俺の入院日記 その3

 結局、俺はこの依頼を受けることにした。


 しかし、そこではたと考えた。


『一体病院、それも精神科病院にどうやって入院すればいいのか?』と。


 病院に入院するためには、まず医師の診断を受けなければならん。


 いきなりM病院に行ってみたところで、診察して『じゃ、入院ね』となるかどうか疑問だ。


 俺は、前にちょっとした事件の調査で顔なじみになった精神科医である植田博士の下をを訪れた。

 

 博士はうつ病の権威として知られ、国立大学の元医学部長。著書も複数あるほどの有名人だった。 


 肩書に惹かれたわけじゃないが、彼の診察ぶりと人柄は信頼できる。


 始め博士は、


『病気でもない人間に、偽の診断書なんか書けない。違法行為の片棒を担ぐ事は出来ん』と、断固拒否された。


 当たり前だろう。


 まともな医者なら誰だってそう考える。


 しかしここで引き下がる訳にもいかない。


 何とか食い下がった。


『博士の考えは至極もっともです。私だってそんな依頼をされたら、同じように答えるでしょう。しかし、しかしです。これには一人の人間の命が懸っているかもしれないんです。私はミステリーに出てくる名探偵達のように「」なんて、暢気のんきな真似は出来ませんし、するつもりもありません。』


 格好をつけたつもりはない。


 本気でそう思ったのだ。


 しかしながら、博士は相変わらず渋っている。


『違法行為の片棒を担がせるつもりはありません・・・・実は最近、私は本当におかしいんです。夜眠れないし、気分は重たいし、何よりも酒が呑めなくなった・・・・おまけに私は探偵で、銃を持ってます。このままだと仕事に差し支えるんですよ。分かりますか?』


 博士は俺の目をじっと見据え、1分ばかり考え込んだ。


 そして結論を出した。


『分かったよ。診断書と紹介状を書こう。』


 彼が名医であると、俺は改めて確信した。



その日のうちに、俺はM病院に電話をし、中村壮太と同じ主治医である、久保田医師の診察を受けることになった。


『乾宗十郎・・・・職業は私立探偵ですか・・・・』


 偽名を使うことや職を偽ることも考えたが、そこまで博士に迷惑はかけられない。


 久保田医師は年齢は40歳ほど、小柄で眼鏡をかけた、あまり風采の上がらないタイプに見えた。


『植田博士は私も何度か講演を拝見して、個人的に尊敬している・・・・立派な先生なんだが・・・・しかし先生に診て頂いているのに、何でわざわざ入院なんか』


 紹介状と診断書を読み終わった後、多少いぶかしげに俺の顔を見て言った。


『入院して、徹底的に病気を治したい。そう思ったんです』


 俺はわざと声のトーンを落とし、ぼそぼそと上目づかいに訴えかけた。


 こう見えてもプロだ。

 

 このくらいの演技力は心得ている。


 久保田医師は腕を組み、俺の目を見ながら、


『分かりました・・・・では1か月、入院加療ということにしましょう。』


 彼はそう言って診察室の机の上のインターフォンのスイッチを押し、もったいぶった口調で、


『B棟西4階の看護師長を』と告げた。














 


 

 

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