第11話小学校時代とキララとの別れ
小学校も、いよいよ卒業する日が近づいてきた。
私たちは中学校という未知の場所に行くことと新しく制服が着れることに、少しばかりわくわくしていた。けれども、小学校のほぼ全員が同じ中学校にあがることもあって、なんだか安心感もあった。そんな日々のなかで、私とビッくんは職員室に呼ばれた。
私たちは「何だろう」と顔を見合わせて、職員室に向った。
職員室には、見知らぬ男の子がいた。身長が高くって、綺麗な顔をした男の子だ。その綺麗さは、テレビの向こう側にいるタレントと同じぐらいだった。誰だろう、と私とビッくんは思った。
「キララ、だよぅ」
男の子は、どこか自信なさげに呟いた。
私とビッくんはびっくりした。でも、よく見れば顔立ちにキララの面影があった。でも、顎には青いひげが生え始めていて、あの頃の可愛らしさはほとんど残っていなかった。最後に見たときよりも、ずっと身長が高くなっていた。
「本当に、キララなの?」
尋ねると、キララは頷く。
その仕草はどこか幼くって、可愛かった頃のキララの面影があった。目の前にいるのは、髪を切って、服装を男のらしく改めにキララなのだ。
「ごめん。びっくりさせる気はなかったんだけど」
キララは、どこかビッくんに似た気弱さをかもし出していた。女の子の恰好をしていたときの強気な彼は、どこにもいなかった。
「えっ、ええっと」
私は、何を聞いたらいいのか分からなくなった。
だって、そんな言葉だってキララを傷つけてしまうような気がするから。キララは、そんな私の心を読んだように答えた。
「都会に住んでるんだ。今は」
「そうなんだ……親戚の家とか、そっちにあるの?」
私の言葉に、キララは少しばかり困ったように答えた。
「今は、施設にいるから」
施設という言葉に、私とビッくんは戸惑う。キララが今いるのは養護施設というものらいしくて、アニメや漫画に出てくる孤児院みたいなものらしい。
「今、お母さんの裁判で色々と大変で……それが終わった叔父さん夫婦が引き取ってくれる予定なんだけどね」
キララは、そう付け加えた。
「そうなんだ……じゃあ、中学校からはもっどって来るの?」
ビッくんの言葉に、キララは首をふる。
「戻らない」
とキララは言った。
「正確には、戻れない。叔父さんは、都会の人だし。ここは狭い町だから、戻らないほうがいいって色々な人が言うし」
キララの言い分が、分かってしまう。
ここは、狭い町だ。
一度でも傷がついた人間には、あまり優しくはない。
「でも、卒業前に二人には会っておきたくて。……ごめん」
キララは、頭を下げる。
「たぶん、僕は二人に傷をつけた」
キララは、一人称すら変っていた。前は私だったのに、今は僕である。
私とビッくんは、戸惑うことしかできなかった。私とビッくんは部外者で、被害者はキララだった。なのに、キララは謝った。
「僕は、母親の操り人形になることを喜んでた。それ以外のことは、なんにも考えなかった。なのに、未来ちゃんとビッくんは僕を助けてくれた。でも、助けてくれた分……恐いものを見せたと思う」
キララの言いたいことが、ようやく分かった。
自分の秘密を知られたくはなかったキララのお母さん。そのキララのお母さんの秘密を発見した時の形相。たぶん、それはキララがずっと隠したかったものなのだろう。
鬼になった母親の姿を。
「大丈夫よ。私は、大丈夫。ねぇ、ビッくん」
あんなもの見せられたところで、なんともない。
そう伝えようとしたのだが。
「…………うん」
ビッくんは、何ともいえない微妙な雰囲気をかもし出した。
なんというか「これ恐かったんだろうな」と分かるような雰囲気だ。
私とキララは、顔を見合わせた。
そして
「怖くて普通だね?」
「そうよね、そうよね」
と交互にビッくんのフォローをする。
なんだか、笑ってしまった。
なんだ、キララっていう子は話せる子ではないかと。
「あなた、ビッくんに恋していなかったでしょう?」
私は、キララにそう尋ねた。
キララは意外なほどに素直に「うん」と答えた。
「お母さんが女の子は恋するものだと思っていたから、だから僕はビッくんに恋するふりをしたんだ」
ビッくんはうろたえた。
けれども、ビッくんは逃げなかった。
そのとき、私は初めてビッくんはそれほど弱くはないのだと思った。本当に弱かったら、きっとこの場にはいられなかっただろう。
「ねぇ、キララ。あなたって、男の子なの女の子なの?」
母親に強いられていたから女の子でいたのか。それとも強いられる前から女の子であったのか。
私の疑問に「男の子だよ」とキララは答えた。
ビッくんは、それに少し怯えていた。
「男の子だけど、女の子のフリをしていたんだよ」
キララは言う。
「本当は男の子」
キララは、そう断言する。
だとすれば、キララの母親には残酷なことであっただろう。
だって、女の子であって欲しいと願っていた我が子が男の子。
可愛い女の子になるように、キララという名前までつけたのに。
私は、首を振った。
キララの母は、犯罪者になったのだ。それに、キララの母が人殺しをしなくともキララに酷い虐待をしていたことに変わりはない。被害者はキララだ。加害者の母親の気持ちを想像するのは、キララに悪いのかもしれない。
「キララは、今は幸せ?」
私は、そう尋ねた。
ずっと気になっていたことだった。
心配だったのだ。
キララの母はキララを虐待していたけれども、私は母と子を引き離してしまった。それが、キララを不幸にしていないかと。
「不幸ではないよ」
とキララは答えた。
かつてとは全然違う口調で、今の自分の言葉でそう語った。
「幸福ではないの?」
私は、そう尋ねた。
キララは、首を振る。
「幸福というのは、もっとふわふわというものだよ」
キララの言葉に、私は「ああ、そうだね」と思った。逆に、教師はキララの言葉を理解できないみたいだった。
ああ、なんて。
なんて、鈍具な大人たちであろか。
幸福というのは、無邪気でなければつかめないものなのだ。少なくとも、子供から見る幸福と言うのはそういうものだった。大人に与えられるものが正しいと信じられることが、子供の幸福であった。だが、残念ながら私たちのそういう時代はすでに過ぎてしまった。
私たちは、子供としての幸福はもう得られないであろう。
私とビッくん、キララは、教師に落胆たんした。
いつか大人になっても、教師のような鈍具な人間になるまいと思った。
「あなたは、いつか幸福になりたいの?」
私は、キララに尋ねた。
「幸福にはなりたいよ」
キララは答えた。
幸福とは、どうやればなれるのだろうか。
子供が無邪気に大人を信じるだけの幸福は、もう私たちは得られない。大人が得るような幸福を自分で探しに行かなければならない。
けれども、どうすれば幸福になれるのか――。
残念ながら、私にはまだ答えられなかった。
「……いつか、キララはこの町に戻ってくるの?」
私は、キララに尋ねた。
キララは「分からないけど、もう戻ってこないと思う」と答えた。
今生の別れなのだ、と私とビッくんは思った。もう二度とキララは、この町には帰ってこないだろう。そして、私もビッくんももう彼には出会わないだろう。
「分かった、バイバイ」
「……バイバイ」
ぎこちなく、私とビッくんは手を振った。
キララも苦笑いしながら「バイバイ」と呟いた。
そうやって私とビッくんは、キララと分かれた。
ビッくんと私は、職員室から出ても喋らなかった。分かるのは、もうキララがここには帰ってこないだろうということだけだった。こうして、私たちの小学校時代は終わった。
小学生という時代は、きっと人によってはただ平和な時代であるに違いない。私たちも家庭やキララのことをのぞけば、興味があった事件といえばビッくんのこととキズナクエストというゲームのことぐらいだった。
テレビでは身長の小さい女の子たちがアイドルとして活動したり、日本で最年長の双子のおばあさんが笑ったりしていた。そういうものにしか興味がなくて許される時代。
そんな緩やかな子供時代は、終りを告げたのだ。
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