第16話 ジニーとクイーン・レッドハート

 厳密に、それは十三時。

 東京周辺の封鎖が完了した時刻である。

 現場に到着した公人きみひとは、あまりにも早すぎる初動に呆れながら、さてどうしたものかと悩んでいたのだが、通りかかったジープの運転席に見知った顔を見つけ、荷台に飛び乗って封鎖を突破。それから1キロほど走り、県境の少し手前で車は停まった。

 正解だ。

 県境を越えた時点で、おそらく生存できない。

 しかし、県境を越えても余波はあった。荷台から降りれば、背の高い建造物は倒れているのが見えるし、アスファルトも砕かれて足場は悪い。耳を澄ますまでもなく、東京内部ではまだ、破壊の音色が届いてきていた。

 そんな中で作られる、小さなオイルライターの音に顔を上げれば、運転席から出てきたジニーが、こちらを見る。

「よう」

「おう」

 車の正面に回って、まだエンジンの温かさの残るボンネットに飛び乗ったジニーは、視線を東京へ向けた。

 コートの裾を揺らしながら、公人は隣に立つ。

「久しぶりだな、エミリオン。二年くらいか?」

「そのくらいだな」

「背が高くなった」

「お前は少し、やつれたな? 充実してるのにカロリーが足りてない」

「あちこち走り回って、アンクルサムの依頼もあって、休む暇もなくてな」

「それなりに聞いてはいるよ。それで? そっちの女は誰だ」

「女って……マセた言い方」

「……」

「エミリオン、黙ってないで素直に言えよ」

「若作りなのか実年齢なのか、はっきりしたらどうなんだ? 見栄えを気にするのは男のいねえ女と、ステージの上に立つミュージシャンだけで充分だろうに」

「まだ若いわよ!? ジニーより年下だから!」

「俺より歳を食ってると自慢したいなら、相応の落ち着きでも見せてくれ」

「ちょっとジニー!」

「クイーン・レッドハート。協会に所属する同族狩りミラーハント

「魔術師を狩る魔術師か。……分解、いや、解体か? 対魔術師カウンターとしては微妙なラインだな」

「……なにこの子」

「俺の知り合いで、エミリオン。子供扱いするのは勝手だが、ガキじゃねえよ。――おい、こりゃの手際か?」

「準備は、そうだ。決断したのは如月きさらぎになる」

「どうりで、二時間も前から寝狐ねこがメッセージを残すわけだ」

「どうせ〝心配するな〟だろ」

「よくわかってんじゃねえか。一応、お前の保護者だったはずだが?」

「知ってるのか」

「調べたんだ」

「この結末は知らされてたから、問題はない……が、まだ返せていないものの方が多い」

「そんなものだ」

「そうか」

 悔いばかりが頭に浮かぶ。だが、それだけの繋がりがあったのだと思えば、感謝すべきだ。

 感謝が、届かないこそ悔いなのだが。

「さてエミリオン、どこまで話せる」

「こっちの台詞だろ、ジニー。どこまでわかった」

「なにこの対等な感じ……」

「なら、お前はどこまでわかったんだ? ん?」

「ごめん続けて」

 煙草の箱を見せられるが、公人は首を横に振る。クイーンは受け取って煙草に火を点けた。

「魔術的な結界だが、出入りそのものは封じてねえな」

「そういう類のものじゃない。疑似的な一個世界を東京に作ったらしい」

「――代償は」

「世界のを担う魔法師の誕生だ」

「チッ……」

 舌打ち、それを隠そうともせず、紫煙は空へ吐き出した。

「アメリカじゃ魔物の発生を確認してる。墓場からの起き上がりがメインだ」

屍喰鬼グールか。幽霊ゴースト不死者アンデッドあたりも、いそうだな」

「どいつもこいつも、墓場が中心で近隣住人は文句を言うところだ――が、こっちはまた違うな」

妖魔ようまだ」

「――武術家の領分じゃねえか。だが妖魔は、認識によって作られるはずだ。特に大勢の認識で、ようやく一つ。古く言えば妖怪の類だが……多すぎるし、あまりにも得体が知れないだろ」

 背後からのプロペラ音、報道ヘリだろうことはわかったし、封鎖されているのにも関わらず飛んでいるのは特例か、――先走りか。

「馬鹿が、――高度を上げろ」

 声が届くとは思っていないのだろう、短くジニーが呟いた直後、巨大な触手のようなものが三本、ヘリの胴体を掴んで引き寄せる動き。二秒で轟音、地面に叩きつけられた。

「ありゃもう、名付けができるような〝現象〟じゃねえだろ。クラーケンが陸地にでも上がったのかよ」

 イカだかタコだかの化け物を、かつては船の転覆や海での事故などで、そういう存在がいると、警告じみた噂を立てて、現象に名づけをした。

 まだ灯りも少ない時代の話だ。

 夜道には何かしらの障害が発生すると、妖怪を仕立てたのと同じ。

 本来は、それが妖魔の発祥だ。

「これは違うだろ。俺から見れば、何かしらの因子で突発的に――たとえば、バイオハザードみたいな状況を想定する」

「世界が、ただ器を正そうとした結果ではあるけどな」

 再起動リセットとは本来、そういうもので。

 何も、壊すだけではない。ただ結果として、失われるものもあるだけだ。

「どこからだ」

あきらに聞けば答えがあるだろうから、俺から言っても構わないか……結論は、――だ」

 それは、とても昔の話で。

「以前の世界、それが地続きなら前文明とでも呼ぶべきか」

が起きる前の話か」

「当時の文明はそれほど発展はしなかった。というのも、妖魔を含めて魔物の数が圧倒的に多かったからだ。そして前回の崩壊時に、ある手を打った。それは魔物連中に、、そういうシュをかけたんだ」

「名前から存在を掌握して、言葉で命令するあれか。魔術だと強制認識言語アクティブスキルが有名だな。あれは言葉を脳に強制認識させるんだが……」

「世界中の人口、その半分はだ。だが――」

「本人が〝人間〟だと認識しているから、それは人間でしかねえ。それを世界がってことか。信憑性は?」

「生き証人がいる」

「誰だ」

雨天うてん御大おんたい――あきらのところにいる、爺さんだ」

 そこで一息、僅かな沈黙が落ちて。

「――駄目だな。今の錬度じゃ全滅してもおかしくねえ」

「ハンターズシステムを好意的に見てた、あいつの意図もわかるだろ」

「まあな。今回はそれを途中で止めたんだな?」

「誤魔化したってのが近い。ここから世界がどう動くかは、まだわからん。準備をするか、試験をするか、それとも強引にやるか――最後の一つは、まずないと言っていたが」

「詳しくなったな、エミリオン」

「どういう星の巡り合わせなのか、誰に問うべきか悩むところだ。――まあ、だからといって俺が何かに関わることはねえよ。ジニーとは違ってな」

「言ってろ」

「そういえば、あきらはどうしてる?」

「嫁と一緒にいる。ちょいと躰が弱いんだが……ま、楽しそうにしてるぜ」

「道理で、最近は顔を見ないと思った。で? お前はレッドハートとデートか?」

「よせよせ、こんな女。面倒だけしか残ってねえ」

「うるさいわよ! だいたい私には旦那がいるのよ!」

「どんな物好きだ……?」

「エミリオン、あなた、もうちょっと遠回しに言ってちょうだい……」

 自覚はあるらしい。

「いずれにせよ、今の俺でも生き残れるかどうかは、三割以下だな。後進の育成まで考えなくちゃいけねえのかよ、まだ俺が成長する段階だってのに」

「苦労するなあ」

「ちょっと背負い込み過ぎかもしれねえと、そう思うくらいにな。おいクイーン、協会への報告はぼかせよ」

「はいはい」

「――で、さすがに東京がこの状況じゃ、日本はどうしようもねえだろ。都心はどこへ移す?」

「俺が何でも知ってるとは思うなよ」

 エミリオンは小さく苦笑して、肩を竦めた。

「大阪は観光特区に近いから、名古屋に持っていく。狩人ハンターの運用が上手く行っているだろ? 世界共通通貨ラミルを発行して、日本円は残しつつも、全体的にそっちへ移行する手筈てはずだ」

「完全な電子通貨じゃねえか。確かに構想は出してたが……」

芹沢せりざわの携帯端末が、既に対応済みになってる」

 狩人としては、ありがたい話だ。いちいちエクスチェンジをしなくて済むし、報酬もわかりやすくなる。

「為替レートは?」

「おおよそ日本円の十分の一でスタートだと聞いてる」

「国政そのものは後回しか……」

「水面下で、面白い話も出てるんだけどな」

「へえ?」

「深夜、おそらく二十三時から翌日三時……か、四時まで、野雨のざめ市内では外出禁止令を出す」

「は? なんのために」

「お前ら狩人の仕事場だ」

「あー……」

「ちなみに殺害許可も出す。最初のうちは何人か見せしめが出るだろうな」

「どうして野雨だ?」

「中心になるからだ」

 ジニーが笑った。

「中心にしちまったんだろ、あいつが――あるいは、お前らが」

「それはこれから、かもしれないけどな。今は俺も、イギリスにある屋敷に行ったりもしてる」

「そんなものがあったのか」

「いつの間にかな。どちらにせよ、絡むなら今だぞジニー。ツテはあるんだろ」

「そんな暇がありゃいいな」

 思ったよりも静かだ。

 災害の跡が嘘のようにも感じる。

「ま、だいたい理解はできた。ところでお前はどうだ?」

「魔術の話か」

「おう」

「今は三番目を作成中だ」

「――ん?」

「ああ、俺の刻印入りの刃物の話だ」

 左手を上に向けて出し、その上に小型の術陣を二十数枚を展開。それは円柱のよう重なり、上から順に落ちるよう一枚になり、それは既に刃物として手の上にあった。

「ちょ、ちょっと待って」

「待たなくちゃ解析でもできないのが、同族狩りミラーハントの錬度ってことか?」

「あんた子供の癖にそういうこと言う!」

「これが二番目だ、レプリカだけどな」

「へえ……」

 投擲専用スローイングナイフを受け取ったジニーは、口の端を歪めた。

「機能制限か」

「レプリカだからな」

「ちょっと、私にも貸して」

「ほれ」

「投げないで! もう、この男どもは……」

複製コピーだな?」

「そうだ。オリジナルの所持を前提に、複製できる。一応、同時展開の限界は二十本くらいだろうが、両手に二十も揃えて持つ馬鹿はいねえ」

「お前の言う同時展開ってのは、秒間って話だろ……」

「その表現は的確だな。まあ、術式を組み込むことには成功した。三番目の課題は、術式じゃなく魔術回路そのものを、どうやって組み込むかだ」

「その様子じゃ、どんな術式にするのかは決めてるみたいだな」

「知りたいか?」

「言ってみろ」

「〝組み立てアセンブリ〟だ」

「おいおい、それじゃ本当に同化するだろ。むしろ刃物の設計図を魔術回路そのものにする……いや、区切りがなくなるぜ?」

「そのあたりが課題で、悩んでる」

「良いことだ」

「ま、ほとほどにやってるさ」

「で? 一番目は?」

「レプリカも作らない。ほとんど耐久試験みたいな代物だ、ナイフと呼んでいいのかも疑問だな。――ここの」

 視線は、東京へ。

「災害が発生した中心に、おそらく存在している」

「――お前のナイフが発生源?」

「厳密には、如月きさらぎに渡したものだ」

 ジニーは頭を掻いた。

「織り込み済みか?」

「承諾はしてる。巻き込まれたとは思っちゃいない」

「中心はお前らで――巻き込まれるのは、俺らの方か」

狩人ハンターなんて、そんなもんだろ?」

「駒としての自覚はある」

「ならいいだろ」

「しかし、これだけの刃物はもったいねえな……お前、流通に乗せるつもりはないのか」

「あ? いや、今のところないが……そういえば、双海ふたみも技術を誰かに教えろって打診があって、面倒だとか何とか言ってたな」

「いろいろ俺も繋がりがあるから、何かあったら言えよ」

「まあ、暇潰し程度には考えておく。ついでに? 日本での銃器手配が楽になるくらいには?」

「はは、それな」

「横の繋がりだけの組織なら、ノウハウもある。それなりに考えておく」

「おう。じゃ、そろそろ帰るか……お前どうする?」

「荷台に乗って行く。適当に降りるから気にするな」

「おいクイーン」

「あ、ごめん、返すわ」

 エミリオンの手のひらに返ってきた途端、ナイフは細かく砕けて散った。

「へ……?」

「レプリカなら、破壊因子くらい組み込んでおく。お前、本当に魔術師か……?」

「ぐぬぬ……!」

 じゃあ荷台に乗るかと、一歩だけ動いてから振り向く。

「ところでジニー」

「あ?」

?」

 まだ、初動と呼べるような時間帯だ。それこそ封鎖が早かったのは、準備ができていたに過ぎない。公人だとて、自分の刃物を起点として使われなければ、こんなに早く現場に足を運ぶこともなかっただろう。

 ジニーが言ったのだ。

 中心は公人たちで、ジニーは巻き込まれる方だと。

 だったら、どうして。

 強い疑問ではなかったが、戯れに問えば、返答はあった。

「そりゃお前、俺が狩人ハンターだから当然だろ」

 ジニーは笑いながら、そう言った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る