第2話 名無しの彼女と創造理念

 これはあくまでも、嵯峨さが公人きみひとの考えである。

 なんで勉強なんてしなくちゃいけないんだ――なんて疑問を抱いた子は、少なからずいるだろう。だが年齢を重ねて、その思考を振り返った時に、ああ子供だったなと思うこともまた、同じくらいの数の人がいるはずだ。


 しなくちゃいけない、のではない。

 それくらいしか、やることがないのだ。

 遊ぶ時間欲しさの言い訳でしかないのである。


 しかし、公人の場合は少し意味合いが違う。

 現在は中学二年だが、高等学校への進学は既に決めているし、学業そのものは教科書を既に読み込んで終わらせており、一年の終業段階にて、高校入学試験を受けて合格ラインにまで至っている。まだ仕事を見つける段階ではないので、働いているとは言わないが、金銭の獲得手段も十パターンくらいは用意していた。

 中学二年生が? どんな笑い話だ? ――そう思うかもしれないが、少なくとも。


 日本における学業制度なんて、


 試験勉強、なんてものがある。

 試験が近づいた時に、勉強をするわけだ。しかし、これも逆を考えれば、そのくらいで試験が突破できる証左でもある。

 毎日、机に向かってクソくだらない教員の眠くなる声を聞いていなくたって、やる気があれば自己学習でそれを突破することも、可能なのだ。


 つまり何が言いたいのかというと、――暇なのである。

 学校に来て、授業に顔を出さない時点で、時間が余るのだ。

 既に、本来は入れない給水塔がある屋上にて、レジャーシートを敷いて寝転がるのは、もう日常になっている。何なんだあの、出席日数とかいう制度はと、文句を言っても始まらない。

 定位置に寝転がった公人は、だいたい睡眠時間に充てている。そのぶん、夜更かしをしているわけだが――魔術の研究というやつは、夜の静かな時間がはかどる。

 静かな時間というのは、何も自宅の話ではなく、夜間の寝静まった雰囲気そのものだ。静謐とまでは言わないにせよ、邪魔がないというのは、何事にも良い影響を与えやすい。

 どうせこっちで眠るのだからと、昼夜逆転みたいな状況なのだが、しかし。


 その日は、変な言い方だが来客があった。


 ここに来るのは教員か、同級生で知り合いの技術者である二村にむら双海ふたみくらいなものだったのだが、しかし。


「やあ」

「ん……おう」

 セーラー服を着た少女が、逆光になる位置にいた。

「ここは俺の定位置だが、べつに陣を張っているわけでも、所有権を買ったわけでも――ふわ、んぐ、……あ? なに言ってたか忘れた」

「あはは、見事なあくびだね」

「そりゃどうも」

 躰を起こしてあぐらになれば、見たことのない少女だった。おかっぱと言えば良いのだろうか、そんな感じの髪型で、やや釣り目なのが印象的か。

「お前は?」

「ナンバーナル」

「へえ?」

「――と、そういう名前で登録してあるよ。それをおかしいと感じているのは、君も含めて数名だね。それほど強い暗示じゃないし、対象の数が多ければ多いほど、効果が薄まるのがルールだ。ぼくだってそこまで徹底したいわけじゃない」

「したいなら、ここを出て行けばいい」

「そういうことさ。けれど、学校内で術式を一切使わないから、君をこうして発見するのに、随分と苦労したよ」

「俺を探してたのか?」

「まさか、そうじゃない。けれど結果として、君を探していたようなものだ。面白そうな人物には、裏も含めて、こうして縁を合わせておきたいからね」

「ふうん」

「君の名は?」

公人きみひと

「僕のことは好きに呼んでいいよ」

「じゃあ、名無しネイムレスで。俺のことも好きに呼んでいいぜ」

「ならエミリオンだ」

 彼女は座らず、腕を組んで笑いながら言った。

「――エミリオン?」

創造理念エミリオンさ、魔術的な用語だけれどね。刃物スォードに傾倒して、それをただ作ろうとする君にはぴったりだろう?」

「……まあ、お前がそう言うなら、それでいい」

「おや、てっきり驚いて、疑問を口にすると思ったんだけれどね? ちょっと的外れでぼくは不機嫌になりそうだけど」

「洞察、推察の類は苦手だって自覚してるからな。お陰で営業の仕事はできそうにねえ。見抜かれたなら俺の錬度不足、それはそのままお前への評価だ。それと、刃物の制作は受け付けてない。まだまだ、未熟でな」

「理想や目標もないのかい?」

「今のところはまだだ。何しろ、一本ですら完成してない」

「最低限、そう呼ばれるもののハードルが高そうだ。となると、試行段階の金属造りってところかい?」

「まあな」

「耐久度試験には、武術家を使ってやれよ。ぼくと縁が合ったなら、雨天うてんの若造……ん? もう若くはないのか、よく覚えていないけれど、そこらが丁度良いぜ」

「雨天なんて、武術の総本山だろ」

「だからさ」

「そいつは参考にしてもいいが――目的はなんだ、ネイムレス。そいつを聞かなきゃ、おちおち寝てられねえよ」

 なるほどねと、彼女は笑う。

 普通に立っているように見えるが、小柄な背丈で見つからない位置だ。もちろん、同じ高さならば発見は容易いが、一つでも下の階に行けばたぶん、彼女を捉えることはできない。

「エミリオン、人と人が出逢うについて、考えたことはあるかい」

「対象人物を探して見つける?」

「いや、これは全般に適用する話だよ。つまるところそれは、エンが合ったからだ」

「言い換えてくれ、曖昧過ぎて捉えられない」

「へえ……」

「なんだ、当然の疑問だろ」

「いや、思いのほか、ぼくの話をきちんと聞いてくれているようで、嬉しくてね。普通なら聞き流すか、変な顔をするんだけどね――ただし、その先にある判断は、それぞれだけれどね。ともかく言い換えるなら、そうだね、――対象人物の情報を得ること、かな」

「知れば知るほどに、縁は深まるとも言うが、それは縁が合ってからの話だろ」

「だとして?」

 言葉の返しがそんな問いでも、公人は膝に肘を置いて、手に顔を乗せて少し考えてから。

「この状況を見るに、の情報か」

「周囲を固めるとも言うけれどね。簡単に言えばこうだ――対象と知り合いになりたいから、その親と先に縁を合わせる。親と知り合うために、自分の親が持つ交流の輪に加わる――その交流は、自分と親との縁の延長だ。こうやってね、順序よく縁を合わせて行くと、知り合うことができる――大なり小なり、人と人は、そういうシステムのもとに、出逢っているのさ」

「なるほどね」

「そう、ぼくは如月きさらぎ寝狐ねこと出逢わなくてはならない――いや、それは言い過ぎかな。ちょっとした手助けのために、彼女の手が必要になりそうなんだよ」

「今すぐ病室に向かえよ」

「いやいやまさか! こっち側で彼女に逢って、一体何の意味があ、る……」

 確かに――公人とは、長い付き合いである如月寝狐は、特殊な状況下に置かれている。

 存在そのものが電子世界と融合した、とでも言えばいいのだろうか。肉体はこちらにあるが、普段は見えず、一週間に数時間ほど戻ってはくるが、ずっと点滴に繋がれたままだ。

 電子の海の住人。

 その理由は知らないし、解決できないのはわかっていて、公人はただ、こちら側に戻って来た時の話し相手として、たまに病室に顔を出す。

 どちらかといえば、寝狐の親には、世話になっている。何しろ公人の両親は、どこかで生きてはいるだろうけれど、存在を確認できないような状況だから。

 定期的に振り込まれる資金であっても、本人かどうかは、わからない。

 ともかく、そんな寝狐の状況を知った上で、電子ネット世界でなくては意味がないと、そう言いたかったのはわかったが。

 しかし。

、ある? それとも、ない?」

 彼女はそんな自問を投げる。

 すぐに。

 表情は、ぎくりと驚きに固まって、躰を硬直させてから、目を見開いて公人を見た。

「――まさか」

「なんだ」

くさび? 君が……待て、だったらそれは」

「だから何なんだ……」

 明らかにイライラしている様子は見てわかる。俯き加減でうろうろと、二歩を繰り返しながら、睨むような視線がやがて終わると、どっかりと腰を下ろして。

「エミリオン」

「あ?」

「まず今から君がやるべきことは、この僕に対して膝を貸すことだ。なあに安心するといい、ちゃんとそれは返すし、きっとこれから先、借りるのは今この瞬間だけになるだろうことは、まあ僕の意思によって左右するだろうけれど、そうならないよう努力することもやぶさかじゃあない」

 言ってる途中で既に、ごろんと仰向けに寝転がって、頭を公人の太ももに乗せた彼女は、両手で軽く瞳を覆った。日差しが少し眩しかったのだ。

「で、何がどうだって?」

「君は自分の口から漏れた言葉が、果たしてどんな理由でもたらされたのか、考えたことはあるかい? 特に無意識、あるいは、不意に、意図いともなく選択したその言葉が、何かしらの影響を与えると、そう考えたことは?」

「そりゃ、言葉なんて、口にした瞬間からまず自分に、そして聞こえた誰かに影響は与えるだろ」

「じゃあ、影響を与えられた結果として言葉が口をいたという認識も、間違いじゃないとわかるはずだ。ここで考察すべきはね、、という点だ。だったら、今とは何だ? これに関しては疑う余地はないね、君とぼく、ここには二人いるんだから。そして――口を衝いたのがぼくならば、影響を与えたのは状況、君の存在さ。ああ、安心してくれていい、君に何かしらの問題が降りかかることはないぜ、今のところはね」

 言葉数が一気に増えて、けれど早口にはならない。こちらに伝えようという意思もあるし、加えて。

「寝狐の話とは関係なしに、俺がお前に影響を与えたってことか?」

「影響というよりも、縁が合った、その事実が起因だろうね」

 こうして問いかければ、きちんと返答もある。

「言い方は悪いけれどエミリオン、君は凡人だ」

「知ってる。悪くねえだろ、むしろ凡人だと言ってくれた方が助かる」

 特別扱いを受けるたびに、反吐が出る。そう見えたのなら、お前の努力が足りないだけだと、かつてはそう反論していたものだ。

「けれど凡人では、耐えられない状況というのが、世の中には存在するんだ。君はぼくのようにはなれない。人間が至れる場所はあれど、それ以外には向けない。そういう制約を最初から持たない者を――」

「不幸」

「――と、そう呼ぶわけだ。努力なんて必要ない、求めなくても構わない。ただ、そこにある超越した何かを、持ち続けることだけをやればいい――まるで、上から命令されて、逆らえない部下のよう、重い荷物を背負い続けるだけ。彼らは歯車だ。偶発的な接触はあれど、それが偶発的であると確定できる要素はどこにもないし、その結果は必ず、影響を残す」

「わからなくもないが、じゃあ今は何が引っかかったんだ?」

「意味、さ。今はあえて、僕はその言葉のあるなしや、表現方法に関して避けているけれど、意図せずに口から出た時点でそれは推察できる。何しろぼくにとって、あるいは魔術師にとって〝意味〟なんてものは、最初から除外されてしかるべきだからね」

 指の隙間から、こちらを見上げる彼女の眼は、最初の時のよう楽しさの欠片もなく、どこか鋭さを孕んでいて。

 その鋭さの中に、怒りのようなものも、あるような気がした。

三大意味さんだいいみ

「……?」

「名前と呼ばれるものは、なくてはならないものだ。だってそうだろう? 石は石だ、それでいいし、ただそれだけなんだぜ。もちろん岩にもなるけれど、岩も岩だ。さて、仮にその名を、意味を、変えることができる人物がいたとしよう。石に〝人間〟とつければ動き出し、岩と名付ければ岩になる、そういう存在さ。わかるかい?」

「人物のことなら、ある程度は」

 想像できる範囲だ――現実的かどうかは、さておき。

「ではお立合い、その目の前に天敵が現れた。その人物は、意味を、消すことができる。理由なんて必要がない、出逢った瞬間に理解する――破壊と創造とは違って、消すと付けるだ、本能が反論を許さない。初動はきっと、目の前の天敵を消そうとする、そんな行為だろうね。はてさて、結果はどうなる?」

 この場合。

 説明に出ていないのならば、錬度の差など関係がない。

 彼女は意図して錬度を言わない。だってそれが現実になった時、錬度なんて関係がないからだ。必要がない。


 ――魔法師は、錬度によって上下しない。


 そして、公人の返答は。

 上半身を支えるため、両手を少し裏側に回して、空を仰ぎながらそう言った。

「何が起点でも同じだ。仮にそれをAとしよう。まず、Aを消そうとする。次に、Aを消そうとする行為を止める」

 その次にあるのは、Aを消そうとする行為を止めるのを消す。

 Aを消そうとする行為を止めるのを消そうとする行為を止める。

「それがずっと続くだけだ。終わりが何になるかなんて、わからん」

「だからこそ、三大意味――つまり、三人目がいる。二人が出逢ったのが偶発的だとしたのならば、三人目の登場は自動的だ。何がどうであれ、どんな場所であれ、必ず三人目はその瞬間にその場にいなくては、ならない。何故ならば、世界の均衡が崩れるから。三人目は、簡単に言うと、元に戻すことができる。含有がんゆうと表現するんだけどね、つまり消そうとしたものを戻して、付けようとしたものを排除するわけだ。石は石だろうと、横から馬鹿げた論戦に、冷や水を浴びせるのさ。そうして三つの均衡が保たれれば、そのまま回れ右で、二人は帰る――ただし」

 そう、ただし。

「結果として荒れたその場所は、残ったままだ」

「含有できねえのか?」

。だって三人目は、二人の争いを止めるために存在する。だから、荒れ狂った場所の残滓を、直す作業なんて知ったことじゃあない。いくら設計図が書けても、作るのは別だ。彼らはね、領分が違うなんて、魔術師なら口が裂けても言えないようなことを、そう言うしかない存在なんだ。ある一点に特化していて、それは特別な扱いで、それ以外は凡人と何ら変わらない。――そんなことができたって、何の足しにもならないのにね」

 そこまで言った彼女は、大きく深呼吸を一つ。上下するほど胸は大きくない。

「失礼なことを言うんじゃない。それとも、ぼくを女として認識できていないのかい?」

「何を言ってる?」

「ああ、君が言ったんじゃなかったか、まあいい。たとえ話だと思ってくれてもいいから、しばらく覚えておいてくれ。そんなこともあるってね」

「ん、ああ、そうだな。それはいいが――俺がくさびだって言っただろ」

「言ったっけ?」

「ああ、間違いなく」

「そうだねえ……それによって、君が何か変わるってわけじゃないし、それも仮定の話だ。未来は誰にだってわからないからね。少なくともぼくは、今ここから、君には関わっていこうと決めてるけれど」

「返答に困る」

「あはは、素直で結構。じゃあそうだな――ここに、歯車があったとしよう。大中小の三つでいいや、そのくらいの認識なら想像に容易い。この歯車はね、既に動いている。一定の速度でのんびりと。で、残念ながらこれは止まらない」

「残念なのか」

「たとえ話さ。けど、回り切ると困る。じゃあできるだけ速度を落としてやろう――そう、限りなく停止に近い、それを停滞と呼ぶんだけれど、そういう状況を作ろうと思った時、人は歯車の間に棒を突っ込むものだぜ」

「それが楔?」

「犠牲ではないから、そのつもりで聞き流していいよ。状況もそんなに簡単じゃあないしね。けれどさ、その棒だって、ずっとはさまってるわけじゃない。補強はできるけど、歯車は回り続けるんだ。回ろうとするんだ。それをちょっと遅らせるために楔がある――でもそれは、一時凌ぎ。もしもその棒がなくなってしまったら、遅れていたぶんの反動で、歯車は一気に加速する」

「……遅くなってた時間に比例して、か」

「そういうこと。でもまあ、わかっていても、手段はそれくらいしかないんだけどね。あーあ、これはまた厄介な話だ。クソッタレと毒づいて、何もかも捨てたくなるくらいに。これはぼくが生きている間には無理だな」

「なにが」

「何もかも、さ。仮に、その歯車に打ち込まれたとしよう。見事、歯車の速度は遅くなったとして――不具合に対して、何をする?」

「何が不具合を起こしているのか、調査だな」

「その時に、違う不具合が見つかったら、修正するだろう? あるいは面倒だからと、パソコンみたいに再起動をかけるかもしれない――その時点で、ぼくという異物は必ず排除される。言いたくはないけれど、今ここにいるのが奇跡みたいなもんさ。見逃されているに過ぎない。だから、ぼくに惚れるのは止めた方がいいぜ」

「その可能性は限りなく低いから安心しろ。躰も好みじゃねえし」

「失礼だなあ……」

「何故、とは聞かないが、お前はそれでいいのか」

「良し悪しなんて、考えたこともないね。――しばらく膝を借りる対価だ、一つ教えてあげよう」

「朗報だとなお良い」

魔術特性センスというのはね、あくまでも得意なものでしかない」

「知ってる。そいつは、俺が初めて出遭った魔術書が、ページを開いた瞬間に教えてくれたよ。不得意だからできない、それは何の逃避だ――ってな」

「へえ、良い魔術書に巡り合えたね。けれど、どうしたって特性のイメージは、特化そのものに向けられるわけさ。君は〝刃物スォード〟だ、だから作ろうとする。それは間違いじゃない。そういう選択チョイスは、きっと正しいんだろう。けれどねエミリオン、こと創造系列の魔術特性に関しては、逆の見方もできるんだぜ」

「逆? 作る作らないの話か?」

「いや、選ぶ選ばないの話だ。得意不得意の話でもある――エミリオン、君は刃物を扱うのが?」

「――ああ」

 そうだ、その通り。

 どうしたって、公人は刃物を作っても、扱うことができない。

「けれどね、いいかいエミリオン、作るだけなら自己満足だ。刃物なんてものは、必ず誰かが扱うものなんだぜ。雨天を――確か、名はあきらだったか。門を叩いたら、相談してみるといい」

「おう。確かに、誰かが扱うのは前提だったな……で、この場合は特性の話か」

「途中に挟んだのに、忘れてないのは良いことだ。エミリオン、発想の転換だ。君は刃物を作れる、そうだね?」

「そうだ」

「君は術式で刃物を作る――そうだね?」

「そうだ」

 あくまでも、手順そのものが大げさに変わるわけではない。刀を打つのと同じく、鉄を火にくべて熱を上げ、それを叩いて折って、折り返して、更に熱して伸ばして、それを折って――そうやって刀は作るものだ。

 その手順を。

 魔術に置き換えて、構成を組み、順序を経て、刃物を作っているに過ぎない。

 ただただ、別の手段で。

 同じ結果を目指す。

 そもそも魔術なんて呼ばれるものは、

「そして君は、刃物スォードの特性を持っている」

「気付けって催促なんだろうが、俺には確認にしか聞こえないな。ついでに、似たようなことを毎日やってる」

「じゃあ、そんなエミリオンに、こういう結論を教えてあげよう。言っておくが冗談じゃない、こいつは現実だ。今もなお、魔術において知らないことを、ぼくという存在が断言する。程度の差はあれど、だ――エミリオン、君はいつか、を作成可能になる」

「――」

 驚きに対し、疑問でふたをして、更に回想へ移行することで一気にい平静を取り戻す。見た目ではほとんど、その一連の流れに気付かないくらい早く。

 早く、だ。

 この、一瞬の判断だけは、必要な場面で失敗したことから、公人は訓練して覚えた。

「術式で、刃物を作る」

「うん」

「刃物の特性を持っている」

「うん、そう言ったね」

「発想の転換」

「ならば?」

 その結論が落ちた瞬間、一気に視界が広がり、その広さに頭が痛くなるほどで。


「刃物を作るためなら、あらゆる術式が扱える――?」


 ぱちぱちと、軽い拍手に視線を落とせば、彼女はにやにやと笑っていた。

「それは、ある意味での制限だ。だって、どうしたって、君は刃物しか作れない。そして、作るだけで扱うのは誰かだ」

「だが、結果的に刃物として完成するのならば、制限がないのと同じ……」

「頭が柔らかくなったようで、何よりだ」

 彼女は笑う。

「さて、しばらく眠るよ。もちろんこのままで。寝れるかどうかは、この硬い枕によるかな」

「おい」

 以降、三十分ほどだったが、彼女からの返事は一切なかった。本当に眠っているのかどうかすら、今の公人にはわからなかったけれど。

 ただ。

 彼女と出逢ったこの時から、確かに公人の中の歯車は、回りだした。



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