第6話小学校時代とキララ
五年生になって、しばらく経つと私たちのクラスに転校生がやってきた。
とても中途半端な時期にやってきた転校生は、可愛い女の子だった。ピンク色のフリフリのワンピースに、綺麗に整えられたツインテール。親の仕事の都合で引っ越してきたという女の子は「キララちゃんです。よろしくお願いします!」と頭を下げた。
キララというとんでもない名前は、私たちの間で瞬く間に有名になった。何せ私の未来という名前でさえ、かなり珍しいものだった。そんな古臭い親たちがいる町で、キララというキラキラネームの子供はいるだけで目立った。
でも、キララはそれだけじゃなかった。
キララはお姫様だった。フリフリのワンピースをいつでも着ていたから、というわけではない。我侭だったのだ。図工の時間でちょっとでも作っているものがキララと被ると、彼女は盛大に泣いた。
「それ、キララの真似をした!」
と泣き叫び、泣かれた女子生徒と呆然とさせた。
クラスの係りでも同じ様な具合で、彼女はプリント類を配布する係りだったのだが「みんなの名前わかんない!」と泣き叫んで、別の係りとなった。
キララの我侭っぷりは他のクラスでも有名なり、彼女の周りから人がどんどんといなくなった。彼女に泣かれると厄介なので、彼女がやりたがっていることは全て彼女の役割になった。
彼女がやりたかったのは具合が悪い人を保健室に送り届ける、保険係だった。でも、具合が悪くなる人なんて滅多にいないから、主な仕事は週一回の保健室掃除ぐらいだった。
キララは掃除はちゃんと真面目にやっていたけれども、気に入らないことがあれば泣くという性格からその掃除に協力してくれる同じ係の人はほとんどいなかった。また何かあれば泣かれて面倒なことになる、と思ったのだろう。クラスに保険係は三人いたが、キララのほかの保険係は口裏を合わせて「保健室の掃除は一人ずつ持ち合わせでやっている」ということにしていた。
他の人間も同じようなことを考えたせいもあって、それとなくキララはクラスから孤立していった。教師はきっとそれに対して何かしらのアクションを起こすべきだったのだろうが、教師は何も言わなかった。教師は教師で、キララの我侭っぷりに困っていたのだろう。
私も、できるだけキララと距離をおいていた。
でも、とあることでキララと全面対決をしなければならなくなってしまった。私は相変わらずビッくんに「結婚しよう!」と迫っていた。ビッくんはそのたびに逃げ回っていて、私たちの鬼ごっこは何だか恒例のイベントみたいになっていた。
そんなときに、キララは突然叫んだのだ。
「私もビッくんと結婚する!!」
その一言に私は凍りついた。
ビビリのビッくんを好きになる物好きなんて、今までいなかった。ビッくんはというと、今まで見たこともないようなスピードで逃げていった。なんというか、ビッくんは今まで手加減して逃げていたんだなというスピードだった。だって、それを見ていた男子生徒が「あいつ、オリンピック目指せるぞ」と呟いていたぐらいだった。
「どうして、ビッくんと結婚したいの!」
私は、キララに詰め寄った。
キララは、すぐに涙目になって「だって、ビッくんが優しそうだったから……」と言った。私はイライラしていた。私のほうがずっと前から、ビッくんが好きだったのだ。それなのに、いきなり「結婚したい」というのはズルイ。
私がキララをにらみつけていると、空気を呼んだクラスメイトたちが私たちを引き離した。そして、子供だけのクラス会議が開催された。こんなことでもしなければ、私はキララに殴りかかっていただろう。
大人から見れば、馬鹿みたいな会議が教室で開かれた。
とどのつまり、私とキララどちらにビッくんに「結婚して」と言う権利があるかどうかの会議である。大人が一人でもいれば、大爆笑ものだっただろう。だが、このときの私たちは真剣そのものであった。ついでに言うと、今回の最重要関係者であるビッくんははるか遠くに逃げており、参加していなかった。
そこで私は、私のほうがずっと前からビッくんのことが好きだったと語った。だから「結婚して!」と叫ぶ権利は私にあるのだと。でも、キララも譲らなかった。
キララは好きになったんだから「好き」という権利があると主張した。どちらも、一歩も譲らなかった。こんな会議を設けたクラスメイトはというと、私たちの論争を聞いたりビッくんを捕まえるのに一生懸命になっていた。ビッくんがなかなかクラスメイトに捕まらないので、私たちの論争もヒートアップしていった。
私は「結婚は、最初に結婚している相手と別れなければずっと有効だ」と論じて、キララは「そもそも未来ちゃんとビッくんは結婚していない」と論破した。互いに、気合だけは一歩も譲らなかった。
そんなふうに熱くなった教室に、ビッくんは引っ張られてきた。涙目になりながら引きずられてきたビッくんは、会議の中心に居ながらにして最大の被害者だった。
「どっちと結婚するの!」
私は、ビッくんに詰め寄った。
ビッくんは、恐怖のあまりに泣き出した。
「どっちも、やだ!!だって、恐い!」
「恐くない!!」
私とキララは、ビッくんに「私と結婚しなさい」と詰め寄った。そのたびに、ビッくんは声を上げて泣いていた。クラスメイトたちは止めるべきか悩んだり、泣いているビッくんを面白がって笑ったりしていた。
ビッくんは、とても大きな声で叫んだ。
「恐い人とは、結婚しないから!」
棄て台詞のように避けんで、ビッくんは教室から逃げていった。誰も追いつけないような速さでだ。取り残された私とキララは、互いににらみ合った。
「ビッくんは、私と結婚するの!」
「キララとよ!」
つまり、私とキララはビッくんの気持ちなんてこれっぽっちも考えていなかったのだ。
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