第8話小学校時代と不登校

 キララは、数日後に学校にやってきた。相変わらずのピンクのふりふりで、お母さんが望んだ可愛い姿だった。相変わらず、我侭いっぱいのキララ。

 相変わらず、彼女はビッくんに「結婚して!」と迫っていた。私も、ビッくんに「結婚して!」と迫っていたけれども。そして、ビッくんも相変わらず逃げていた。そんなふうに私たちは、小学校六年生になった。

 幸は中学校三年生で、進学を控えていた。

 なのに、幸の成績は低迷し続けていた。幸の希望する進学には学力は全然足りなくて、受験する学校のランクを下げなければならないようだった。幸はそれが嫌だったのか必至に勉強していたけれども、成績はぜんぜん上がらなかった。相変わらず、幸は家政婦の代わりに家事を多くこなしていた。幸は頑張っていたけれども、自分の時間をすべて勉強に使える同級生とは全然状況が違っていた。

 でも、そんなことは家政婦は全然気にしていないようだった。

 幸も文句も不満も言っていなかった。

 それでも、傍から見ていると凄くいびつだった。幸は家政婦に仕える、奴隷みたいに見えることが時よりあった。家政婦と弟の奴隷。

 血が繋がっているから、逃れられない呪縛。

 私は、初めて血の繋がりが恐いと思った。血が繋がっているからこそ、幸は家政婦の奴隷になる。血が繋がっていなかったら、幸は家政婦とも弟とも離れられるのに。

「家族を棄てたいと思ったことはある?」

 私は、幸にそう尋ねたことがあった。

 幸は、少しだけ笑った。

「棄てられないよ……。だって、育ててもらった恩があるし」

「もう、恩なんて返したと思うよ」

 未来ちゃんは強いな、と幸は笑った。

「あのね、恩なんて実のところ売った者がちなんだよ。だって、単位がないから適切な返す量が分からないでしょう」

 これからずっと幸は母親に縛られて生きていくのだろうか。私は、心配になった。私と血の繋がっている父は、子供に興味がないようだった。だから、私は父親に育ててもらった恩というのを感じたことはない。

 けれども、幸が言いたいことは分かった。

 恩を売られた人間は、きっと不幸だ。

 

 こんなことを考えながら、私たちは最後の月日を過ごした。事件が起ったのは九月のことであった。六年生になった私たちは、肉体は大きく成長した。特に、キララは一気に身長が伸びた。ビッくんも私も追い越して、いつの間にかキララは青年のような顔つきになっていた。そのころになって、私たちはようやく気がつき始めた。

 キララは、女の子じゃなかった。

 女の子の服を着せられた、抑制された男の子だった。声変わりの始まった声とフリフリのワンピースは全然似合わなかった。クラスの誰もが、キララの異様さをひそひそと噂した。そのなかで、キララだけが何時もどおりに振舞っていた。

 ビッくんに「結婚して」と迫ったり、私とにらみ合ったりしていた。

 ただ、キララの肉体だけが変っていった。

 可愛い女の子みたいなキララはどこにもいなくて、青年に成長しつつあるキララが教室にはいた。キララが男の子だったのは一目瞭然だった。けれども、私もビッくんも、キララには何時もどおりに接した。

 何時もどおりに逃げたり、ライバル視したりした。だって、キララは身長が伸びた以外は何にも変っていなかった。変ったのは、周囲だった。

 キララが学校を休んだ。

 前にみたいに、私がプリントを届けにいった。

 前と同じようにキララのお母さんが出てきて、私に上がるように言ってくれた。そこで見たのは、かつて合ったような写真に囲まれた居間ではなかった。数え切れないほどあった写真は、いまや何一つなかった。まるで人生の汚点を隠すかのように、全てが撤去されていた。そして、よく見れば居間は散らかっていた。前に見たときは綺麗に片付いていたのに、今は食事の器がほったらかしになっていた。そして、それは何故か一人分しかなかった。

 嫌な、予感がした。

「あの……」

 私は勇気を出して、キララのお母さんに話しかけた。

 キララのお母さんは、にこりと笑った。

「キララ、不細工になったでしょう」

 お母さんは、そう言った。

 一年前は、キララを溺愛していたお母さんが笑いながら言ったのだ。

「小さくて、可愛い女の子が欲しかったのに。なんで、あんなに不細工になっちゃったのかしら」

 困ったように、お母さんは呟く。

 私は、キララの身が心配になっていた。なんとかキララがいる気配を感じようと周囲を観察するけれども、キララがいる気配は感じられなかった。それどころか、やっぱり汚れた食器は一人分しかない。恐くなって、私はキララのお母さんに向って言う。

「お母さん、キララに会わせて」

 私の言葉に、キララのお母さんは目を剥いた。

 ぞっとするほどに、恐い目だった。

 まるで、鬼だ。

「ごめんなさいね。キララは具合が悪いの」

 お母さんはできるだけ、穏やかな様子で私にそういった。

 ただし、私には「関るな」と言っているようにしか見えなかった。

「これで、おいとまします。でも、明日も来ます。プリントがたくさんあるから」

 私はそういって、キララの家から出た。

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