第5話004:先輩女子候補生のこと、ならびに彼女の母性のこと(後
正確に言えば、
航界士の使う機体はパイロットの認識器――つまり“脳”を
並行世界から流入した外象人のもつ理論による、事象面
この世界の基盤である“
各
『ポンポコ』が、あわてふためいているのを見て余裕が生まれた“武闘派”上級生は、肉感的な口もとに浮かびかかる照れ笑いを、かろうじて
「ハ!ナマ言って」
強烈なデコピンを一発。
「オダてたってナニも出ないよ!それに、そのサー何たらって言い方、スキじゃないんだ。自分で付けたワケじゃなし、まだろっこしい。サラで良いよ」
『ポンポコ』がひたいをさすり、ふくれっ面をしていると彼女の携帯が鳴った。
ディスプレイを見てチッとサラは舌打ちし、銀髪をふって耳を
「ハイもしもし?こちらサラ・鈴鳴一級航界士候補生――ッと」
つぎの瞬間、しかめっつらをして彼女は携帯からサッと耳をはなす。
受話側からナニやら一方的にガナる声。
「え?ハイハイ。聞いてますよ……えぇ?えぇ、ココに居ますけど?」
サラは『ポンポコ』の方をチラ見する。
「えぇ?
「誰です?」
「エースマンのブタ野郎さ。アンタを学校まで送るハズなのに、どうなってンだって……わりィ。やっぱ飛行停止はナシみたい。てへ ♪ 」
「てへ ♪ じゃないですよぉ!」
頭の中が真っ白になった『ポンポコ』は、なみだ目で絶句する。
事故のとき、管制塔から降りてきて、拳銃を乱射していた
「いま何時です?うわ、もうこんな時間!飛行前打合せに参加してるはずなのに!」
「いいじゃん、技フラなんざ。一回ぐらいサボっちまえよ」
「先週の結果よくなかったんですよ。ああ……もうダメだ……また
「男の
トホホとうなだれる『ポンポコ』の背中を、サラはドンと一発どやしつけた。
「きょうは、もうイイから寮に帰れってサ。なに、そんな成績悪かったの?」
「うぅ…先週は、ちょっと。規定機動中に“
「こないだの騒ぎはソレかぁ……ふぅん」
サラは、
対して、彼のほうは相手の動きにつれ、またもや少しのけぞった。
「オマエさんの翼ぁ、どんな形なんだィ?」
言われた彼はウッとつまる。
「ボク、自分の翼、目でみたことないから」
「あたりまえだろ。自分で自分の顔は見れないのと同じだ。
「雲海の中では、自分の翼が
「らしいよ?アタシも、そこまで深く潜ったことないからシラネ。でも
うぅ、と『ポンポコ』は悔しそうに、
「“技術未達”とかいって教官も見せてくれなくて。普通は二枚らしいです。調子が良ければ四枚、かな?前回の技査でインメルマン・ターンの途中、いきなり余分なトコに翼が生えて四枚半……おかげでバランス崩して、アヤうく“
おぉう……とさすがにサラも真剣な顔で、
「救援機が間に合ったんだ?良かったなぁ」
「いえ、自分でも何だかわからないうちにリカバリーして……気がついたら翼も復活して通常に飛んでました。監督機が撮った記録はノイズが乗ってて、ハッキリとは観れませんでしたけど」
「事象
彼は、また言葉につまる。
だいたいの候補生は、
「え、と。
「見てみたいナァ。こんど
「ぜっっっっっったいダメです!!!!」
岬からの帰りは、ノンビリとしたスピードでモトクロスは走った。
時刻は夕方、一七時を回っている。
うしろの座席から見る街中の景色は新鮮だった――あらゆる意味で。
女性。しかも美人で、先輩で、スタイル抜群で、ハーフ。さらに美しい界面翼の持ち主であるスゴ腕の候補生が操るバイクのタンデムというのは、『ポンポコ』の彼女っ気がない人生のなかで、あたかも平均率的なふれもどしが来たような。
いい匂いのする銀髪に顔をなでられるので顔を横にそむけるが、ほおがくすぐったい。それすらも、嬉しいような、恥ずかしいような。
ノーヘルの
街は、早くも冬の商戦の
ウィンドウに並ぶ服も、コートやマフラーが目立つようになり、気の早いところは雪の結晶まで。 店には簡略体の外象語と日本語が並ぶが、前者は筆記の太さの組み合わせや、時に文字色まで意味をともなうので、完全にマスターするのは難しい。
信号待ちで停まった時、なにげなく横の建物を見た彼女が、
「ドウだい――寄ってく?」
『ポンポコ』が彼女の視線を追うと、派手な構えのラブホテルが、デンとそびえている。
午前中までの彼だったら、ここで不覚にもドギマギしただろうが、少年ごころには早くも
「バカ言わないで下さい?龍ノ口先輩に怒られます。それにウワキ?じゃないですか。ソレ」
目のまえの横断歩道を、若い夫婦ともみえる二人が、ベビーカーを押して横切ってゆく。
外象系の夫と、日系の女性だ。ベビーカーの中では乳児が、なにやら
「バカ
信号待ちが長くなりそうなので、彼女はエンジンを切った。
そして夫婦連れが見えなくなるや、はぁっとため息をついて大きく肩を落とす。
「四六時中、外界のコトばかり考えてやがる。独立系航界士の望みを捨てないんだ」
サラは、航界士の中でも別格な宮廷直属・最上位のランクである階級を、
「外界って、各国
「アイツ、模擬戦で
「ボクのことが!?まさか。どうしてです」
掛け値なしに彼は驚いた。そんなことを言われたのは、初めてだ。
サラは『九尾』の驚きにフフッと微笑み、
「ヤツは若い。可能性がある。それに何より飛べる、ってサ」
「
「オマエぁ五体満足で思考も健全だ。それだけで十分恵まれてンだよ。あと、な……」
「……あと?」
「龍のヤツ……事故ンときに機体からの
さぁ、といいかけ『ポンポコ』はサイドカーを止めたときの、あの薄い笑みを思い出す。底の無いような
「手術すれば
後ろからホーンを鳴らされ、チッ!とサラはスターターを
すこしフロントをリフトさせ、モトクロスは走り出す。
そこから先は、なにを言っても彼女は
「……はぁ」
大きくため息をすると、2stオイルの
夕暮れの光景の中、置きざ去りにされた彼は、
見た目には38万4000キロの距離。
しかし今は、衛星軌道で事象面が断絶し、決して人類の手のおよばない球体。
トボトボと自分の部屋に帰り、スプリングを
目を閉じると
数時間まえに目の当たりにした、先輩候補生二名の無惨な死。
だが奇妙なことに、それはもはや
代わって鮮烈に上書きされているのは……。
モトクロス・バイクで宙空に駆け昇るスリル。
額をぶつけんばかりに近づいてきた、金色の
肉感的な紅い唇。
上級生の女性の匂い。
抱きついたノーブラの、なまめかしい感触。
その奥に見た、レオタードの……。
――武闘派でコワい人って聞いてたけど……ぜんぜんちがうや。
彼は『
「……サラ」
口に出し、丸めた毛布を抱きしめ、キスをするマネ。
とたん、われにかえって恥ずかしさに
ベッドの上をジタバタとのたうちまわる。
そして次の瞬間!
脳裏にサラの彼氏である龍ノ口が肩越しに見せた、あの妙に酷薄な笑み。
じわじわと胸の内を
もしや!と、おもわず彼は、ベッドから
――自分は、なにか三角関係のもつれに、まぎれこんでしまつたのでは!
そのまま
「……なーんてね、まさか」
ふくらんだ
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