刹那小夜の物語
第94話 刹那小夜
目が覚めた時の違和感は、自分の躰の把握に
躰を起こして、視線を投げて、記憶にない場所だということを確認しても驚きはなく、深呼吸を一つしてから、少女は手元に視線を落とした。
記憶をたどる。
一瞬の油断、一度の失敗。
片足を失ったのは、どうであれ自分のミスだ。死ぬ気はなかったが、生き残れるとは思えなかった――が、足を見れば、元通り、自分のものがある。
何かが起きたのは、確かだ。
しかし、記憶の中にあるのは、誰かの手に噛みついて、そのまま指を食ったところまで。
よくわかんねーなと、そう思いながら立ち上がる。
――彼女は、かなり背が低い。
さすがに小学生とは言わずとも、中学生の中でも低い方に分類されるくらいだろう。髪は短く、また目つきが悪い。
部屋を出る。
そこから足取りは間違いなく、人のいる場所を選択した。
広い、いや、広すぎるリビングには、一対のソファとテーブルがあり、そこに、男が座って煙草を吸っていた。
「空間把握が目立ちすぎる。もう少し隠れてやることを覚えろ。――座れ」
「……あんたがオレを拾ったのか?」
「結果的にはな」
警戒しても無駄だなと、少女は肩の力を抜き、対面のソファを触り、その柔らかさに驚きながらも、ゆっくりと腰を下ろした。
「ん」
「おう」
煙草を渡されたので、火を点ける。
「……葉っぱが違うな」
「へえ? お前が過ごしてた環境じゃ、質が悪かったのか」
「そう簡単に手に入るもんじゃねーよ。オレみてーに、表に出てるやつらの方が少ないんだ」
「それもそうか。――お前、どこまで覚えてる」
「誰かの指を食ったところまで」
「吸血種の血だ。事情を説明してやる」
「おう」
「お前は今、二種類の血を持ってる。人間の血と、吸血種の血だ。後者の血の特性として、強い再生能力がある」
「再生……それで、オレの足は無事なのか」
「今後もその体質は続く。ただし、怪我をして血を失えば、比率が変わる。……ああ、お前の場合は生理でも同じことか。おそらく、食事でも」
「血を失うのはわかるけど、食事も?」
「飯を食えば、血を作る。人間の仕組みが変わったわけじゃねえよ。ただおそらく、食事だけだと仮定したところで、十年は問題ないだろう。俺の見立てだ、あまり信用はするな」
医者じゃないからなと、彼は苦笑した。
「血を飲み過ぎると、髪が金色に発光を始める。――それを、誰かに見られるな」
「問題があるのか」
「ある。クソ面倒な状況になりうる」
「血を飲む量を調整しろってことかよ」
「二年くらいは気にしなくていい。ただ、怪我をしなければ」
「……」
「不安か?」
「あんたみたいなのが、ごろごろいるなら、な」
「ははは、それはないから安心しろ。こと戦闘に限れば、お前に手傷を負わせる相手は、そう多くない」
「あんたがいる」
「俺のレベルだと、まあ数えるくらいにはいるが、好んで戦闘をする連中は少ねえよ」
彼女にとって、勝てそうにない相手は、久しぶりだった。
小柄であることから、まだ幼く見えるかもしれないが、あの場所でもう三十年近くは生きている。そもそも法則が混ざり合い、本来のものとは違っていたから、その影響も人によって違うかたちで影響していたが――彼女は、成長を抑制させられていた。
その人生の中でも、幼少期を除けば、初めてかもしれない。
この男は、得体が知れない。
逆に、この少女は賢いと彼は、ベルは捉えている。起きた時は警戒していたのに、こちらの姿を捉えてから、すぐ警戒をやめた。
――諦めだ。
警戒しても無駄だと、肩の力を抜いたのだ。それは賢い選択である。
もちろん、戦闘状態になっていたのならば、違う話だが。
「どうしてオレを拾ったんだ?」
「縁が合った――と言っても、納得しそうにねえな。お前が指を食った相手と俺は知り合いだし、お前の持ってる二番目の刃物の製作者と知り合いで、俺自身が四番目を保有してて、その上で、おそらくお前が唯一と言っていいこっち側の知り合いが、俺の血縁上の妹だ」
「理由だらけじゃねーか」
「どれも、直接の理由にはならん。ただ、お前と俺が引き合った理由にはなる。拾ったのは……そうだな、面白いと思ったからだ」
「なにが」
「そのうちわかる。――で、どうする? こっちで暮らすなら、いろいろ手配してやるが、戻るなら好きにしろ。ただし、どういう影響が出るかは知らん」
「……こっちの方が、過ごしやすいんだよな?」
「生きていくだけならな」
「どうすればいい」
「我慢して、殺しをするな。これが大前提だ。そうだな……半年から一年くらい、米軍の訓練校にでも通えば、いろいろ覚えるだろ」
「どういう場所だ?」
「言われたことをやる場所だ。理不尽に殴られることもあるが、殴り返さなけりゃそれでいい。そのうち、言われたことだけじゃ駄目になるが、その頃にはいろいろ覚えてくるだろ。それが終わったら、俺と同じ職業に就けば、まあ、生活していける」
「金を稼いで、か」
「不満か?」
「んや、殺し殺されってのが面倒になってたところだ。こっちには物が溢れてるってのにな」
「ナイフを見せろ」
「こいつか」
ぼろぼろのスカートの端に手を入れ、太ももに固定してあったベルトと一緒にテーブルへ。
「ああ、所有者もお前になってるな。持ったままでいいが、どうせ取り上げられる。このままならともかく、下手に抜こうとすると、ナイフが嫌がるから忠告を忘れるな」
「拾い物だけど、こいつはどういうナイフなんだ? 製作者と知り合いなんだろ」
「二番目は術式が組み込まれてる。お前も知っての通り、複製だ」
「何番まであるんだ」
「三番目は、
「じゃ、三番目を使う時は、組み立てる必要があるってことか。所有者は刃物そのもの」
「賢いな」
「術式に疎いと、あそこじゃすぐ死ぬ」
相手が何をどうしているのか、その観察は初歩。一秒で見抜かないと二秒後には死ぬような戦闘が、毎日のように行われていた。
いつの間にか、知らない手合いが増えているのだから、よくわからない場所だ。
「四番目は、法則を切断する」
「――どこまでだ」
「一時的にな」
「ああ、法則は修復するんだっけな……」
よほどのことがなければ、だが。
「一応、最後の一振りを頼んではいるが、ありゃ例外だ。つまり、俺の持つ四番目が最後になる」
「……一番目は知らないが、じゃあ、四番目を作るために、三つ目までを作って試したんだな」
「順序が見えるか」
「なんとなく。まあいいや、いつからだ?」
「三日後には手配しておく」
「じゃ、頼んだ。もう少し休ませてくれ、さっきの部屋でいいか?」
「おう」
「てめーの躰も、ある程度は把握しておかねーとな」
「そうしておけ」
――さて。
輸送を頼むなら鈴ノ宮だが、どこまで情報を抑えておくべきかをベルは考える。
「ああ、そうだ」
「あ?」
「名前は?」
「オレ? あっちじゃセツって呼ばれてたぜ」
「――じゃ、これからは刹那、……小夜だ。
「いいけど」
縁が合った。
それが、セツと名乗っていた少女の手に。
まったく。
世界ってのは、上手く回っているらしい。
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