第12話中学校時代と帰らない姉

 私たちは、中学生になった。

 女子は紺色のプリーツのスカートを身に纏い、男子は真っ黒な学ランを着るようになった。そして、中学校に入るタイミングになって転校生たちが何人か入ってきた。転校生たちは、すでに出来上がっている人間関係にびっくりしていた。それぐらいに小学校で出来上がった人間関係は強固であったのだ。

 そんなふうに周囲は変化したのに、家政婦は相変わらず弟にかかりっきりだった。しかも、とある理由で家政婦の負担は増していた。

 家政婦の代わりに家事を担っていた姉の幸が、なぜか高校進学を切欠に家に寄り付かなくなったのだ。帰ってきても夜にこっそりと帰ってきて、朝日が昇る前に姉は出て行った。家政婦は弟の世話にてんてこ舞いで、幸については全く触れなかった。父も幸のことは、最初からいないかのように振舞っていた。

 どうやら、幸は高校で悪い友人と知り合って仲間になってしまったらしい。私がそれを知るまでには、三ヶ月ぐらいかかった。私自身も中学校生活が始まって、なんだか戸惑っていたせいだった。

 中学校は、小学校とは違って部活というものに入らなくてはいけなかった。私は勉強をしたかったから、運動部や活動的な文化部には入りたくはなかった。私は、英語研究部というものにはいった。私以外の部員はいなくて活動なんてしていない部活だったけれども、部室という名目で小さな勉強部屋が手に入ったことがよかった。顧問はやる気のなさそうな英語教師だったので、教えを請うということは余り期待できなかったけど私には参考書があればよかった。

 ビッくんはオタク系の部活に入るかと思ったけれども、彼は陸上部に入った。走ることをビッくんは選んだのだ。ビッくんのオタク仲間は、走ることを選んだビッくんを少し不思議そうにみていた。中学校にはイラスト部があって、そこはオタクの巣窟みたいな部活になっていたからだ。ビッくんのオタク系の友達は、ほとんどそっちに入部していた。

 ビッくんが走ることを選んだのは、オタクの趣味よりも走ることが好きだったというわけではないだろう。中学生になっても、小学校のころと変らずにビッくんは本屋さんにいっていたし、オタク友達とも喋っていた。

 たぶん、ビッくんは逃げるために陸上部に入ったのだ。キララの母親に追いかけられたときに、私とビッくんは一緒に逃げた。あのときの私たちの武器は、自分の足だけだった。きっとビッくんは、そのときに脚力は最強の武器になると気がついたのだろう。

 だから、ビッくんは逃げるときに役にたつようにと足を鍛えることにしたに違いない。

 放課後に校庭を走るビッくんを見ることが何度もあった。

 校庭を走るビッくんは、走る獣みたいだった。

 走るというのは息が切れて苦しくなるのに、ビッくんが走る姿はすごく楽しそうだった。まるで、自由に本能を開放することを許されたみたいだ。

 私は、その姿をみてビッくんをさらに好きになった。

 何かに打ち込む姿は格好良かったし、走る獣のような姿は普段のビッくんとは違って野性味があった。

 ビッくんと共に陸上部に入った新入生は結構いた。そのなかには、転校生も一人紛れ込んでいた。転校生はビッくんと同じぐらいの足の速さで、よくビッくんと一緒に走っていた。

 来る日も、来る日も、二人はずっと走っていた。

 私は、ずっと二人が走っている姿を見ていた。

 ふと、気がつくと私はもうビッくんに「結婚して」と迫ることはなくなっていた。キララのことがあったせいかもしれないし、中学生になったからかもしれない。私たちは、いつの間にか大人に近づいていたのである。幸が家に帰ってこなくなったのも、彼女が私たちよりも大人に近づいているせいなのだろうか。

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