第87話 海上都市構想
東京事変の当事者だろう、そう言われることはあるが、ジニーはあまり肯定する気にならず、頭を掻きながら、まあ生きていた時だと返す。
しかし。
「で、ジニーは当事者だろ」
言われる相手が違えば、その意図も変わってくる。
ベルの家には今、イヅナとラルがいて、朝食を終えてからふらりとジニーが訪問したところだ。飲み物は珈琲である。
「違いがあるとしたら、飛び火してるってことだ。俺も同じことだとは思ってないけど、どうなんだ?」
「こっちの方が、本来のものに近いんだろうな。印象としては、東京事変は封じ込めだ。こっちは不完全ながらも、動いてる」
「けど、前回の方は完全に動いた」
「だから封じ込めだ。まあ俺の印象に過ぎないから、現実はどうか知らねえよ。ただ、はっきりと言えることはある」
「そりゃなんだ?」
「
「確信か?」
「まあな。何しろ、東京事変で打ち込んだ
「当時を生きてるやつの言葉は信憑性があるよ。ラルさんもそう思わない?」
「悪いけど、何を話してるのか、さっぱりわからない」
随分と抽象的な話に聞こえるし、そもそも、世界最高峰のランクSSを持つ
緊張する? 当たり前だ、警戒もするし諦めもする。
そして、自分ができることの全部を、このジニーという狩人はできるはずだ。狩人におけるランクとは、そういうものなのだから。
気にするな、なんて言われて、気が抜けるわけじゃない。
「んー……俺は大したことしてねえんだけどな」
「そりゃそうだろ」
「お前じゃなくラルに言ってんだよ。いろいろやったし、持ち上げられちゃいるが、ハンターズシステムだって、アイディアは出したが、俺が全部決めたわけじゃないし、俺ができることなんて限られる」
「できることをやるための立場だろ。大したことはしてるさ、それなりにな。ただ俺や先輩も含めて、犠牲が当たり前になってて、普通じゃない。ラルさんには、そうなって欲しくないね」
「犠牲? たとえば何を?」
「そりゃお前、簡単なものがあるだろ」
そう、ベルやイヅナはそれを簡単と口にできてしまう。
「寿命だ」
「……は?」
「俺が何歳まで生きれると考えてるんだ? 武術家は延命も含めての武術だ、無茶もするが繋ぎとめる方法もまた、技術として身に着ける。俺はそろそろ四十だが……まあ、ぎりぎり、仕事量をこれから抑えて、六十までは生きられん。それだけ命を削ってきた」
「さすがにラルさんじゃ、見ただけでジニーの躰の内側がどんだけ壊れてんのか、わかんないし、さっきも言ったけどわかって欲しくはないね」
「優しいなお前」
「そりゃね。――ああ、俺は大丈夫、それほどの無茶はしてないから」
「今のところは、だろ」
「まあね」
「そういや、キツネさんはどうした」
「去ったよ。次に逢う時は屍体だから、俺が奥さんのところまで運ぶ役目」
「そうか……頼む」
「弟子だから、当然だ。まだまだキツネさんには届かないけどね」
そう簡単に届く老人じゃないぜと、笑ったジニーは煙草に火を点けた。
「でだ、相談がある」
本題かと、イヅナは苦笑した。
鷺ノ宮事件と名がついた、今回のことではないのは確かだ。実際、夜まではそう大げさな動きはないと思っているので、イヅナも最低限の調査しかしていない。
「私がいていい話?」
「そうじゃなきゃ話題にしねえよ。ビショップが引退するんだがな」
「へえ」
「ちょっと……私それ、本当に聞かなきゃ駄目?」
「あ? 引退は引退だろ、特に珍しいことじゃねえ」
「年齢的にはジニーよりも上だもんな」
「うん、まあ、うん……」
「でだ、四国にあるギガフロート。あれの権利を手放したいって話が来てな」
「手放す? 正しく言ったらどうなんだジニー」
「死んだあとの所在が不安なんだと」
「だろうよ」
「……」
ラルは黙った。
こんな話を低ランク
「だからって俺が預かれってのはお門違いだよ」
「そうか?」
「そういう芋を引くのはアブ先輩の仕事だ」
がちゃりと、玄関の開閉音が聞こえた。おそらく出迎えの挨拶をAIがしただろうが、こちらまでは聞こえない。
「――おう」
「邪魔してるぜ」
「お疲れっス、ベル先輩」
「イヅナ、昼食はそいつを連れて外で食べろ。夕方には帰ってこい」
「へ? そりゃいいっスけど」
「空気を感じとけ」
ジニーの隣に座ったベルは、すぐ煙草に火を点けた。
「――で、何の話だ」
「四国のギガフロートを誰が預かるかって話だ」
「ああ、ビショップの手持ちか。アブに投げとけ」
「ほらね」
「損な役回りだな、あいつは」
「
「改良はしていいって話だぜ。面白い構想でもあんのか?」
「街でも作って、
「街、ね。どういう構想だ?」
「イヅナ」
「俺っスか。あそこの状況、今どうなってるんすか?」
「AI、ジニーのサーバーにアタックを仕掛けろ。記録しとけ」
『はい、主人様。ではジニー様、
「おう。つーか、ギガフロートならそのへんに転がってるだろ」
「同じことだ。レイン、四国ギガフロートの情報を投影しろ」
『……
「新車は芹沢に任せてあるだろ」
『そちらではありません』
「躰のことなら、
『よろしい、忘れていないなら充分です』
その言葉と共に、詳細映像が投影された。
「性格が悪くねえか?」
「そりゃ俺のところに来る前は、エミリオンのところにいたんだから、性格くらい悪くなる」
「ああ、昔のあいつは……いや今もだけど、性格はそんなに良くねえな」
そんな会話を聞きながら、イヅナはまず全体図を引き寄せた。
現状、四国のギガフロートは荷物置き場という言葉通り、各地の船舶が寄港している。ただし輸入専門であり、けれど、荷物がすぐ運べるような地形になっていないことから、一般の荷物が運ばれることはほぼない。
というのも、四国海上におけるギガフロートとの接点、つまり経路が一つしかなく、モノレールで2キロほどの距離を結んでいるだけなのだ。逆に言えば、だからこそ厳しいチェックが可能になっている。
「海上の孤島か……先輩これ、街じゃなくて」
「ん?」
「――国を作れないっスかね」
その言葉に、ジニーは口を歪めながら、少し前のめりになった。
「へえ? おいラル、お前これどう思う」
「どうって、なに言ってんのって」
「だよな? けど、そいつを面白いと思わないとな。――俺にはねえ発想だ」
「イヅナ」
「うっス。着眼点としては、金色がいるってところなんすよ。その時点でイレギュラーなら、そもそも普通にする必要がない。独立国家に限りなく近い街なら、アブ先輩が責任者になって、それなりに好き勝手できるんじゃないっスか」
「続けろ」
端的な言葉だ。名を呼ぶだけ、
しかし、国を作るとは。
「最初に考えたのは、やっぱカジノを代表とする歓楽街っスね。敷地面積の問題もあるから、小さめの遊園地を作ってもいい。ただ日本はそういうとこ弱いんで、国外の勢力となると、それなりに
「いるよ。むしろ、足場が小さい連中の方が、新規の場所には積極的だ。しかもそれが
「……イヅナ」
「そうっスねえ、いっそ専門家を呼んで会議を開くのはどうっスか」
「へえ、たとえば」
「政治、経済、さっき言った遊園を含めた連中、電子ネットワーク関連、司法に警備、それから学校」
「足りないな」
「あー……住人が居つくには、観光地だけじゃ駄目っスね。いくら学校があって、通うのが無理でも、じゃあその学校を選ぶ理由はどうかって話にもなるか。となると……環境、か。不便さ、利便性、その両立。……――いっそ車は全面禁止ってのはどうすか?」
「理由」
「車に代わる移動手段となると、今じゃ自転車くらいっスか。荷物の運搬なんかは地下施設に作って、別ルート。スケートボードみたいな、ああいうので電気式、自動で移動可能なおもちゃなんかありゃ面白くないすか? 移動範囲が広いのは、だいたいは若い連中だ。もちろんそれを不便だと思われると、狙いも外れるんすけど」
「国家にする意味は」
「武装所持。ああ、もちろん限定的っスよ、
名目を作る。
これは、あくまでも、ギガフロートが国家として独立したから、巡回して監視をするのだ、と。
ほかの共産圏への圧力とは、違うのだという理由は作れる。
政治的なものだが、これをやると、賛同者がそれなりに多く作れるわけだ。日本国としても、米国としても、頷きやすい。
「ただ観光客が流通の
「AI」
『はい、主様』
「簡易報告」
『三十六回目のアタックを記録。現在はレイン様にご教授を』
「あとで目を通しておく。今の会話の録音を、そのままアブと
『やっておきます』
「昼過ぎにはまたこっちに寄るぜ、ベル。飯のついでに連絡を取ってくる」
「おう。――ああ、お前、ファーボットは知ってるか?」
「ん……?」
「ネガティだよ」
「ああ、引退するとか言ってたな」
「あいつを引き込む」
「――そりゃいいな。あいつは育成もいけるし、視点も悪くねえ。人員に加えておく。直接の交渉はそっちに任せるぜ」
「アブがやるさ」
「諒解だ」
言って、足取りも軽く、ジニーは出ていった。ベルも立ち上がってキッチンへ。
「……展開が早すぎない?」
「実行に移せるだけ、俺の説明にも説得力があったのかなと、そう思うことにしてる。まあ、できることは多いからね、アイディアさえあれば、あとは人脈だ」
「調整が大変そうなんだけど」
「それも誰かに任せればいいじゃないか。ニャンコさんなんて暇そうにしてるし」
「だれ?」
「非公式依頼所Rabbitを統括してる人」
「――AI、ニャンコにも送っておけ」
『はい』
あ、これは忘れてたなと、苦笑する。ベルは酒とグラスを持って戻ってきた。
「イヅナ」
「零番目なら、もうそろそろっスね。雨、降り始めてたんじゃないすか? 雨のが移動を始めたみたいっス。
「ん」
「
「お前、その後回しにする癖、どうにかしろ」
「いやあ、いろいろ言いながら反応を探ってたんすよ」
今まで、単語だけの促しを何度も受けていたのに、なんともしらじらしい対応だが、ベルは特に追求しなかった。
なんでもわかっている、という態度にも受け取れる。
「アブの逃げ道を封じる意味でも、お前が
「投資っスか?」
「それも含めて、介入の理由を考えさせろ。都市として学校を作るなら、VV-iP学園の影響は強い」
「じゃあニャンコさんは任せていいんすね?」
「……あれは、もっと後でいいだろ」
断れないくらい状況を進めてからにするらしい。
たぶん彼女は頭を抱えるはずだ。
「ラル、退屈か?」
「え、ああ、いえ、大丈夫よ。話は聞いていたし理解もできてる。状況把握はできても、理解は追いついてないけど……」
「まだ足場を固める段階で何を理解するんだ。しかも、企画を構想して丸投げだ」
「上手くいくかどうか、考えないの?」
「ないな」
「それはないね。俺は先輩たちから、そんなことを考えるくらいなら、上手くやる方法を考えろって言われてるよ」
できるかどうか、ではない。
やるか、やらないか。
その局面に立った時、やると決められるのは、それまでに何を積み重ねてきたかが左右する。
それを聞いて、ラルは両手を上げた。
降参だ。
「イヅナ、私はあんたたちみたいに、なれそうにはないよ」
「そりゃ良いね。じゃあとりあえず、昼食は何にするか悩もうか」
「ああうん……」
どうして、そんな簡単に切り替えができるんだろう。
自分の立場を忘れるどころか、
まったく。
人生というのは、何があるのかわからないものだ。
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