8、これは試験じゃない。喧嘩だ

 二対一。爪は鋭く、刃は重い。

 だが剣速で上回る青鬼には届かない。

 それでもシロナが上から爪で襲いかかる。続けて桃山は腰骨を断とうと横一線に振りぬく。青鬼は当然のように防ぐ。予期していた桃山は相手を軸に駒のように回転、青鬼の背後をとった。そのまま心臓めがけて肋骨の間から刀身を滑りこませる。

「それがどうした? 私はお前より先にいる。心だけではない。身体までな」

「化け物め!」

「お前もまた、同類だ」

 町の喧嘩とは違う。予言めいた不穏な言葉に桃山は力だけではどうにもならない感覚を募らせていく。その一瞬に気をとられてしまう。

 青鬼は胸から飛び出した桃色に輝く刀身を掴んだ。

「な」

 桃山は物干し竿の柄で横合いから殴られ、倒される。頭を殴られた衝撃で、すぐに逃げられなかった。

「ご主人様!」

 シロナは全力で駆けていた。桃山を抱き上げて、離脱。

 青鬼は胸に日本刀が刺さったまま容赦なく一刀を見舞っていた。白い影を的確に狙う。だがシロナの忠誠心が半歩速い。

 アスファルトが無残に砕かれていた。

 それでもふたりは安全圏まで逃げ切れなった。ろくな着地もできずふたりは転がる。半歩分。青鬼の切っ先がわずかにシロナの脚を掠(かす)めていた。

「私に、獲物以外を斬らせたなッ!」

 青鬼は激怒した。

「逃げてください、ご主人様」

 受け身もとれなかったシロナは激しく身体を打ちつけていた。腿の創傷から血の代わりに自身を構成する霊力が流出していく。そのまま気を失ったように顔を伏せる。シロナは自力では逃げられない。

 青鬼は桃山の日本刀を背中から抜き捨て、物干し竿を両手で構えていた。

 桃山の手には武器もなく、脚に力が入らず助けにも間に合わない。

「シロナッ」

 上段から振り下ろされる必殺の一撃。

 食い止めたのは白い壁だった。殺到した護符がシロナの上で盾となり、青鬼の一刀を見事に防いでいた。

「そこまでだよ」

 晴明が近づいてくる。

「つまらん茶番に付き合わせたな、陰陽師」

 青鬼は力をこめる。だが護符による盾は揺るがない。たかが紙であるはずの護符の束は鉄壁のごとき硬度を誇る。

「無茶はしない方がいい。僕の護符は破れないよ。いくら鬼化(おにか)した君でも自慢の刃がへし折れることになる」

 晴明はさらに護符を放つ。白い蛇のようにうねり、青鬼に巻きついて自由を奪う。澄んだ表情だが、晴明の目は笑っていない。呆然とする桃山の腕をとって立たせる。意外なほど力は強い。

「ごめんね、桃山くん。僕の見込みが甘かった。君の成長速度をもってしても、青鬼が強かった」

 晴明は護符の壁からシロナを抱き上げると「試験は中止だ。今晩は帰ろう」と駐車場の外へ向かおうとする。

「ふざけんな! 大人しく引き下がれるかよ」

 桃山は投げ捨てられた自分の日本刀を再び握る。刀身の輝きはまだ失われていない。殺意と怒気を燃料にするように桃山が発するピンクの光が強くなる。

「桃山くん。引き際を見極めろ! 今回の責任は僕にある。君が気にすることじゃない!」

「関係ない! シロナを傷つけられた時点で、これは試験じゃない。喧嘩だ」

「無謀すぎるぞ! 感情を抑えることを学びたまえ!」

 晴明は強く制止する。が、青鬼も護符の拘束を全身の炎を滾らせ、それを焼き切っていた。

 両者は再び対峙する。正真正銘の一騎討ちだった。

 異なるふたつの光が駐車場の静寂を引き裂くようにぶつかり合う。

 勝負の優劣は変わらない。そのはずだった。

 百城桃山にとって誰かを守るための怒りは、自分の限界を引き上げる。

 一瞬でも気を抜けば桃山の首が飛ぶ。

 その過度の緊張下にあって桃山の集中力は極限まで研ぎ澄まされる。

 敵の速すぎる一刀をギリギリで反応、受け流されないように力で食らいつき逆に速度を削ぐ。ふつうの物理的な刃であれば、砕けるような激しさ。だが、刀化現象により生じる刃は違う。

 暴風雨のような剣戟けんげきの中で、桃山は鋭く磨かれていく。

 本気の戦いが少年を刻一刻と成長させていった。

「はぁあああああああああああああ‼」

 桃山の裂帛(れっぱく)の気合いから繰り出した一撃が物干し竿を下に叩き落とす。青鬼の懐が空いた。ついに生まれた隙は見逃さない。跳ぶ。青鬼の振り下ろした腕を足場にして、桃山はトドメを見舞う。

「──秘剣ツバメ返し」

 青鬼が告げた時には、終わっていた。

 斬撃がさらに加速していた。それは目で追えるレベルを超えて、もはや次元が違う。足元にあったはずの一刀はいつの間にか桃山の目線より上にある。

「な、に」

 おかしい。その位置に切っ先が存在するためには桃山の肉体を通過しなければならない。だが斬られた感覚も痛みも感じなかった。どんな手品をつかったのか。青鬼が振り下ろしたはずの一刀が、瞬時に下から伸びてきた。

 そういえば右手から日本刀の重みが消えた。

 ぐらり、と桃山の身体が左に傾く。強引に引っ張られるみたいにアスファルトに倒れていた。

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