歯車が回る世界の中で、始まり終わって始まろう

雨天紅雨

ハジマリの五人

名無しの少女編

第1話 始まりの歯車

 かちり、かちり。

 かち、かち。

 ちっちっ。


 歯車が回る。

 噛み合わせに間違いはなく、大小の違いはあれど歯車は動き、その全体像を見渡すことすら困難で――だが間違いなく、一定の方向にずっと回転するそれは、時間の経過と共に、早く、ゆっくりと、ただ回る。


 この歯車は、ぜんまい仕掛け。

 刻んでいるのは時間ではない。


 しかし――早く、遅く。

 加速、遅延、停滞の三種を含みながらも動き続けるこの歯車が、時間の流れそのものに影響を与えている、ないし与えられているのは事実であり、仮にこの歯車を逆回転させたのならば、まるで映画のシーンを早戻しするかのよう、その発端に戻ったのならば。

 その戻る時間が、ハジマリからオワリまでの期間になる。


 白と黒の中間色グレースケールで表現されたこの場所に、歯車が出現した瞬間は、この世界の成立と同時であり、そこは疑いの余地がない。何故ならそれば僕という存在が具現した瞬間であるし、一対いっついであるもまた、同じ認識がある。

 だが、動き出すには理由が必要だ。


 この歯車は、リセットまでの時間を刻むものだから。

 一度でもぜんまいが巻かれれば、あとはリセットをめがけて、ずっと動き続ける。止まることは決してない。


 ではリセットとは何だろうか。

 これは世界規模での――破壊だ。

 大災害のイメージで問題はない。ないが、時代崩壊と呼ぶべきものであると認識した方が良いだろう。

 ちなみに以前の時代崩壊はざっと三千年前だったが、比較対象にはならないだろう。何故って、世界が今の形になったと言われたところで、それ以前を知らなければ、規模はわからないからだ。


 ――さて。

 そろそろ面倒になってきたから、僕は僕として話させてもらおう。


 魔法師と魔術師。


 まずはこの二つについて話そう。これから語られる話にとって、この二つがとても重要になるからだ。

 魔法と魔術は違う。であれば、魔法師と魔術師も違うものなのだけれど、魔法とは法則そのものであって、魔術とは法則の中にある仕組みのことだ。

 では、法則とは? これは、決して改変されない、世界のルール。概念とは違うが、たとえば時間も、法則の一つだ。現在を積み重ね、未来を塗りつぶし、そして作られた過去には決して戻ることができない。

 しかし、魔術はそれを利用することができる。過去には戻れないし、未来も明確にわからないが、距離を誤魔化す〝空間転移ステップ〟などで、移動距離に対して本来かかるはずの時間を操作したりもする。

 操作、とは言い過ぎだけれどね。


 魔術師は、法則に対して、別の手段を模索して構成し、扱う。ゆえに、法則への理解が必要で――法則とは、世界そのものでもあるからこそ、世界への探求者とも言えるだろうね。もちろん、ただの技術としてしか使わない人もいるけれど、そういう連中を果たして魔術師と認めるべきかどうかが問題になる。

 ただまあ。

 魔法なんてものは法則なのだから、魔術の上位互換――なんて、思われることもあるらしいけれど、実際にはどうだろうか。


 実際というか現実には、世界が作り上げた代替措置でしかない。


 世界が不安定になった時に。

 この歯車が回りだした時に。

 リセットのための準備をするため、普段から法則を安定させている世界が、一時的に法則を人間に背負わせ、そのぶんの処理容量リソースを浮かせるわけだ。

 魔法師は、法則を背負う。

 もちろん全部じゃない、一部だけだ。けれどその一部は、リセットが、崩壊が訪れるまで自分から消えることはないし、同居は必然であり、それまで魔法師は死ぬことすら許されない。

 法則が世界の一部ならば、それは、世界を背負わされるのと同じだから。

 一方的に重荷を括りつけられるのと同じ。


 歯車が回る。

 ハジマリはいつだったか。


 ――かちり。

 僕は最初の一音で目覚めた。

 そもそも、僕の存在はで、一対である彼とは違って、歯車が回っている間だけ、顔を見せる。

 世界の成り行きを見守る観測者としての役割ロールはなく、ただただ破壊を背負った世界の代理人として、僕はそのために存在する。

 いや。

 存在していて、これからもきっとそうだけれど――何度目か、なんて数えるのも馬鹿馬鹿しいくらい繰り返してきて、僕に数えるなんて機能はなかったけれど、しかし。


「ふうん、これは何か、抽象的なものとしてここにあるのかな」


 目覚めてすぐ、僕が見たのは、歯車を見上げる少女だった。


 今にして思えば、セーラー服であることもわかるし、僕はこの頃に言葉も話せないモノだったから、会話なんて成立しないはずなのに、彼女は間違いなく人間のようで。

 人間のまま、あるはずのないその場所セカイにて、歯車スイッチを見上げていた。


「知らない、と言えることは幸運なことだ。だってそれは未熟の自覚であり、知ろうとする行為がそこに発生する。それは一歩であっても前進で、いずれ壁にぶつかるであろう未来が確定していたとしても、そこで挫折しても、進んだ事実は経験として重なり、きっと違う壁にぶつかった時に、何かしらの参考になるだろうね。おっと、ここで失敗や成功を論じることに意味はないよ? 成果が無駄になるかどうかなんて、全部が本人次第だ。同じ失敗を繰り返すなら無駄、そうでなければ成功だよ。いいじゃないかそれで、悪いことなんてどこにもありやしない」


 彼女は言う。


「わからない、なんてのは諦めだ。これ以上知りたくはないと明言する際に、それとなく雰囲気を伝えたい場合も含めて使用することもあるけれど、知らないことを知ろうとする者にとって、わからないとは、それが最初から不明であることを知っているからこその言葉になる。限界なんだ、人間としての。理解力がどうの、なんて話じゃあないぜ。だったらそれは、理解力を高めるために前進できる――ぼくが言いたいのはね、それは、いわゆるであることなんだよ」


 彼女は言う。


「どうしたって未来はわからない。できるのはせいぜい、予報くらいなものさ。そして続くのは、専門じゃない――だ。世の中にはそういう、わからないものだってある。わからなくていいものもね。つまり、ぼくにとってコイツは、わからなくていいものだったわけだ」


 彼女は回り続ける歯車を蹴った。

 もちろん、その程度で壊れるようなものじゃあない。


「魔術において、知らないを許さず、わからないを許容する。ぼくが望もうと望まないと、ぼくはそういうふうに。そして魔術とは、世界の仕組みそのものへの理解だ。突き詰めれば、そして至れば、こういうことになっちまう。やってられないぜ、まったく――


 なあと、彼女は僕を見た。

 認識できないはずの僕を、間違いなく捉えた。

 この時の僕はまだ言葉を作れなかったし、意思の伝達なんてものは不要と切り捨てていたから、彼女の言葉は理解していたけれど、驚きから復帰したところで、まあそうだよねと、肩を竦めるくらいなものだった。

 見えているかどうかなんて、問題じゃない。

 ともかく彼女はこちらを捉えていて、疑ってもいないわけだ。それが現実、だから受け入れる――それで何かが変わるわけじゃない。


 彼女は言う。


「歯車が回りだした、これが止まるのはどうせ、世界崩壊リセットの後だ。そんなことは許せない! 止めてみせる! ――ああ、馬鹿な話だ。それを無知とう、つまり知らないってことさ。止められるわけがないだろう? 誰かの手によって世界が傾くというのなら、それを止めることは可能だけれど、世界が自分をリセットしようとして動き出したんだ、止められないさ。限りなく遅延に近い停滞を生むしか方法はない――止めたいのなら、ね」


 彼女のリアクションは少し大げさで、言葉数も多い。

 後になって僕が知ることになるのだが、彼女は機嫌の良い時と悪い時に、口数が多くなる。


 彼女は言う。


「だったら遅延を作り出さなくちゃいけない。ぼくが? 一人で? 犠牲を孕む方法しか存在しないのに? やれやれ、まったく反吐へどが出る。世界なんて言うけれど、そんなものは形而上けいじじょうのものでしかない。世界法則ルールオブワールドなんて、触れているけれど見えているわけじゃないんだぜ。しかもそこには、ぼく自身だって含まれている。更に言うなら、世界の意志プログラムコードを読む必要がある――世界が、どのような方法で、どのような結末を求めて、何をするのかをね。じゃあそのために必要なものは? ははは、もう笑うしかないし、もしもやろうと言い出す人がいたら、ぼくはこう言うだろう。やめておけ、人生が三度ばかり無駄になっても、欠片すら手元には残らないぜ――ってね」


 彼女は言う。


忌忌いまいましいぜ、まったく。何かしらの方法で、停滞を作り出し、遅延を成功させたとしよう。、結局のところ結末は収束する。遅かれ早かれだ――けれど、まあ、ね。いずれ死ぬんだから今死ぬのも同じだと、そう考えるのはぼくじゃなくていい。どうせ壊すんだから、傍観者でいいと決めるのもね」


 ――僕のことか。

 彼女は言う。


「うん、じゃあクソ面倒なので君には名をあげよう。ぼくはぼくの権利を行使するってわけさ――といっても、すまないね。ぼくが持っている名は


 当然だ。人間とはそういうもので、であればこそ名が存在を固着させる。

 それをあげるだなんて言われて、僕は笑った。

 やってみろと、そう思って。


「君は紅音あかね――ああ、それだと認識が重複ちょうふくするな。ひらけばいいか、つまり君は今から、あかねだ。いいね?」


 存在が、――あろうことか、固着した。

 おいおい、冗談だろう。僕に、名づけをした? いや、名を譲渡した?

 この僕に!

 あはははは! こいつはとんでもない、なんて冗談だ!


「冗談じゃないさ」


 だったら君は、何者だ?


「さてね、どうだろう。きっとぼくは限りなく魔術師に近い何かで、魔法師ではないことが確かだ。そんな存在がどうしてここに? ぼくが聞きたいくらいだ、クソッタレめ。本末転倒って意味を確かめるために、今すぐここで歯車セカイを壊してやりたいくらいだ」


 そんなことはできない、わかっている。

 わかっていても、彼女の本気度合いに、やめてくれと言いたい気分だった。


 彼女は言う。


「さて、じゃあそろそろ、幕を上げよう。始まってしまったのなら、終わりまで。終わったのなら始まりまで、そうやってクソッタレな世界はずっと続いて来たんだ、これも例外じゃあない。これも、あれも、それも、どれも、全てが例外になりえない。だから、ぼくもまた例外じゃあないってことだぜ、あかね。ははは、まあいいや。それじゃあ、こんな色合いの少ない、クソッタレな場所じゃなく、現実で逢おう」


 現実で。

 僕にとってはここが現実だったのに、いつしか、あちら側が現実になる。

 つまり、僕にはここがハジマリで――原因は。

 間違いなく、彼女だ。



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