第96話 海の上での作戦会議

 軍港で駆逐艦に乗り込み、まずは部屋へ案内された彼らは、すぐに自由時間を与えられた。各所を見回り、今回参加する五人の狩人にも挨拶をしながら、今日一日かけての移動である。

 どうやら目的地は無人島らしい。

 彼らはそもそも軍艦に乗ったことがないため、どこに何があるのかを知るためにもあちこち見て回った――ただし、ジェイル・キーアを除いて、である。

 ジェイルはすぐ甲板へ出て、そこにいたジニーから一つの指示を受けたため、司令塔室からさらに上部、外に位置する監視塔へよじ登った。

「どうした?」

「交代だ、先輩」

「ああ、お前がジニーの言ってた野郎か。経験はあるんだな?」

「……昔にな」

「過去を詮索はしねえよ、仕事をきっちりやってくれりゃな。狙撃銃には触るな」

「おい、冗談はよせ。有事の際に間抜けになれって? 予備はどれだ、手入れを澄ます」

「ふん……一番右だ、それを使え。天気は?」

「三時間後、昼前に雨」

「わかってりゃ文句はねえ、頼んだぜ」

「おう」

 型落ちとはいえ、充分に実用性のある狙撃銃を片手に、まずは弾装を引き抜き、各部チェックを入れ、それを終えたら立てかけておき、あとの仕事は進行方向の監視だけだ。

 それほど強い警戒はいらない。肩に力を入れず、リラックスして、のんびりとしていればいい。ただし、有事を見逃す間抜けにはならないように。


 仮眠でもとろうかと、軽く目を閉じていたジェイルが、靴のナイフを引き抜いた瞬間、隣に刹那小夜が出現した。


「よう」

「……空間転移ステップか」

「訓練校じゃあるまいし、使っても問題ねーだろ。こんな景色の良いところで昼寝か?」

「まさか、監視だ」

「そのわりには、寝てたじゃねーか」

「お前は有事の際にまで、寝たままの間抜けか?」

「なるほど、海の上でも同じことか」

 こういうところの納得が早い。ケイオスなら、どういうことだと首を傾げるところなのに。

 だが、慣れてしまえば、そういうことだ。

 寝ていても、危険に関しては何よりも先に気づいて躰が反応する。

「見回りもしねーし、ジェイは慣れてんのか」

「まあ、な。この手の駆逐艦は内部構造も熟知している――」

 どうすべきかと、悩む必要はない。

 どうせいずれ発覚するし、小夜に関しては、おそらく。

「襲う側だったが」

「なんだそりゃ」

 そもそも、彼女は知らない。

「おい、なに笑ってんだこの野郎」

「ああいや、やっぱり知らないんだなと思ってな。俺はいわゆる、海賊をしていた」

「ふうん? それは軍艦を襲うのが仕事なのか?」

「いや、あらゆる船舶を、理由があれば襲う。それは仕事であることが多いが、船舶の制圧目的でやることは、まずない。軍用語で言えば、ハラスメント攻撃がほとんどだし、難易度が高いものは、物資の奪取」

「秩序はあった――ってか?」

「さあな。どちらにしても、いい迷惑だろう。正規ルートじゃ運べない荷物の運搬まで請け負っていた」

「オレに言わせりゃ、ただの便利屋じゃねーか。金さえ積んでおけばいいんだろ」

「それをわかった上での、仕事だ。ただし気を付けろセツ、金も積み過ぎると断られる」

「――なるほど、罠もある」

「そういうことだ」

「どうして辞めたんだ? お前のことだ、下っ端ってことはねーだろ」

「……」

 下っ端ではない、か。

 小夜はそういう判断を間違わない。

「それなりに有名な海賊でな」

「有名? そりゃ悪いことだろ」

「一長一短……いや、悪い方が多かったかもな。潜水艦を使う海賊はうちくらいなもんだ、調べれば出てくるだろう」

「潜水艦ってお前、なかなかそりゃ面倒だろ。逃げるには良い、潜っちまえばステルス性は上がる。けどツラ見せて仕事するとなりゃ、水浸しで下向きだ」

「だから仕事の時は、それなりに距離を取って顔を出して接近する。戦争じゃないんだ、大砲を撃てばそれが威嚇射撃であっても通報される」

「……狙うのは、人員か」

「そういうことだ。うちの人間で狙撃が下手なヤツはいない」

「なるほど? だからジェイは、伏射ふくしゃを嫌ってんだな?」

「苦手なのは確かだ、そんな機会には恵まれない。膝立か立射りっしゃが基本になる。最低でも三名がバックアップ、三名が突入。全員で八人で、俺たちは潜水艦を家にして行動していた」

「そのくらいの人数じゃなきゃ、潜水艦は狭すぎるか。んで、人数に応じた錬度ってか……で、お前の立場は」

「首領だ」

「ふうん」

 あ、そう、なんて言いたそうな顔だ。小夜はこういうところで驚かない。

「失敗でもしたのか?」

「先代から引き継いで二年、――ここから先を考えて、副首領の相方と話し合って解散を決めた。再就職先まで斡旋はできなかったが、それなりに金はあったから、分配してもおつりがくる。その作業中に、金の動きを追われて、ジニーに捕まったわけだ」

「ああ、そこでか」

「野郎は笑いながら、潜水艦の自沈場所を用意して、金が追跡されないよう洗浄ロンダリングまで手を貸してくれてな。全てが終わって聞いてみれば、先代とは知り合いだったらしい」

「それで、まだ若いお前を軍部に誘ったのか」

「再就職先の斡旋だ、笑えるだろう」

「――ん」

「チッ、さっきの野郎、わかっていて黙ってたな」

 足元の双眼鏡を手元に寄せてのぞき込み、すぐ司令塔室への内部通信を開き、電話型それを口元へ。

「こちら監視塔。十時方向、目測で距離3マイル、20ノットで接近中」

『司令塔室、諒解。友軍の通過だ、挨拶をしておく』

 返答を聞いてから、ジェイはまた舌打ちをして腰を下ろした。

「友軍の航路は事前に知っていて当然だ」

「そりゃそうだ。こっちの航路だって提出するんだ、共有されているはずだな。わざと教えずに、お前の目がどの程度なのかを探ったのか」

「俺が先に聞かなかったのが悪い」

 それが、軍のやり方だ。特に訓練ではよくやる。

「はは……しかし、なるほど、棟梁ね。ジェイの落ち着きようはそこから来てるのか」

「二年だけだが、何にせよ部下はいたからな。命を預かるってのは、なかなか、言葉じゃ表現しにくい重みがある」

「ケイから目を離せない感じと似てるか?」

「ああ、それは近いな。特に、死なせたくないと思えるのなら」

「思えてるか?」

「ケイはな、育てるなんてことは口が裂けても言わないが、戦場に出る時は気を遣いたい。今回は良い予行練習になるだろう」

「なるか? オレだって、まだ手探りだぜ」

「できることがお互いにわかれば、それだけで進歩だ。ブリーフィングは夕食後か?」

「たぶんそんくれーだろ、伝えておく」

 小夜は立ったまま、目を細めて海を見る。

「――悪くねーな、海ってのは」

「俺にとっては、大地と同じくらい見慣れたものだ」

「それでも丘に上がることもあったんだろ?」

「食料品の調達と、酒を飲みにな。――ああ、女を抱くのも丘だったか。セツは初めてか?」

「おー、そういう土地じゃなかったからな。お前らが知っているような、ごく当たり前の常識も知らねーのは、わかってんだろ」

「よほど特殊な環境だったのは、なんとなく。だが今は、こっちに馴染もうとしているんだろう」

「まーな。何もかもが新鮮で、退屈もしねーよ。戦闘をしなくても済むのも良い」

「だが、訓練とはいえここからは戦場だ」

「わかってるさ。加減しつつ、状況をどうにかすりゃいいんだろ。ちなみに、参加予定の狩人ハンター、あれを見たか?」

「ちらっとな」

「念のため聞いておくけどなジェイ、ありゃ本当に狩人か? オレの知ってる狩人は、ジニーとベルの二人しかいねーんだが」

「それは比較対象が違うな。最年少で認定証を取得後、ストレートで昇級をパスしてるベルなんかと一緒にしたら、あいつらがかわいそうだ」

「なるほどね。まあいいや、夕方までは自由行動だ、気楽にな」

「慣れたものだ」

 ひらひらと手を振り、今度はきちんと梯子を下りていく小夜に対し、ジェイは苦笑しながら、煙草に火を点けて灰皿を手元に寄せた。

 海の上を楽しめているようなら、何よりだ。


 そして、夕食後である。


 ジニーの指示もあって、食堂をそのまま使うことになった――のは、いいのだが。

「ケイ、結界張って盗聴防止」

「俺かよ……いいけど、アイだってできるだろうに」

「あたしの仕事じゃねえってことさ。それよりもジニー、そっちの狩人二人はなんだ?」

「ああ、こいつらは明日の仕事をキャンセルした」

「へえ、随分と賢いじゃないか」

 ジェイルがテーブルに地図を広げた。

「つまり、残りは三名ってことか。ふうん……」

「さてと、オレはよくわかんねーから、説明を頼むぜ。まずケイ」

「あ?」

「詳しいんだろ、相手の行動を説明してくれ」

「あー……、ジニー、いくつか質問をするから、答えられる範囲で頼む」

「おう」

「基本的には、対岸スタートでいいのか?」

「まあそうなるな。お前らが上陸する前に、向こうは実地調査を事前にやるくらいの時間は与えてる」

「装備っつーか、ルールは?」

「武装に関しては、ペイントが配布される。色付きの相手はその場から動けないってルールだ」

「諒解だ」

 ケイオスは小さく笑って、地図を見る。外周は3キロほどで、やや開けた場所もあるが、森のようになっているようだ。

「相手の装備は最低でもゴム弾だな。あとは無線、ナイフなんかの装備は当たり前。参加は大隊規模二つってところか」

「オレらに勝ち目はねーって前提はよくわかった。行動は?」

「四人か五人の小隊を、この範囲だと三つくらい斥候として出すだろうな。これはもう、発見から報告、それと同時に戦闘を開始する前提の人数だ。戦闘をしている間に、ほかの小隊が集まって制圧」

「それがセオリーか。じゃあアイ、対応を」

「そこであたしかよ、お前もよく見てるよな、セツ。当たり前の話をするなら、この規模の相手がこっちの制圧を考えてる時点で、普通なら撤退しか選択肢はねえよな」

「抵抗は無駄か?」

「無駄だね。正規の軍隊なら、犠牲を許容して結果を求める。小隊一つを全滅させたって、軍隊としてはそれほどの痛手じゃないし、次が来るとわかりゃ嫌になる」

「数がいるってのは、それだけで脅威なのはわかった。それで?」

「効率よく、数を減らす。それができないなら、司令塔をかき回す」

「――そのための装備集めに必要な要因が二人減った」

「そりゃそうだがジェイ、本人たちの前で言うなよ」

「事実だ」

「怖いねえ。どの程度の錬度かは知らないけど、罠を使えばそれなりに対応はできる」

「ふうん……」

「セツ、ゴム弾の使用時は、相手の無線を奪うのを忘れるな」

「あ? そんなクソ面倒なことしなきゃならねーのかよ。連絡されても移動してりゃいいだろ」

「人数を考えろ、すぐ特定される。それを先読みして罠を仕掛けろ」

「わかった。ちなみに、斥候を片付けた後の動きはどうなんだ、ケイ」

「先遣を潰したくらいじゃ、第二陣が来るだけだな。ただし、退きが早くなる」

「そうか」

 そこで、全員が煙草に手を伸ばして火を点けた。ただ視線だけは地図に向けられたままだ。

「セツ」

「……あ? なんだジェイ」

「お前が決めろ。――どうする」

「オレか。……ジェイ、司令部にいる偉そうな連中と、船で暢気に観戦してるクソ野郎の頭を誤射できるか?」

「支給品はおそらく5.56ミリだ。そうなると難易度は高い。7.62ミリがあれば楽になる」

「できるのか、できないのか、どっちだ?」

「条件次第だ」

「まあいいか。教官殿」

「…………なんだ」

 部屋の隅でずっと黙っていたデイビットは、嫌そうに声を出す。

「殺害は駄目だとしても、どの程度の損傷を許可されている?」

「殺しはするな。可能なら、骨折も避けろ」

「おう、じゃあ俺が向こうに連絡を入れてやるよ。医務室は空けておけってな。何ならこっちに収容したっていい」

「諒解だ。じゃあアタックはオレとアイ、ジェイはしばらくケイの保護者な。最初の斥候でお互いにわかるだろうし、そっから連携すりゃいーだろ。少なくとも小隊相手に後れを取るとは思えねーよ」

「それが終わってから狩人か?」

「オレとアイが違う方向に移動してりゃ、すぐ引っかかるだろ。ジニー、狩人に関しては加減しねーぞ?」

「殺すなよ」

「骨の一本や二本でガタガタ言わなきゃそれでいいさ。ところでアイ」

「ん?」

「お前なら、どこで接敵する?」

「退路が確保できる位置、まあ中間地点くらいが理想だな」

「じゃあそのくらいにするか。――ところで」

 小夜は言う。

「殺す前提なら、一人でやれるか?」

 その問いに対し、アイギスは苦笑し、ジェイルは肩を竦めた。

 やはり、ケイオスだけが――いや、デイビットも同じく、嫌そうな顔で天井を見上げていた。


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