第3話003:事故のこと、ならびに先輩候補生たちの死のこと

 一群から出た『ポンポコ』は、クラスメイトに見せつけるがごとく、少なからず得意気にサイドカーの舟側へと乗りこんだ。

 ボクものせて、いやオレも――と、バラバラむらがるほかの1年生。


「だめだ、二次災害のおそれがァ――だからコラ!坊主ども!乗るんじゃない!」


 すきあらば乗り込もうと、未練みれんがましく群がる1年生を引きはなすために、ふたたび龍ノ口はスロットルを開けた。爆音を響かせ、BMWはピロティーをぐぐり、正門を駆け抜ける。


「――覚悟しておけよォ!?」


  スピードがのるにつれ咆哮ほうこうする、排気音ダダれなフラットツイン・エンジンと、耳元みみもとの風きり音にまけまいとして龍ノ口は怒鳴った。片手で額にハネあげていたゴーグルを引き下げ、両目に当てながら、


「最悪、晩メシが不味まずくなる!講義は、大丈夫かァ?」


 かまいません!と『ポンポコ』も怒鳴りかえす。


「つぎの時間は、学科、取ってませんから!」


  防爆用の土手をまわると、視界が一気にひろがり、滑走路エリアに出た。

 その滑走路の終端しゅうたんちかくに、キノコ雲の残滓なごりらしきものが薄くたなびいている。火災は――どうやら起こしていないらしい。


 ――望みアリだ!


 誘導路わきにある格納庫のサイレンが鳴りはじめた。

 赤十字が書かれた大型ゲートが、回転灯を光らせながら重々しく開いてゆく。

 いまごろかよ!と龍ノ口が腹立たしげに唇をゆがめ、


ッそぃナァ、救護班は!まるで俺達を殺そうとしてるみてェだ」


 その言葉が合図だったかのように、あちこちの道からてんでバラバラ、上級候補生たちの乗るスクーター、三輪バギー、はては黒煙を盛大に吹きまくる、軍払いさげの個人用・機動車両があらわれて煙の方へ走ってゆくのが見えた。

 とおくから怒鳴り声。


「キサマら、もどれぇっ!クソ共!行くなぁっ、行くなァァッ!」


 管制塔の非常階段から駆けおりてきた、騎兵帽をかぶるガタイのいい男が、ハンドマイク片手に怒鳴っている。王立探査院から直々じきじきに派遣されている主任教導官『エースマン』だ。

 警笛ホイッスルが2回。

 つづく威嚇いかく用の銃声は、この鬼教官自慢のピメーーだろう。

 だが2年、3年の候補生たちに動じる気配なない。

 それぞれの愛車で、黒煙、爆音すさまじく、一目散に現場へと駆けてゆく。


「いまの時間は?誰が墜ちたんです!」


 激しく一度、車体をスリップさせてBMWは滑走路に入った。タイヤマークが幾重いくえにも錯綜さくそうする直線が、風圧とともに彼等の目のまえに広がる。


「今日は、3年の長距離機動試験のはずだァ!界面翼ツバサは、逆ガルの四枚半だった!」

よくの色は?何色でした!」

「そこまで見てない――いや、トパーズ色!だった、ような……」

「『ムラマサ』センパイ!?」

「あのバカは、女にひじテツくらって今日はフテ寝してるよ!」

「じゃァ、ギンズブルグさん?」

「やつは技査の判定研修で他校に――うゎ!」


 主滑走路を走る彼等にむかい、平行する誘導路からハデにホーンを鳴らしつつ、トレーラー・ヘッドが飛び出してきた。リヤ部には、別の組の候補生たちが「タンクデサント」している。BMWはとっさに後輪をロック。慣性を利用し、船を浮かせたままヌヴォラーリ顔負けのサイドカー2輪ドリフト。


「クソったれども!」


 寸前のところでBMWは事故を回避するものの、トレーラー・ヘッドは平然とふたりを無視し、煙幕のように黒煙を吹きつつ目のまえを加速してゆく。速度を殺されたサイドカーの横を、ジープや野戦バギーが次々に追い抜いていった。


 最後に後方から軽快なチャンバー音を響かせ、モトクロスが彼等と併走する。

 機械油で汚れたツナギの上半身を脱いで腰にむすび、その下はレオタード。

 腰の弾薬帯に前腕ほどのレンチをぶっ差し、バンダナを巻く銀色の豊かな髪を、時速九〇kmの風になびかせる姿。砂漠デザート色のカフェオレ肌ともあいまって、まるでアマゾネスのよう。


 出た!と『ポンポコ』は緊張する。


 『デザート・モルフォ』。

 ブラン・ノワール組をしのぐ、スゴ腕の女子候補生。

 対校戦では、その機動があまりに暴力的かつラディカルで、いつも反則負けを喫するため“無冠の女王”などともよばれる、東西校通しての武闘派候補生・最右翼。


「ハィ!――なに遊んでンのさ」

「サラか!あンのクソ野郎、南組Sudのザハーロフだな?」


 彼女のことを、龍ノ口はW/Nウィングネームを使わず名前で呼んだ。

 つまり――それだけ親しい間柄あいだがらということだ。


「四年前の対校戦のこと、まだネに持ってンだってサ!」

「俺のせいじゃないぞ!あれは――むこうの機体の整備に問題があったんだ」

「ハ!ヤツにそんな道理、つうじないよ!」

 気ィつけな!と言うや彼女はギアを一段ケリ下げてスロットルをひねり、フロントを高々と持ち上げると、けたたましく駆け去ってゆく……。


  墜落現場は、滑走路をすこし離れた場所にある、なだらかな草原の一角だった。

 たぶん、あと一歩のところで力尽きたのだろう。

 フェンスや側溝そっこうが張りめぐらされているため、大型の四輪や機動車両の組は到着がおくれ、バイクやバギーなどの軽車両が先に集まっていた。『ポンポコ』たちのサイドカーも、キリギリまで近づくと車体を停め、スイッチを切る。


 静寂。


 エンジンと風切り音のせいで耳鳴りがするなか、先に着いた生徒たちが、機体の残骸ざんがいを遠まきに取りかこみ、たたずんでいるのが見えた。龍ノ口は、BMWのタンク脇から片手杖かたてづえを引きだし、脚をかばいつつヒョコヒョコと精一杯の速さで駆けよるや、あえぐような息で、


「墜ちたのは、だれだ!ケガ人は!?」


 だが、囲みの中の候補生たちは、ただ残骸の方を向き凝固ぎょうこしたまま、それに応えようとしない。

 おい!と、龍ノ口が一団に近づき、一人に手をかけると、


ッつぁん――ダメだったよ」


 その候補生は龍ノ口の腕を振りはらい、うなだれたたまま群れを離れる。

 かわりに集団の一人が肩越しに後ろをむいて声ひくく、


「3年の『ホース・ヘッド』と『蟷螂カマキリ』ペアです――耀腕ようえんにやられた、らしい」

「耀腕だァ?……ウソつけ!この晴天に」


 それを片耳に聞きつつ、『ポンポコ』は居ならぶ先輩たちに遠慮しながら、小柄な体躯からだを利用し、囲みのすき間をひかえめに押しわけて、最前列へと出る。


 灼けた金属とオイル。

 燃えた草木。

 それにオゾン臭が一気に濃くただよい、鼻をついた。

 心なしか、顔もほのかに熱くなって。


 機体は――かろうじて原型をとどめていた。


 普通なみの練習機ではない。

 準正式タイプ・複座型の偵察系スーパー・クルーズ練習代替機だ。

 消化剤が効いたのか鎮火はしていたものの、残骸はいまだ陽炎かげろうをまとっている。

 コクピット周辺まで火は来ていないが、キャノピーがうしなわれた操縦席の中は、ひとめ見れば十分だった。


 二人の候補生の亡骸なきがらが、そこにはあった。


 前席のパイロットは着座したたまま、前のめりになっていたが、ヘルメットバイザーの上がった顔面には、HUヘッドアップDのディスプレイ基部が深々とめりこんでいる。

  血液とも髄液ずいえきとも分からぬねばついたものが、給気マスクを伝い糸を引き、ゆっくりとしたたりおちて。


 後席に座るRSO(航界機偵察装置担当員)の首は無く、剃刀のような切り口で、ヘルメットに接続するケーブルや給気ホースごと、スパリと切り取られている。白い切断面が、どこかスーパーの豚肉を連想させ、『ポンポコ』の視界をゆるがす。

 ナタが一閃したような切り口は、そのまま機体後部へと続き、パワー・パックの防弾区画にまで延びている。機動ユニットと二次燃料タンクは見あたらない。途中で脱落し、別個に墜落したのだろう。先ほどの爆発音が、それにちがいなかった。


 少なからずの若者たちにとって、はじめて向き合う、『死』という現実。

 鳥のさえずりだけが、その沈黙の中、陽気に響きわたって……。


 目の前がクラクラとれつつ、みぞおちからムカつくものが逆流する『ポンポコ』だが必死に耐える。ここで吐くことは、死んだ先輩たちを冒涜ぼうとくするような、そんな気がしていた。

 脇の茂みがガサガサ揺れると、先にモトクロスで抜いていったサラがツバを吐きながら出てきた。一団の視線に出会うとバツが悪そうに下を向く。それを横目に龍ノ口が、


「墜落位置の連絡は?ドクター・ユニットVTOL、おそいじゃないか」

「もう通報ずみ。だけど――飛行禁止命令が出ているって」


 首から円形計算尺けいさんじゃくを下げた、作業着姿の生徒が応えた。


「正体不明の移動型・空間阻害物そがいぶつ警報がでているとのコトです」

「ぼくら、管制塔で多層レーダー見てたんですけど……」


 と、一団の中から、ワイシャツにネクタイ姿といった管制履修組の2年生たちが、いかにも事情を知った風な口ぶりで、


「あれは、あきらかに耀腕反応でした。な?」

「あぁ、間違いない。重力波レーダーと事象面解析でクロス・チエック済みです」


 ふうぬ、と龍ノ口は口を曲げて腕ぐみをする。

 そのまましばらく機体の残骸をにらんでいたが、遠くからトラックなどの排気音が聞こえてくると、


「よし、航界班長クラスをのこし、全員撤収てっしゅう!これ以上もたついてると『エースマン』の精神棒がとんでくるぞ!『リュリ』、『マラルメ』!配下を使って現場保存しろ。『ヒミコ』以下のグループは火気の確認――かかれッ!」


 兄貴分である龍ノ口チューターの命令一下、残骸の囲みがバラバラと解ける。


「ポン、俺はここを仕切らにゃならん。おまえはサラ――『デザート・モルフォ』の後ろに乗って帰れ……なんだオマエ、上履うわばきじゃないか。生活指導に見つからんようにな」


 龍ノ口の言葉を、『ポンポコ』は、どこかとおくに聞いていた。

 目のまえで凝固する、かつて候補生であった“もの”。

 上級生二人の、あまりに無惨な死に様。


 自分も、のかというおもいが、血の気の引いた頭からはなれない。

 龍ノ口が、なにごとかサラに耳打ちする。

 それを受け、この大柄な武闘派女子候補生は、なおも機体の残骸を見すえて動こうとしない『ポンポコ』に歩み寄ると、ひよわな肩に腕をまわし、悲惨な墜落現場から彼をひきはなしていった……。

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