第75話 ※狩人認定試験、一日目

 各国で定期的に行われる狩人ハンター認定試験は、世界で一律に行うわけではない。その日は日本の開催であり、日本国籍に限定したものではないにせよ、戸籍情報などにおける確認に基づき、一年に一度しか受験はできないようになっている。

 試験場は三ヶ所。

 青森、岐阜、鹿児島。

 過去と同じ場所は使わないようにしているし、分散したのは受験者が多いことが理由でもある。

 その受験者を三十名ほどに絞るのが、一日目の筆記試験だ。


 三時間三百問である。


 受験生をざっと見渡しても、二十代ばかりだ。これは狩人ハンターの定年がおおよそ35歳というのが原因になっている。

 体力の問題が大きいだろう。そして、経験によって培われた技術が通用しなくなる職種であることも原因だ。

 しかし、二百人の箱であっても三つ用意しなくてはならないのだから、それなりにこころざす者は多い。一度でも認定証を手に入れれば、最低限の依頼を受けるだけでも、一生分の稼ぎを作ることもできる。

 銃器を所持し、法を破り、だがそれを悟られず――実力が全ての世界へ。

 ようこそ。

 その現実を、一日目で突きつけよう。


 からくりは簡単だと、休憩室ラウンジで煙草に火を点けたアブは一人、欠伸を噛み殺す。

 現実的に、三百問を三時間で達成することはできない。高校受験ではないのだ、難易度の低い問題を混ぜて点数を取らせることもしないし、解答が単一の一文で終わることもないのだから、よほどタイピングが早くても不可能だ。


 少し考えればわかる。

 三百問の中で、、そこが重要なのだと。


 その仕組みを理解しているのは半数以上もいるが、それでも落とされるのは、三百問の中からそれを見つけ出せないからだ。取捨選択は難しいし、簡単にわかるように作ってはいない。

 だがアブに言わせれば、難易度が低い。制作者側からの視点を持ったところで、複数人が作成しているのだから目的の問題を探れないだろうが、受かる人間は最初からざっと読んでいくだけで、自然と解答を書き込めてしまう。

 わかっていれば二十分で済むし、アブも一服を終えれば出ていく――と。

「おや」

 黒色のスーツ姿、長身の男性、金髪にブルーアイの男性が休憩所を通り過ぎようとして、戻ってきた。

「やあ、早いですね」

「記念受験みたいなもんだ。なかなか難しいぜ」

「それにしては諦めが早すぎると思いますが」

「なるほど、見た目で判断するような間抜けじゃないってか」

 小さく笑ってから、沈黙を作る。そして、相手が帰ろうというタイミングを狙った。

「で?」

 問いかけの始まりを作り、自販機で水を購入しながら、アブは続けた。

でも追いかけてきたのか?」

「――これは驚きました。私も知っているようですね」

「ランクS〈女王陛下の御心ビショップビハインド〉だろ、見てわからねえ間抜けは狩人にゃいらねえよ」

「私が金色を追っている――と?」

「あ? 薬指がこっち来てるだろ? なんだ、まだ逢ってねえのか。タイミングを合わせれば縁も合う。いや、それほど優先度も高くはねえし、情報として半信半疑ってところか? 野雨のざめに行けよハインド」

「……」

 疑念ではない、思考だ。彼は考えている。

 まだ中学生のような風貌を持つこの相手が、どこまでの存在なのか、あるいは今までの行動痕跡があったのかどうか。

 無名ではないはずだ。

「名前が通っていない狩人ハンターは、なかなか把握が難しいですね」

「へえ?」

「試験を受けるまでもありません。もしも可能なら、私はこの時点でもう認定証を発行していますよ」

「さすが、創設にたずさわっただけはあるな。ジニーは青森だろ、明日は交代しろと打診があるぜ。こっちには俺とベルの二人がいるから、放置はできねえよ」

「もう一人ですか。どうやら、黙っていたのはジニーですね」

「遊ばれたんだよ。まあこっちも、現役の下請けって感じで上手くやってたから、そう簡単にバレるようじゃ問題だ。ジニーは仕組みを作った本人ってことで、直接逢った――が、まあ血の匂いを上手く隠せてるなら、俺らの技量もそこそこだな」

「血の……――なるほど、あなたを含めた数人ですか?」

「ここは褒めるところじゃなさそうだ」

 狩人育成施設は、教皇庁きょうこうちょう魔術省が各地に支部を置く、錠戒じょうかいという組織が運営していた。それを昨日、日本にあるすべての支部を潰して回ったのが、アブたちだ。

「四人だよ」

「私はそれほど関係していませんが、さすがに錠戒が潰れたとなれば、耳に入ってきます。教皇庁としては、あくまでも地図上での陣地争いのため、錠戒を置いているようではありますが」

「そりゃ日本じゃ、宗教組織は長生きしないからな。けど、このタイミングであんたが来たってのは、考えものだな……」

「このタイミング?」

「試験が終わったあとにわかる、帰国は先延ばししとけ。――いや、お前の本拠は四国にあるギガフロートだっけか」

「そこまで……」

「ついでさ。俺らが遊びで追ってたのは、金色だけだ」

 幻想種ファンタズマ

 夜の王が切り落とした指は、三本だけ人の姿となった。

 親指のフォルセット・リンナル・フォトは金色。

 薬指のアルフレッド・アルレール・アルギスは金色。

 中指のケンネスは、黒色だ。

 王と同じ色を持った二人を、金色こんじき従属じゅうぞくと呼び、そして黒色を闇夜やみよ眷属けんぞくと呼ぶ。

 簡単に言ってしまえば、吸血鬼のようなものだ。吸血こそしないが、その血が重要であることは間違いない。

 ハインドがつかえる相手は、親指のフォトである。

「安心しろ、手を出すつもりはねえよ。言っちゃ悪いが、仕事でもないのに、あんな小者と遊んでも楽しくない」

 どう反応するかと思えば、ハインドは苦笑して小さく両手を上げた。

「三次試験は戦闘です、その前に私は退散しましょう」

強制認識言語アクティブスペルへの対策もあるから、その方が良いぜ。つーかそのあたりは、自然体で対応できる。去年に合格したイヅナって狩人ハンターを調べろ、ありゃ

「なるほど、そこを調べれば今後に生きそうですね」

「今後?」

 休憩室きゅうけいしつを出ようとする背中は、特に警戒もなかったが、しかし。

「あまり一緒の場所にいたくはありませんから」

「正直だな」

 事実、狩人になってからは一番、動きが活発になるだろう。アブもとりあえずランクBまでは一足飛びに行けるようスケジュールを組むつもりだ。いや、組まずとも、当たり前の生活をしていれば、そのくらいにはなる。

 それこそ面倒なのは、この試験くらいなものだ。

 さて。

 帰る前に周囲で情報を拾っておくかと、煙草を消すタイミングでベルがきた。

「おう、遅かったな」

「問題に癖があって調べてた」

「もうちょい早ければハインドがいたのに」

「ああ、金色の尻尾を追いかけてきたのか……」

 あいつじゃまだ無理だなと、ベルは煙草に火を点けた。

「無理か? 縁は合いそうだろ」

「親指の寵愛ちょうあいを受けたわけでもなし、アルの方に理由がねえよ」

「ああ、そっちの理由か。確かにハインドは混ざってもない一般人――ん? じゃあ俺らはどうなんだ?」

「そっちは技術」

 人を捜す技術だ。彼らは専門を持たないが、イヅナは捜索専門の狩人として仕事をしている。大半の狩人はそうやって専門を持つものだ。名乗った方が、指名依頼も届きやすい。

「あ? そのイヅナはどうしてんだ? 探りは入れてるんだろうが」

「女を確保して、うちにいる」

「あー錠戒じょうかいの、狩人ハンターで、イヅナを確保した女か。なんでお前のところに」

「部屋が空いてるし、イヅナが俺に、安全な場所を貸してくれと、直接打診したからな」

 珍しく、後輩がそうやって頼んだのだ。先輩としては、黙って頷くところだ。

「じゃあ気にしなくて良さそうだな」

「フォローでもするつもりだったか?」

「それをイヅナに気付かれたら駄目だろ。まあいいや、この近辺の掃除でもしてくる」

「暇潰しも、ほどほどにしとけよ」

「お前もな」

 明日の二次試験までは時間がある。

 どうせ通達は今日の夕方だろうし、そもそも準備をする必要がない。

 ――なんて。

 岐阜の試験場で、そんなことを考えられるのは、この二人だけだ。



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