第3話小学校時代とキズナクエスト

 私の家は、夏休みにイベントに連れていってくれるような家ではなかった。

 私の父親は、医者だった。ずっと町に住んでいて、町で最も重要な人材の一人だった。私の死んだ祖父も医者だったので、そのせいもあって町の老人たちは、私の家が神社であるかのように恭しく扱った。 

 家は比較的大きかったけれども、友達を家に呼んだことはなかった。一度友達を家に呼んだことはあったが、父や家政婦が良い顔をしなかった。私は、この二人は実のところ子供が嫌いなんだと思った。なら、どうして父は私を作ったのだろうか。

 きっと世間的に子供が必要だから私を作ったに違いない。

 とどのつまり、私は父親にとって趣味の良い車のような存在だった。さほど好きではないが、もっていなければ「何故?」と問われてしまうもの。だから、父親は私に最低限の興味しかなかった。

 通信簿とテストの結果にだけ目は通す。

 けれども、授業参観にも学校の行事にもきたこともなかった。

 父親は常に忙しくて、どこかに連れて行ってもらったという記憶も私にはない。そんなときドラマやアニメでは、飛び切り優しい母親がいるものだけども物心付いたときから私に母親はいなかった。私が小さい頃に、田舎の暮らしに飽き飽きして都会へと戻って行ったらしい。父との離婚は、特にモメたりもしなかった。私を世間体のために必要としていた父とは違って、母は私の親権を欲しがったりはしなかったらしい。都会の女に戻った母親から便りがきたこともなかった。

 母の代わりに家のことをやっていたのは、雇いの家政婦だった。

 三十代ぐらいの女性で、彼女は父親を神様のように信仰していた。なんでも彼女の父親が、父の病院で大変世話になったようであった。そして、田舎暮らしに飽き飽きして出て行った私の母親を神を裏切った悪魔のように憎んでいた。きっと神のように素晴らしい父親と離婚する女の気持ちが分からなかったのだろう。

 父親が夜遅くに帰ってくるので、家で私と会話するのは主にこの家政婦であった。この家政婦にとって、私は神様の付属物であった。父の食事の用意をするついでに、私の食事の用意もされた。父が生活する場を整えるついでに、私の世話もされる。

 家政婦は時折、私を見て呟く。

「男だったら、跡取りだったのにね」

 彼女のなかで、私は神様の跡取りにはなれない子供だった。だから、私はぜんぜん大事にされていなかった。最低限の世話だけされる哀願動物みたいだった。

 それを聞くたびに「ふざけるな」という気分になった。

 なぜならば、家政婦の子供も女ばかりだった。

 つまりは、彼女も跡取りを産んでいない。跡取りなんて、彼女の周りには一人もいなかったのである。

 つまりは私たち女にとって、跡取りというのは架空の存在みたいなものだった。

 言葉としては知っているのに自分の周りには一人もいなかった。そのわりに、自分の周囲には跡取りという言葉で他人を振り回そうとしている大人がたくさん居たように思われた。

 私は、ぼんやりと「跡取り」になりたいのだと思うようになっていた。少なくとも跡取りになれば、大人たちは自分のことをちゃんと見てくれるような気がしていた。だから、私は周囲の人気者であろうとした。

 勉強もがんばった。

 すべては跡取りになるためだった。

 そんな思いもあって、夏休みはずっと勉強していた。町には塾もあったけれども、私は通わなかった。父親に通いたいというのが癪に障ったし、近くの塾は二件ぐらいしかなかった。そして、町の勉強熱心な親を持つ子供のほとんどがそこに集中していた。努力している姿を見せるのが、なんだか私は嫌だったのだ。

 そのため、与えられた小遣いで私は問題集を買いあさった。小遣いだけは潤沢であったことに、初めて私はありがたいと思った

 そして、その本屋で勝利に再会した。

 勝利は、長いこと本屋で漫画の背表紙を眺めていた。きっとお小遣いがたりなくて、足りなかったのだろう。けれども背表紙だけで、物語を想像しているのだろう。勝利の目はきらきらと輝いていた。その横顔を見るのが妙に楽しくって、私はひっそりと勝利を眺めていた。

 勝利は、少年漫画の戦闘ものが好きらしかった。

 小学生というよりは中高生をターゲットにした雑誌の漫画だったから、勝利はちょっと早熟な少年だったのかもしれない。勝利のような少年少女は、けっこういた。田舎の子供のお小遣いでは、一か月分でも漫画一冊買えないことが多かった。

 私は何度か問題集を買いに行ったが、わりと高確率で勝利と遭遇した。そして、勝利のような子供たちにも何度も遭遇した。全員が見慣れた顔だったので、私が知らないところで本屋に集まる子供たちはどんどんと仲良くなっていったようだった。

 つまりは学校のグループ以外で、友人の輪が出来上がりつつあったのだ。勝利がなかに入ろうとしていたのは漫画好きだけど漫画を買えずに、自分たちで空想のストーリーを考えているグループだった。

 平たく言えば、オタクのグループだ。

 けれども、本屋で話しこむ勝利たちは凄く楽しそうだった。

 私は、それをただ見ていた。

 だって、彼らはオタクのグループだ。私は勉強のできる人気者だったから、彼らの輪の仲に加わることはできなかった。だが、勝利が他人と仲良くなるのは癪にさわった。

 どうすれば、勝利と彼らを引き離すことができるだろうかと私は考えた。

 そして、私は彼らから居場所を奪うことにした。

 私は近くにスーパーで安売りされていた目覚まし時計を大量に購入した。そして、それをひっそりと懐に潜ませて本屋に行った。本屋に勝利たちがいると、彼らの近くに目覚まし時計を投げ込んだ。安売りされた目覚まし時計は投げられただけで、けたたましい音を立てた。勝利たちはびっくりしていたが、店の店員も客も同じようにびっくりしていた。

 私は勝利たちを見かけるたびに、同じことを繰返した。

 あんまりにも同じことが続くので、店員たちは勝利たちを店でイタズラする困った子供たちと誤解した。学校にも苦情がいったらしくって、勝利たちはそれから書店に顔を出さなくなった。私は大満足で、勉強に打ち込んだ。

 そして、夏休みは終わった。

 私は意気揚々と「タマッチのイベントに参加した」と友人たちに言うはずだった。そして、勝利は興味深々で私の手元を覗き込んだはずだ。

 だが、クラスの話題にタマッチは上がらなかった。クラスメイトたちは、タマッチではなくて新しく発売されたゲームに夢中だった。

 クズナクエストと題されたそれは登場するモンスターを次々と仲間にしてクリアを目指すゲームで、小学生の間で爆発的に流行っていた。だが、CMはそれほど流していなかったので、私はそのゲームのことを知らなかったのだ。

 私がスケルトンブルーを盗んだ女の子も、キズナクエストに熱狂していた。キズナクエストを持っていなかった私は、クラスで奇妙に浮いてしまった。だが、女子の一部には持っていない子もいたし、アニメ放送もしていたので私の存在はそこまで可笑しく見られることはなかった。

 一方で、男の子たちのキズナクエストへの熱狂は凄かった。

 ゲームを持っていない子なんていなかったし、話題のほとんどがキズナクエストだった。そんななかで、勝利はキズナクエストを持っていなかった。どうしてなのだろうと気になったけど、それを尋ねるチャンスはなかった。勝利と仲がいいオタク仲間の子もキズナクエストを持っていたから、私のように存在すら知らなかったというわけではなさそうだった。

 勝利はキズナクエストの漫画もアニメも見ていたし、ゲームを持っている男の子たちの話題にもついていけているようだった。

 勝利の行動に疑問を覚えながらも、私はお小遣いでゲームを買った。プレイしてみると、驚くほどに面白かった。タマッチが単純なゲームであったと思わざる得ないほどのデキあり、ストーリーも素晴らしかった。田舎の少年が一匹のモンスターと出会って、たくさんのモンスターとキズナを結ぶ。そして、世界チャンピオンになるという話しだった。

 単純な話しである。

 だが、私以外の子供たちが熱狂したのは自分の努力が認められる話だからだったのだろう。ゲームを進めるという努力をプレイヤーはして、それが認められるストーリー。私たちがなかなか味わえない達成感を味あわせてくれる話であった。

 私は、そのゲームを何度も繰返していた。

 そして、何度も何度も世界チャンピオンになった。

 跡取りにも、こんなふうになれたらいいなと思った。

 私の努力が、報われるみたいに。

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