第73話 学生には似合わない会食

 顔を合わせて話をしよう、そんな時はどうするだろうか。

 あまり聞かれたくない話ならば、人の少ない場所か、自宅を選択するだろう。立場としてまだ高校生になったばかり、ともなれば、余計に選択は狭められる。

 だから、待ち合わせ場所を聞いた時、数知かずち三四五みよこは二度ほど聞き返した。

「え?」

「通りから一本、中に入ったところにある、シェ・トオノってお店よ。名前を出せば案内してくれるから、何も心配しなくていいわ」

「……え?」

 名前からして、ちょっと待てよと、そういう気分で、慌てて調べればフランス料理店。普通に調べた限り、店舗説明と店長、スタッフの名前、それから予約受付、個室あり――そんな情報しかない。

 なんの料理か、とか。

 金額の表記が一切ないのが、余計に怖さを増長させる。

「ちょ、ちょっと」

「招待されたんだから気にしないの」

 食事が喉を通らない気がしてきた。


 三日後の夕方である。

 服装はどうしようか、さんざん悩んだが、正装という意味ならば制服で充分だろうと、そう自分に言い聞かせ、店に入る。

 入ったら、まず背中に汗が出てきた。たぶん顔が強張こわばっている。

 まず、飲食店なのに店内が静かだ。しかも入り口から受付カウンターは見えるのに、厨房や食事テーブルなどが見えない。すぐこちらに気付いた店員が、黒を基調とした正装――あまりにも場違いだ。

「いらっしゃいませ。失礼ながら、数知かずち様でよろしかったでしょうか」

「え、ええ、はい、そうです」

 丁寧な笑顔の男性は、小さく、しかし綺麗な一礼をする。

「ご案内します。どうぞこちらへ」

 通路へ行く前に、ちらりと背後を見れば、やはり逆側にはテーブルが置いてある、一般的な飲食スペースが作られていた。案内されたのは個室である。

「お待ちのお客様はまだいらしておりません。お飲み物を持ってまいりますので、どうぞ、おくつろぎください」

「ありがとう」

 中に入れられれば、扉が閉まり、一人。

 どうしろと。

 テーブルは四人がけくらいのサイズで、二人で食べていても、それほど広いとは感じないだろう。統一感のある色合いで落ち着きを作り、靴をはいていても絨毯の沈み具合がわかる。

 雰囲気に飲み込まれそうだと、大きく深呼吸をして、上座はどちらだろうと悩みながら、まあいいやと腰を下ろした。

 しばらくして飲み物を持ってきてくれた。ウイスキーのボトルに見えるその中身が水であることに驚く。

「おひとりでお待ちになりますか?」

「……え?」

「よろしければ、待ち時間を私が話し相手になりますが、どうなさいますか?」

 そんなサーヴィスまであるのかと、これまた驚いて。

「いえ、大丈夫です、はい」

「かしこまりました。それでは失礼します」

 三四五の緊張を察してくれたのだろうけれど、余計に緊張しそうだったので辞退。しかし、そこから間もなく、相手が到着した。

「すまない、少し遅れた」

 入ってくる途中、自然な仕草で男の胸ポケットにチップを差し込み、食事を頼むと短く言う。なんという手慣れた動作だ。

 スーツ姿に、黒色のアイウェア。背丈は三四五よりも高い。

朧月おぼろづき咲真さくまだ」

数知かずち三四五みよこ

 まずは握手からだった。

「口調に気を遣わなくても構わん、年齢的には私の方が下だ。しかも誘ったのは私ともなれば、気遣うことなどなにもない。良いかね?」

「ああうん……」

「では座りたまえ。この店はよく会食で使っているのでな、多少のトラブルはどうとでもなる。個室なのでマナーも気にしなくて良い、最初にはしを持ってくるくらいだ。なに、まずは食事を楽しみたまえ」

「いや楽しめないって、なんでこんな高級なとこ……」

「サーヴィスが良い、それに飯も美味い。見合った金額は支払う、当たり前のことではないかね? ちなみにコース料理ではない、安心しろ」

「あーはいはい、はい、あれこれ悩むのが馬鹿らしくなった」

「そうではない。馬鹿だから、あれこれ悩むのだ」

「こいつ……」

 言葉通り、少し時間を置いてから食事が並べられた。何がどうと、比較するのもおかしな話だが、それほど量はなく、いわゆる二人前である。

 咲真が箸を使ったので、三四五もそうする。やはり、味はよくわからず、おいしいなんて感想に落ち着いた。

瀬菜せなからは、詳しく説明されてないんだけど」

「そのあたりの因果関係を説明するのは、やや難しい。まず私と瀬菜は、まあ、かつての同業者のようなものだな。あれの実家が問題を抱えていて、解決したという話は?」

「ああうん、自由に動けるようになったって聞いてる」

「その問題の解決に、私が手を貸したのでね、その見返りに与えられた情報が、貴様の存在だ」

「私の」

「そうとも。だが、どこまで話せるかはわからん」

「うん?」

「私は一二三ひふみの存在を探している」

「――」

「尋問は好きではない。言えないことは、言えないと答えたまえ。私も無理に聞き出そうとはせん」

「……、……兄さんを知っているの?」

「そうだ、知っている」

 一息。

 箸を一度置いた咲真は、アイウェアを外して胸のポケットへ差し込む。隠されていた両目は閉じられており、筆で描いたような文字がまぶたの上にある。

は、かつて一二三が持っていたものだ」

 食事を再開しても、手が迷うことはない。

「私には〝意味〟が捉えられる。だが、一二三と違って制御が難しくてな、目を開くどころか、普通に閉じていても、あちこちから意味を捉え過ぎて、ろくに生活ができん。そのための策として、私はこうして目を封じている。知っていたか?」

「兄さんが持っていたってことは、うん、知ってた。聞かされていた」

「私が一二三に出逢った頃、まだ小学生だったが、既にあの男は存在が曖昧だった。神出鬼没、気配が掴めない、知らない者がいる――ただ、数知かずちたちばなの分家だが、陰陽道おんみょうどうを修めていただろう。私はこう見えても武術家なのでね、近しいものは感じていた」

「そっか。……私は、兄さんに逢ったことはないから」

「ほう……しかし、一二三を知っている時点で、繋がりはあるのだろう?」

「うん。だけど、三四五みよこを名乗ることで逆に、繋がりを保っているとも言える」

「うむ」

 頷きを一つ、しばらく食事の時間が過ぎて。

「食後は紅茶と珈琲、どちらかね?」

「じゃあ珈琲で」

「ではそうしよう」

 食事が終える頃に緊張が解けており、これはもったいないことをしたなと、そんなことを思う。先ほどの男性がテーブルの上を片付け、珈琲と一緒にデザートが運ばれてきた。

「目、隠さなくていいの?」

「ここの連中は客のプライベイトに踏み込まない。それに、知ったところでどうする」

「それもそっか」

 珈琲を飲めば、素直に美味しいと思える。少し甘めのデザートも丁度良い。

「兄さんには逢えるよ。たぶん、三年以内に」

「何故そう言える?」

「私の活動限界がそのくらいだから」

「……病気かね」

「ううん、私は人形だから」

「人形……? どういう意味かはわからんが、気分は良くないな。つまり、貴様が死ねば一二三が戻ってくると?」

「うんそう、それは確定してる。兄さんが拒絶したら、私がいなくなる――んだけど、たぶん、その状況を

「事情を説明できるかね」

 面白い話じゃないよと、前置きをする。

「これは、私が知っていたことと、あとから聞いた話が混在してるんだけど」

「構わない」

「じゃあまずは、発端から。あおの草原は知ってる?」

野雨のざめの封印指定区域だな。私はどうにも、近寄れないでいる」

「ああ、そういう影響もあるんだ。あの場所は、三つの意味が集まった場所だから」

「――意味名の使役、意味消失、そして意味の含有がんゆうかね」

「そう、使役は兄さんだったし、そこに消失が遭遇して、含有が収めた。――それを事前に察した人がいて、これが一番重要。ええと、名無しの少女でいいかな、どうやら本当に名前を持っていなかったみたいだし」

「いいだろう」

「名無しの少女は、蒼の草原がああなることを、事前に察したみたいで、なんかこう、縁というか、影響というか、そういう繋がりがあったんだって。私もよくわかっていないけど、

「……は?」

「うん、わかんないよね。私もそう、よくわからない。けど、それは偶然とかじゃなく、必然的に、何かしらの因果関係で、そうなることも名無しの少女は読んでたらしいの。だから、少女の〝存在〟を、帰る場所として残した」

「存在を残す? 今、貴様の存在のことを知っている私は、ある程度察するが……」

存在律レゾンに関わる問題だから、魔術師か高ランク狩人ハンターに聞いてね。私は理解し過ぎているから、言語化が難しいの。ただ、あの人の存在そのものが消える前に、その座席を、私という存在に置き換えた。まあ、人形に魂が宿っただけって感じだけど」

「……改めて調査はするが、つまり、貴様そのものが、一二三ひふみの席だと?」

「そう。だけど、元より曖昧なものだし、私は人形だから――あ、本当に人形ね? 魔術の業界で自動人形オートマタなんて呼ばれるものの中でも、かなり特殊な部類」

「私からは人にしか見えんがね」

「そういうものだから。でも、逆に言うとね? それはもう確定してるから、私は今を好きに遊んでいられる」

「三年、その言葉に偽りはないのだね?」

「いつになるか確定はしてないけど、うん、私の限界がそこってのは嘘じゃない」

「わかった。連絡先を寄越したまえ、こちらの調査が終わり次第、連絡を入れよう――む、そういえば学生だったな、貴様は」

「いや咲真もでしょ」

「そんなことは忘れたな。なあに、美味い飯が食いたい時は連絡を入れたまえ、時間があるなら奢ってやろう。酒が飲める年齢じゃないのが残念だがね」

「あはは、じゃあその時には遠慮なく。今日もありがとね」

「話を聞きたかったのは私だ、構わんとも。ああそうだ、蒼凰そうおう蓮華れんかは知っているかね?」

「うん? ……直接は知らない、名前だけは」

「そうか」

「変な言い方だけど、あんま深入りしない方がいいよ? 私もあっち側には行けないし」

「――貴様もか?」

「うん。でも、その蓮華って子は、だいぶあっち側みたいだけどね……」

 こちら側と、あちら側。

 見えてるものも違えば、立場も違う。

 咲真は、目的のためならば何もかもを犠牲にしようなどと、考えはしない。

 それはきっと、数知かずち一二三が望むところではないからだ。

 ――ならば。

 三四五みよこという犠牲すら、望まないのかもしれない。



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