海上都市構想

第105話 クレイサル・ファーボット

 ――狩人ハンターになって、なるもんじゃねえ。

 クレイサル・ファーボットが初めてそれを息子に言ったのは、確か中学二年の頃だったはずだ。

 依頼の代行者。

 文字通り、狩人とは依頼を受けて、それを遂行するだけの職業だ。

 依頼は大きく、国家が認定する公式依頼、そして認定されない非公式依頼の二つになっている。ただ勘違いして欲しくはないのだが、非公式依頼は違法ではない。世界的機関として、非公式依頼所Rabbitから発行される依頼はむしろ、狩人にとっては一般的な依頼となる。

 基本的に、違法なものは存在しない――というのも、非公式であったところで、狩人以外の誰でもその依頼を閲覧することが可能だからだ。

 とはいえ、狩人にとっての違法とは、その範囲を決定するのが難しい。

 たとえば、ライバル企業から情報を盗んで欲しい、そんな依頼があったとする。これはファーボットのようなランクC狩人ならば、そうでなくとも駆け出し以外は、まず受けない仕事だ。理由を簡単に説明すると、報復の連鎖が置きやすい状況を作るから――だが、まあ、たとえ話だ。

 どの国であっても、基本的にこれを実行した時点で、犯罪になる。

 営業に見せかけて昼間に紛れ込むか、夜間にこっそり忍び込むか、その手段はともかくとして、狩人はその痕跡を消してしまえば、犯罪にならない。

 いや、もっと簡単に言おう。

 バレなければ問題ない――それが、狩人の技術であり、仕事だ。

 実際にやるだけなら、この程度の仕事をファーボットは鼻歌交じりに半日で終わらせる。慣れもあるが、何よりも技術がある。日ごろからそのくらいの備えはしてあるし、大した準備も必要ない。

 ――だが。

 当然のように、狩人を捕まえる仕事、というのも存在する。これは非公式依頼ではほとんど見かけず、国の認可を得た公式依頼になるが、つまるところ狩人がやっただろう、という想定の下、何かしらの調査を行い、犯人を捕まえることが依頼となる。

 さてこの場合、狩人が捕まったらどうなるのか。

 死ぬまで出てこれない狩人専用の留置所へ入ることになる。

 二度と、当たり前の生活はできない。これは狩人にとっても、世間にとっても常識だ。

 基本的には内職のような仕事をさせておき、その金額の半分が翌月の生活費になる。残った半分は没収され、施設の維持に当てられ、ネットからは完全遮断。さらに生活費からは家賃を引かれ、もちろん食費も引かれ、残った金額で自分の部屋に家具を置いたり、内職の種類を選択できたりする。

 それを、死ぬまで、だ。

 だから――。

 狩人の依頼料は、高い。

 ファーボットのように38歳まで現役でいる方が珍しく、現役期間の平均値は六年くらいがせいぜいだ。おおよそ24から30歳くらいまでで、それ以上はリスクが高くなる。

 思考能力も身体能力も衰え始めるからだ。

 ただ、その短期間で一生を終えられるだけの金を稼げるのだから、それはそれでいいのかもしれないが、高い依頼料そのものが、一つ一つの依頼が、と同じになる。

 それを意識できるのは、駆け出しの頃だけというのが、ある意味で怖い。同時に、この頃は依頼をできるかできないかで判断して受ける時期だろう。多くの狩人がそうであるように、依頼を受ける基準が、必要か不要かになってくると、一人前だ。

 金額の意識がなくなるのは、狩人として正常であり、人間としては危険だ。命の対価の報酬を、手元に来てから確認するようなことが日常になれば、それはもう仕事ではなく、ただの生活になってしまっている。


 実はこれこそ、勘違いされている部分である。


 狩人になりたい、そう口にする者は多くいるが、狩人は職業ではなく、むしろ、生き方なのだ。

 望んで得ようとして、手にしたから仕事をして――という、手順は踏まないし、踏めない。最初から、狩人のような生活をしている連中が、都合が良いから取っておくかと、そのくらいの気持ちで気軽に得るものなのである。

 ――まともな生き方じゃ、ない。

 当たり前の人間が望むものではないのだ。超法規的措置がとられ、人殺しさえできるだなんて、憧れるべきではないはず。

 適正があろうとなかろうが、息子に対して勧めるような親になりたくない。


 どちらにせよ、ファーボットは引退を決意している。遠くない未来に、拳銃を置いて暢気に暮らすだろう――けれど、しかし。

「ナイフと拳銃を置いて、携帯端末を新調して? お前、そんな生活のビジョンが見えてんのかよ」

 まだ駆け出しとも言える、けれど自分よりも、よっぽど狩人らしいガキに言われれば、苦笑するしかない。

 事実、そんな想像はできやしない。生活を変えることの困難さは、よくわかっているつもりだ。しかもファーボット自身、余った金を使って豪遊するような性格ではない。今までだって、地道にやってきた。

 わかっている。

 妻にだって、笑われるのだから、平凡な生活なんて、できないだろう。

 引退した狩人だとて、それなりに仕事はある。積み重ねた技術は失われないし、体力や判断力の問題であって、一般社会でも、たとえばわかりやすいのが、軍部の指導教官などの道もある。

 当面は非公式依頼所からは引き受けるのをやめよう――そう思っていた矢先の出来事だった。

 エイジェイと名乗る、駆け出しながらも自分と同等か、それ以上の狩人に依頼を持ち込まれた。

 顔を合わせるのは二度目。

 さきほどの台詞も、その時に言われたことだ。

「お前に仕事を引き受けて欲しいから言ってるわけじゃねえよ」

 なんてことを言いながら、少年の風貌をしたエイジェイは笑って煙草に火を点けた。

「ベルからの仕事でな、俺に押し付けてきやがった」

「そっちも聞いている。ランク上げのために依頼を根こそぎ遂行してるだろう。お前も含めて、ほかの連中がざわついてた」

 一年に二度だけ、狩人はランクを上げることができる。つまり、それまでの実績により、自身が望むのならば、上げられるのだが、駆け出しの狩人が一番最初、つまり半年目の段階でランクが上がることは、一割以下である。

 最低をランクF、そしてA、S、SSまでが高ランク。ただし現時点において、ランクSSは二名であるし、ランクAでも十数名しか存在しないが、確認は簡単だ。何故って、顔写真つきで公表されているから。

 また、狩人は基本的に狩人名で呼び合う。本名を知っていようがいまいが、通り名を優先するのが流儀だ。

 意気消沈ネガティブ

 それが、臆病とも言われ、行動が遅いとも言われるファーボットの名だ。

「ベルの場合、特に顕著だが、俺らは何事も済ますからなあ。つっても、俺はジニーから依頼を回してもらってるんだが」

「ランクSSからの依頼流しか。よくやるもんだ」

「驚かないのか?」

「お前なら、やっていてもおかしくはないんだよ……」

 半年ほど前、本当に試験後くらいのタイミングで顔を合わせた時から、その感覚は変わらない。

「というわけで」

「どういうわけだ。俺に何をさせたい?」

「それなりに長いプロジェクトだ、引退を公言してからでも構わねえよ」

「おい」

「あ?」

「お前、俺が参加することを前提に話してるだろ」

「……? 何を言ってんだネガティ、今から辞退できると思ってんのか?」

 話が通じないとは、このことだ。

 いや、おそらくエイジェイが本気で動けば、脅しがなくても、断ることは不可能だろうけれど。

「内容を言え」

「四国のギガフロート、あるだろ」

「ああ、あそこか。確か超大規模集積陣ギーガアトモスノーズを使って魔力を集め、浮遊やら状況維持やらやってるんだろう。日本の出島、倉庫街……というか、街としての体裁はないか」

「所有者は知ってるか?」

「いや」

「今は俺だ。その前はビショップが持ってた」

「ランクSか……引退してからは行方知れずだと聞いているが」

「死んでる」

 そうかと、頷いて店主にウイスキーを新しく注文した。

 ああ、そういえば以前にエイジェイと逢ったのもこの酒場だったか。毎日同じようなルートで動くことを避けるのは、狩人にとって当然の思考で、尾行や罠の回避として最初にやる手順なのだが、居場所に当たりをつけて直接顔を見せる場合がほとんどなので、あくまでも報復の警戒くらいなものだろう。

 ファーボットにしても、それほど馴染みのある酒場ではない。知っている店舗の一つ、という位置づけだ。

「逆に言えば、死んだから俺に押し付けられたわけだ」

「ジニーからか?」

「おう。ま、ハンターズシステムの施行当時から、ジニーとビショップは知り合いだった――ってのは有名だからな」

「お前みたいな駆け出しが、よく所持できるな?」

「納得してねえ連中もそれなりにいるが、ジニーから渡されたんだから、今のところはあいつに押し付けるさ。責任くらいは負ってもらわねえと、さすがに説得力がねえだろ」

「なるほどな」

「やることは多いが、それなりに手を借りてるし、仕込みはそこそこ。とりあえず、主導する人間を探すのが目下の課題ってわけだ」

 にやにやと笑いながら言われ、ファーボットは出されたグラスに手を出さず、そのまま額を押さえた。

「おい」

「俺らの思考をトレースしろよ、ネガティ。目の前じゃなく、その先を見るのは得意だろ?」

 ――そうだ。

 目の前にある現実なんて、いつでも見ることができるし、見ようと思わなくたって目に飛び込んでくる。だったらそこではなく、見ようとしなくては見えない未来に意識を持つ。たったそれだけで、視界というのは開けるものだ。

 だが。

 どう考えたって、頭が痛い。

「何をするつもりだ」

「国を作る」

 即答されたので、しばし考える時間を置き、とりあえずグラスのウイスキーを一口飲み、それからさらに考えて、煙草に火を点けて、紫煙を吐き出して。

「……言ってる意味がよくわからんが、もしかして俺の聞き間違いか?」

「間違ってねえよ」

「その方だ問題だ」

 聞き間違いの方がよっぽど良かった。

「――で、仕込みはどこまでだ、この野郎」

「いいね、笑ってやがる」

 笑う?

 ああ、そうか、笑っているのか。

 いくら頭の痛くなる問題でも、楽しめているのならば、まだ死は通そうだ。

「日本を説得すんのは後回し。中ロ連合に対して海洋権利の主張と威圧、それらを回避するため、ヨーロッパ連合と米国の海軍艦隊の定期巡回パトロールを、まず許可する。ただし寄港の許可は出さない方針だ」

「国内はうるさくなるだろうが、政治的に見て日本に軍艦が寄港できるなら、防衛観点で見ても巻き込みやすいな」

「だが、日本ではない国だろう?」

「モデル都市の規模をデカくしただけの話だ」

 企業が広い土地を買い、都市構想を実現するケースはそれなりにあるが、どう考えてもその延長とは思いにくい。世界の目としては、日本が何かを企んでいるよう映るだろう。

「ベガスと同じさ。カジノ特区なら、ルールだって専用のものが必要だろ」

「――そうか。最初から浮いていたのか?」

「その通り」

 個人所有の物件であっても、日本という国の中にある以上、それは国土として扱われるものだが、海の上に浮いていて、しかも所有者がビショップという、ハンターズシステム発祥当時からの狩人ともなれば、日本の海上にあるといっても、その扱いは曖昧で、その曖昧さをそのままに、四国のギガフロートは存在していたのだ。

 曖昧さを明確にするため、独立させる。

 いや、今でもそれは同じか。

「条件は揃ってるな。確か、荷物運搬用の路線が一本だけ――だったな?」

「しかも出口には、空港のゲート並みの施設が揃ってる。今はまだ荷物のチェックがメインになってはいるが、そこに人が加わってもおかしくはねえよ」

「条件はそろってる……が」

「ああ、本当に国を作るのは無理だろうな。まず土地が狭いし、専用通過を作るのは面倒だし、人口そのものも少ない。だが」

見せることはできる。曖昧さが必要だがな。日本との折衝は?」

「そっちも、いくつか手を打ってはいるが、成功したところで継続する問題だ。政治関連を任せるヤツには、主にそっちを任せることになるな」

「輪郭くらいは見えてんのか?」

「おう。つっても、思いつきを口にしたのはイヅナだぜ」

「――あいつか」

 エイジェイたちが合格する前の試験で、ちょうどファーボットが担当した時に合格したのが、イヅナという狩人だ。実際に現場で見ていて、こいつは厄介だと強く思ったものだが、聞けばだという。

「基本はカジノ関係の歓楽街と、遊園地。遊び場として目を引くかどうかってのは、旅行って手間に対する興味だな。そこらは専門家に任せるが、それだけじゃ国にならねえ」

「そうだな、住人が必要だ」

「衣食住に必要なのは、金の流通だ。外向きと内向きの繁華街、それから学校」

「妥当だな」

「で、車は全面禁止にする」

「――おい、そりゃ移動が困難だろ。詳しくは知らねえが、それなりに広いはずだ。徒歩や自転車だけじゃ無理がある」

「それだよネガティ、イヅナはその不便さと、利便性を両立しちまえってな。荷物の運搬なんかは除外したとして、芹沢せりざわには今、電動スケートボードみたいな移動用のおもちゃを作らせてる」

「新規か?」

「そうだ、若い連中が面白味を見いだせて、かつ、そこじゃなきゃ使えなさそうな代物さ。お前だって、芹沢機業開発課には知り合いの一人くらいいるんだろ」

「……まあな」

 さすがに野雨のざめで活動する狩人として、そこは避けて通れないし、何なら出資もしている。

 あそこの技術者は、馬鹿の天才だ。開発さえできれば何でも良い連中ばかりで、腕はある。馬鹿なのは採算を考えないところや、思いつきですぐ行動するところだ。

「で、武装所持も許可する。治安維持のためにな」

「あくまでも一部許可か?」

「そうだ、その仕組みも作る」

「……そうか。近海の定期巡回の論理補強だな?」

「おう」

 日本は軍隊を持たない。

 あくまでもそれは内向きの話で、外から見れば自衛隊だとて軍隊に見えなくもないし、そういう認識は多く持たれている。そんな日本の近くに、限定的とはいえ武装が出回っている場所があれば、同盟国だとて監視する必要もあるだろう――そういう、名目を与えたい。

「住人は?」

「いくつか候補を絞って、日本を中心に移住させるつもりだ。ちなみに、半年前から既に工事は着工してて、完成はそれなりに早いぜ。二年くらいなもんだろ」

「資金は?」

「そっちの心配はすんな。俺やベルだって、これから嫌ってほど稼ぐし、少なくとも芹沢、鈴ノ宮すずのみや、VV-iP学園の理事長は好意的だ。他企業も狙ってはいるが、そこらへんの選別は後回し。ただまあ、最先端企業だけじゃ面白味がねえよな?」

「それこそ、芹沢に持っていけば、プロジェクトチームが立ち上がりそうなものだ」

「まあな。国とは言ったが、やっぱりでけえ都市を想定した方がわかりやすいな」

「――で」

「おう、お前が責任者」

「……」

「あくまでも、プロジェクトリーダーみてえなもんだぜ? 責任はこっちで負うし、最終的な責任者は俺だ。世間的にも俺が持ってる俺の国って感覚になるだろうし」

「人材は」

「選別中ってところ。優先しなきゃいけねえ人材があるだろ」

「まあ、そうだな」

「自分もその一人だと思わないあたり、お前は賢いぜ、ネガティ」

「あ? 俺以外に都合よく使える人間がいるなら、喜んで隠居するが?」

「いねえから、こうして話に来てるんだ」

「……人材次第だな。俺一人に負担が集中するようなら、文句を言うぞ」

「その時はしょうがねえ、愚痴くらいは聞いてやるよ。この前、ベルとジニーと一緒に、面白い酒を手に入れたからな」

「酒?」

「手土産で持ってきてる。おい店主、グラスをくれ。小さくていい」

 その酒はまだ、ラベルがついていなかった。

「――密造か」

「ある意味でな」

 注がれた液体は琥珀色。グラスを軽く手に持ち、そこで。

「おい」

「なんだネガティ」

「この魔力波動シグナル、術式を使ってるだろこいつは」

「はは、さすがにわかるか。製造主は、研究メインの魔術師でな。しかも酒造りなんてところに力を入れてやがった。俺が気づいてすぐ、二人を呼んで話し合いだ」

 まずは舌で舐めるように一口。

「――度数が高いわりに、きつくねえな」

「美味いだろ。まだ名は決まってねえが、販売方法に関してはこっちから口出しした。さすがに術式をいろいろ使ってるとなりゃ、一般に流通させるわけにもいかねえ」

「どうする気だ」

「価格はそこそこ高めで設定しといて、流通量を絞らせる」

「お得意様だけの販売で価値を高めるのか」

「今の俺らじゃまだ微妙だが、ジニーの名声は使えるし、お前みたいに理解しているやつもいる。基本、大前提として、。これは販売価格以上の価値だろ? あとは、作り手が好きにやりゃいい」

「落としどころの用意も準備がいいな」

「つーわけで、これも状況が整ったら紹介してやるよ」

「落ち着いてからでいい」

「もちろんだ。つーわけで、連絡先を寄越せよ、ネガティ。次はそうだな、それこそ人材が見つかった時だ」

「顔合わせか」

「なあに、今すぐって話じゃねえよ。工事もあるからな」

「いいだろう。こんな稼業だ、――引退したって、まともじゃねえ」

「じゃあ国の名前も頼んだ」

「は? そこもか?」

「面倒を押し付けられた俺は、本当なら全部放り投げたいんだが、それじゃさすがに荷が重いと思って、こうして動いてるんだ。仕切りはほとんど任せるぜ」

「おい……」

 やっぱり頭の痛い問題じゃないかと、ファーボットは額に手を当てる。

 まだ一度しか口にしていない煙草が、いつの間にか根本まで灰になっているのが見えて、余計に陰鬱な気持ちになった。


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