第106話 最初の会議
引退することを決意して、自分から非公式依頼を覗かなくなったとしても、それなりに仕事というのは舞い込む。
そもそも、ハンターズシステム施行時において、やや問題視されていたことがある。
果たして、依頼になりそうなトラブルを潰すのは、仕事になるのだろうか。
規定として、それが発見された場合、あるいは報告があった場合、それなりの報酬を支払うようにはなっている。
たとえば、銀行強盗。
発生したから調査をして、確保する。狩人への依頼の場合、生死問わず、ただし金は全額確保と記される場合がほとんどだが、では、銀行強盗を企んでいる現場を押さえたのならば、どうなるか。
これは超法規的措置が該当する――つまり、狩人とは、痕跡を残さなければ犯罪にならない。
この結果として、屍体が転がる一室と、銃器を代表とする何かしらの武装が転がっており、あるいは、銀行強盗の計画書が存在する。ああいや、計画書を作るなんて間抜けは、そうそういないか。
誰がやったのかもわからない。おそらく、
この状況にメリットがあるとするのならば、銀行強盗が発生しなかったこと。
――であるのならば、得をしたのは銀行であり、やった本人は無報酬で、発生したであろう仕事が一つなくなったにすぎない。
ランクB以上の仕事の大半は、こういうものである。大きな仕事を請け負って、そのついでにこういう芽を摘む。何故かと言われれば、近くを通りかかったから――。
ランクCでありながら、そういう行動ができるのは、三年も前から昇級資格アリとされるファーボットだからで、逆にこういう生活が送れなければ決してランクBにはなれない。
面倒なことだ。
たまに顔を出す国外の酒場で情報屋の行方を聞けば、隠居したという。なら酒でも持って挨拶してやるかと思っていれば、あれやこれやと巻き込まれ、時間がなくて酒を渡すだけになってしまった。
やはり引退すべきだと思う。情報屋がうらやましいくらいだ――あとで、野郎の近辺を綺麗にして、報復などのトラブルが起きないようにしなくては。
ほらみろ、仕事が一つ増えた。
きっちりやるなら、誰がやっても同じ。誰かに任せたい気分だ――なんてことを、誰もが思っているのをファーボットは知っている。
ただ。
任された仕事というのは、誰かに渡すのも手間がかかるものだ。
野雨にあるビルの一室、扉を開けば既に三人が中にいた。
「ああ、待たせたか」
小太りの男は座っており、やや派手とも思えるスーツを気崩した男は窓際で外を見ていたようだ。残りの一人は女性で、軽く目を伏せていたようだ。
「――」
窓際にいた男が、何かを言おうとして――おそらく文句だったのだろう――口を閉じる。それから吐息を落とし、煙草に火を点けた。
灰皿にはかなり吸い殻があるけれど、室内空調のおかげで匂いはこもっていない。
「どうした?」
「……火薬の匂いを持ち込むなよ」
「ん、ああ、すまんな。シャワーは浴びたんだが、着替える暇もなく、空港からここまで直接移動だ。だいたい、気遣うような会議じゃねえだろ」
「高ランク狩人が来るとは聞いちゃいねえ」
「馬鹿か。今ここに来た、それに対応しろ若造」
「チッ……」
「とりあえず、俺は――クレイサル・ファーボットだ。好きに呼べ」
「
すぐに女性が返事をした。おそらく一番厄介な手合いだ。
「はいはい、こちらは櫻木です、どうも」
「……イグリナだ」
「結構だ、資料を寄越さなかった野郎には文句を言っておく。まあ、どういう経路で接触が来たのかも、こっちはまだ掴んでねえから、多くは言わないけどな」
言いながら、ファーボットは自分の禿頭を軽く撫でた。
「詳細は聞いているな? だったら自分の役割もわかっているはずだ。まずは、櫻木」
「はい、また厄介な役割ですなあ。あくまでも外交のみ、内政はお飾りくらいの気持ちではいますがね」
「どう見る」
「やれ――と、そう言われれば、やるほかないのが実情でしょうな。しかし、表に立つ人間は用意していただきたい」
「そうか、任せた」
「…………は?」
「何か勘違いしているようだから教えてやる。俺は政治家じゃない、専門はお前だ。だったら政治という分野においては、お前の国の問題だろう。手くらいは貸すし、場合によってはお前を排除する。だが同じ方向を見ている限り、俺に頼むのは筋違いだ」
「それは、しかし」
「できないのか?」
「――二村派を志し、至る前に解体された身とはいえ、私の仕事は国を動かすことです」
「わかっているのなら、やれ」
「わかりました。連絡先はここに置いて行きます、いつでもどうぞ。ああ司法が決まりましたら、真っ先にお願いします」
「もちろんだ。失敗は許容するが、犠牲まで許容するな。あとは成果を上げろ」
「ええもちろん。ではお二方も、私は失礼します。――楽しくなりそうだ」
政治とは、横のつながりが強い。
何も物事を動かすだけではないのだ。いや、動かすのに繋がりが必要になるとも言い換えられる。加えて、相手にするのは日本、ヨーロッパ連合、米国の三つ。最初の折衝こそジニーに力を借りるが、それがいつまでも続くようでは話にならない。
やや早足ぎみに小太りの躰を揺らしながら出ていけば、ファーボットから苦笑が出た。
元気が良くて何よりだ。
「さて、こっちはもう少し時間が必要だな」
「あ?」
「わからねえなら、黙って従えよ若造。本題に入るにゃ早いと聞こえなかったか?」
「てめえ……」
「出身は南米だな、日本には初めてか? とにかく飯が美味いだろここは」
「あんたハンターか」
「そう見えないなら、俺にとっても嬉しいことだが、気付かなかったお前が間抜けなだけだなこれは」
「チッ、喧嘩売るのが趣味か?」
「間抜けがてめえの力量を見誤ってると、こっちが困るんだろうが」
「クソッタレが」
「自覚したなら、改めろ。――なんだ、思ったより早いな」
ファーボットがそれを口にして五分後。
一体何なんだとイグリナが口にする直前で、扉が開いた。
「おーう、櫻木がスキップしてたぞ、なんだあれ。脂肪燃焼系の何かヤバめのやつでも決めたのか?」
「楽しそうでいいだろう」
「なんだネガティ、お前の方が早かったんだな? イギリスからの直行かよ」
「おかげで、手土産を渡すだけでろくに話もできなかった」
「ふうん。ああ、そっちの若造は知らねえか。俺が所有権を持ってるエイジェイだ」
「――あの、エイジェイか?」
「進級を二回連続でパスしたって意味なら、その通りだ。ちなみにランクAまで続くぜ」
「なんだ、もう決めたのか」
「面倒も多くなるが、暇な時間もできそうなのは、ランクAだろ」
「妥当な選択だな」
「ところで、なんでネガティはCで止めてるんだ?」
「お前が言っただろう、面倒が多くなる」
「やってることはランクB相当なのに?」
「それでも、だ」
「ふうん……まあいいや。さて、あー、イグリナだっけか。仮呼称だが、遊園街はお前に任せることになった。やり方も好きにしていいが、こっちからの注文もある」
「この際だから言っておくが、俺ァどうして呼ばれたのかも、よくわかっちゃいないんだけどな」
「若造かよ……まあいい。基本的に遊園街は独立させる。カジノに酒場にテーマパークのセットだ。ほかに三つくらいマフィア関係の組織を入れるから、対立構造になる」
「――三つ、か」
「しのぎ合いがなけりゃ、面白くねえだろ。ただし、抗争をいくらやっても結構だが、表面には出すな。逆に、ほかの組織が表に出した時点で容赦すんな。こっちで肉屋を手配しておく」
「…………」
「で、遊園街は一番奥だ。人手も流通も遠いから、密輸に関しては上手くやれ。ああもちろん、ドラッグなんて論外だ。シノギの出し方は考えろ。基本的に半分は上納、残り半分は好きにしろ」
「半分も使っていいのか?」
「間抜け。密輸に使う人員の手配、外からの荷物搬入、人材の確保、システムの確立――どれだけ外に金を使うか考えたらどうだ。この場合の外は、こっちのことじゃない。お前が運営する遊園街以外の、国内だ」
「それは……」
「頼むぜ? お前んとこの遊園街が一番の金儲けだ。それで国を回すくらいの心意気がなけりゃ、どうしようもねえからな。ついでに言えば、ないとは思うがほかの組織に食われるようなことがあれば、俺は喜んでそっちと交渉するぜ? それか、更地にして再スタートだ」
「チッ……」
冗談じゃねえと、イグリナは名刺をテーブルに置くと、背を向けた。
「そこまで舐められて、引いてられるかよ、クソッタレ」
「てめえのやり方を貫くのはいいが、ほかの分野の専門家に話を聞いた方がいいぞ? 若いのは視野が狭くて、すぐ失敗するからな」
「うるせえよ年寄り、――黙って見てろ」
櫻木とは違うが、こちらもやる気になったようだ。
出ていく姿を見送りもせず、エイジェイは笑いながら煙草に火を点けた。
「若手の育成、向いてるじゃねえか、ネガティ」
「そういうつもりはないが、感謝されることはある」
「やっぱお前、警察関係やれよ」
「あ?」
「警備って言い換えてもいいけどな。いわゆる治安維持だ」
「戦力に直結する話だろうが」
「その通り。さすがにそこは狩人が絡んでねえと、俺も言い訳がしにくいからなあ」
「最初からそのつもりだったか」
「そう、お前の予想通りだ」
武装所持が許可される時点で、持つ者と持たない者の選別は必要になる。かといって、狩人だけに許可があったところで、それは戦力にならない。
少なくとも。
政治的に、口実になるだけの武装は必要だ。
それに応じた錬度も。
「そうだ、先に渡しておくぜ、ネガティ。これが酒だ」
「おう」
おうとつを作ったガラスの瓶は、やや大き目のサイズ。ウイスキーの棚には入る規格だろう。
そして、ラベルには。
「フリーランス、それが名だ」
「
「一応、今のところ日本円換算だと、十五年ものは五十万弱、三十年ものが七十万」
「手が出る金額だな」
「まあな。だからこそ、欲しいところに売らないわけだ」
「これを飲み終えてから、取引先のことは聞くことにする」
さて、と。
そんな言葉は、ほぼ同時に放たれた。
感情的にはどうだろうか。知っているからこそ嫌がっているエイジェイと、初見であればこそ厄介だと思っているファーボット。
けれど、どちらも仕方ないと割り切り、だったら楽しむかと切り替える。
「あら、か弱い女を相手に、その態度はいけませんねえ」
「よく言うぜ、砂野のヤンキーが」
「なんだエイジェイ、知り合いなのか」
「そりゃ俺が直接誘ったからな」
「ええ、国ができた時には、家族そろって移住するつもりですから」
寡黙、という様子ではない。今までは必要なかったから口を挟まなかっただけで、随分と落ち着いた雰囲気だ。
それが、雰囲気だけだと、気付いているからこそ、ファーボットも厄介だと思っている。
「それで、どうだ砂野」
「いくつかの構想はありますが、ねこちゃんと話した結果、それなりのシミュレート結果を出したものをまず、話しましょうか」
「誰だ」
「ニャンコ……Rabbitの支配人のことだよ」
「ああ、あれか」
インフォメーションの声だけは聞いている相手だ。ほぼ偶然、名前だけは入手したものの、ファーボットには直接の認識がない。
「まず国よりも街としての認識を強くします。遊園街が独立という点に関しては、内部に関所を作ってダブルチェックができると考えれば、良いことでしょう。私からの提案は、大きく三つ」
「おう」
「街の成り立ちに関しての共通認識として、それぞれを会社として想定し、呼称は部門とします。ねこちゃんとはそういう話をしてるので」
「つまり、行政部門の社長が櫻木か」
「はいそうです。その方がお互いに話しやすいでしょう。こちらは余談になりますが、一次生産が敷地面積上、有効な売り上げに繋がらない以上、加工・販売に主力が移ると思いますが、仕入れに関しても経済部門が手を入れる状況が作られます。負担が大きいので、それなりの人材が必要かと」
「加工も工場が作れないなら、限りなく内職に近くなるな」
「となると、メインは外部で作らせた上で輸入、内部販売だな。運搬経路が一つしかねえから、輸出は度外視しちまった方がいいか。アパレルなんかに関してもそうだが、外部企業の誘致はどのくらいを想定してるんだ?」
「これもまた、敷地面積の問題にもなりますが、初期はある程度、許容すべきかと。ただ住人の傾向から、これは私の一つ目の提案にも含まれますが、若い人間を主軸としたいと考えています。なので、複合企業として出店するのか、単一企業を同一敷地内で争わせるのかは、それこそトレンドによるでしょう」
「なるほど、即決はできねえな。それこそデパートみてえなところで、あれこれ服を選ぶのだって楽しいが、種類が多けりゃ良いってもんでもねえ」
「そこは敷地面積との相談だな。企業誘致を経済部門の社長にやらせるってのは、さすがに重荷が過ぎる。専門家に打診することも考えておこう」
「おう。――で、一つ目の要求ってのは?」
「学生の部隊運用です」
「へえ」
「続けろ」
「言い方は堅苦しいですが、いわばグループにおける運用だと考えてください。たとえば運送部門において、人手が欲しい。この場合、アルバイトを募集するのは自然な流れですが、狭い土地の中で集めようとすると、必然的に学生が募集されます」
「だろうな。実際、卒業と同時に外へ出るか、中で職を探す必要がある」
「そこで、個人を雇うのを目的とするよりも、名のある部隊から人を呼ぶようにしたいのです。学生たちが集まり、それぞれの部隊、グループを作り、自然とリーダーができる。仕事を探すにも、受けるにも、あるいは部隊を運用するのにも、まとまっていた方が扱いやすい」
「運送部門の仕事をよく引き受ける連中は、肉体労働系ってことか」
「それなら個人でも良くねえか?」
「各部門において、職業訓練をするのに部隊単位の方が効率が良いでしょう?」
「へええ……なるほどねえ。各部門で囲い込みをしようってか? いや、それこそ指針が目に見えるから面白いし、最初のスタートはともかく、それが馴染めば効率は良い。卒業してからも部隊単位で動かしてもいいし、部隊の名前を残しておけば、次の新入生が、就職先を見越して、入る部隊を決めれるってわけか」
「そこから外れた人材はどうする」
「そちらは学園部門として受け入れます。つまり、個人を雇う間口ですね」
「部隊だからって、四六時中つるむ必要はねえな」
「だが、それを好む連中もいる」
「悪さをしたらお前の出番だぜ、ネガティ」
「砂野、そのあたりの考えはあるのか?」
「警備部門の話ですか。あまり深くは話していませんが、いわゆる軍部のような扱いで構わないかと。もちろん、軍隊を作るわけではありませんが、有事には必要になります。また内部におけるトラブルでも、最低限解決できるラインが必要でしょうね。平時の見回りはもちろん、事前と事後の解決――あるいは、その見定め」
「見定め?」
「はい、これが二つ目の要求です。――学生から選別した数人で、国を動かしませんか」
本来ならば、ここですぐ否定が入るだろう。
まだ学生でありながら、国を動かすなんて馬鹿げた真似はできるわけもないし、できたとしてもすぐ失敗して駄目になる。
だが、否定をせずに二人は先を促した。
「いわゆる統括です。遊びをさせるつもりはありませんが、実際に動くのは各部門であり、社長になります。イメージとしては、学生会の延長として捉えてください」
「まずは、選別だ」
「はい。挑戦権は誰でも得られますが、年齢制限はします。そうですね、二十歳かもう少し上くらいまで。学校を卒業してからも、しばらくは仕事に就くようなものです。条件は、ある一定期間において、社長たちのサインを集めること。そして、挑戦は一度きり。難易度としては、そうですねえ、二人か三人くらい集めれば充分かと」
「なるほどな、そいつはなかなか難しい試験だ。現場で働いてる連中が、まだ若い世間知らずを認めるってことだろ? それこそ、掘り出し物しかいねえよ」
「新しく若いやつの意見を取り入れるってのは、まあ悪くはないんだろうが、理想と現実がどれほど乖離してるのか、理解しなきゃならん」
ただ、メリットもある。
「少なくとも対外的には、そいつらが国を動かしてるってことになるわけか」
「交渉カードの一つにはなるでしょう。それに、実際に上手くいくケースもありますし、何より彼らの意見をすべて聞き届けなくてはならない、なんてルールはありません。そして逆に、社長たちが彼らを動かす必要はまったくないのです」
「意見を伺う必要もなし、か……」
「それでも必要か?」
「少なくとも、全域を見渡せるのは、ここだけでしょう。あくまでも試金石――たとえば、エイジェイがその席に座ったのならば、これ以上に効果的なことはないでしょうね」
「だろうな」
「オーケイ、落ち着いたら面白いヤツでも探しておくさ。俺は賛成だ、面白い試みになる――が、まあ、社長連中から舐められるだろうな」
「そのあたりは当然でしょう。ただ、先ほども言ったよう、全体が見渡せるのは各社長にとっても利点になりますよ」
「名称は?」
「ねこちゃんとは、仮に統括室と呼んでいました。各部門と同列ではなく、学生でありながら学園部門ではない立ち位置ですね」
「形骸化の可能性もあるけど、まあやってみりゃいいだろ。少なくとも砂野は、上手く回ると考えてるんだな?」
「ええ。もちろん、学園の運営者としての視点もありますが」
「そのあたりは当然だ、疎かにしてもらっても困る」
「それで、最後の要求ってのは何だ?」
「ええ」
彼女は一息入れて、それを口にした。
「異種族の受け入れです」
こういう時、狩人は驚かない。何故なら驚きよりも優先すべきことがあるからだ。
何故、その結論に至ったのか。
何故、それが必要になるのか。
ごくごく当たり前に出てくるだろう疑問なんて、彼らには必要ない。浮かんでいるかどうかが問題なのではなく、優先すべきことが違う――つまり。
二人はほぼ同時に。
「「規模は」」
現実と、その先を見た。
問題点がどこにあるのかを、一番先に探ったのだ。それゆえの言葉に、砂野は肩の力を抜くよう、少し時間を置いた。
「……さすがですね。口にした私が驚くことになるとは」
「あ?」
「当然の思考だろう。そもそも異種族は、世界的に見ても少ない。だが、そんなものは割合の話だ。その上で、敷地面積に規定があるとはいえ、異種族だけの街にするのは不可能」
「かといって、一人や二人って話じゃねえだろ。となると問題は、やっぱ規模だ。どのくらいの想定でバランスが取れるんだ?」
「人の生活に紛れる前提なら、それなりに。私としては各部門の社長、数名は異種族でも構わないと思っています。ただし、紛れることを優先するのならば、です」
「避難場所にはしねえってか?」
「いえ、そういう理想を抱くのは勝手かと」
なるほどなと、そう呟いてから、ファーボットは改めて煙草に火を点ける。ややペースが早いことは自覚的だ。
ここのところ、異種族の発見は立て続けに起きている。今までは人里から離れて、あるいは紛れて生きてきた者たちが、表へ出始めている。
何故か。
それは、ハンターズシステムの設立と共に、個人の錬度が上がり、認識範囲が広がったことが一番の理由だろう。また、魔術師が増えたこともその一因となっている。
発見されやすくなり、それを異種族は好まない。
大半の異種族は姿を隠すような術式を使うし、たとえば猫族なら耳や尻尾、狼族は月夜の変身を抑制、そうやって人間と変わらぬ姿をして過ごしてきた。
ただ――それは。
人間が考えるほど、軽いものではなく、充分にストレスだ。
猫族だとて、誰もが猫の姿になれるわけではなく、人間ベースの者だとている。耳や尻尾を見えなくするための術式を
「
「勢力じゃなく、ただの人として扱うんだな?」
「そこは徹底してください。むしろ、一勢力として考えるような者は入れないか、処分の必要もあると考えています」
「対立構造を作る必要はねえってか。遊園街はあえて作るが、確かに下剋上なんてされた日にゃ、一般人も巻き込んで荒れちまう」
「社長にする場合、部下に同一種族は入れない方がいいな。そのあたりが割り切れるやつなら問題もないが」
「しかも、それを周知するんだろ?」
「――はい。もちろん、表向きは関係ありませんが、特にイギリスあたりはすぐ気付くでしょう」
「夜の一族、発祥の地か……俺にも知り合いはいるが」
夜の眷属、あるいは夜の一族。
一般的には吸血鬼のようなイメージで構わないが、血を吸わない混血種。身体能力が高く、特に夜の行動においては、いつも以上の力を発揮する種族である。
イギリスでは。
忌み嫌われ、一方的な迫害も――表向きではないが、ある。
いや。
それはどんな異種族でも同じだ。
「ま、異種族ってのはそもそも、視点もそうだが、存在が人間とは違う。それが良い刺激になるだろうし、すぐにとはいかないが、当たり前にいるって状況が作れるなら、それが理想だな」
「偏りがないくらいなら、俺も賛成だが――砂野」
「はい」
「誰の入れ知恵だ?」
「――さすがに、わかりますか」
「そりゃそうだろ、間抜けだって気付くぜ」
「私が師事している教育学の先生が猫族です」
「ああ、あいつね」
「コロンビア大学のエッダシッド・クーンか」
「あら、ご存じでしたか」
「教育学関係なら、あの女しかいないだろう。直接の面識はないが」
「あいつなら面白がって話すだろうが、どうせ身内が増えすぎてるから、多少は引き取れって考えがあるくらいで、実現が可能か否かなんてのは、それほど重要視しねえだろ」
「隠せませんね。――いずれ、という将来の話ですが、青の竜族から」
「へえ……」
「知っているのか、エイジェイ」
「ま、多少はな。悪い話じゃねえよ、ただ隠居してるやつだ、関わりはねえよ。てめえで動かない相手に興味がなくてな」
「なるほどな。事情はだいたいわかった。背景がどうであれ、面白い試みなのは確かだ。――本題に入ろう」
「本題、ですか?」
「そうだ、学園部門社長、砂野。これら要求によってお前が得られるメリットはなんだ?」
「そうですね。今は楽しんでいますが――いざ現実になった時に、私は、学園という私の仕事以外を、一切やりたくないのです」
「一切か」
「はい。そもそも学園は閉鎖的になりがちですから。自主性を重んじるのは当然として、統括室を筆頭に、学生会を設立し、教員の負担を減らしつつも、責任の所在を個人に向ける」
「VV-iP学園の
「ええ、それなりに。そちらを基本としつつ、馴染ませるのは私の仕事でしょう。――簡単に言ってしまえば、楽をするために、今の苦労を買っています」
どうやら本気らしい。とんだ無精者がいたものだ。
「本意だと受け取っておく……」
「そうしてください」
「どうだネガティ、随分と厄介だろ、この女は。にっこり笑顔で要求を通しやがる」
「通させた、が正しいだろうな。俺らが好みそうな話題にするのも忘れてない」
「おう、時間あるか? 思ったより長引いた、飯でも食べに行こうぜ」
「……そうするか」
「もちろん私がご一緒しても構いませんね? 良いお店だと嬉しいのですが」
「頼むぜ、ネガティ」
「俺か」
長くなる会議には、二種類ある。無駄なものが多いか、――問題が多いのか。今回は間違いなく後者だろう。
それもそうだ、これから新しく何かを始めるのだから、すべてが問題といっても過言ではない。それこそ、街が完成するのが先か、システム構築が先か、わからないくらいだ。
今はまだ。
本当に、何もかもが足りない。
「そういえば――」
だというのに、世間話を狩人同士、同業者で始めれば、自然と次の仕事が見つかってしまう。
まったく。
本当に、狩人になんて、なるもんじゃない。
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