第100話 現場への投入

 訓練校で半年、それからは戦地へ送られた。

 実際には向かう先もそれぞれ違うし、米国だとて常に小競り合いを含んだ戦争をしているわけではなく、前線で銃を放ち続けているわけではない。

 ただ、JAKSジークスの名が通り始めた彼らが送られたのは、それこそ小競り合いをしている戦地であり、求められたのは、おそらく。

「即戦力ってところか」

「ケイ、なんか知ってんのか?」

「いや、さすがに訓練生として内部にいる以上、軍部の情報なんて、そうそう拾えねえよ。前線基地で説明は受けられるから、そっちの方が正確だけど、どうせ戦場なんだろうなって」

「そりゃそうだろ。ただ、いいように使われるってのは、あんまり好ましくはねえな」

「現場にどの程度の話が通ってるか、だろう」

「ジェイ、俺らの就職先を忘れたか? 特別枠なんだ、わざわざ貴重な戦力に圧力をかけて、自由を奪うとは思えねえな」

「なんだ、俺の方が悲観的か」

「楽観はしねえけど、周囲の圧力に関しては壊すだろ、うちの女性陣は」

「あー?」

「当たり前のことを言ってんじゃねえよ、お前は」

「ほらな。で、あとはディ教官がどこまで報告してるかだ。悪いようにはならねえと、俺は踏んでるね。ただそいつは待遇の話であって、戦場は戦場だ」

 それが面倒だとケイオスは思っているし、ジェイルもどちらかと言えば嫌がっている――が、しかし、セツとアイギスは違う。

 戦場の方が慣れている。

 ただ、じゃあ戦場と日常のどっちを取るのかと問われれば、もちろん日常をとるが。


 前線基地は、まるで別荘地にあるようなログハウスが点在する林の中であった。


 近くにいた人間に聞いて、まずは司令部へ。

 総司令の少尉に挨拶をしたあとは、小隊をまとめる上官の場所を指示され、そちらで詳細を聞くことになった。また、一名の補充があるらしい。

 ログハウスの中に入ると、ナイフの手入れをしていた女性が一人いた。

「あら、補充ね? ようこそ、話は聞いてる」

 無言だったのに、何故か視線がケイオスに集まったので、本人は頭を掻く。

「こっちの挨拶はいらなさそうだ。あんたは?」

「メイファル・イーク・リスコットン。メイリスでいいよ、狙撃がメイン。こっちも名前と顔くらいは知ってるけど……ちょっと待って、デイビット軍曹殿を呼んでくるから」

「おう……」

 どういうことだと、お互いに顔を見合わせるが、やってきたデイビットの絶望的な表情を見て納得だった。

「クソッタレ、面倒を最後まで俺に押し付けやがって……!」

「十日ぶりだな、ディ教官殿。あんたが上官か? それならこっちは気が楽だ」

「そりゃ確かに。あんたに同情するのは後回しだ、軍曹殿? とりあえず、あたしらに状況説明をしてくれ」

「……メイリス、珈琲だ」

「はい、用意しながら聞いてます」

 テーブルに座ったデイビットは、大きくため息を落とす。

「地図……ああ、お前らには必要ないか。あとで調べろ」

「それでいい」

「上からの命令は前線の維持だ。8キロほど先に境界線ボーダーがある、それを守れ。来る時に街を通っただろう、そこまで侵入させないのが大義名分になる。ただ、現政権の打倒を掲げてはいるが、まだ時期じゃないと考えてか、それほど強い侵攻はない。おそらくこちら――米軍の撤退を狙いとした、政治工作がメインだろうと上は読んでいる」

「事前情報とだいたい合ってるってのが、アイの怖いところだよな……」

「ケイだって情報の補強はしただろ」

「素敵なフォローをどうも」

「政治的なことは想像しかできねーが、どうせ現場じゃ銃弾を交換しながら、わかりきった行動してんだろ? 死者はそれなりに出てんのか?」

「お互いにな」

「協定を結ぶほどじゃねーってか。敵勢力は?」

「現地組織が三つ確認されているのと、傭兵が投入されている」

「――どこだ」

 アイギスの反応が早かった。

「傭兵の名は?」

「いや、そこまでは調べ切れていない」

「チッ、クソ間抜けが」

 背を向けたアイギスは、木のテーブルを蹴る。もちろん加減はしたので壊れることはないし、重量があるので大きく移動するわけではない。

「……」

「アイ、説明」

「あ?」

「説明しろ、問題はなんだ」

 不機嫌なアイギスを相手に、セツは引かない。いや、おそらくジェイルやケイオスが口を開いたとしても、怖気づくことはないだろう。

 不機嫌には理由がある。

 その理由が重要だからだ。

「チッ……傭兵ってのは、軍隊の代わりとして使われる場合が多い」

 改めて、木の椅子を蹴って動かすと、アイギスはそこにどっかりと座った。

「もちろん、傭兵もそこらは納得ずくだ。つまり、軍を動かせない状況下において、あるいは、軍を動かさないという名目を保つために、傭兵を使う。実際にアメリカもそれなりの傭兵を確保してある。単純な戦力の補強も、まあ、あるにはあるな」

「依頼で、仕事なら、目的と理由か」

「――そういうことだ。傭兵と簡単に言うが、連中の仕事はそれなりに種類があるし、狩人ハンターみてえに専門を持っていたりもする。ただ間違いなく言えることは、半年から一年、そんな長期的な前線の維持なんてクソみてえな仕事を、当たり前のように引き受ける傭兵はいねえよ」

「ディ軍曹、一日寄越せ。裏取りをする。ジェイ、どうする?」

「……わかった、ケイのお守りは任せろ」

「お手柔らかに頼むぜ。まあ、なんとかするさ」

 やはり、デイビットは大きくため息を落とした。

「……、……合流予定日を一日動かす。装備の補充は後回しだ、現状のものだけでやれ」

「拳銃もナイフもある、充分だ」

「メイリス、お前もついて行け」

「え、私も?」

「あ? 必要ねーだろ」

「言い訳には都合が良い」

「悪いがこっちはケイで手一杯だ、死んでも文句を言うなよ。それと、こっちの指示には従ってもらうぜ」

「何をするのか話して」

「てめえは話を聞いていなかったのか、伍長殿? これから移動して傭兵に接触するに決まってんだろうが」

「――私まだ、階級は」

「事前調査もせず、のこのこやってくる新兵がお望みか? たった一日だが、それなりに情報は掴んでるんだよ、間抜けなてめえと違ってな」

「おいディ軍曹、こんな足手まといを連れて行けってか?」

「いいから連れて行け、お前らの行動を知るには現場が一番だ」

「それは上官命令か」

「そうだジェイル、命令だ。できれば見殺しにはするな」

「諒解だ、軍曹殿」

「それで、現場に出ている兵隊は?」

「アイギス、味方に損傷を出すなよ。四人小隊が三つだ」

「あたしらはまだ赴任してねえんだろ、配慮はするさ。話し合いをするだけだ――が、相手側の傭兵以外は、それなりに被害が出る」

「構わない」

「アイ、今回は任せるぜ」

「大丈夫だセツ、落ち着いてる。おいメイリス、狙撃銃は置いてけ。バードマンはジェイの仕事だ。お前はついて来ることだけ考えろ」

「はいはい……」

 この時のメイリスは甘く考えていた。

 ついて行く。

 まだ現場に配備されるのが初めての新兵で、デイビットの肝いりであることは確かだし、知識も持っている――が。

 いや。

 誰だって、その状況に入るまでは、信じられないか。


 自分で移動するのはともかく、ついて行くだけならば、今のケイオスには可能だった。いや、可能になった。

 まずは、このところずっと鍛えている空間把握能力。

 目の前は見えているから、そもそも把握する必要がない。重点を置くべきは足元と、視線が届かない先、それから周囲。

 警戒を含めた把握を周囲に展開するまでにはまだ至らないため、そこは他人に任せ、あくまでも、ついて行くことだけを考える。

 つまり、目で見えている眼前を処理しつつも、足元を立体的に把握することで一歩、一歩が確実になり、視界より先を把握できるため、障害物の位置がより遠くまでわかる。これにより移動速度が上がっても、慌てる必要がなくなった。

 だから、ジェイルは位置を交代する。

「はぐれるなよ」

「おう」

 最後尾のメイリスまで、ケイオスでは配慮することができない――が、位置を変えてわかったことがあった。

 ジェイルが、今までどれだけこちらを気遣っていたか、だ。

 前を行くアイギスと小夜は、配慮はもちろんしている。ただその配慮が、ぎりぎりついて来られるだろう、といった程度のものであって、コース取りの難易度が一気に上がった。

 前を行く二人は何かを話ながら、移動速度を緩めない。唐突に別れるよう移動もするため、先読みも難しくなった。

 ――そう考えると、今までのジェイルがすごい。

 この変則的な動きを予測しつつ、後方を走るケイオスのため、適切なルートを選択して示しつつも、はぐれないようついて行っていたのだ。

 同じことをしろと言われても、今のケイオスでは無理だ。以前と同じよう、ついて行くので精一杯である。

 あの二人には。

 アイギスと小夜の目には、一体どんなものが見えているのだろうか。

 少なくとも今のケイオスには、想像もできない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る