第14話中学校時代と新しい友人

 私は、ビッくんにとあるお願いをした。

 それは、幸が通っている高校まで付いてきて欲しいというものだった。幸が通っている学校は学力が低く、また素行も悪いことで有名だった。幸のように家に帰らない生徒が、いつも教室内で眠っているという噂話まであるのだ。そんな学校に私一人で行くのは、正直な話し恐かった。でも、行かなければならないと思った。

 ビッくんは私の話を聞いて、頷いた。

「……恐いから、友達もさそってもいい?」

 実にビッくんらしい返答だった。

 でも、ビッくんは私についてきてくれるようだった。高校に行く日は、ビッくんの部活がない金曜日に決まった。その日の放課後に、私は校門の前でビッくんを待っていた。ビッくんは、銀河を連れてやってきた。

「お待たせ。同じ部活のギンちゃん、つれてきたから」

 ビッくんは、そう言った。

 銀河は私と同じクラスだったけど、私とはほとんど接点がなかった。そのため、同じクラスの人間ながら私と銀河はほとんど初対面の人同士みたいに挨拶をした。

「今日は付き合ってもらって……どうも」

「なんで一緒に行くのかは、あまり聞いてないけど」

 ビッくんは、銀河にあんまり今日のことを説明していないらしい。きっとなんて説明すればいいのか分からなかったのだろう。なんていうか、ビッくんらしいなと思った。銀河もそう思っているみたいで、今日のことを特に不審には感じてはいないようだった。

「とりあえず、ギンちゃんって呼んでいい?」

 私は、銀河にそう尋ねてみた。

 ビッくんはギンちゃんと呼んでいるのに、私だけ名前で呼ぶのもへんな感じであったし。ギンちゃんは「別に皆が呼んでるし」と了承した。こうして、私たち三人は幸の高校へと向った。

「おまえらは仲いいのか?」

 ギンちゃんは、私たちにそう尋ねた。

 私とビッくんは見詰め合って、それぞれ答えた。

「求婚中」

「恐い人」

 それぞれの言葉に、ギンちゃんは益々首を捻るのであった。

「まぁ、仲はいいわよ」

 私の言葉に、ギンちゃんは何とも納得がいかない顔をしていた。

「それだけで、知らない高校のお供について行くものなのか?」

 どうやら、ビッくんが私の頼みごとを聞いてくれたのが不思議らしい。まぁ、それに巻き込まれているギンちゃんも相当に不思議な状態なのだけれども。

「ビッくんは優しいからね」

 私の言葉に、ギンちゃんはやっぱり納得いかないみたいだった。

「けど、ビビリだろ」

 ギンちゃんの容赦ない言葉に、私はむっとした。

「そうよ。でも、恐がりながら付いてきてくれたでしょう。あなたを巻き込みながら」

 たった数ヶ月で分かるほど、ビッくんの魅力は安くはないのだ。

 私は、そういいたかった。

 でも、私がそんなことを言い出したらたぶんビッくんは全速力で逃げるような気がするから言わないけど。

 幸が通っている学校は、なんだか覇気がなかった。

 校舎そのものが灰色で、校庭には部活に励んでいる生徒は誰一人いなかった。代わりに校庭の隅っこで座っている生徒ばかりが多かった。これが姉が進んだ学校なのか、と私は見上げる。

 校門をくぐる男子生徒たちが私たちの制服をみて「中学生がくるところじゃないぞ」とあざ笑った。ビッくんはそれを聞いて、私の影に隠れる。その姿をみた高校生たちは不思議な顔をしたが、私たちに興味をなくしたように去っていった。

 私たちは、校舎のなかに入った。

 校舎のなかも外と同じように灰色で、なんだか薄暗い。窓はところどころが割られていて、学校らしい非行を咎めるポスターが日に焼けて寂しげに貼られていた。中学校でひびく声よりも低い声ばかりが響き、なんだか自分の知らない世界に迷い込んだようだった。

 姉が、どのクラスにいるのかは知っていた。

 一年三組が、姉のクラスだ。

 中学生の私たちは高校生たちに笑われることはあっても、歩みを止められることはなかった。まるで、私たち自身が何かの見世物のようになったかのようだった。

 ビッくんは相変わらずびくびくしていたけど、代わりにギンちゃんが堂々としていた。たぶん、彼が私たちの防波堤になってくれていたのだ。

 姉のクラスにたどり着くと、私は大声で「幸おねえちゃん!」と叫んだ。クラスにいた大抵の生徒がびっくりして、私たちのほうを見た。男も女も髪の毛を染めていて、特に女子生徒は奇抜なメイクをしていた。

 そのくせに制服だけは、ちゃんと着ている。

 改造したり破いたりしているのだから、もはや別の服を着ればいいのにと思ったが高校生の価値観ではそれがダメらしい。なんとも不可解な価値観だった。

「未来ちゃん!」

 教室の奥から、姉が姿を現した。

 姉と面識があったビッくんは、姉の姿に驚いていた。姉は髪を染めていたし、メイクもしていた。中学校のころの姉とは、だいぶ見た目が変っている。

「どうして、こんなところに来たの?どっちの子は友達なの?」

 ギンちゃんを見て、姉は不思議そうに私に尋ねた。

「そんなことよりも聞きたいことがあったの」

 私は、姉をじっと見つめた。

 姉は、そんな私に対して息を呑む。

「弟……弟の司のことで聞きたいことがあったの」

 母の腕の中で、ちっとも大きくはならない弟。

 私は、ようやくそのことを可笑しいと気がついた。

「なにか……その問題があったの?」

 幸は、言葉に詰まった。

 そして、何かを諦めたように頷いた。

「うん。生まれつきね、障害があるの。でも、お母さんはそれには目を向けないで無理やり普通に育てようとしてた。だから、家のことまで手が回らなくなってた」

 やっぱり、と思った。

 そして、それに対して父はどうして何も言わないのだろうかと憤った。自分の妻で、自分の家族のことなのに。でも、考えてみればそれはとても「父らしい」のかもしれない。私に対しても何も口出しをしない人が、弟や妻に対して何かを言うはずがなかったのだ。

「家族だから、手伝わなきゃと思ってた。でも、自分の勉強の時間とか友達と遊ぶ時間とか色々と犠牲にしてて……これでいいのかなとも思うようになって」

 幸の目から、涙が零れる。

 私は、それを見てぎょっとしてしまった。

「逃げたの……」

 姉は言った。

「私、母と弟から逃げたの。お母さんは、私の本当のお父さんとすごく仲が悪くて……ずっとそれは私が女の子のせいだって言ってて。跡継ぎになれない自分が、お母さんを不幸にしたと思ってた。だから、ずっとお母さんに邪魔にならないようにお母さんを助けないといけないと思ってた。でも……限界だった」

 誰かの邪魔にならないように生きようとしえいた、姉。

 それでも、母親を支えようとしていた姉。

 でも、それはあまりに重すぎた。

「だから、私は学校に逃げたの……逃げちゃったの」

 ごめんなさい、と姉は謝った。

「だれにも、迷惑をかけないつもりだったのに。もう、ダメだった。限界だったの」

「謝らないで!」

 私は、叫んでいた。

 私の声に、姉もビッくんもギンちゃんも驚く。

「お姉ちゃんは悪くない!努力した!悪かったのは、お母さんだ!」

 弟の障害を認めないで、自分だけで何とかしようとした母親だ。

「医者の癖に、何にも言わなかったお父さんだ!」

 自分の家族に無関心すぎる、父親だ。

「そして、気が付けなかった私が……悪いんだ」

 一人蚊帳の外にいた、私だ。

 私は、何にも気が付けなかった。

 父親と同じように、気がつかないで知らんフリをしていた。

「私が、もっと色々とお手伝いとかしてたら……」

 家にも姉の居場所があったのではないだろうか。

 幸は、首を振る。

「それじゃあ、未来ちゃんの夢がかなわなくなるよ。お医者さんになるには、いっぱい勉強しなくちゃならないでしょう。だから、未来ちゃんは自分のために時間を使って。それが、正しい子供のあり方だと思うし」

 正しい、子供のあり方。

 私は、ふとキララのことを思い出した。母親を喜ばせるためだけに、ずっと女の子の恰好をしていた男の子。たぶん、キララは間違った子供のあり方だったんだ。

「未来ちゃん、私のことは心配しないで……。私は、私で頑張るから。お母さんや弟のことも気にしないでね。未来ちゃんは、未来ちゃんがやりたいようにやればいいんだから」

 もう、遅くなるから帰ってね。

 幸は、私たちを見送ってくれた。

 薄暗くなった帰り道を歩きながら、私たちは無言だった。だが、急にギンちゃんが足を止めた。

「俺、父親がいないんだ」

 急に、ギンちゃんはそんなことを言った。

「昔、逮捕されて離婚した」

 あっけらかんと話す、ギンちゃん。

「父親は薬物を使用したらしい。それで、逮捕されてもまたやって今は廃人みたくなっているから精神病院に入ってるって」

 私たちは、ギンちゃんの言葉に戸惑う。

 ビッくんもギンちゃんの父親の話しは知らなかったようである。

「どうして、そんなことをいうの?」

 私は、ギンちゃんに尋ねた。

「コレが、俺の秘密だから。俺たちだけ、未来の秘密を知ってるっていうのはフェアじゃないだろ」

 ギンちゃんは、そう言った。

 ビッくんが連れてくるだけあって、ギンちゃんはいい奴だった。一つだけ、気に食わないところがあったけれども。

「ギンちゃん、私はあなたを「ちゃん」付けで呼んでるけど、そっちが呼び捨てっていうのはフェアじゃないわよ」

 私がそういうとギンちゃんは観念して、未来ちゃんと私の呼び方をかえた。

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