第102話 リビングデッド

「逃走術ってな」

 軍人となると、食事だけは早い。ほぼ無言で流し込むように食べ終えるのは、それが好まれるからだ。軍学校では、食事時間を有効に活用するため、という認識もあるが、現場では食事に時間をかけていられない事情もある。

 だからこれは、夕食を終えてから、彼らに与えられたログハウスの中での会話だ。

 口を開いたのはアイギス、座っているのはメイリスとジェイル。ケイオスと小夜は窓際に立っており、もちろんデイビットも離れた位置に腰を下ろしていた。

「あらゆる状況下であっても、生き延びるための技術なんだけど、これを習得するヤツは極端に少ない。どんな武術でも、まずは相手と戦って、その結果として制圧、逃走なんかをする。最初から逃げることだけを突き詰めるってのは、まあ、弱腰と思われてもしょうがねえよな」

 だが、生存率だけを考えれば、実に有用な技術だ。

「仮に習得していたとしても、LDルディから逃げ切れるのは――運を含めて一割って可能性だろうな」

「おー、それを聞かせろよ」

「軍曹、あんたは知ってるか?」

「――いや」

「余計なことを訊いたな。知っていても否定しそうなもんだよ。ジェイは?」

「俺も知らんな」

「そうか。戦場でも知っているヤツはごく僅かだから、しょうがねえか。生きる屍リビングデッドって意味だよ、それを省略してLDと呼んでる」

「映画の話かと、笑えるような内容じゃなさそうだ」

「冴えてるじゃないかケイ、クソッタレな話さ。その大半はガキ……つっても、まあ、あたしらくらいの年齢だな。金額にもよるが、だいたい十四から十八くらいの間だろう」

 煙草を吸うアイギスは、眉間のしわをほぐすような動きを取る。本来ならそう簡単に話せることではないし、話してどうにかなるものでもない。

「子供兵器を想定しろ、だいたいそれで合ってる。孤児や誘拐したガキを洗脳して、兵士に育て上げて有効に使う。そんなのはありふれた話だが、LDの場合はその教育内容と結果が大きく違うんだよ」

「とりあえず結論を寄越せ」

「セツ、お前はそうやって……まあいいか。結論から言えば、活動限界が十五分の化け物だ」

 小夜はすぐに舌打ちをした。それは、理解の態度だ――が、ほかの連中は続きを待っていた。

「あたしだって詳しく知ってるわけじゃない。おそらく、洗脳から安全装置セイフティの破壊、薬物による身体能力の向上なんかは間違いなくやってんだろうよ。LDは商品だ、しかも使い捨て。特定のキーワードを与えれば、そこから十五分間だけ活動して死ぬ」

「……十五分って、戦場においては短くないの?」

「メイリス、そのスポンジみたいな穴だらけの頭で考えろ。残りの人生を、その十五分にすべて注ぎ込んだら一体どうなる?」

「それは――」

「実際、商品の作り方としては、そういうやり方をする。記録によれば、本当かどうか知らないが、9ミリなら十発くらい食らっても活動するらしいぞ。全力の攻撃特化だ」

 それは、殺し続ける。

「十五分後、結果がどうであれ、LDは死ぬ。これもおそらくだが、人間の肉体である以上、五分から九分の間に、自分の踏み込み速度に足が耐えきれず折れるらしい。つっても、痛覚はないし折れた足でも使う。ナイフには毒も仕込んでるって話だ」

「――何故、それが広まらない?」

「言っただろ軍曹、十五分でLDは死ぬ。目撃者が全員死ぬんだ、そこには屍体しかない――

「討伐レベルは?」

「犠牲を許容した物量ならアリだが、そういう場所に投入する間抜けはそういない。もっと局地的で、最大効力を発揮する状況に出現する。そうだな……ランクAでも人を選ぶんじゃないのか? だいたいの目安だけどな」

「それほどか」

「言ったろ、人生を十五分に集約した化け物だってな。仮にあたしが遭遇しても、まず死ぬ。だいたい死ぬ。まあセツなら、なんとかなるか」

「間に合えばなー」

「それだよな。実際、あたしが遭遇してセツを呼んで、十秒以内に間に合わないと、あたしが死ぬ。つーか、あたしら全員だな」

「狙撃はどうなのよ」

「あのなメイリス、お前には縁遠い話かもしれないけどな? ケイだって狙撃くらい避けるぜ、LDにできないはずがねえよ」

「――よくわかったぜ。ただ、そいつはだいぶ高価な商品なんだろ? 原因はそう簡単に潰せないような雰囲気じゃねえか」

 ケイオスの言葉に、まあなと頷いてから、小さくアイギスは舌打ちをした。気に入らないのは誰もが同じだろうけれど、どうにもアイギスは感情的になっているようだ。煙草のペースも少し早い。

「裏に潜れば、販売先オークションってのはそれなりに見つけられる。実際に傭兵や護衛、これもガキの頃から教育した武器としての商品はあるんだよ。うちも――いや、元いた傭兵団でも一度買ったことがある」

「それはどういう商品なんだ?」

「使い捨てじゃなく、使い込むことで磨かれる、いわゆる即戦力だ。商品の良し悪しによって金額は変わるし、人間を買うんだからそれなりに高いが、つってもそれほど無理な教育はないから長持ちもする。そういうオークションとはまったく別格だし、見逃されてるわけでもない」

「ふうん……いわゆる販売先は、仲介だろ? いくつかクッションを置いて誤魔化すにしても、限界がないのか?」

「そのあたりに踏み込むと、ありがたいことにLDと対面できるってわけさ。その時には屍体になって連絡が取れなくなるだけ――なんて予想が立つ。どうだケイ、踏み込んでみたいか?」

「なるほどね、遠慮するよ」

「だから本当に、生産元ディーラーが割れるってのは珍しいんだよ。たとえ砂浜の一握りであっても、潰しておくに越したことはない。よくやったとほめてやりたいくらいだよ、実際に誰がやるかは知らないけどな」

 少なくとも、遭遇の可能性がある時点で、かなり厄介だ。もちろん今すぐではないだろうけれど、確実なところではない。

「……首を刎ねるのが一番か」

「そうだ、セツにはそこを頼みたいね。心臓を潰しても六十秒は生きるだろうし、その間にどれだけ殺されるか、わかんねえ。命令を送る脳がなくなりゃ、さすがにLDも死ぬだろ」

「諒解だ。明日からは警戒レベルを上げてやろーぜ」

 当たり前のように交わされる会話を、メイリスは追うことで精一杯。

 それもそうだ。

 あまりにも、軍人の会話ではない。

「それで」

「なんだセツ」

「とりあえず聞き流してたんだけどな? 傭兵ってのはそもそも何だ」

「――そこ!?」

「うるせーぞメイリス、知らないもんは知らねーんだよ。殴っとけジェイ」

 静かにしていろと、近くに座っていたジェイルが殴った。

「個人じゃない狩人ハンターみたいなもんだな。依頼を受けてそれをやる――が、まあ、基本的には荒事がメインだな」

「戦場だけじゃねーのか」

「それぞれ違うな。街中の仕事をメインにする傭兵団だってあるし、たぶん統計だとそっちの方が多いくらいだ。ただあたしら……キツネヤは、戦場での仕事をメインにしてた。カンオケヤも、現役の時には逢わなかったが、同業になる」

「人数は?」

「最小規模だと五人くらいか? 役割はそれぞれ違うし、まとまって動くのは仕事以外が多いな」

「ふうん……ん? じゃあお前はなんでこんなとこで軍人なんかやってんだ?」

「あたしの話かよ」

「そりゃそーだろ。ちなみにLDとの遭遇経験は?」

「ねえよ、あったら死んでる。それなりに名の通った、長くやってる傭兵団で、戦場にいたんだが、親父が……と、団長のことな。実際の親じゃないが、うちは全員、親父と呼んでた」

「家族の結束みたいなのがあったのか?」

「どうかな。少なくとも団長は、あー戦闘に限れば今のケイオスくらいなもんだったな」

「あ? 言っちゃなんだが、結構な弱さだろそれ」

「まあな。団長に必要な能力ってのは、戦闘能力に限った話じゃねえよ」

 間近で見ていたアイギスは、それをよく知っている。

「視野の広さか?」

「それも含めて、あたしは総合力だと思ってる。あとは押し引きの見極めが最高に良い。早すぎず遅すぎず――だから、親父が辞めると言った時には、提案はされたけど、誰もが解散だとわかったね」

「……」

「そんな顔すんなよ、ジェイ。大したことは起きちゃいねえ。一年くらいして親父が病気で死んだらしいが、それだって本当かどうかは定かじゃない。裏に潜った可能性もあるし、本当に病気で死んだ可能性もある。そのくらいの頃には、ほかの連中が先を決めてたからな、あたしはどうするかってところで、ジニーに逢ったんだよ」

「お前が素直に頷くはずがねーだろ、なにした」

「いや、特に拒絶するほどじゃなかったさ。ただ――まあ、そりゃあのジニーだ、一戦交えてみたくなってなあ」

「お前馬鹿だろ」

「一ヶ月くらい病院の世話になった間に、そいつは反省したよ」

「じゃ、ついでだ。お前の反省の結論として、LDを相手にジニーなら生き残るか?」

「馬鹿言ってんのはお前だろセツ。ありゃどう考えても、LDより強いぞ」

「だいたいわかってきたな……じゃ、お前の傭兵団が相手なら?」

「犠牲覚悟なら、なんとかなる。理想論な、これ」

「それが投入される可能性、か」

 ふうんと、それほどの悲壮感もなく、小夜は煙草に火を点けて黙り込んだ。

「――話はわかったが、明日からは任務についてもらう」

「わかってるさ。前線の維持だろ? 方法はセツが今、考えてる」

「お前らは……」

「おいディ軍曹殿、そこに俺やジェイを含むなよ? 巻き込まれてんのはこっちだぜ」

「まったくだ」

「いやそれ、たぶん私が一番の被害者……」

 メイリスのことは無視しておいた。

「アイ、ちなみになんだが、傭兵としてこういう仕事の時は、どういう対応をするんだ?」

「ん? 一番簡単なのは、相手陣営と交渉して休戦することだな。ケイ、戦うばっかが傭兵の流儀じゃないんだよ。戦わなくちゃいけないなら、事前準備をする。芋を引かないようにな。傭兵団がそれぞれ、何か秘密があるとしたら、その事前準備の内容だよ」

「いくら準備したって、予想外はあるんだろ?」

「当然だな。その予想外にどう対応するかが、準備の良し悪しさ」

「――よし」

 小夜がそう言って、立ち上がった。

「だいたいわかったぜ、行動は明日からだ。LDは基本的に無視する、幸運を祈れ」

「諒解。じゃあ先に寝る」

「祈る神は知らねえなあ。ジェイはなんかあんのか?」

「俺にもない。海にいる神様ってのは、人間の敵みたいなもんだ」

「へえ」

 もう話は終わりだと言わんばかりの態度で、それぞれ別行動を始めてしまい、流れに乗り遅れたメイリスが一人。

 その肩に、デイビットは手を置いた。

「――頼んだ」

「無理」

 だろうなという返答は、メイリスと同じトーンの声であった。


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