第76話 ※狩人認定試験、二日目

 二次試験に向かったのは三十四名、集められたのは人の手が入っていない、それこそ雑木林のような山であった。

 登山だ。

 しかも現役狩人ハンターが山ほど罠を仕掛けている。

 登山口がそれぞれ違うため、アブは渡された麻袋の中身を確認もせず、先行する六人を見送り、ベルの位置を探った。

 どうやら、反対側だ。

「どうした、行かないのか」

「リタイア時の確保、何人の用意だ?」

「……」

「なんだよ」

「いや、今日の試験官に、そう質問が出ると言われていたからな……現役六名だ」

「低ランクだろ、無理すんなと伝えておいてくれ。ビーコンはこのバッヂに入ってるんだろ? ナイフだけ持っていく、あとは回収な」

 さて。

 獣道もない山だが、歩きなれているアブにとっては、ゲリラが潜んでいないだけ楽な移動だ。実際に今まで、そういう仕事も引き受けている。

 移動は早い。そして、アブは一直線だ。そして中腹から上部へ差し掛かってから、今度は下山ルートを取る。

 目的は、ほかの受験者を落とすこと。

 直接的な攻撃は禁じられているため、既に設置されている罠を改良する。材料は既にあるのだから、簡単な仕事だ。

 ただし、救助に向かってくるだろう狩人をはめる罠のレベルにしておく。荒れた方が面白いからだが、そこらは趣味だろう。ベルがどの程度の罠にするかまでは知らない。

 ある程度の作業を終えて立ち上がった時、ふいに右手に持ったナイフに視線が落ちる。


 ――ああ、そうか。

 ベルと初めて遭った時も、登山訓練だった。


 誰にも言ったことはないが、最初からアブは最大級の警戒をベルへ向けていた。本人は気付いていただろうか、そこはわからない。

 ナイフを片手に、返り血を浴び、足取りは変わらず――何もかもを失ったような目をして、それでいて、一欠けらも絶望していない人間がそこにいた。

 どちらが異常だったのか。

 そんなベルを見て、、なんて第一印象を持った瞬間、アブは自分の直感に対して、危機感を覚えた。

 当たり前?

 どこをどう見ても異質で異常なのに、それらすべてを含めて、当たり前だなんて、どう考えたってゆがんでいる。


 気が合ったのもまた、事実だった。


 それはもう登山の途中からそうであったし、終わったあとに試験官を殺した連携は、特に打ち合わせもなくできた。

 正当な評価だ。

 お互いに、ベルなら間違いなく時間を稼いでくれると思っていたし、その時間を稼いでしまえば、アブが殺すだろうと、ベルも思っていた。


 何故だろうか。


 たとえばフェイやコンシスなんかは、アブを見て当たり前だと、そういう評価を下しているし、それ自体をとやかく言うつもりはないが、しかし、ベルに対してはスペシャルだと――あいつは特殊だと、そう思っている。

 敵わないと、口にするくらいだ。

 それは立ち振る舞いによって作られた虚像フェイクも含んでいるだろう――と、アブにはそう見えるのだが、ほかの二人は違うらしい。


 信頼はあるが、背中を預けるほどではない。

 信用もしているが、敵にならないとも思っていない。


 ただ、いつかベルが言っていた、お互いに戦ったら両方死ぬ、という言葉については、今更ながら肯定できるようになった。

 戦闘技能が同じだとは思わない。冷静に、数字だけではなく経験も踏まえて考えれば、ベルは間違いなく自分を殺せるだろう。

 アブはそれを飲み込む。

 

 殺されるのがわかっていて、それを飲み込んで、相手を殺せば良い。

 戦闘技能で負けていても、その上で殺す。


 ――と、今なら思うのだが、どうしてベルは早い段階でそれがわかったのか。

 よくわからないが、まあ、やり合うことはないだろうし、その時が来ないよう祈るくらいでいい。

 祈る?

 そんな相手もいないか。


 登頂すると、そこには既に、ジニーが待っていた。

「おう――」

 そして、登頂はほぼ同時、であるのならば踏み込みはベルが先だ。

「――あ?」

 強い踏み込みから、同じ力を後ろへ返すことでフェイクにして時間を稼ぎ、手にしたナイフを投擲とうてきする。ジニーは首を傾げるようにしてそれを避け――背後、そのナイフを手にしたアブの攻撃を、ジニーは振り向きもせず、片手で止めた。

「なんだ?」

「今になっては笑い話なんだけどな」

 すぐ力を抜いたアブは、ナイフを近くにあるボックスの中へ放り入れる。

「俺とアブが、一番最初、施設に入る前の登山訓練で、登頂先にいた教官を殺した時に――今の連携を使ったんだよ」

「入る前ってことは、訓練前かよ。よく連携できたな」

「なんとなくだ。なあ?」

「ベルが時間を稼いで、俺が殺すくらいしか、手段がなかったからな。つーか、よく覚えてたな」

「そりゃお前もだろ」

 どうやら、お互いに思い出していたらしい。

「あと試験官に攻撃すんな」

「おー悪い悪い、てっきりハインドが試験官とばかり思ってたんでなあ?」

「遊びだろこんなの、攻撃に入らない」

「ったく……よかったな、ほかの試験官がいなくて。それと、俺の仕事を増やすなよ」

 ジニーは頭を掻く。

「お前らの仕掛け直した罠じゃ、俺ともう一人くらいしか散歩できねえよ。そのうちに嫌ってほど救助要請がくる」

「大変だな、現場責任者は」

「アブ、てめえ手伝えよ」

「受験者が手を貸してどうすんだよ、おい。しかも六十分くらいで全域だぜ? 大した罠じゃねえだろ」

「一人、二人くらいは突破するくらいのラッキーマンがいるかもな」

「いねえよ、適当言ってんじゃねえぞベル。しかも、救援がなけりゃ先手を打って動けもしねえ……あー面倒だ、試験官なんてやるもんじゃねえ」

「やれよ、ランクSS」

「ベル、お前も手を貸せ」

 試験が終わったらなと、ため息を一つ。

 ――これにて、二次試験の突破者は二人だけとなった。


 目が覚めた時、そこが記憶にない場所ならば、人は慌てるだろう。

 ベッドの上で横になっていたと気づいた彼女は、飛び跳ねるようにしてベッドから降りると、周囲を確認した。


 大理石の床、窓、カーテン、出入口、付属品、ダブルベッド――。


 腰裏に伸ばした手が、愛用の拳銃を引き抜いた時点で、一気に冷静さが訪れた。

 武器は取り上げられていない。愛用のナイフも持っている。


 ――だとして?

 目的はなんだ?


 ランクE狩人ハンター大輪の白花パストラルイノセンス〉は、拳銃を片手にそっと扉に手をかける。

 鍵はかかっていない。

 静かに、そっと廊下を見るが、白色の壁紙がよく見えるだけで、生活感はあまりないようだが、掃除の手は行き届いていて綺麗だった。


「おーい、こっちにいるからおいでー」


 なんという暢気な声だ。逆に警戒度が上がっていたが、そちらに向かう。

 かなり広い場所だった。

 窓側は足元から天井までガラス張りで、かなり大きめのソファが二つ、テーブルを挟むように設置されているはずなのに、それが小さく見えるくらいには広い。

 一体、何フロアぶんを抜いたのだろうか。

 そして、ソファから立ち上がった人物を、どこかで、彼女は見たことがあった。

「まずは謝っておいた方がいいかなあ」

「確か……根ヶ布ねかぶ慶次郎けいじろう?」

 一瞬、彼は眉根を寄せたが、すぐに頷いた。

「そうそう、忘れてた。今はイヅナって名乗ってるけど、以前はそういう名前だっけか。じゃあ俺も、帯白おびしろ結衣ゆいさんって呼んだ方がいい?」

「――調査済みってことね」

「いやいや、そんな大げさなものじゃないよ。とりあえず、今すぐどうこうって感じはないから、拳銃はしまって、座らない? 飲み物を用意するよ――ここ、酒しかないんだけど」

「お酒はいらないから……」

「冗談だよ、もう珈琲がある」

 いや冗談でもないかと、笑いながら腰を下ろしたのを見て、少し考えてから拳銃はそのままに、対面に腰を下ろした。

「物騒だね」

「そりゃそうでしょ。――以前、私が捕まえたんだから」

「あ、恨んでるとか、そういうのはないから。あれから二年くらいか? よく覚えてないけど、俺はランクEのイヅナ。まあ同業者だ」

「――え?」

「いや、だから同業者」

 確かに、雰囲気が変わったとは、思った。顔を覚えていたから名前と一致したけれど、当時に確保したのは、単なる高校生だったはず。

 二年、あるいは三年。

 たった、それだけの時間で、狩人になれるとは思わなかった。

「どこまで覚えてる?」

「……、詰め所で仮眠をとってた」

「そう、ラルさんは錠戒じょうかいに所属してたからね」

「まあ、うん」

 思うところはあるけれど、それが現実だ。

 教皇庁魔術省が、各国各地に置いた支部のことを、錠戒と呼ぶ。いわゆる宗教的なものもあるが――狩人ハンター認定証ライセンスを手にしたよう、ラル自身はその立場を望んでいたわけではなかった。

 けれど。

「それが?」

「シェルジュさん」

『はい、なんでしょうイヅナ様』

「グローバルネットから錠戒の記事、拾える?」

『ありますよ、どうぞ』

 部屋が薄暗くなって、映像が投影され、少し驚いた。

「え、なにこれ」

拡張現実ARの真似事。ちなみにこの家、俺のじゃなくて、俺の先輩のところだから。指で操作できるから、スライドしていいよ。簡単に言えば、昨日の朝には、錠戒は潰れてる」

「……え? 野雨のざめの?」

「いや日本全土。先輩たち四人で、一日がかり。よくやるよ……って思いながら眺めてた。だから、ラルさんを拉致ったのは、その前だね。さすがに見捨てるわけにはいかなかったから」

 確かに、いくつかのニュースサイトを流し読みすれば、それが現実だとわかる。

「――なぜ?」

「理由は聞かないで欲しいなあ……」

「あ、ごめん。聞いてもどうしようもないね、うん。でも何かしらの理由があって行われたんでしょ? 被害は相当出てるのよね?」

「四人それぞれ、やり方は違うから、多少の生き残りはいるかもね」

「……拉致じゃなく、救出ってこと?」

「そうだね、あるいは。最初から先輩には声をかけておいたし――できれば、二日後くらいまではここにいて欲しいね」

「それは状況によるけど……その先輩はどうしてるの」

「今は試験の二日目だね」

「――うん?」

「だから、認定試験の二日目。岐阜の試験場でやってるし、そろそろ二日目の結果も出た頃かな? 俺の予想だと、岐阜は二人だけだね。俺の先輩は五人いて、そのうち二人がやってるから。ちなみに一人はもう認定証を持ってる」

「ちょっと待って。……え? おかしくない?」

「なにが」

「だって、あなたもう狩人でしょう? なんで今、試験を受けてる人が先輩なのよ?」

「あーうん、そう言われるとそうなんだけど、明日の試験終われば戻ってくるから、その時に確認して。それなら滞在の理由にもなりそうだし――どのみち、俺はしばらく寝れない」

「何かあるのは、わかったけど……」

「仮眠はしてるから、大丈夫だよ。ここのソファ、心地良いから。話せる範囲で、会話もできる。さあ――質問は?」

 現状、どうすべきかの判断も迷ったので、とりあえず拳銃を腰裏に戻したラルは、ため息と共に質問を口にした。


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