東京事変編
第15話 東京事変
その日。
2011年11月14日、時刻は1210時とされている、その瞬間。
東京全域を壊滅させたそれを、東京事変と呼ぶ。
一体、何が起きたのか――。
庭つきの一軒家にいた
既にその時点で、視界に映る世界そのものが、
ただしそのアカは、間違いなく容から発せられるよう、世界の色を変えたのだ。
ここで、一般人に着目してみよう。
昼食の休み時間になった白井は、コートを肩に引っかけて早足にオフィスを出た。十三階からエレベータを使わず階段を使ったのは、運動不足を懸念していたわけではなく、気分転換をしたかったからだ。
「あー……」
ゆっくりと、そんな自覚を持って階段を下りながら、ため息は足元へ。
社会人にとっての先輩後輩なんてものは、年齢ではなく、その業界に長くいたかどうかだ。
芹沢企業の台頭により、終身雇用そのものも
悪い上司ではない。
教え方が上手いかと問われれば首を傾げるが、親身になってくれるし、仕事のミスも修正してくれる。――しかし。
年齢が近すぎるのが、白井にとっては負担だった。
仕事なら、それでいい。ただ休み時間やプライベイトにまで踏み込まれると、扱いに困る。踏み込まれたくはないと、拒絶するほどではないのだが――二年しか違わなければ、世代間ギャップもないし、共通の話題も見つかりやすい。
距離が近すぎるのが、やはり、問題だ。
友人のようにされても、こちらは仕事をしに来ているわけで。
遊びに来ているわけではないのだ。
そのあたりを上手くやる人もいるのだろうが、どうも白井はきちんと区切りをつけないと、落ち着かない。だからといって拒絶するのもおかしいので、こうやってため息を落としている。
まあ、上手くやるべきなのだろう。わかっていても難しいものだ。
「昼、どうするかねえ……」
一階に到着するまでには思いつくだろうと楽観していたが、特に候補が出ない。会社のビル三階にある社食で適当に食べる時と違って、外に出ると何かしらの目的を持たなくては、食事には向かないと気付いたのは、この時だ。
しかし、戻るのも面倒で。
外に出れば風を感じる。十一月の冷たいビル風が吹き抜けるのを感じて肩を竦めるよう身を小さくすると、白井はコートの
「……あれ?」
反射的に襟首を押さえていた右手を離しても、相変わらずの風はさほど冷たさを孕んではいなかった。今日の気温はそれほど低くなかっただろうかと空を見上げると、薄く雲が広がった東京の冬の空がそこにある。
陽は遠く、しかし露出した手がかじかむ程の冷たさを感じない。
――俺が変なのか? 風邪……ってわけでもないけど。
周囲を見渡しても違和感はなく、いつも通りとは云わないが日常がそこにある。だから白井は首を傾げつつ交差点に行き信号待ちをする。祭りを前にした熱気に似ていると、白井は気付かない。
相変わらず人が多く、失敗したかなと思う。人ごみは嫌いだ。昼になれば人が集まるのは当然のことなのにも関わらず失念していた辺り、白井は本格的に参っているらしい。
このまま戻っても同じかと思い直すが吐息が落ちる――ずきりと、頭が痛んだ。
「――?」
額に軽く手を当てると、連続した頭痛が発生していることに気付く。
――なんだよ。本気で風邪か?
〝
いつしか早くなっていた鼓動に頭痛がリンクしている。頭が割れてしまいそうな錯覚が聴覚を封じてしまい、信号が青から赤になっても白井はその場から動けなかった。
〝
違うと、否定した。
――俺、だ。俺は我なんて言わない。
誰に対して行ったのか、言葉を口にしたのか、それすらもわからず頭痛に身を任せる。そもそも抗っているのかどうかさえわからず、ただ。
目がちかちかする――頭痛と同じタイミングで世界が紅色に染まる。
〝
何故と問う。自分が立ったままなのか蹲っているのかもわからず、いや理解など及ばない領域で白井はソレと会話をした。
〝
――だから何でだ。
〝
ああそうかと、小さくなっていく頭痛の中で白井は思う。
――腹が減ってるから食うか。当然だよなそりゃ。
奇遇だなと思った。ちょうど白井も空腹だったところだ。
瞳を開くと世界は紅色で染め上げられており、周囲には信号待ちの人がいる。
その誰もが、白井――だったモノには食べ物にしか見えなかった。
〝
黒色の影に身を堕とし、人の頭を丸呑みできるほどの巨大な口を開き、鋭すぎる牙を具現させた彼は、本能が訴えるままに隣にいた食べ物に牙を立て、
「――」
そのまま、思いきり引き千切った。
そこが起点であり、そこから伝播する。
咆哮が空に――白井と呼ばれていた原型は、そこで埋没するように失われた。
数秒後では東京各所で同様のものが発生する。その影は人の数十倍の力を持ち、人を喰う。拳銃や刃物などがほとんど通用しない影はここより三十分後には東京人口の二割に達した。
基本的には、喰う。
食べる。
邪魔をすれば殺す。
腕を振るい、牙を突き立て、蹴り飛ばし、我先にと
その
――天敵、と。
そういう存在なのだ。
幸運だったのは、それが東京だけで済んだことだ。
本来ならば妖魔は、世界規模で発生するはずだったのに、こと日本においては東京だけで済み、世界を見渡しても一部地域において、似たような事象が発生しただけで済んだ。
世界が赤色に染まったのは、六十秒にも満たない時間であったが、
「あ……」
知ることができたのではない、気付けたのだ。
次がある。
そして、次に中心となるのは、自分たちだ――。
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