第77話 ※狩人認定試験三日目

 二日目に試験管となった狩人ハンターも含めて、観戦者は八人。やや広い屋内訓練場にて、三人はすでに戦闘を開始していた。

 フル装備――と、そう言って良いのだろう。

 ベルは腰裏の拳銃をまだ抜かず、ナイフを片手に持っており、ベルもまた左手に直剣を持っている。

 相手になっているジニーも、ナイフだけだ。


 時折、三人の間で笑い声さえ上がっていた。


「ただそうなってくると、やっぱ錬度不足って点は問題になってくるわけだ」


 アブの踏み込みから三連の攻撃を回避し、投擲されたナイフを掴んで、ベルではなくアブに投げ返せば、四度目の攻撃でそれを弾き、空中でそれを当たり前のよう掴んだベルが着地し、そこを狙ったジニーの攻撃をさばく。


 ほとんど、一息の間にこれだけの攻防をしながら、彼らは談笑しているのだ。


「つーわけで、仕事に付き合えよアブ」

「俺かよ。なんでまた」

「お似合いの仕事だからだ。ちょっと厄介なウイルスが開発――されてはいないんだが、されそうってことで、先手を打ちたい」

「どのくらい厄介だ?」

「エルムに言わせれば、世界が困るくらいには厄介なんだそうだ」

「あいつからかー」

「詳細は?」

「肉体変化系だな。ゾンビ映画が現実になるぜ」

「それで俺に燃やし尽くせってか。どのみち、仕事はするつもりだから構わないけどな」

「徹底的に潰すから面倒だぞ?」

「ランクAくらいまで一直線と、どっちが面倒か考えれば、似たようなもんさ」

「あー、やっぱお前ら、そのくらいのことはするか」

 拳銃が二発、それをアブとベルがお互いに距離を取るように跳躍し、戦闘が中断した。

「今までの成果を考えれば、当然だろうけどなあ」

「それがクソ面倒なんだよな」

 十五分以上の戦闘をしていたのに、息切れもなければ、汗一つない。

 訓練どころか、ただ遊んでいるような感覚だからだ。

「実際に、どうなんだジニー」

「なにが」

「結果が出るまで解決はするなって現状だ」

「お前らはなあ、そこらがもどかしいかもしれないが、ランクBくらいになりゃ、それも解消されるだろ。依頼が出る前に芽を摘むのは、周囲が理解しねえよ。ベルはこっちか?」

「いや、特に気にしないから、仕事は回せ。将来的には野雨のざめだな」

「アブは?」

「俺はまだ考え中だ。ベルが早すぎるんだろ」

「ま、それもそうか。――よし、じゃあ術式ありでちょっと遊ぶか」

 そこからも、彼らは遊びを再開する。

 誰もが思っただろう、彼らは認定証を取得するに値する、と。

 ――今更の話だ。


 ベルは岐阜から車で帰宅した。

 自動運転と手動運転の切り替えも可能で、搭載されたAIは人間と同じ思考をし、エンジンもガソリン式を残したハイブリッドタイプ。移動時間はベルにとって珍しい睡眠時間だ。

 いや、珍しくもないのだが、車の運転中は珍しい。

『お疲れですか、あるじ様」

「さすがにな。悪いがメンテはあとだ」

『私もそこまで要求はしません。ゆっくり休んでください――明日からはまた忙しくなるようですから』

「おう」

 ガレージから出れば、相変わらず広すぎる駐車場に車がない。それもそうだ、住人はまだ学生が一人しかいない。

 エレベータで上がって自宅へ。

『おかえりなさいませ、主様』

「おう。AI、認定試験関連で気になったものをピックアップしといてくれ。それと仕事の記録」

『はい』

「認定試験、試験官の前提ならランクE指定」

『記録しておきます』

 そのままリビングへ行けば、イヅナと来客がいた。

「お疲れっス」

「おう。――そっちがラルか、俺はベルだ」

 やれやれと吐息を落とし、イヅナの隣に座ったベルは煙草に火を点けた。

「イヅナ、アルはまだ野雨にいるか?」

「おそらく」

「――ああ、蒼の草原に入ってお前の感知範囲から消えたか?」

「そうっス。一応、いくつか網は張ってるんで、リアルタイムでは追ってないんすけど」

「それでいい。野雨から出るようなら俺に連絡を入れろ」

「諒解っス。けどあれ、やっぱ金色の反応だったんすね。魔力の塊が歩いてきたから何事かと思ったっスよ」

「アレの気配を捉えられるだけマシだと思っとけ。――で、事情は呑み込んだのか、ラル」

「ああうん、ざっくりとは。なんであんたが先輩なのかは、まだよくわかってないけど」

「それが基準だ」

「基準?」

「ってことは、俺もそっち側ってことなんすか?」

「イヅナ、今更なにを言ってる」

「嫌だなあ、それ。正直に言って、俺は先輩らと同列に扱われるのは避けたいっスよ」

「去年に言え」

 それでもたぶん、無理だったろうけど。

「明日から、……いや、たぶん明日だけでいいだろう。留守番を頼む」

「いいっスよ、そのつもりなんで。ラルさんを家から出すわけにもいかないっスよ」

「ラルくらいなら大丈夫だろ。――ああ、現場に行くのを防ぎたいのか。万が一を避けるのはらしくねえな」

「いやあ、自分のことならともかく、ラルさんのことっスから」

「……なんの話よ」

「明日になればわかる。俺はこのまま休んで、夜か朝方にはまた出る」

「認定試験はどうだったんすか?」

「どうもこうも、退屈だったな。ジニーがいたから、多少は遊べたが」

「ああ、来客ってそういう……」

れいも来るから、確保しとけ。ジニーは好きにしていい。あるいはハインドもな」

「うっス」

「お前の時はどうだったんだ?」

「ほかの受験者に配慮して、実力を誤魔化しながら、受かるラインを確保しつつ――って感じだったんで」

「誤魔化せたのか?」

「微妙な感じっス。最後の戦闘試験に選ばれた相手が、ランクCの〈意気消沈ネガティブ〉だったんで、ネガティには見抜かれてるんじゃないかな」

「へえ……」

「引退するとかも言ってたっスよ」

「AI、ネガティに関する情報」

『公式、非公式を問わず出します』

 投影された情報にざっと目を通す。

「お前から見てどうだ」

「臆病な部分を上手く利用して、警戒心に変えてるところと――先読みが良いって感じすか。特に状況の読みっス」

「なるほどな。AI、情報をアブとの共有サーバに上げておいてくれ」

『かしこまりました』


 さてと、ベルは立ち上がった。


「お前も休めよ、イヅナ」

「ほどほどにしとくっスよ」

「それとラル、暇なら今回の認定試験の評価をしてみろ。AI、共有サーバにある情報を渡していいぞ」

『諒解しました。ごゆっくりお休みください、主様』

「ん」

 欠伸を一つ、ベルは自室へ引っ込んだ。

「――ベル先輩が疲れてる様子を見せるなんて、珍しいこともあるもんだ」

「そうなの?」

「実際には、疲れてるくらいが先輩にとってちょうど良いんだろうけどね。でも、やっぱり明日で決まりか……」

「何があるのかは、明日になればわかるって言ってたし、聞かないけど、――なんでわかるの?」

「経験と感覚。俺は気付く側で、ラルさんは気付かない側。こっち側は、野雨全体でも二十人はいないくらいだね。ランクAでも、わかる人とわからない人がいる」

「……え? なお更、なんであんたがわかるのよ」

「そういう面倒な世界に、片足を突っ込んでるからだね。まあ時間はあるし、いろいろ教えるよ」

「うん、それ」

「……どれ?」

「なんで私に教えるのよ」

「え? 好きな人に自分を教えるのって、普通じゃないか?」

 問われ、ラルは腕を組んで首を傾げた。

「そういう普通がよくわかんない」

「ははは、そりゃ俺も同じだけどね。そういう心情的なものは――明日を過ぎてからにしよう。俺もあんまり、休めそうにないからね」

 それだけ重要なことが、起きるという。

 そんなものは、明日にならなければわからないのに――。


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