第99話 骨董品の拳銃

 訓練校に戻れば、普段のスケジュールに戻ったが、それは数日ともたなかった。

 演習の実情はすぐ訓練校の内部に広まり、どういうわけかJAKSジークスの名も一緒に浸透し、彼らは実力を隠す必要もなくなったと、馬鹿にする連中を叩くこともあり、学校側も特別扱いをする必要になったのだ。

 なったというか、せざるを得ない。

 何故って、現場で通用する彼らを、まだ実戦を知らない連中と同じ訓練をしたところで、あまり意味もないだろう。

 教官のデイビットは頭を痛めたが、彼らにはそれなりに自由が与えられた。

 ――あくまでも、訓練の自由だ。

 たまにアイギスと小夜は戦闘訓練をしているし、それを見ればどの訓練生も黙る。ジェイルやケイオスも混ざるが、殴られてばかりだ。


 その日、小夜は二千発ほど射撃をしたところだった。


 テーブルに乗せられた五丁の違う拳銃に視線を落とし、ヘッドギアを外して振り返れば、少し離れた休憩スペースにはジェイルがいる。

 十五分ほど前からそこにいた。

「終わったか?」

「おー、さすがにこれ以上は予算から出せねーんだと」

「ケイから聞いてはいたが、随分と熱心だな」

「まーな。オレの術式と拳銃は相性が良い」

「当たりはつけてるが、空間転移ステップだな?」

「そうだ。昔からこいつだけは、ずっと使い続けてる」

「仕組みは」

 そう難しいもんじゃないと、出入口の扉を閉めてから、煙草に火を点けた。

「自分の移動、相手の移動、物体の移動。距離の制限はあるが、まず指向性ベクトルの変化はない」

「ん……」

「たとえば銃を、北に向かって撃ったとする。この弾丸をどのように転移させたところで、その弾丸は必ず北に向かうってことだ」

「転移は座標指定か?」

「おー、三次元式だ」

「だったら、間抜けは殺し放題だ。拳銃を地面に撃って、そいつを心臓に転移させればいい」

「それな? こっちに出てきて気付いたんだよなー。オレの住んでたところじゃ、体内転移なんて対策して当然だったから。お前だって対策してるだろ」

「以前、空間転移に触れたことがあってな。可能性に気づいて対策した。だが、そうであるなら、どの拳銃でも同じだろう」

「だからじゃねーか。どれでも同じなら、面白いのを選ばねーでどうするよ」

「納得だ。少し待て、面白い銃を紹介してやる」

「おー、そりゃ助かる」

 小夜はそう言って、片づけを先に始めた。空薬きょうを拾い、備え付けのゴミ箱に入れると、自動的に数えられ、それをシートに記入して受付に提出。それから使った五丁の手入れを軽くして、それも受付に返却した。

「セツ、ガンオイルはこっちだ」

「わかった」

 ということで、受付に話しておいて戻れば、タイミングよく荷物を持ったデイビットがやってきた。

「セツナ」

「教官殿。なんだ運送屋に転職か?」

「――……、まあいい。人目があるところで軽口は叩くな」

「諒解であります」

「わかってやってるからタチが悪い。おいジェイル、持ってきたぞ」

「すまんな、教官殿。ちなみにチェックはしたのか?」

「ん? 入学当時に一通りはやっているはずだ」

「そうか」

 受け取った荷物は、入学時に預けたものであり、ジェイルは中身をテーブルに広げた。多くは電子部品であり、言うなればそれは――。

「なんだ、ガラクタじゃねーか。どれもこれも使えねーだろ」

「まあな」

「形見分けか?」

「まさか、それは故郷に保管してある。いいぞセツ、把握してみろ」

 言われた通り、ガラクタすべてを空間把握すると、中身の空洞から構造まですべてが手に取るようにわかる。

 だからそれは一瞬であり、情報だけあればあとは頭の中で構想してしまえばいい。

「――お前、面白い手を使うんだな」

「少なくとも、ここのチェックが甘いってことは事実らしいぞ」

「だろうな」

「よくわからんが、俺はもういいな?」

「待て教官殿、時間があるなら見ていけ」

「……まあ、いいが」

「頭が痛くなるかもしれんが、そこまでは知らん」

「お、なんだアイのツールじゃねーか」

「借りてきた」

 アタッチメントでいくつも内部を交換可能な便利ツールだ。小さいナイフもついているが、メインはドライバーやハサミ、レンチである。

 アイギスが愛用しているもので、鍵開けに適応したものもある。なんでも、体温で形状変化する金属だそうだ。

「ほれ、一発だけだが隠し持つこともできる」

 オーディオに使うネットワークと呼ばれるものの中から、弾丸が一つ。それをデイビットに投げ渡し、ほかのものをどんどん分解していく。

 ジェイルの手際は良い。

 それもそうだ、何故ならかつて、一度分解して中に多くのパーツを紛れ込ませたから。


 そうして、すべての解体が終わった頃、出てきたパーツを組み立てれば、拳銃が一丁完成である。


「ジェイル……」

「所持品として登録しておいてくれ、教官殿。さすがにこれを奪われると、俺も手を打たないといけなくなる」

「言い訳を考える」

「頼む。セツ、触ってみろ」

「ん……?」

「指先でフレームを弾け」

「――これ、スチールフレームか?」

「CZ75、初期型。今じゃ骨董品の扱いで、スチールの削りだしで作られている。後期型は量産を考えて違うがな」

「……これ、今でも手に入るのか?」

「CZの系列は今も開発はされてるが、もちろんスチールフレームじゃない。こいつはそれなりの美品で、動作確認済みだから、オークションなら三万ドルスタート」

「ああ、そうか、だからこの一丁だけ隠し持ってたんだな」

「そういうことだ。無職になっても、食いつなげる資金になる。さすがに俺も気に入ってるから、やらんぞ」

「いや、充分に良い情報だ。整備してたまに撃たせろ、感覚を掴みてーんだ」

「それはいいが……お前の手じゃ大きいだろう」

「誤魔化すさ。そこらへんは嫌ってほど痛感してる」

「それもそうか。内部構造がちょっと特殊だから、扱いには気を付けろ。9ミリだが速射には向かない」

「ふうん……シグなんかが小型化してるのに、でけーよなー」

「そのぶん面白味はある――なんだ、うるさいのが来たな。教官殿」

「話は通しておく。結果的に俺の所持物として誤魔化す必要も出るだろうが、受付で保管してもらえ。それが一番確実だ」

「なんだ、俺が隠し持っていても構わないが」

「見つかった時のリスクを考えれば避けるべきだ。これ以上、俺の頭を痛くさせるな……」

「それは諦めろ」

「同感だぜ」

 ため息を落としたデイビットと、入れ替わるようにしてケイオスがやってきた。

「教官殿も大変だな。よう、何話して――おっ、お!? マジかCZ? おいおい75かよ! 初期か? 後期? うっわ初期型じゃねえか!」

「ほらみろ……」

「へえ、へええ、昔にレプリカは触れたことがある――っと、これ誰のだ?」

「俺だ」

「触っていいか?」

「組み立てたばかりだ、撃つなよ」

「オーケイ。つーか……パーツをバラして、ほかの電子部品に紛れ込ませてたのかよ、やるなあ。中の部品はさすがにオリジナルってわけじゃないだろ?」

「そこまでは知らんが、おそらく修繕が入ってる。オークションに出すなら専門家を呼ぶところだ」

「レプリカも精巧だったが、やっぱり本物は雑味があるな。この場合、悪い意味か?」

「耐久性って意味ならな。トラブルも多い」

「実戦で使うんじゃもったいねえか」

「今から使おうって奴がここにいる」

「あ? なんだセツ、気に入ったのか?」

「まーな。まず手に入れることが第一だ、気長にやるさ」

「コレクターは、よほどのことがない限り手放さないからなあ」

 たとえば自分が死に、遺産となってそれを手放す時などは、オークションも賑わうが、それ以外ではほとんどない。コレクターとは、手に入れることを第一とするからだ。

「まあいいや、壊れる前に俺にも一度くらい撃たせてくれ」

「忘れてなければな」

「さすがに覚えてるだろ……。で、さっき教官たちが話してたんだが、そろそろ運動会らしいぜ。それに俺らが参加するかどうか悩んでるってさ」

「運動会? なんだそりゃ」

「遊びさ。走ったりボート漕いだり、障害物競走をしたり」

「フル装備で、か」

「当たりだよジェイ、そういうことだ。だいぶ頭が痛いらしいぜ? 参加させなくても結果はわかりきってる。だが、参加させれば間違いなく荒れる。だったら運営に回すか? 運動会のゴールテープを切るやつがいなくなる――ってな」

「笑い話だが、おそらく参加になるだろうな。未だに俺たちがスペシャルであることを疑問視してる連中もいる」

「じゃ、――荒らすぜ」

「はは……アイと同じこと言ってら。オーケイ、どの程度までいけるか考えておく」

「お前は後れを取るなよ」

「わかってるって。だいぶ諦めてるけどな」

 その二週間後に、運動会は行われた。

 ほとんどの競技で上位を独占しつつも、妨害が可能な競技においては他の追随を許さず、障害物競争ではあろうことか、配置された狙撃兵を煽る始末。

 つまり。

 彼らは楽しみ、デイビットは頭を痛めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る