第74話 物件の下見と逃げ場封じ
季節が過ぎ、
おおよそ一年の時間を同じ家で暮らし、それなりに仲も進展したと言えよう。
何をしているのかは知らないが、蓮華は仕事をしており、それなりに資金が集まったところで、ふいに。
「そろそろ家でも買うか」
なんてことを、当たり前のように呟いた。
「なに言ってんの」
「あ? おかしなことじゃねェだろ。姉貴ー、そろそろ家出るからー」
「私の世話は誰がするのー」
「兄貴に頼めー」
「はーあーいー」
なんという呑気な会話だろうか。いや、その内容を考えれば、呑気で済まないと思うのだが。
「じゃ、いくつか考えてる物件があるから、見に行くぞ瀬菜」
「私も見るの?」
「じゃあ誰と住むんだよ」
「あー……うん」
まあ、うん。
そんなことは考えたこともなかったので、
「ちょっと混乱してる」
「そのままついて来いよ、デートならよくしてるだろ」
「そうね」
実際にその通りなのだけれど、外に出て本当に内見となったのだから、なんというか改めて驚く。
「俺の方でいくつかピックアップしたところだよ。ポイントとしては、内部構造と立地、この二つだ」
「アクセスが良くて住みやすい」
「そういうことよな。じゃ、周辺がどうなってンのか、少し歩いてみようぜ。まあ先を考えりゃ、いろいろ変化するだろうが、うちほど田舎じゃねェからよ」
「立地はそんなに気にすることかしら」
「んー、学園までの距離とか、頻度の高い買い物とか、多少は考えた方がいいよな」
「多少は……ううん、大学には行くつもりだけど、私も就職を考えないといけないのよ?」
「就職なあ、どういう職種を考えてるんだ?」
「そこまで詳しいことは考えてないけれど」
「じゃ、バイトから始めてみるか?」
「あら、何かあるのね」
「ちょっとした外回りもあるから、まずはスーツの用意。それから簡単な電子戦――いや、情報処理ッて感じだな。大学が決まったら言えよ、紹介するから」
「学園付属の大学だから、もう決まってるようなものよ」
「じゃあ、ついでにスーツも買いに行くか。あと食事も」
「うん」
こういう時、金を出すのはいつも蓮華だ。瀬菜も学費を出しているし、生活費にも余裕はあるが、世話になっているかたちである。
半年ほど前だったろうか、そこを気にしてつい、外食くらい支払えると言ったのだが。
「あ? お前の財布も俺の財布も同じじゃねェか」
なに言ってンだお前は、みたいな顔をされたので、それから何も言わなかった。
負けた気分だ。
まだ学生なので、そういうものだと飲み込むのは早い気もするのだが。
「
「ええ、蓮華が仕事でいない時だったかしら。ちょっと贅沢なくらいだったけど、あの子が一人暮らしするってこと自体が不安よね」
「そうか? 最近じゃ、太ったとか言って
「あら
「ちょっと助言を求められて、世間話よな」
「弓の十六夜ねえ、私は関わりがないけれど、理由が太ったからってあの子は、本当にもう……」
付き合いが長いのでよくわかる。たぶん、十六夜の師範にも同じことを言ったに違いない。
素直なのだ、舞枝為は。
「で、これから見て回るのは一軒家ッつーか持ち家だけどよ、マンションを選ぶッて手もあるにはあるぜ?」
「都合が悪い?」
「トラブルを持ち込むつもりはねェから、近隣住民の迷惑にはならねェが……どうにも、自分の家ッて感覚がなくてなァ。俺のイメージとしちゃ、
「そう。私としては今の家に馴染んでいるから、マンションじゃなくても良いわよ。将来的に家族が増えることも考えるのね?」
「もちろん」
だからまあ、そういうことだ。
そういうことなのだが。
「あ? 結婚しようッてのはまだ早いだろ」
「そうだけど」
「――お、
「いいわよ」
探りを入れる必要はない。蓮華がそう言うのだから、瀬菜はそれを信じるだけだ。
初めて、和装ではない都鳥涼を見た。
「む……」
しかも、ちゃんと女連れ。瀬菜は知っている相手だった。
「よう、デートか?」
「いや」
「うんそうデート」
女性の方が肯定すると、涼は何かを言おうとして、やめた。
「お前ェが
「そう。そっちは? 瀬菜とデート?」
「蓮華だよ。一緒に住む家を見るために、出てきたンだ」
「おおー、瀬菜がねえ、へー」
「なによ華花、おかしいことじゃないでしょう」
「おかしくはないけど、都鳥の道場には顔を見せなくなったじゃない」
「最近まで
「へーそうなんだ」
「おう、立ち話ッてのもこんな時間にするもんじゃねェだろ。涼、洋食は問題ねェよな?」
「ああ、外に出た時はいつもそうしている」
「ならそっち系の店だ、ちょっと早い昼食よな」
三分も歩かずに目的の店へ入る。時間が早いこともあって空席も目立ち、テーブル席には仕切りがあるため、会話もしやすい店だ。メニューを見ても、それなりに幅広い。
「先に聞いとくぜ。鏡、お前ェは納得してンのか?」
「なんのこと?」
「涼だよ」
「俺の立場のことだ」
「あー、あれ、うん、条件付きで消極的賛成はしてる」
「ならいい、そいつはお前ェらの問題だ。知らないようなら、説教だったけどな」
「隠し通せる問題ではないし、華花はそこまで他人ではない」
その事情とは、
「……
「そいつは仕事か? それとも頼みか?」
「頼みだ」
「わかった。その時がきたら、手を貸すよ」
「すまん」
「謝るな馬鹿、まだ何も起きちゃいねェよ」
「へえ……涼も、こんな友人がいるなら、教えてくれてもいいのに」
「いや」
「友人だが、あんまりツラを合わせるような間柄でもねェのよな、これが」
「……」
今日はどうも、否定できない日だなと、涼は小さく吐息を落とした。
「瀬菜は進学だっけ?」
「そのつもりでいるけれど、華花はどっち?」
「んー……服飾系だから、大学は視野に入れてる。今は三重県だけど、やっぱりこっちに来て学園付属大学かなあって」
「なあに、ブティックでも開くの?」
「それは理想」
「――可能なら並行して、美容と理容もやっとけよ」
「へ?」
「将来的に考えて、個人店舗なら、一通りできる方が良い。服の貸し出し、売り出し、それに加えて髪をいじって、化粧をする。つまり、ちょっと良い店に行こうッて時に頼れる店舗だ」
「えーでも、それだと時間かからない? 単純に考えて、髪と化粧で二時間以上かかるから、回転率が悪くなりそう」
「はは、それなりに考えてはいるみてェだな」
美容室の一般価格は、それなりに高い。一人にかかる時間と、個人が通う頻度を考えれば、店舗としてむしろ良心的な価格だとわかる。
「全部で二時間だ」
「それは……」
「悪くねェ話だとは思うぜ?」
とりあえずそこで注文をして、蓮華は携帯端末を取り出した。
「じゃあ試してみるかよ」
「試すって、なにを」
「それで客がつくかどうかだよ。どっちにしたッて、固定客がつかねェと仕事にならんのはわかるだろ」
「うん、そりゃまあ」
「だから、ちょっと市場リサーチ」
静かにしてろと、蓮華は携帯端末をテーブルに置くと、電話をかけた。
『――はい』
「
『はい、いらっしゃいます』
「質問が一つ、面倒な話題じゃねェから、スピーカーにしろよ」
『どうぞ』
「髪の手入れから化粧に加えて衣装までのコーディネイト。貸し出し含み、基本売り。一人当たり二時間」
『休めと言っても休み方を知らないうちの侍女連中に、金の使い方を学ばせるのに丁度良い店ね。どこにあるの』
「まだねェよ」
『まだ? 出資してバックアップするから
「だから早いッての」
『各アパレル関係への繫ぎまではまだ作らないわよ?』
「本人次第」
『前向きに検討しろと伝えなさい。断るようなら連れて来るように』
そこで通話が切れた。
どうよと、蓮華は笑う。
「野雨の
「
「涼、追い込みはしてねェよ。断る権利はあるし、俺は本人次第と伝えたぜ」
「そうよ、良かったじゃない華花。夢は叶いそうね?」
「逃げ場がなくなっただけじゃん! え、え、技術に関してほとんど何も言ってないし……」
「あの女、会話をしながら手配を進行するくらいは平然とやるから、真面目に望むなら、連れてってやるよ。ちなみに――俺もあいつも、基礎知識さえありゃ、あとは現場で成功と失敗を繰り返して勉強すりゃ、だいたい何とでもなると思ってる。技量なんて、そこからだよ」
「ぬ、ぬうう……」
食事が運ばれてきたので、昼食の開始である。
ちなみに華花は、ずっと唸っていた。そこまで真面目に考えられるのなら、悪い提案ではなかっただろう。
蓮華は一年後を見据えている。
あるいは、更にその先のことも。
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