俺の入院日記 その2

 先日夫婦揃って面会に行った時だ。


 息子の壮太の様子がどうもおかしいという。


 彼が入院している病棟は、閉鎖病棟といって、出入り口は強化硝子きょうかガラス製の扉で仕切られており、基本的に主治医の許可がないと患者は外出は出来ない決まりになっている。

 当然ながら面会も制限されていて、通常平日は午後1時~4時迄、土日祝日は午前中でも可能であるが、肉親ならばそれほどうるさく言われることもない。


 この病院は、最初罹かかったクリニックの医師の紹介によるものだった。


 病院自体は落ち着いた雰囲気で、よくホラー映画などで描かれているような薄気味悪さはない。


 それで安心して、壮太を入院させたという。


 最初の頃は家にいた時と比べて、症状も落ち着いているようにみえたのだが、何度か面会を重ねるうちに、彼の様子が変わってきたのだ。


 ・目つきがおどおどしている。

 

 ・明らかに体重が落ちている。


 ・そして手首に傷があったり、青あざが出来ていたりする。


大体、こんな感じだそうだ。


 ただ本人に訊ねても『何ともない』としか答えないし、それではと、看護師や主治医に訊ねてみても、


『特に変わったことはない』


 という、ありきたりな返答が返ってくるだけだった。



 精神科の病院への入院形態は、主に3つに分けられている。


1.任意入院。


2.医療保護入院。


3.措置入院。


 である。


 細かく説明するとややこしくなるので、かいつまんで話すと、


1の『任意入院』は、患者の意思で入院するもので、基本的に患者が『退院したい』といいえば、いつでも退院は可能だ。

 

 もっとも、そうはいっても病院のことであるから、最終的には主治医の許可が必要になってくるのだが、しかし3つの内では一番軽いと思って差し支えないだろう。


2の『医療保護入院』は、本人の意思というより保護者、つまりは家族や親族の意志が優先される。

 この形態は主に希死念慮きしねんりょ・・・・即ち自殺願望が強いとか、現に自殺未遂を試みたとかいうような、目を離すと『生活そのものに支障を来たす』という場合に適用される。

 本人の意思が考慮されないということを除けば、それほど重いという訳ではない。


 最後は3の『措置入院』であるが、これが3つの中で一番重く、本人や家族の意思よりも、主治医、行政(政令指定都市の市長等)、そして役所が定めた指定医の三者による入院で、つまりは文字通り行政命令による入院となる。


犯罪を犯したりして、精神鑑定の結果こうなる場合が殆どであり、当たり前だが退院も本人や家族の意思よりも、前述の三者の判断、特に主治医と指定医の判断が重んじられる。


 しかし幾ら重いといったって、別に刑罰ではないのだから、医師が『治った。大丈夫ですよ』と判断されれば、退院も可能である。


 息子の壮太はこのうちの『1』、つまりは任意入院であるから、本人の意思で、いつでも退院は可能なので、それを盾に何度か家族が『退院』を願い出たのだが、医師は、


『最低でも1か月の安静が必要です』


 と言われた。


 しかしその1か月を過ぎても、どういう訳かなかなか退院の許可が出ない。


 病院の内情を知ろうにも、面会に来ているだけではなかなか本当のことは分からない。


 そこで俺、乾宗十郎に病院に乗りこんで、事実を探ってほしいというわけだ。


『つまりは、私に入院をしろ、と言う訳ですな?』


 俺の問いに、夫婦は揃ってじっとこっちを見つめた。


 


 


 





 



 






 



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