第98話 船の中の反省会
対ゲリラ戦闘は難しい――戦力差以上に重要なものがある。
今回の演習は、そんな当たり前の教訓にて締めとなった。本来、
夜。
特に就寝時間は決められていなかったからか、それとも久しぶりの一人部屋が静かだったのか、ふらりと喫煙室に向かったジェイルは、先客にケイオスがいたのに気付き、声をかけた。
「寝れないってタマじゃないだろうに」
「まあ、ちょっとした反省を、いろいろとな。そういうジェイだって」
「馬鹿、監視を引き継いだところだ」
「そっちか」
一度部屋に戻ってはいたが、あえて話す必要もないと、煙草に火を点ける。
「で、何の反省だ」
「いろいろさ。足手まといだとは思いたくはねえけど、落ち込みたくもなるぜ。ついて行くので精一杯だ」
「現状を確認するのは悪いことじゃない」
小さく笑うが、しかしジェイルは。
「勘違いは、するな」
「あ?」
「ついて行くので精一杯。――俺もだ、ケイ」
「いや、けどお前は」
「俺もだ、間違っちゃいない」
ケイオスは顔を見るが、冗談を言っているようには見えなかった。
「俺とお前に差があるとしたら、実力じゃなく、単なる経験値の差だ。たかが二年、おそらく人員としては後方支援に限りなく近かったんじゃないか? 俺はもう、前線でやり合っていた」
「俺とお前に差があるってのは事実なんだな」
「それはそうだ。今のところは、な」
「けど、それ以上に、アイやセツとは差がある」
「あるいは、アイとセツにだって、差があるだろうな。あのレベルになると、得手不得手ってのもあって、状況次第でどっちが有利になるのか、そういう細かい差が出てくるから、なんとも言えん。わかりやすく言えば、ジニーに誰が一番近いかって話だ」
「誰なんだ?」
「お前はどう見る」
「……わかんねえけど、たぶんセツ」
「だったらそれでいい」
正解かどうかは問題ではなく、順位付けができているかどうかが重要だ。それは、自分がどの位置にいるかを自覚しているかどうかを、確認できる。
「お前、海賊だって言われてただろ」
「ん、ああ……」
帰り際、相手側にいた海軍中佐が挨拶に来たのだ。
「狙撃をしたのはお前か、海賊。就職先に困ったら
「恐縮であります、中佐殿」
会話としては、たったこれだけだ。ジェイルは否定も肯定もしなかった――が。
「やけに船に詳しいのも頷けたぜ」
「元、海賊だ。今はお前と同じ立場だな」
「そりゃそうだろ。ジニーも監視を任せてたし、なるほどって感じだ。やっぱ狙撃は必修科目なのか?」
「対艦戦闘は、大砲を放つんじゃなく、人員を削るところからだ」
「ぶっ放すなんて前時代的だよな。俺はよく見てなかったが、あの距離で艦を狙ったのか?」
「あの中佐がのぞき込んでた双眼鏡と、操縦席。ガラスが抜けないのは当たり前だが、まあ、できるかどうか確かめてやろうと思ってな」
「5.56ミリでよくやるよ……」
「狙撃の仕事で呼ばれるなら、準備もできる。だが今回のように
「確かに、最高の状況で現場が動くはずもねえな」
そんな話をしていると、
「ん? おう、邪魔するよ。俺のことはいないと思ってくれて構わない。それはそうとセツ、一応連絡は入れておいたぜ」
「おー、どうだった?」
「住所を教えられたから、期待値込みで送っておく。結構な種類があるから、なくなる前に販路を確保しておくんだな」
「そりゃ助かる」
言いながら、小夜は彼の煙草に手を伸ばした。
「で、なんだ?」
「反省会だ」
「ああ、なるほど。だったらアイにも声をかけりゃ良かったな。オレもあいつも、反省することが山のようにある」
「あ? お前らもか?」
「ケイ、オレやアイだって人間だ。何もかもうまくできるんなら、訓練校なんか入らずに現場に直行してるさ。実際、お前から見てどうだ?」
「なんだ嫌味か? 俺はお前と逢ってリタイアだぞ。事前にキャンセルしたわけでもなく、随分と中途半端だ」
「だから
「そうだなあ、全体の流れはなんとなく聞いてるし、結果が出てるんならそれで充分だとも思うが――そうだな、あくまでも俺の場合だが、どんな仕事でも違う方法は考えるようにしてる」
「違う方法ってのはあれか? 成功できる違う道筋ってやつか?」
「そうだ。現場はもう見てきたんだから、想像しても現実に寄りやすいだろ? そうすることで、自分に足りないものが見えてくる。あとはそれを訓練で解消してやりゃいい」
「なるほどね。つっても、俺は明らかな経験不足だったし、アイの手柄も大きいだろ」
「……あんまり言いたくねえけど、経験不足って言葉にあんまり捕らわれるなよ」
「どういうことだ」
「曖昧な言葉なんだよ、そいつは。たとえば、突破力。防衛力や逃走力、判断力、そういうものの方がまだわかりやすい。突破力だって、一点突破なのか、包囲突破なのかで対応は違うだろ? 足りないものなんてのは、細かく小さく、一つに絞らないと目の前が見えなくなるし、何もかもが中途半端になるだろ」
「う……そりゃ確かに」
「ま、あくまでもこれは俺の見解だ。真似する必要はないし、そもそも仕事が違うだろ――っと、最後の一人が来たな。俺は行くからセツ、それやるよ」
「ん、ありがとな」
さあ寝るか、なんて言いながら出た彼は、そこでアイギスとすれ違う。
「げ、なにしてんだよネコカブリ」
「セツが俺の煙草を気に入ったから、商売の話さ、キツネヤ」
アイギスは舌打ちしながら入ってきて、すぐ煙草に火を点けた。
「セツ、お前よくあいつと平気で会話ができるな」
「あ? 奇妙な感じはするけど、害意はねーだろ」
「そりゃそうだけどな……あくまでも、今はって話じゃねえか」
「アイ、知り合いか」
「あっちはともかく、あたしは知らねえ。外面で生きてる連中だ、戦闘はあくまでも、そこそこ。事実、セツが相手で冷や汗ものだったろうね」
「外面? 何かそういう専門の狩人か?」
違う違うと、アイギスは手を振った。
「学校の座学で習っただろ? 敵地潜入の最低年数は、五年だ。かなりの適正があったとしても三年」
「覚えてる。あれだろ? いわゆる
「ネコカブリ、こいつは日本語だからセツ……は、知らないか」
「おー、知らねーな」
「猫をかぶるって言葉があるんだよ。いわゆる外面を良くして本性を隠すって意味合いだ。――敵地潜入のスペシャリスト。あたしが知ってるのは二人だけど、そいつらが同一人物なのかどうかもわからねえ。少なくとも、五年の仕事を三日でやる」
「……三日?」
「言い間違いじゃねえよケイ、それで合ってる。しかも、潜入から現地に馴染んで情報を拾い、戻ってくるまでで三日だ。ともかく、馴染むって技術がべらぼうに上手いんだよ、あいつら」
「にしたって、限度があるだろ」
「おいおいセツ、まだ二日目なのにあいつはここに馴染んでるじゃねえか」
「そりゃ――」
「狩人の仕事だからって? あいつが本当に狩人かどうか、まだ確認もしてねえし、あたしの読みじゃ、あいつは真面目に狩人だが、狩人じゃない」
「……立場の一つってか?」
「わかんねえ。いや、とにかくわかんねえんだよ、ネコカブリは。なんとなく気配は掴んだから、本人が肯定すりゃわかるだけ」
そして、肯定したのなら、そういう仕事をしているだけ、だ。
「俺も一度、遭遇したことがある。アイに言われて気付いたが……」
「事前情報があると、なんとなくわかるだろ? けどそれだって、相手が本気かどうかで変わるだろうしな。少なくとも対策はして、ネコカブリには触れられないように注意してる。相手と同じ姿になるって言われても、あたしは疑わねえよ」
「ジニーに呼ばれたからか?」
「さあな。ただ、抱えてんのは、ここだよ」
言って、アイギスは足で床を二度ほど叩いた。
「インクルード
セツは違うみたいだけどと、紫煙を吐き出す。
「んなことより、何してんだ? セツはそのハーブ入り煙草だろうけど」
「反省会だ。主に、俺とケイのな」
「そりゃ良いことだ。言うほど悪い動きはなかったし、反省することはあたしにだってある。セツだって同じだろ」
「まーな。つーか……実際にどうなんだ、アイ」
「実際か」
そうだなと、一息入れて。
「まず最初の接敵が駄目だ。あの速度、あの方法じゃ包囲されるね。あたしらが足を止めた段階で、相手も足を止めて合図が入る」
「やっぱそうだよなー。攻めたら守りに入るか?」
「時間稼ぎ、合流、包囲がセオリーだ」
「逃げたら?」
「増援が来るからもっと不利。数の暴力ってのは侮れねえよ」
「ふうん」
だからこそ、アイギスは個人での突破力を持っていて、乱戦を得意としている。
「アイ」
「なんだケイ」
「正解とは言わないにせよ、じゃあどうすりゃいいんだ? 逃走か? それが駄目って現場もあるだろ」
「そこらへんは認識の違いだな。ジェイならわかるだろ」
「ああ、現場の判断が必要な時もあるが、大抵の現場には目的が設定されている」
「目的?」
「ケイがどのくらいの戦場を経験してるか知らないが、勝ち負けがはっきりしている現場の方が現実は少ない」
「相手の侵入を防げって現場に行けば、膠着ラインが作られてる。それを守るためにはどうすりゃいい?」
「そりゃ……いくつかの部隊で持ち回りで防衛戦、じゃねえのか」
「違うね。一進一退を続けるんだよ。こっちが攻めてラインを守れば、翌日には相手がラインを奪う。奪われたらまた奪い返す――それが、侵入を防ぐってことだ。弾丸をばらまきながらも、相手だって数を減らしたくないから、それなりに本気で、そこそこ手を抜いて、お互いに納得ずくで殺し殺されをするのさ」
さてと、アイギスは手を軽く叩いた。
「ケイ、どうすりゃ勝ちだ?」
「どうって、どうしようもねえだろ。それこそ上が、撤退なり侵攻なりを指示するまで、ずっとそのままじゃないか。殺した数と殺された数を指折り数えるのは、新入りだけだ」
「今回の演習の目的は、ゲリラを想定した戦闘訓練だ。――曖昧だろ、どう考えても。対ゲリラ戦闘で、対象の確保なんて命令は、まず出されない」
「……考えてみりゃ、確かにそうだ。ローラー作戦でもするんじゃなきゃ、ゲリラなんて損害が確実に出る相手だ。無視した方がいい」
そう、確実に出てしまう。だからこそ上は命令しやすいし――損害そのものは、ただの数字として捉えられがちだ。
あくまでもそれが、必要なものならば。
普段はそんな命令を出さない。割に合わないから。
「どんな現場にも、目的は設定される。やり方も状況もそれ次第で変わるもんさ」
「仮に、同じ状況なら逃げの一手か……」
「まあな。ただし、こっちの装備が整ってりゃ別だ」
「あ?」
「ジェイが愛用の狙撃銃を持って、今のケイはその弾丸をケースで運ぶ役目。あたしが真面目に殺しをやって、セツがちゃんと使い慣れたナイフを持ってりゃ、大した仕事にゃならねえさ」
「俺が斥候の相手をしている間に、本部壊滅だな……」
「そういうことだ」
「随分と買うな」
「なんだジェイ、そのくらいは余裕だろ。せいぜい六小隊くらいなもんじゃないか」
「まあ、な」
「つーか、オレの得物知ってんのかよ」
「実際に使ってるところは知らねえけど、ナイフとなりゃ二番目か? ――あたしが三番目だ、セツ」
「へえ……」
ナイフのことはベルから聞いていた。
お互いに引き合ったのだ――と、今の小夜には断言できない。そこまでの思考が回らないからだ。
「確か、
「おい、そこに気付いててそれかよ」
「あー? 常識ってやつを覚えるのが優先だろーが」
「そういえば、そうだったな……」
「――なあ」
ケイオスは、それが馬鹿な質問だとわかっている。
「アイ、お前ならセツを殺せるか?」
「無理だ」
「いや、それはいい。今だろうが将来的にはどうとか、どっちが強いとか、そういうことじゃない。俺が知りたいのは、何故か、だ。何が違う?」
「単純な経験量だ。セツ、あたしよりお前の方が正しく説明できるだろ。あたしのは感覚だ」
「まだ言語化できねーってか。じゃあ、大前提として、あくまでも一例に過ぎないってことを忘れんなよ? だからこいつはたとえ話だ」
実際の戦闘なんて、何が起きるかわからない。気のゆるみもあれば、奇襲もある。向かい合って始める訓練とは別物だ。
「たとえば、現段階でオレとアイを比較して、あーわかりやすく腕一本だ。それを犠牲にすりゃアイを殺せるとしよう。いやオレじゃなくてもいいか。ジェイ、お前ならどうする?」
「右腕か、左腕かを選択するしかないな」
「俺もそうだ」
「前提がそうである以上、まあ腕は失うんだけどな。この問題は、そういうことじゃねーんだよ。なあアイ、お前はナイフでどこまで斬れば、奪えたと思う?」
「――そこか」
「そこだ。ちなみに言うと、オレの場合は骨の四分の一まで到達したくらいなら、自然回復することを知ってるぜ。けど、アイはそこまでナイフが入り込めば、致命傷とは言わずとも、攻撃が当たったと考える。――経験量ってのは、そういうことなんだよ」
「あたしのナイフが骨に当たるくらいで、お前は首を飛ばしてるわけだ」
「簡単に言えばな。けど、普通の人間がやることじゃねーよ……と、思ってたんだけどなあ」
そうだ。
けれど現実には、ベルやジニーなんて、それがどうしたと、当たり前のよう受け止めている連中がいた。
世界が広いとはこのことだ。
小夜には、そんな殺しの技術しかなかったのに。
「そんなもんだと、覚えておくくらいで充分だぜ。そんなことより、訓練校に戻ったあとを考えた方が有意義だ」
確かにその通りだと、会話はそこで転じた。
――経験を無駄にしないコツは、どんなものでも反省点を考察することだ。
人は、その反省から学び、成長する。
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