第30話社会人時代と永遠の初恋

 私が大学を卒業する頃は、ギンちゃんもビッくんもだいぶ仕事に慣れてきたころだった。ある日、ギンちゃんに「あいつと一緒に住もうと思っているんだけど」と相談された。相談する相手を間違っているとしか思えなかった。

 もちろん、あいつというのはビッくんのことだ。

 私は、まだビッくんのことが好きだったのだ。

「一緒になんてすむなー」と冗談交じりで言ってやった。そんなふうに言ったのに、二人は一緒に住み始めた。街はほとんど元通りで、震災前の光景を取り戻していた。けれども、ニュースを見ればまだ震災の爪あとは残っているのだと考えさせられるものが多く流れた。

 けれども、日常は進み始めている。

 私も研修医として、病院に勤めることになった。忙しすぎる毎日のなかで、姉が結婚を決めた。震災のときに一緒にやってきた男性とは、別人であった。

 震災でなくとも、変るものというはあるのだと思った。

 気がつけば、あの震災が起こってから八年が経過していた。

 遠く離れた地域でも、地震が起こった。私は何かをしたかったが、ボランティアにいけるような余裕はとてもではないがなかった。でも、忙しさにかまけて何もできないことがいやだった。

 だから、募金をした。

 思いのほか、心が軽くなった。

 だから、私は震災が起こったときに募金が出来るように小銭を溜めておくようになった。この習慣をビッくんたちに話したら、首を傾げられた。

 それで、いいんだと思う。

 これは、私が私の心を救うためにやっていることである。私は震災のときに、自分のことで精一杯で何もできなかった。今も、なにもできない。だから、せめて少しでいいからお金を払いたいのだ。そして、回りまわって再び震災にあったときに私の周囲の人々に幸運を授けてはくれまいかと願うのだ。

 もう二度と私の周囲の人々が突然いなくなったりしないように。

 ただ、私にはそれを願うことしかできないのだ。

 そして、震災と同じぐらいテレビをにぎわせたのは親が子供を虐待するというニュースであった。親の身勝手な欲求に振り回される子供たち。テレビは、まるで昔はそんな子供たちはいなかったように報道した。

 そんなニュースを見るたびに、私はキララのことを思い出す。母親の思うがままに生きようとして、生きられなかったキララ。私たちの小さな頃も虐待はあった。

 現代の奇病ではなくて、過去から連綿と受け継がれてきた人類の奇病。なのに、過去の虐待はなかったことにされる。

 だから、テレビで虐待のニュースが流れるたびに私は友人のことを思いだす。

 キララは――かつて虐待された子供は今は元気なのだろうか。

 戦後最大の事故や事件そんな暗いニュースが流れるなかで、突如喜ばしいはずのニュースが流れた。テレビで流れ出したのは、近いうちに元号が変るというニュースであった。

 私たちが生まれたときからあったものが、変わるのである。それは今いる天皇が現役を退くという意味合いであったが、私たちにはなんだか現実味が薄かった。

 ただ、ずっと続くと信じていたものが突如終わったような寂しい気持ちになった。世間はさっそく発表もされていない新元号に夢中で、SNS上でも様々な憶測が飛び交った。

 過去の悲しみを忘れたわけではなかった。

 それでも日々を歩くには、喜ばしいことが必要であった。

 私たちの場合は、その喜ばしい出来事は姉の結婚であった。結婚式には、私だけではなくてビッくんとギンちゃんも招待された。

 二人は何故と思っていたようだが、姉は姉なりに震災のときに私を守ってくれていた友人に俺を言いたかったのかもしれない。

「もし、誓うとしたら」

 姉のウェディングドレスを見ながら、ビッくんは呟いた。

 式を邪魔しないように、とても小さな声であった。

「神様じゃなくて、未来ちゃんに誓いたいな」

 私は、呆然としながらその言葉を聞いた。

 私は、ずっとビッくんが好きだった。けれども、ビッくんはギンちゃんが好きだった。私の初恋は叶わなかった。

 けれども――ビッくんは私に誓いたいという。

 ああ――それは。

 とても、それは……光栄なことで。

「ねぇ、許すよ」

 私は、ビッくんに囁く。

「たとえ、誰かが二人のことを否定しても。私だけは、あなたたちを許しつづけるよ」

 私が、あなたたちをずっと許し続けてあげる。

 見守っていてあげる。

 その言葉を口に出しながら、私は目を瞑る。

 私たちが生まれ――成長した時代は何であったのかを考える。テレビの向こう側のニュースキャスターは私たちが生まれた時代は「激動だ」と表現した。

 だが、それは少し違うと思うのだ。

 私たちの生活は、私たちの子供の頃とあまりに違う。私たちはそれを実感したが、それらは激動といえるものではなかった。極自然に、私たちの生活に溶け込んだ。

 携帯だって、二十年前にはほとんど見られなかった。なのに、今は極普通に見かける。

 私たちの生まれた時代は「受け入れる」時代であったと思うのだ。

 新しいものを受け入れ、虐待などの昔からあった罪を受け入れ、震災を受け入れた。そうやって、私たちは今日まで進んできた。

 受け入れて、許して、次へと進んだ時代であった。

 迫り来る、次の時代。

 私たちが受け入れたものは、あるいは私たちはどうなるのであろうか。そして、私たちの次の世代は何を感じることになるのだろうか。

 

 それは、まだぜんぜん分からない。

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未来のずっと叶わない、幸せな初恋 落花生 @rakkasei

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