第6話005:候補生の社会的地位のこと、ならびに黝(くろ)い老人のこと(前

 

 事故が起きた数日後の放課後。


 延び延びになっていたクラスメイトの見舞いのため、『ポンポコ』は『牛丼』や『山茶花』と連れだって、いつもとは全くちがう方面のリニア・トラム浮上市電に乗った。夕方の混雑は、まだ始まっておらず、車内はわりといている。


 「なんかサ?来週の月曜に、特別なフライトあるみたいだぜ?整備屋や資材の連中が、ここンとこウロウロしてる。格納庫の一部は、トラテープ張られて立ち入り禁止だし。ひょっとしてそいつが、まえに言った特殊オペラシオン作戦スパシィアル、かも?」


 通学用の小振りなフライト・ケース片手につり革をつかみながら、『牛丼』が話しかける。彼女の『山茶花』は彼にゆずられた席に座り、お見舞いの果物籠をひざの上にのせ、文庫本を読んでいた。題名はカバーで読めなかったが、ページにビッチリ文字が詰まっている。章の名前も長たらしく『「大破断だいはだん」後のだつ構築的世界こうちくてきせかい』?……ムズかしそうだ。


「――いいよな、『ポンポコ』は。一年のうちに本戦に出られて」

「またその話?ボクが対校戦の候補になれるワケないじゃないか」

「教官室で聞いたんだって!」

「めずらしく新型機でも来るんじゃない?どっちにしろボクのような“ちこぼれ”は関係ないよ」

「自分のことをオチコボレなんて言わない!」


 ピシリと『山茶花さざんか』が上目づかいに『ポンポコ』をにらみ、教育的指導。


やすっぽく見えるわよ。自分に矜持きょうじを持とうとしない候補生なんて、最低」

「ちぇっ……きびしいなぁ」


 秋のはじめの風景が、車窓の外を流れてゆく。


 ふだん乗らない路線から見る景色は新鮮だった。走るにつれ、トラムは商業地から遠ざかってゆき、ところどころススキの穂がめだつ「**建設予定地」と看板の立つ空き地が点在するようになる。


 (ねぇ。あれ、航界士候補生の制服じゃない?)


 すこしはなれた場所から、そんなささやきが聞こえてきた。


 (え?フツーに士官学校っしょ?)

 (違うって。ほら、肩口かたぐちんトコにマークあるじゃん。杖と蛇と翼の)


 “カドゥケウス”のことかと『ポンポコ』がそっと声の方を見ると、チェック柄の超ミニなスカートに黒ストをはいた女子高生二人組。彼ら三人を指さし、ヒソヒソ。


 (このさきの丘に、王宮の病院あるじゃん?そこ行くんだよ、きっと)

 (いーよねぇ、エリートは。彼氏にしたら腰を振っちゃうよ?イかせちゃうよ?)

 (スゴいよねェ……でもサ、よく死ぬンでしょ?事故とかで。よくやってるよネ)

 (ホラ、外象人じゃない、もう一人のほう。ちょっとヨクね?イケてね?)

 (えー顔がよくてもアタシ絶対ムリ)

 (そんなに力説すんなよwww)

 (だってカレシ死んじゃうんだよ?ぜってー耐えらンない)


 勝手なことを言い合ったあげく、かかとをつぶしたコインローファーを引きずりながら、女子高生二人組はストローですすっていたシェイクを座席に置きざりにしてトラムを降りてゆく。


 発車ブザーにかかる嬌声きょうせいと笑い声。


 動き出したトラムと三人のあいだで、しばし沈黙。

 やがて、いたたまれなくなった『ポンポコ』がその沈黙をやぶって、


「そういや、サ。『ペンギン』の具合ぐあい、どうだって?」


 さすがに幾分ブッスリと『牛丼』は前を向いたまま、


「……シラね。でも、もう復帰はムリだろ。あんな事故で、よく助かったよ」

「実際、ラッキーだったよな。雲海の上でなかったのも、幸いだった」

「もっとラッキーなのは、これで障碍者しょうがいしゃ手当と王宮からの廃兵恩賜はいへいおんし、それに優先就職権があるだろ。最悪、生活保護もあるし。これで一生、食いっぱぐれナシだ」


 『山茶花』が本をふせてキッと顔をあげ、


「あなたねぇ!本人の目の前でそれ言ってみなさいな。彼がどう感じるか!」


 だが、次にその言葉を使ったのは、入院中の候補生だった。


 白い印象の、北向きな病室。

 衝立に仕切られた、六人部屋の片隅。


 そこで頭を包帯でグルグル巻きにされた候補生が、蒼白い顔つきをして上半身をベッドにもたせ、オズオズとした気味のある三人を迎えた。異様なのは包帯を巻かれた候補生の頭部が、まるでえぐられたように一部ゴッソリと欠けていることだ。脳は大丈夫だろうかと見舞客たちは心配になる。

 彼等の視線を読んだのか、なに、見た目ほどヒドくないと言われてるのサと『ペンギン』は力なく薄い笑みを返し、


「それに――これで生涯しょうがい困らないしね。王宮の傷痍年金しょういねんきんがつくから」


 チラ、と『牛丼』が『山茶花』にするどい一瞥いちべつをくれてから、


「なぁ、『ペンギン』よ、こんどクラスのみんなで――」

「そのW/Nウィングネームも、もうやめてくれないか」


 きっぱりと、この“元”候補生は言い放った。


瑞雲ずいうんの事は……もう考えたくもない」


 重い沈黙が降りてきて、彼らのあいだを包んだ。

 となりのベッドに横たわる老人が視るモニター音声が、少々うるさい。『総理特別会見』と字幕のついた画面のなか、中年の女性がキンキン声で話している。


 《半世紀ちかく前、いまだ特定不能な過去の、ある一時。『地球』というひとつの連続面で構成されていたこの世界は突如、世界地図をハサミで切り刻むように、いくつもの事象面に分かたれ――》


 そうだよなァ、と『牛丼』は作ったような明るさで、


「一年はワリを食うモンなぁ。オレなんか『牛丼』食べすぎで腹コワして、次の日の機動試験を欠席しただけで『牛丼』だし、こいつはそこなったタヌキのしっぽみたいに、翼を出したり消したりで安定しないから『ポンポコ』だし」


「そして自分は、とうとうホンモノの『ペンギン』になったってワケだ」


 あとを引き継いで『ペンギン』が自虐的なをみせて、


「文字通り、もう飛べない。あたまの一部もなくして歩行困難でヨチヨチ歩きサ」

「…………」


 気をつけた方がいいぞ?諸君、とベッドの主は口調を改め、


「転進するなら、五体満足な今のうちだ。自分は今回、思い知ったね。結局われわれは蠱毒こどくの虫みたいなモンじゃないか。いくら不景気で就職先がないとはいえ、もっとラクな職業があるはずだ。ブラックでもナンでも、明日の命が保障される職が!」


 『ポンポコ』はおどろく。

 まさか同じ候補生であるクラスメイトから、このような話が出るとは。

 彼はうわずった声で身を乗り出し、


「進路変更しろ、とでも言うのか?」


 『ポンポコ』――『ポンポコ』よ、と入院患者はヤレヤレ風味で首をふり、


「あくまでサジェスチョンだよ。クソ役人どものために、そこまで義理だてする必要はないっての。知ってるだろ?ウチの系列の修錬校。予算は横流しされてひどい装備のまま飛んで。そのあげく、事故多発じゃないか!マスコミどもは箝口令かんこうれいのおかげで、おおっぴらには報道してないけど」


 『山茶花』も思い当たるフシがあるのか、不安げに、


「わたしもウワサでは聞いてるわ……あくまでウワサだけど」

「宮殿と省庁のカラみも、前より複雑になってるらしいしなぁ。なんかヤバげなハナシも、いろいろ聞くし」


 『ポンポコ』は、初耳のハナシに曖昧な顔をするしかない。

 それを見た『牛丼』は、仕方ないヤツだなと言ういきおいで、


「知らねぇのか?ポン。オレたちが単なる実験動物モルモットにされてンじゃねぇかって」

「そうなん?ボクは、あまり気にしたこと無いけど……」

「おめーはオメデタイ奴だなぁ。一部じゃ「反社会的人格障害」のラベル貼られたヤツを、わざと問題のある機体で飛ばして“殉職じゅんしょく”扱いで始末してるんじゃないかッてなウワサもある。ネットの履歴は気をつけろよ?オマエのとばっちりは受けたくないからな」

「ボクだって!趣味はスタンドアローンにしてるし。本だって傾向をたどられないよう、実本で読んでるぞ!?」


 ここでチョッと『山茶花』が言いよどんでから、


「あるいは、ルックスのいい候補生は、女子はもちろん男子でも、その、オカマを掘られて愛玩品あいがんひんにされるとか。『ポンポコ』も気をつけなさいね?知ってる?あなたクラスの女子の一部で、カップリング論争になってるわよ」

「カップり?なんだって?」

「ま、ンなワケで自分はイチ抜けだよ。あとは諸君でガンバってくれたまえな」

 

 見舞客たちは言葉もない。

 悄然しょうぜんとした面持ちで、それぞれバラバラな方を向き、なにやら考える風。

 当の入院患者は、自分の辛辣しんらつさなどどこ吹く風で、もはや航界士など自分には関係ないとばかりに、リハビリ用の器具だろうか、金属製の器具を左手で、ぎこちなくあやつっている。

 だがそれは本心だろうか、と『ポンポコ』は、かつてのクラスメイトを窃み見る。相手の声の調子に、もはや手の届かぬものに対する“哀切あいせつ”と“ヤセ我慢”めくものを感じ取ったからだった。


 《――そこへ、こんどは異事象面から、いままでの地球とはまったく異なった歴史軸れきしじくを持つ人々が、流入してきました。「同時並流事象面」、いわゆる並行世界の住人たちです。彼らの卓越たくえつした技術によって、我々はここに新・産業革命という果実を得たのであります。これも王宮を主体とする外象人の方々が日本政府と協力し、不断の努力を――》


 白衣の男女一団が入ってきた。

 モニターが消され、総理のセリフは尻切れトンボになる。

 ナースが老人の脈をとる一方、白衣を着た研修医あがりらしき若者が、ペンライトを手にしてかがみ込む。時間を確認。一団は、静かに、着実に、そして手なれた様子で、パジャマを着た枯れ木をおもわせる老人をストレッチャーにのせると、どこかへと運び去った。


 これで四人目だな、と“元”『ペンギン』がそれを見送りながらつぶやいた。


「この部屋は、よく患者が死ぬ……」


 通勤帰りで、いよいよ混みはじめた帰りのリニア・トラム。

 そこに、三人は声もなく身をよせていた。


 ベビーカーでむずがる赤ん坊の泣き声。

 停留所の喫煙所でワンカップ片手に談笑する労働者。

 街宣車のマイク。

 渋滞のホーン。

 車内に差しこむ夕日の色と、生活の雑踏。


 くたびれたスーツを着た中年が持つ一枚物の号外には、さきほどの会見が記事になっていた。


 《日本国政府、王宮と政務を統合》


「どうする?これから。オケでも行ってうなる?」

「ダメよ、候補生が――第一、わたしたち制服じゃない」

「失敗したなァ。あの病院が制服と身分証ないと入れないとはいえ、コインロッカーに私服、仕込んどくンだったぜ。なんかパッと騒ぎたい気分なのに」


 そうねぇ、と『山茶花』もこれには同意したようにチラッと『牛丼』を見ると、混雑ににまぎれ、手をつなぐ。それをチラ見した『ポンポコ』は、さりげなく顔をそらし、ながれる車窓に見入るふりをした。停留所につくとさらに乗客がふえ、彼は新参の乗客に押されるかっこうで、二人から距離をおく。それでもカップルの会話は聞こえてくる。


 (やっぱり、早めにリタイヤして、どこかの役所にもぐり込むのが最適解さいてきかいね)

 (でもよ?候補生として、それなりにハクつけないと……給料も変わってくるし)

 (これからの将来設計に、かかわるもんね)


 ――将来。かぁ、


 『ポンポコ』は、交差点を大曲りするトラムに、車内をたす吊り革のきしみを聞きながら、漠然ばくぜんと考えた。

 航界士。

 その上の奏任そうにん航界士。

 さらに上の階級である勅任ちょくにん航界士。

 そして最高位の、事象面探査級・独立航界士。


 ――はるか彼方かなた、だよ……それまで生きてられるかな。


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