジションに入る可能性が、楽しみなんだよ。頓挫したら、それはその時に考えればいい」

「そうならないようにしておく……」

 可能性は視野に入れても、頓挫するために仕事をするなんてのはごめんだ。

「ところで」

「なんだ」

「ここの名前、決めてるのか? 四国ギガフロートだの、海上都市だの、まだ正式名称がないだろ」

「ああ」

 それがきっと、一番面倒な仕事だろう。何故かファーボットに任せられているのだが。

「そうだな」

 呟き、視線を足元へ向けてから、紫煙を吐き出して。

「ヨルノクニ」

「夜の国――じゃ、ないんだな?」

「意味合いは同じだろう。夜の王様の欠片がここにいて、異種族は夜に動くものだ。その意味合いがどこまで通じるかは知らねえが、妥当だと思うけどな」

「いいんじゃないか? 特に反論はないだろ、決めておけ」

「反論がないのは、ほかに決めるやつがいないからだろう……」

「そりゃ面倒だからな」

「笑ってんじゃねえよ馬鹿」

「――楽しいだろう?」

 問われ、何かを言おうとしたファーボットは一度口を閉じて、思い出したよう紫煙を吐き出してから。

「ああ」

 口の端をゆがめた。

「そうじゃなきゃ、やってられん」


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